聖園ミカがシャーレに馴染むまでの話   作:五色雨

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ある日の便利屋68①

 伊草ハルカは事務所を見上げ、小さく息を吐いた。

 任務を終え、シャーレオフィスで先生に挨拶し、ミカたちと遅めの昼食をとったハルカは、その後のんびりと歩きながら帰途についた。なお、徒歩なのは単純に電車賃を節約するためである。

 

 ハルカの所属する便利屋68はゲヘナ学園非公式の部活であり、無法集団であることと諸事情(主に金欠)によりしょっちゅう事務所を移転している。現在は便利屋68の4人全員がシャーレに所属していることと、先生が便利屋68の経営顧問に就任していることからシャーレオフィスからさほど離れていないエリアに事務所を構えることが多い。現在、便利屋68はD.U.南部のスラム街の一角にある某ビルの3階に入居していた。

 

 ブラックマーケットに限らず、キヴォトスではスラム街や治安維持機関の管理下にないエリアが無数に存在する。ここもそんなスラム街の一つで、ヴァルキューレの生徒が立ち入ることはほとんどない。その代わり真っ当な行政・医療サービスが受けられるエリアではないので、そんなに多くの者が出入りしているわけでもなく、ビルの前は閑散としていた。

 スラム街といっても、この辺りはそれなりの高さのビル群や倉庫が並ぶエリアである。廃棄ビルの割合が多いし「表の世界」と異なり銃撃戦や爆破後の修復が必要最低限しか行われていないために上空から見下ろすとボロボロのビルが点在している静かなエリアといった具合で、スラムというよりかはゴーストタウンという印象が強い。

 そんなエリアで愛銃を背負い、高級感あふれる白い箱が入った袋を両腕に抱えながらキョロキョロと周囲を見渡しつつ歩いていたハルカは、ビルを数秒見上げた後に階段を上がっていった。3階まで上がるとドアをノックし、少し開けて中の様子を窺う。

 

「た、ただ今戻りました」

 

「あ、おかえりー」

 

 真っ先にハルカに気付いたのは、ソファに寝転んでスマホを眺めていたゲヘナ学園2年生の浅黄ムツキである。いつも通りの無邪気そうな笑みを浮かべ、上半身を起こしてドアの隙間から顔を出すハルカを見つめた。

 

「あ、おかえり、ハルカ」

 

 次に気付いたのはゲヘナ学園3年生鬼方カヨコだった。カヨコはムツキが寝転んでいたソファとは反対の方向に置かれていたソファに腰を下ろし、本を読んでいた。カヨコは腰を上げるとハルカの方に近付き、「お疲れ様」と穏やかに労う。

 

「皆さん、仕事は終えられていたのですね」

 

「うん。今日の仕事はちょっとした運び屋だったからね。幸い、特に戦闘も無し。数時間で終えて戻ってきたよ」

 

 ホッとした表情を浮かべてハルカが事務所の中に入ると、カヨコが頷きながら小首を傾げた。

 

「ところで、それは?」

 

 カヨコの細められた深紅の瞳が、ハルカが抱えている袋を捉えた。

 

「あ、その……これはですね、先生から頂きました。最近、D.U.シラトリ区にオープンしたケーキ屋さんの人気レモンケーキだと。危険な任務に参加してくれたお礼だって……」

 

「わー、美味しそう! いいねいいね、アルちゃん呼んで食べよー!」

 

 元気良くソファから飛び降りたムツキがキラキラとした瞳で箱を見つめると、そのまま事務所奥の「社長室」というプレートが張られたドアの前まで歩き、ドアを無遠慮に開けた。

 

「アールちゃーん! ハルカちゃんが先生からお土産もらってきたよー!」

 

「あら、そういえばもう良い時間よね。皆でおやつにしましょう!」

 

 社長室の奥から聞こえてきた返事がハルカの耳に届いた。ハルカは微笑み、レモンケーキを皿に乗せていった。

 

「……はぁ、まったく、あの人は……」

 

 高級洋菓子にテンションを上げるムツキに対し、ハルカが抱える箱を見つめたまま僅かに眉を顰めたカヨコは、ため息をついて首を反対の方向に傾け、視線を天井へと向けた。

 

