聖園ミカがシャーレに馴染むまでの話   作:五色雨

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ある日のシャーレ③

 その日、シャーレ当番のミレニアムサイエンススクール2年生生塩ノアは、業務を終えた後、カフェでのんびりとホットミルクを啜っていた。

 

 すでに夕刻を過ぎており、ノア以外の当番は帰宅しているか、オフィスの居住エリアで休んでいる。シャーレ部員の中には休日の前日に当番を申請するか、或いは当番の前日に時間を作ってオフィスに泊まる生徒も結構いる。

 一部の部員がやりすぎて多忙のあまりシャーレオフィスに滅多に泊まり込みが出来ない部員(風紀委員長の空崎ヒナなど)が猛抗議した結果、互助会を代表してユウカが色々と「レギュレーション」を設定して、オフィスへの泊まり込み日数に制限を設けたために、毎日泊まり込む生徒がいるわけではないのだが。

 

 実に羨ましいことだ。

 ノアは時折天井を見上げ、上の階にある生徒が休憩しているであろう部屋に羨望やら恨み節やらがない交ぜになった視線を向けつつ、自分以外誰もいない空間で熱々のホットミルクを味わっていた。

 セミナー書記として多忙なノアには、何日も連続でシャーレオフィスで過ごせる暇があまりないのである。同じセミナーでも早瀬ユウカは才羽モモイが「通い妻」と表現するほど頻繁にオフィスに通っているが、何故か自分はユウカ程先生と一緒の時間が取れていない気がする。理不尽だ、と言いたいところであるが、実際は自分より早く先生に堕ちたユウカは、自分より早く先生と一緒に過ごすことを前提とした生活に慣れていったのだろう。より正確に言えば、先生と一緒に過ごす生活に自分の日常を適合させていったのだろう。

 

 キヴォトス三大校の一角である巨大学校の生徒会の業務を全く疎かにすることなく、甲斐甲斐しく先生の手伝いが出来る親友を、ノアは割と本気で尊敬していた。一番凄いのは、自分の生活の中心が先生となっていることを、当のユウカが全く自覚していないことである。

 

 そんなことをつらつらと考えていると、ノアの耳が足音を捉えた。顔を上げると、見知った顔がそこにあった。

 

「やぁ、ノア」

 

「こんにちは、ウタハ部長」

 

 ミレニアムサイエンススクール3年生白石ウタハが、つかつかとノアの方に向かって歩いてきた。ウタハは秀麗な顔に笑みを張り付け、椅子に腰かけたノアを見下ろしつつ口を開いた。

 

「部長は()してくれないかな。あくまで今の私はエンジニア部部長ではなく、シャーレ部員としてここにいるのだから」

 

「ふふ、そうですね。すみません、ウタハさん」

 

 ノアは片手で口元を覆った。

 ウタハはミレニアムサイエンススクールが誇るマイスター集団であるエンジニア部の部長であり、自身もまた優秀なマイスターである。ある意味では全知の明星ヒマリと同等かそれ以上にミレニアムの技術を支える重要人物なのだが、本人は気さくで畏まった対応を取られることを苦手としていた。

 

「今日は、どうされたのですか?」

 

「色々と先生に用事があってね。預かっていた指揮管制ドローンのメンテナンスが終わったからその返却と、あとは例のレポートの提出とか、色々だよ」

 

 ノアの質問に、ウタハはドリンクサーバーでホットミルクを用意しながら答えた。先生が大好物の砂糖たっぷりのホットミルクは、シャーレカフェ人気ランキング不動の一位を誇る飲み物である。

 ウタハの返事を聞き、ノアは目を細めた。

 

例の(・・)……あの、2日前のですか」

 

「その通り。いや、まさかドクターの真似事をすることになるとは思わなかったよ」

 

