シャーレ部員がたくさん出てふれあいをする章にしていきたいと思っておりますので、お楽しみいただけると嬉しいです。
シャーレ演習①
シャーレでは生徒が定期的に集まり、合同で訓練や戦術研究等が行われる。当初は部員同士の軽い模擬戦闘に過ぎなかったそれは、やがてドローンや
このシャーレ演習は、もともと「これまで一度も一緒に任務を経験したことがない部員同士が組んで、即席チームを編成して訓練を行う」ということを目標に実施された。どんどん部員が増加していく中で、当番全員が互いに初対面という事案が何度か発生したことにより、兎にも角にも実戦前に最低限度の連携が出来る程度には訓練をしたいと部員たちが考えて先生に意見書を提出し、実施されたのである。
第一回目の演習は、ヴァルキューレなどが使用しているD.U.最大規模の演習場を借りて行われた。敵役としてオートマタを大量に用意してくじ引きで即席チームを複数作り、敵集団を殲滅するまでの時間や技術を競いつつも、それを鑑賞したり映像を分析したりすることで互いに評価するという内容である。当時のシャーレ部員のうち、約三分の二が集まるというこれまでのシャーレで行われた各種訓練の中でも類を見ない規模のものであった。
シャーレという組織においては初めての規模の演習ではあったものの、準備が万全に整えられ、緻密に計画されて実施された演習である。先生も含め、誰もが成功を確信していた。
結果を言えば、演習は概ね成功した。先生が日頃頑張っている部員たちを労う意味も込めて、よりにもよって当日のサプライズで部員たちに演習結果による「ご褒美」を提示したことで、演習が
ゲームではないので、当然の如くフレンドリーファイアも有効であった。敵役としたオートマタが戦闘開始数分で殲滅され、本番だと言わんばかりに部員同士の模擬戦闘(ガチ)にシームレスに移行していく光景は、先生からすれば悪夢であっただろう。
ともあれ部員全員が満足しているので、きっと成功である。部員たちが喜んだのは、決して果て無き潰し合いに発展しそうになったことに危機感を覚えた先生が、参加した部員全員にご褒美を約束したからではない。なお、参加できなかった部員たちが暴動を起こしそうになったため、先生は最終的に、あの手この手で全部員を労わっていくこととなった。
頭を抱えた先生がご褒美について再考しようとしたが、理詰めと感情の集中砲火(泣き落としとも言う)を食らったため、続く第二回以降のシャーレ演習も、先生からのご褒美付きという点は継続した。その結果シャーレ演習は、いつの間にやら「部員皆でわちゃわちゃやって先生からご褒美貰えるイベント」と化していた。演習場や敵役などは都度都度変わっていったが、先生からご褒美が得られる点と、「部員同士の連携を強化する」という目標は変えられることはなかった。
勿論、シャーレ部員たちが満足したのはご褒美の名の下、先生とデート等が出来たからだけではない。実際に得たものは大きかった。
強者であるシャーレ部員との模擬戦闘(ガチ)を行えたこと、それらの戦いを間近で見ることが出来たこと、実戦前に初対面の部員と一緒に模擬戦闘をする機会を得られたこと、何れも大きな収穫である。
しかし、エデン条約調印式の事件により先生が負傷すると、シャーレ演習の実施は一時中断した。先生の体調回復が優先されたこと、部員の過半数が精神に多大なダメージを負ってしまったことなどが主な理由である。
そんなシャーレ演習が、久しぶりに実施されることとなった。
◆
「――というのが、シャーレ演習の歴史です」
「うわぁーお……」
隣に座る少女からその話を聞かされたミカは、思わず呻いて少女の顔を見返した。正直言って、先生からご褒美(それも演習結果によって内容が変わってくる)を提示されれば、自分もやる気が満ち溢れるあまり隕石を落とす気しかしないが、そんな模擬戦の皮を被ったガチ抗争が演習という名で行われていたとは。完全に初耳である。
演習当日。D.U.東部公園でミカたちが戦闘を行ってから10日後の日付である。予め今回の演習に参加の申し込みをしていたミカは、集合時間に間に合うように早朝に車に乗ることになった。
今回のシャーレ演習はゲヘナ学園自治区で実施される。トリニティ総合学園自治区とゲヘナ学園自治区は隣接しているが、トリニティとゲヘナを直接繋ぐ電車の路線はなく、電車移動の場合は態々別の自治区を経由してゲヘナに入るしかない。しかし物理的に境界線が閉鎖されているわけではなく、荒れ放題とはいえ一応舗装された車道と歩道は何本か通っているので、徒歩か車両で越境することができる。
電車移動が一番安全だが、他の自治区を経由する上に直通電車はないので乗り継いでいかなければならず、距離に対して呆れるほど時間がかかる。徒歩か車を選びたいところだった。
しかしトリニティとゲヘナの境界線近辺は、トリニティ側、ゲヘナ側双方極めて治安が悪い。ゲヘナの場合は大抵の場所が治安が悪いのだが、トリニティとの境界線地域は格段に治安が悪い。ティーパーティーにしろ