「ハルカや私たちは最初から先生のために働いているのに。当番の時は給料だって貰っているし、当番じゃあない時の活動だって銃弾の補充くらいは受けているのに、いつもいつも差し入れとかお土産とか……まったく……」

 

 不満そうな台詞に反して、口調はひどく穏やかだった。独り言を呟くと、カヨコはハルカに向けて指でケーキをソファに挟まれたローテーブルに置くよう指示すると、自分は食器棚の方に向かって人数分の食器を取り出した。

 

「おかえりなさい、ハルカ」

 

「はい、アル様! 無事に完遂してきました!」

 

 嬉しそうに笑うムツキを従えながら、便利屋68社長を務めるゲヘナ学園2年生陸八魔アルが優雅に歩いてきた。アルはぺこりと頭を下げたハルカの頭から爪先までを凝視して、全く怪我が見られないことを確認すると、満足そうに首肯した。

 そしてハルカがテーブルに置いたレモンケーキを見てフッと格好つけた笑みを浮かべた後、「良いセンスね、流石は先生」と呟き、「こういう時には……あれに限るわね」と気取った様子で棚からガラス製のティーポットと茶葉の入った缶を取り出した。

 この事務所に転居した祝いに先生がアルにプレゼントした、百鬼夜行自治区が誇る高級の新茶である。茶葉をティーポットに入れて冷水を注ぎ、20分ほど待つ。季節は冬だが少し年代物のビルの中は暖かく、冷たい新茶で喉を潤すのも悪くない環境であった。……実際は、電気代を抑えるためにお湯を沸かすのを可能な限り避けているだけであるが。

 

「……そろそろいいかしらね。それでは頂きましょう。ふふ、ちょっとしたティーブレイクね」

 

「緑のお茶だけどねー。この場合もティーブレイクで良いのかな?」

 

「良いんじゃない? トリニティでもないんだし、紅茶に拘らなくても良いでしょ」

 

「あ、アル様が仰る通りで良いと思います!」

 

 ソファに揃って腰かけた4人は手を合わせ、いただきますと呟く。ちょっとした仕事を終えたメンバーを労わるための小休止。

 便利屋68の事務所は、今日も平和であった。

 

 

「……それで、スクーナーとかいうものをD.U.で売り捌いていた売人は、見つけた人は全員捕まえられたってこと?」

 

 もきゅもきゅと口に含んだレモンケーキを咀嚼しつつ、ムツキはハルカから聞いた話を頭の中で整理していた。

 

「ええ、ヴェリタスの人たちが追跡できていた人たち4人は、全員捕縛しました」

 

「面倒なことしてくれるよねー。最初ユウカちゃんが招集をかけているのを見た時は、早くも先生に攻撃を仕掛けた人たちを叩けるのかとちょっと期待しちゃったのに。そんな面倒な道具を作っていたなんてー……」

 

 ケーキを飲み込み、ムツキは考え込むように虚空を見上げた。

 

「わるーい人たちを捕まえて叩いてしまえば簡単だと思っていたんだけどなー。これ、やっぱりブラックマーケットの()が関わっていると思う?」

 

 ムツキの視線を受け、カヨコは新茶が注がれたガラスのコップをテーブルに置いて首肯した。便利屋68のメンバーで最も頭が切れるカヨコは、主に作戦前の計画立案や敵情分析などで便利屋68のブレーンとして動いている。積極的に自分の考えを述べることはせずにアルたちを見守っていくスタンスであるが、聞かれたことは即座に答えるし、アルからの指示がなくとも情報収集や分析はしっかりと陰で行うタイプである。

 

「間違いなくそうだと思う。ブラックマーケットの秩序側からの指令や暗黙の了解も無しに、こんなあからさまに連邦生徒会から危険視されるであろう違法製品を大量製造して、それもブラックマーケットの外……D.U.で売り始めるとも思えない。

 こんな製品、開発はおろか大量製造だってそれなりの規模の製造設備が必要なはずだし、そもそもこんな危ないもの、上の許可もなく製造したら徹底的に潰される筈。

 しかも喫茶店ムエットの時は元PMCの何でも屋を動員して、今回では本物のPMCまで動員している。ブラックマーケットの一犯罪集団(マフィア)の幹部の独走や、小規模犯罪グループのリーダー風情でどうにかできる規模の犯罪じゃない。