 ノアの真正面の席に腰かけながら、ウタハは苦笑した。長い脚を組み、ゆっくりとホットミルクを啜る。

 2日前、ミレニアムにスクーナーを服用した被害者、ゼルコヴァPMCの兵士、スクーナーの売人がそれぞれパトカーで輸送されてきた。ユウカやノア、そしてエンジニア部は数時間かけ彼らから話を聞いたり身体検査を行い、スクーナーについて調査を行った。その結果を、先程先生に提出してきたのである。

 

「本当に助かりました。突然の依頼だったのに迅速に対応していただき、感謝します」

 

 ノアは会釈し、ウタハに微笑みかけた。

 

「なに、ユウカと一緒に先生からも頼まれたからね。先生のためなら何てことはない。ロボット住民の身体検査はあまり経験がなかったが、何事も経験だよ。慣れてしまえば、お手のものさ。それに……」

 

 ウタハは一度口を止め、一口ホットミルクを飲んだ。飲み込み、再び話し出す。

 

あのドリル(・・・・・)も、役に立っただろう? 正直、私も使い所に困っていたんだ」

 

 若干眉を下げつつ、ウタハは小首を傾げながら言った。それを見ても、ノアは微笑みを浮かべたままだ。

 ウタハが語った「あのドリル」とは、エンジニア部作業室の隅に置かれていた細いドリルのことである。エデン条約調印式の事件の後に、エンジニア部の猫塚ヒビキが短時間で作り上げた代物だった。

 

「真夜中に作業室で仮眠とっていたヒビキが、気が付いたら寝ながら涙を流してて……起こそうと近付いたら急に起き上がって、そのまま凄い速さで作った物だよ。『先生のお腹に穴を開けた人たちに、同じ痛みを味合わせる』って呟きながら作ってたね。あまりにも鬼気迫っていたから止めることも出来なくて……結局、どうしたものかな、と」

 

 ウタハは僅かに眉を下げ、ふぅ、と息を吐いた。マグカップをテーブルの上に置き、腕を組む。

 先生の受けた痛みを返してやる。シャーレの部員として抱いて当然の考えだが、流石にアレはない。確かにキヴォトスの生徒の肉体に銃弾を貫通させるのは困難だが、だからと言って「じゃあドリルで風穴を開けてやろう」という発想はどうかと思う。

 おまけに完成したのは、戦車の装甲版やトーチカはおろか、ミレニアムの地下シェルターに穴を開けられる代物である。しかも小型の人工知能まで搭載されており、誰がどう見ても拷問器具にしか見えない拘束台もセットで作られている。やろうと思えば使用者の音声による遠隔起動や操作も可能な仕組みだ。つまり使用者は、対象を間近で眺めつつ(・・・・・・・)、音声でドリルを動かしたり停止させたり、ドリルのスピードをコントロールすることができる。ヒビキは一体、何を考えながらこんな仕様のものを作り上げたのだろうか。

 

 無論のこと、ウタハだってアリウスには怒りも恨みも抱いているし、目の前にアリウスが現れたら怒りで我を失う予感しかしないが、流石にあんな物を大真面目に作り上げた後輩が見せた、闇を溶かし込んだような虚無の眼には、正直かなり戦慄した。

 それでもヒビキを諫めることはしているあたり、ウタハはアリウスに対して冷静でいられている方である。少なくとも、ウタハはアリウスに報復するための道具など作っていない。

 例えばヴェリタスの小鈎ハレは、アリウスを心の底から憎悪していた結果、少し前まではヒビキの発明品がマシに見えるほど酷い物を複数製造している。しかし現在のハレは、先生を護るための各種道具を揃えることに興味が移っているようだった。それでも時折、ハレはアリウスへの恨み節を呟いたり射撃場に籠ったりして後輩の小塗マキを骨の髄まで怖がらせているのだが。

 

 それは兎も角ヒビキの発明品にしては珍しくBluetooth機能も自爆機能もない一切の無駄を排除した、殺意と憎悪のみ込められた禍々しいドリルは、使われることもなく作業室に放置されていた。それでもヒビキは自分の発明品が可愛いのか、はたまた使うことを諦めていないのか、定期メンテナンスは欠かさず行っていた。