そこで、早朝のうちにさっさと治安が特に悪いエリアを突き抜けることとなった。
トリニティ側にしろゲヘナ側にしろ、境界線近辺で活動しているのは路上での強盗を生業とする不良集団程度である。彼女たちは越境する一般市民や生徒を気ままに襲撃するが、早朝から熱心にエリア中に人員を配置し、全てを見逃さぬように徹底的な監視網を構築しているわけではない。所詮、欲望と娯楽のために強盗をしているだけの連中だ。強盗の主な目的は日銭稼ぎであるが、それしか稼ぐ手段がないわけでもない。強盗にエンカウントせず通り抜けるための隙は幾らでもあった。
故に、車に乗っているシャーレ部員4人は特に緊張する様子もなく、努めてリラックスしていた。キヴォトスでは治安が悪いエリアであろうとも、ただ車で通り抜けているだけでいちいち極度に気を張っていては身が持たないのだ。
「じゃあ、やっぱり今回も部員同士の模擬戦とかする感じなのかな?」
コンディションが悪い道路のお陰で定期的に揺られつつも、大して気にしていない様子のミカは、隣に座る少女を見つめたまま尋ねた。
「そうですね。……メインではないかもしれませんが、可能性は高いと思いますよ」
ミカの隣に座っている少女、トリニティ総合学園2年生鷲見セリナは小首を傾げつつ、ミカの目をまっすぐ見返した。所々破損しひび割れもみられる道路を、それなり以上の速度で突っ走っている小さな車体は、時々ゴトゴトと揺られているが、ミカと同じようにセリナも特に不満には感じていないようで、微笑みながら医療道具が入った鞄と愛銃を両腕で抱えている。
「シャーレ演習は毎回企画する部員とそのお手伝いの方々……私たちは『演習実行委員会』と呼称していますが、その実行委員会の方々が全て取り決め、先生の認可を得ます。つまり、先生が主導することはほぼありません。
実行委員以外の部員の方々は、演習の内容をほぼ把握しておりません。いつも、当日に開始直前で演習の具体的な内容を知らされることが多いです。
これは、演習で想定されている作戦が、『先生が何らかの事情で作戦の指揮管制が不可能な状態で、緊急で行われる特別作戦』というパターンが多いためです」
「つまり、何をどういう風にやるのかは現地に行かないとさっぱりわからない、と」
セリナの説明を聞いて、ミカは髪の先を指で弄りながらため息をついた。
「その通りです。シャーレ演習は、基本的に『先生の指揮管制や各種支援が行われない戦闘』を想定しています。先生の指揮を前提とした訓練だと、私たちは先生のご指示に従っていれば良いだけの訓練になりますから。
シャーレ演習は部員同士の連携を強化するだけでなく、先生の指揮がない状態で部員たちがどのように連携し、どのように行動するかを先生にチェックしていただくための演習でもあります」
そんなミカに前方、つまり運転席に座っている少女が話しかけた。前を見つめたまま、丁寧に運転をしているのは、トリニティ総合学園2年生の守月スズミである。
スズミはユウカと並びシャーレ最古参の部員であり、シャーレ演習には毎回欠かさず参加している数少ない皆勤賞メンバーである。今回、ミカが互助会のチャットグループに参加を表明したことで、ミカのサポートを自ら申し出てきてくれたのだ。今回、運転手役も自ら買って出てくれた。
スズミが口を閉じた直後、車が一回大きくバウンドした。
「……っと、失礼しました。ナビゲーションシステムより入手した事前情報よりも、道路の状態が遥かに悪いですね。弾痕も多いですし……あぁ、あそこにも大穴があります……何者かが携行無反動砲でも撃ち込んだようですね……」
若干顔を顰め、スズミは息を強めに吐いた。口調こそ丁寧で穏やかだが、内心は些か荒れている様子である。そして助手席に座る少女を一瞥する。
「ウイさん、大丈夫ですか? 車での移動は苦手だとお伺いしておりましたが」
「……あ、いえ……。お気になさらず……」
助手席に座っている少女、トリニティ総合学園トリニティ総合学園3年生古関ウイは俯いていた顔を上げ、スズミの横顔に首を向けた。口ではそう言いつつも、一目瞭然なほどに顔色が悪い。
「せ、先生のためならば、この程度は何てことはないです。ゲヘナに行くのも初めてですが、だ、大丈夫です。体調も整えてきましたから……」
車酔いを起こしているのだと誰もが思うほどの顔色だが、意外にも吐き出される声は小声であるものの、しっかりと聞き取ることが出来る程度には滑舌が良い。快活とは到底見えないが、体調が悪くないのは事実らしかった。つまり、この顔色が彼女の素なのかもしれない。
「それにしても、意外かな。ウイ図書委員長が参加するなんて。そりゃ、私よりずっと前にシャーレに入部していたことは知ってたけどさ……正直、名ばかりの参加であんまり部員として活動していないと思っていたよ」