 それにハルカがユウカから聞いたように、まるでサンプルデータの収集や実験を繰り返しているように見える行動も気味が悪いね。最悪、利益が出なくても良いと考えているようにも感じ取れる。スクーナーの製造とばら撒きに全て(・・)を賭けて取り組んでいる、という感じでもない。……実行犯は兎も角、指示している連中には余裕……いや、遊び(・・)があるような気さえしてくる。不気味で得体が知れないな。嫌な相手だね」

 

「その通りよね……」

 

 カヨコの流れるように口から紡がれた分析を聞き、アルは小さく唸った。

 

「何れにせよ、先生を狙っただけじゃなくて民間人を騙して、洗脳するなんて危ないものを適当にばら撒いて……。不特定多数の一般人を巻き込む所業。本当に、心底……気に入らないわ」

 

 アルは怒りを表情からにじませつつも、慎重に言葉を選ぶようにゆっくりと語った。なお、思ったままに言葉を口に出さないのは、それをやるとアルの隣でアルを見上げているハルカが暴走するからである。言っても言わなくても暴走するのがハルカなのだが、どうせなら自分が原因ではない暴走の方がマシだろう。アルの胃腸的な問題で、である。

 

「依存性や中毒性の高いお酒や煙草を売る方がまだマシね。あれらは危険性もある程度知られているし、買う側だってリスクはある程度承知しているだろうから。でも、これは多幸感を得るためのものと謳っているだけで、実際は洗脳の道具。……腹立たしいわね」

 

 悪の優美さが欠片もない、恐るべき以上に唾棄すべき犯罪だった。

 

「……ユウカさんが言っていました。それもそうなのですが……ばら撒いたのがD.U.なのも気に入らない、と」

 

「つまり?」

 

 ムツキが面白くなさそうに唇を尖がらせて聞くと、ハルカではなくカヨコがボソリと言った。

 

「……敢えて(・・・)連邦生徒会のお膝元、そして何より先生が(・・・)暮らしているD.U.でやっているってこと。実際、連邦生徒会の目が届かない田舎や辺境の自治区とか、スラム街とか……シャーレ(わたしたち)に気付かれずにこういうことが出来る場所は、キヴォトスには幾らでもあるから。……成程、確かに気に入らない」

 

 感情を意図的に排除した、凪のように静かな声だった。

 

「……単に実験というだけじゃなくて、他にも目的があってD.U.でやらかしたってこと?」

 

 ムツキが表情を消した。ガラス玉のような瞳を向けられたカヨコは、苛立ちを紛らわすかのようにレモンケーキにフォークを突き刺した。

 

「連邦生徒会長が失踪して以降、連邦生徒会の権威は減るばかり。でも、唯一評価を上げ続けている組織がある。……連邦捜査部『シャーレ』。つまり、シャーレ……ひいては先生こそが、連邦生徒会が完全に存在感をなくしていない大きな理由。

 連邦生徒会長の失踪という、連邦生徒会を目障りに思っている連中からすれば、まさに千載一遇のチャンス。そんなチャンスをものにしたい連中からすれば、機能不全に陥ることも現状維持に精一杯になることもなく、着々と成果を積み上げている先生は、実に邪魔なんだろうね」

 

「あー、そういうことかぁ」

 

 ムツキはソファの背もたれに身を預け、足を組んで天井を見つめた。そして淡々と、何てことのないかのように呟いた。

 

「うん、私も気に入らないな。凄く」

 

 平坦なムツキの声を聞いて、ハルカも顔を俯かせた。しかし、すぐに顔を上げて3人を見つめた。

 

「……あ、そうでした」

 

「どうしたの?」

 

「任務の途中で聖園ミカさんに会いました。そして、一緒に戦闘もしました」

 

「……へぇ、あの聖園ミカさんと」

 

 カヨコが視線の先をハルカに固定し、ティーポットに手を伸ばした。溶けかけの氷が僅かに残ったコップに緑茶が注がれていく。カラン、と氷と氷がぶつかる音が、事務所全体に響いた。

 

「くふふ、そっかー。わかっていたことだけど、本当にシャーレに入ったんだねぇ」

 