 

 ため息をついて目を瞑ったウタハを眺めつつ、ノアは笑顔で答えた。

 

「ええ。ご存じでしょうけど……ユウカちゃんが有効活用してくれましたよ。あのドリルとユウカちゃんの愛銃を使ったら、ゼルコヴァPMCの人も売人も、すぐに話してくれました。問題は信憑性の確認ですが、それはこの先、ヴァルキューレが行う尋問との整合性の確認やブラックマーケットへの調査などで明らかにするほかないでしょう」

 

 だろうな、と内心思いながらウタハは目を開き、笑顔を浮かべるノアの顔を見つめた。ウタハは兵士たちへの尋問を行った現場には居合わせていなかったが、ユウカが渡してきた尋問時の録画映像を後から見たので、尋問の光景は知っていた。

 拘束台とドリルを見せつけられて、さらにユウカのサブマシンガンの銃口を眉間に押し当てられた挙句、あんな怒りと憎しみをドロドロになるまで煮詰めたような瞳で睨まれた上に、おどろおどろしい声で脅迫までされれば、訓練を受けた兵士でも耐えられないだろう。見ていただけのウタハすら、若干背中に冷や汗をかいたほどである。地獄の底から響くような声は、ホラー映画も裸足で逃げ出すほどのものだった。

 

 勿論、だからと言って同情などはしないが。あの連中が行った攻撃で、先生が負傷する可能性があったのだ。先生を意図的に狙っていなかったとしても、そんなことは関係ない。キヴォトスの住民なら、流れ弾や誤爆の恐ろしさは誰でも知っている。先生の近くで火炎瓶を投げようとしただけでも、到底許せる話ではない。

 一瞬僅かに顔を顰めたウタハはホットミルクを啜り、理知的ながらも冷たい光を放つ瞳をノアに向けた。

 

「そうだね、色々話は見えてきたようだけど……肝要なのは、裏付けだ。慎重に進めていこう。このままでは、事件が起こるのはD.U.だけでは済まなくなる可能性が高い。いや、もう起こっているのかもしれないね」

 

 ウタハの目を見つめ返し、ノアは笑みを崩して真剣な表情を浮かべた。そして片手を頬に添えて静かに息を吐く。

 

「全くもってその通りです。全容はまだ掴めていませんが、早く先生に――」

 

「おや、先客がおりましたか」

 

 口調こそ丁寧だが、極僅かに苛立ちを含んだように感じられるノアの声は、突如割り込んで来た第三者の声に遮られた。

 ノアとウタハが声がした方に視線を向けると、小柄な生徒がカフェの透明な自動ドアを通り抜けてきたところだった。

 

「あぁ、これはこれは……久しぶりだね、イロハ。そういえば、貴女は今日当番だったね」

 

「お疲れ様です、イロハさん。今日はもう、休まれたのでは?」

 

 首だけ後ろに向けたウタハが微笑み、片手を上げて歓迎の意を示した。ノアも同様に笑みを浮かべつつ小さく会釈し、少女を出迎えた。

 

「これはどうも、ウタハさん。ノアさんも、先程ぶりですね」

 

 2人に見つめられた少女、ゲヘナ学園2年生棗イロハは僅かに肩を竦め、ノアの質問に答えることなく、ドリンクサーバーに向けて歩いて行った。

 イロハはノア同様本日当番だったが、明日休日なので今夜はシャーレで寝泊まりする予定であった。しかしいつもと同様に万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)の制服を着込んでおり、外套(がいとう)も着用している。とても就寝準備に入った姿には見えない。

 

「不躾ですが、ご一緒しても?」

 

 ホットミルクがなみなみと注がれたマグカップを乗せたトレーを両手で持ちつつ、イロハが2人に話しかけた。

 ノアとウタハは一瞬だけ目を合わせ、同時にイロハの顔に視線を向けて首肯した。代表してウタハが声をかけ、自分の隣の席を指差した。ついでに椅子も引いてイロハを誘う。

 

「勿論だとも」

 

「ありがとうございます」

 

 感謝が込められているとは到底思えない平坦で無機質な声でお礼を言いつつ、イロハはウタハが引いてくれた椅子に座った。被っていた制帽をさらに隣の椅子の上に置き、ホットミルクを静かに啜る。そしてすぐにマグカップをテーブルに置き、静かに話し出した。

 

「……先程のノアさんからの質問の回答ですが」

 

 そこまで言って、イロハは藤色の瞳をノアとウタハに向けた。

 

「仮眠室でユウカさんから連絡を頂きましてね」

 

「ユウカちゃんから、ですか」

 

 ノアは小首を傾げた。今日はユウカはシャーレ当番ではないし、シャーレオフィスに来てもいない。セミナーの執務をしつつ、スクーナー対策のために互助会のグループチャットでシャーレ部員の何名かと話をする予定だったはずだ、と親友のスケジュールを思い出しつつ、イロハの人形のような無表情を見つめ返した。

 

「ほら、そろそろアレ(・・)が再開予定でしょう。次のアレはゲヘナで実施予定でしたので……私、ユウカさんから今回のアレの企画を頼まれていたんですよ。だから、色々とやりとりをしていたんです。そうしているうちに頭が冴えてきてしまいましてね……。

 明日は朝から先生の書類仕事をお手伝いして早めに先生をサボらせるつもりでしたし、そろそろシャワーでも浴びて部屋着に着替えようかとしていたのですが。全く、目が覚めてしまいましたよ。なのでホットミルクをいただこうかと」

 

「成程ね、しかし、アレとは……あぁ、シャーレ演習か」

 

 一瞬考え込んだウタハがすぐに納得し、マグカップをテーブルの上に置いて顎先に指を当てた。

 

「そうか……前回の演習から大分間が開いたからね。そろそろ再開しないと、か……。自律戦闘機械(オートマタ)の補充も終わっている頃か」

 

「……えぇ」

 

 低く、静かな声でウタハの言葉に相槌を打ちつつも、イロハは俯き、ゆっくりとホットミルクを一口飲んだ。その瞳は昏く、濁っているようにすら感じられた。まるで、今にも崩れ落ちそうな印象を受ける。

 そんなイロハの仕草を見ても、ノアは笑顔を浮かべたままだ。しかしその内心は複雑で、小さな炎が幾つも胸の奥で生まれては混じっていった。

 

 イロハもまた、エデン条約調印式の事件で心に傷を負った生徒の一人だった。不憫極まりないことに、イロハは自分の上司がアリウス分校と手を組んでいた挙句に、アリウスより送られた飛行船に爆弾を仕掛けていたために爆発と墜落に巻き込まれて自分も負傷している。

 イロハは万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)議長羽沼マコトの側近のようなポジションに就いているが、身分としては議員の一人に過ぎず、マコトの暗躍に全く気付くことが出来なかった。ノアからすれば腹立たしいことこの上ないが、マコトの情報網もそれを活かすマコトの能力も本物である。

 その結果がイロハ自身(とマコトと他議員数名)の負傷と、寝て起きたら先生が撃たれていたという衝撃である。

 

 悲劇はさらに重なった。爆発した飛行船には調印式に参加した万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)の議員全員が乗り込んでおり、奇跡的に無傷で済んだイブキを除いて全員が長時間気絶した程の被害を受けていた。とはいえ気絶した生徒も、アフロになった者(マコト)を除けば多少身体が焦げた程度で済んでいた。骨折などの重傷を負った生徒はいない。

 これだけならば、飛行船墜落事故にしては僥倖といえるほど些細な被害に過ぎなかった。寧ろなんでこの程度の被害で済んだのかと、トリニティのみならずゲヘナ(というか、風紀委員)まで驚愕した程であった。