 無邪気な子供のような笑みを浮かべ、ムツキが両の手の平に顎を乗せて身を乗り出した。

 

「どうだったかしら、聖園ミカは」

 

 アルが尋ねると、ハルカは顎先に指を押し当てて数秒考えこみ、話し始めた。

 

「……凄い、強い方だと感じました。膂力(りょりょく)が私とは比較にならない程強いですし、状況を判断する力も備えているように見受けられました。射撃の腕も高い方です。

 試しに威力偵察を提案してみたらあっさりと単独で先陣を切っていただけましたし、積極性も度胸も持ち合わせていらっしゃいますね。多分、もともと単独で複数の相手に戦うことに躊躇いがないといいますか、慣れているのでしょうね……。

 先生からはゲヘナに良い感情を抱いているわけではないとお伺いしておりましたが、いきなり殴られたり罵倒されたりはしませんでしたね……」

 

「まぁ、私たちはゲヘナでも精々風紀委員会くらいしかマークしていない無名のグループだし。トリニティのティーパーティでも、精々木っ端の不良(ワル)くらいにしか思っていないんじゃない?」

 

 カヨコが若干自嘲しつつ、全く気にしていないようにレモンケーキを頬張ると、その正面にいたアルが胸を押さえて僅かに仰け反った。

 

「ぐ、む、そうね……。まぁ、トリニティの正義実現委員会に目を付けられるのも嫌だから、それで良いんだけど……。唯でさえ、風紀委員会にマークされているのに、これ以上はごめんよ」

 

「確かにね。正実(正義実現委員会のこと)の剣先ツルギって人、ものすっごく強いもんねー。前にシャーレ演習でお腹に回し蹴り食らった風紀委員会のスナイパーちゃん、壁5枚くらい突き抜けてて吹き飛ばされてたもん。あれはいったそーだったなぁー」

 

 ムツキが口元を抑えて思い出し笑いをすると、ハルカもつられて苦笑した。ゲヘナ風紀委員会の面々が聞けば、無名の少数精鋭軍団だからこそ性質(タチ)が悪いんだと苦い表情を浮かべそうである。

 

 ひとしきり苦笑した後、ハルカは再び話し始めた。

 

「ええと、総じて感想ですけど……思っていたより理知的に振舞っている実力者、という感じがしました。頭が悪い印象も受けませんでしたし、敵に回すと相当厄介なタイプだと思います。空崎ヒナさんと同じですね。ヒナさんと違って庇う部下もいない分、より難敵かもしれません」

 

「うわー、あれと似た感じかー……。うーん、いざとなったら(・・・・・・・)対処しないといけないけれど、一筋縄ではいかなそうだね」

 

「キヴォトスでも上位の実力者って話、本当なんだね……。なんでそんな人が政治家やっていたんだろう。トリニティの考えることはよくわからないな……」

 

 ムツキが肩をすくめてお手上げとばかりのジェスチャーをすると、同時にカヨコが頭を抱えて背中を丸めた。そして大きくため息をつく。

 

「……そうね……」

 

 そんな社員を見つめ、アルはレモンケーキを口に入れて咀嚼した。

 そして考える。しかし、それは既にゴールが見えている思考だ。先生を護るため。大事な経営顧問を助けるため。自分たちはいざとなれば、全てを賭けてでも先生を護らなければならない。

 アウトローにはアウトローなりの護り方というものがある。相手を危険分子か否か調べるのも、相応の手段がある。

 

「チャンスはきっとあるわ。それ程遠くない未来に……ね」

 

 飲み込むと同時に、アルはゆっくりと立ち上がった。

 

「聖園ミカ。貴女が先生の敵になることはないと思うけど。まさかの時に備えるのも、私たちの役目なのよ」

 

 窓に向かってつかつかと歩いていく。冬の空と灰色のビル群を眺め、アルは腕を組んだ。

 まさか、あんなことが起こるとは思わなかった。

 そんな格好がつかないにも程がある理由で、自分たちは大切な人を失いかけたのだ。あんな失敗は、二度としたくない。

 

「……いつか貴女とあったその時は、確かめさせてもらうわ。アウトロー(わたし)クーデター犯(あなた)に相応しい方法でね」

 

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