 

 しかし、万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)の議員の大半が同時に、しかも長時間気絶したことそのものが最悪であった。よりにもよって、マコトは万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)の中核となる有力な議員全員を飛行船に乗せていたのだ。そのお陰で万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)はマコトたちが気絶している間、実質的に機能停止に追い込まれた。主要議員がごっそり消えたゲヘナ自治区の本部も同様である。

 このため、万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)が調印式における諸戦闘の顛末を把握したのは、調印式の事件終結後より数時間後の話であった。

 

 その結果、イロハは先生がアリウス分校の者に撃たれたという事実を、事件終結後になって漸く把握した。恥も外聞もなくキレ散らかすアフロ怪人(マコト)を美容院に叩き込み、のんびり万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)本部に帰還した後で、である。その時のイロハの狼狽ぶりは、周囲の議員が唖然としたほどだったらしい。普段のダウナーな雰囲気など放り捨てるほどにイロハは激怒し、同時に見苦しいほどパニックになったそうだ。

 

 この顛末を聞いてしまえば、アリウスと共謀した万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)に怒りを抱いたシャーレ部員も、イロハにだけは(・・・)同情をせざるを得なかった。

 元よりイロハは、マコトの独断専行に何一つ関わっていない。マコトの企みを見抜けずに、結果的にアリウスによる先生襲撃の助けをしたマコトを止められなかったのを糾弾するのは容易かったが、単にマコトの部下というだけでイロハを責めるのは不条理である。

 それにマコトも、アリウスがよもや先生の殺害を目論んでいたなど想定外であった。マコト本人もトリニティと風紀委員会を狙っただけに過ぎず、先生を傷付けるつもりなどなかった。先生が調印式に参加する可能性は容易に想像できたはずなのに、アリウスに手を貸していた時点でシャーレ部員に言わせれば死刑(ギルティ)ものだが、アリウスを吊した(文字通りの意味で)後なら兎も角、アリウスに報復せずにマコトに報復をするというのも道理ではない。そしてマコトを責める前に、イロハを責めるのは輪を掛けて道理がない。

 

 ノアもまた同様だった。アリウス分校と組んだという点では万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)を不倶戴天の敵に認定したい所存であるが、上司に振り回された上に乗っていた飛行船が爆破されて、気絶して目が覚めたら先生被弾のニュースを聞かされたイロハには、憐憫を掛けずにはいられなかった。マコトについてはどうでも良い。アフロじゃなくてハゲになればよかったのに。

 

 しかし、だからといってイロハにあからさまに同情を寄せるのも憚られた。イロハ本人は決して口にしていないが、彼女の怒りの矛先はマコトでもアリウスでもなく、自分に向けられているのではないか。ノアには、そう思えてならなかった。だとすれば、同情どころか下手な気遣いすらも逆効果だ。

 

 そんなノアの思いを知ってか知らずか、イロハは抑揚を抑えた声で再び話し出した。

 

「それで、折角ですので……次のシャーレ演習は、次の標的(・・)を潰す練習も兼ねたいと思いましてね。私も首を突っ込ませていただきました。既に、ユウカさんから今回の事件のデータはいただいていますよ」

 

「……成程、そういうお考えですか」

 

 感情が込められていない声を聞き、ノアは笑顔を浮かべたまま頷いた。イロハは万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)きっての頭脳派であり、そして常に冷静沈着だ。激情を抑えて静かに、そして着実に成果を上げる。

 

「はい。協力していただけますね? 皆さんで力を合わせて、準備をしていきましょう。私たちの共通の目的のために。何よりも――」

 

 まだ熱いホットミルクを音を立てずに啜りながら、イロハは瞳を僅かに細めた。

 

「――先生の安寧のために」

 

 低い声が、騒音一つ聞こえないカフェの中を満たした。

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