ミカがウイの後頭部に視線を向けつつおどけたように笑いながらそう言うと、ウイはミカに顔を向けることなく、窓から外の景色を見つめながら返答した。
「……あー……そう思われますか……ミカさん。いや、まぁ、確かに当番の日以外でシャーレにお邪魔している日は、他の部員に比べると少ないかもしれませんが……。一応言っておきますけど、ちゃんと当番の仕事はしていますし、演習や合同訓練も時間があれば参加していますよ。
あぁそれと、今は私のことは図書委員長と呼ばないでください。今の私は、シャーレ部員ですので」
小声だが、はっきりとした物言いだった。それを聞いたミカは肩を竦め、苦笑しながら手をヒラヒラと振った。
ウイはトリニティの図書委員会委員長を務める生徒で、別名「古書館の魔術師」と呼ばれる優れた古書復元技術と管理能力を持つ。優秀かつ、歴史の解明と伝統維持に心血を注ぐトリニティにおいては欠かせない重要な生徒なのであるが、超の付く引きこもりで人嫌いであるため、滅多に古書館の外へ出ることがない。
お陰で一部の生徒からは伝説のように扱われており、幽霊だの人間に偽装されたAIだのティーパーティーが生み出した架空の人物だの散々な言われ様となっている。
但しシャーレ部員となって以降は以前の数倍(つまり常人の数分の一)は外出するようになっており、以前より目撃例が増えているようだった。
ミカはティーパーティー時代に何度かウイと顔を合わせたことがある。ウイは引きこもりだが、脆弱でも臆病でもない。寧ろ我が強いタイプの生徒である。そんな彼女が自らの生き方(?)を捻じ曲げてもシャーレオフィスに出入りしまくっているのは、どうやら真実だったらしい。
「……私の方も驚いていますよ。ミカさんの戦闘能力の高さは噂でしか知りませんが……それでも、他の部員の人たちとの演習なんて不要なくらいに強いって聞いていますから」
「えっ、そうかなぁ?」
ウイに言い返され、ミカは困ったように眉を下げた。確かに自分は単騎で敵の集団のど真ん中に突貫して暴れまわる戦略や、遠方から神秘の力を駆使して隕石を落として先制攻撃を仕掛けるといった戦略が基本ではある。それらを戦略と呼んで良い物かは自分でも疑問であるが、兎に角そうである。
そう、神秘の力での
ミカの隕石落としは、落下地点を精密にコントロールできるわけでもなく、下手をすれば自分も被害を受ける。おまけに落下までにタイムラグもあり、その間自分は神秘の力の行使に集中していなくてはならないため無防備になる。しかも落下地点を中心に地面に大規模な
お陰でミカの戦闘能力を把握している者たちすら、ミカの神秘の力が「強靭な肉体」だけでなく「隕石落とし」もあるということを殆ど知らない。トリニティですら、ミカの隕石落としの詳細を把握しているのはティーパーティーのセイアとナギサくらいである。トリニティのことは大抵把握している浦和ハナコでさえも、ミカの隕石落としについては知らない。ミカ自身が殆ど他者に話していないので、無理もないが。
「別にミカさんを悪く言う意図はありませんが正直に言わせていただきますと、ミカさんの戦い方は味方を帯同してチームで多対多を戦うより、ミカさんのみで単独行動をして敵陣への突入と離脱を繰り返し、敵戦力の
おそらく、先生もミカさんを
台詞回しは遠慮がちな様に装っている風に感じられつつも、淀みない言い様で淡々と言葉を吐き出すウイに、ミカは面白くなさそうに冷めた目を向けた。
この子、こんな風にずかずかと長い台詞を言ってくるタイプだったっけ。
そう思いつつ、噛みつく気にもなれなかったので、ミカは無言で手をぞんざいに振って不満そうに唇を結ぶに留めた。
その直後、車が先程よりも激しくバウンドした。
「……っと、と……」
小声で独り言を呟いたスズミが素早くハンドルを操作した。言い方に反して表情は殆ど動いておらず、冷静そのものである。
「すみません、セリナさん。現在時刻は?」
「はい、7時45分です」
「ありがとうございます。……そろそろ出発して1時間ですね」
前方から目を離さずにスズミが質問すると、セリナが即答した。セリナが抱えている鞄には懐中時計が括り付けられており、セリナはスズミが時刻を聞くよりも先に懐中時計の
現代ではトリニティのような伝統と格式を拘る自治区以外は需要が少ないと思われがちな懐中時計であるが、セリナのような医療に携わる者には懐中時計の愛好者が少なくない。特に面倒な
察しが良く即答してくれたセリナに、スズミは笑顔を浮かべてお礼を言いつつ、視線を上に上げて空を見上げた。出発時にはまだ薄暗かった空は、今ではすっかり日が昇っている。
「対向車も後続車もほとんど見られませんが、道路のコンディションが想定を下回っているためか、予定より少々遅れていますね。この車自体は目立つものではないと思いますが……何せ他に車が見えませんから、標的にされやすい状態です」
スズミは僅かに眉根を寄せてため息をついた。
ミカたち4人を乗せたこの車は、トリニティのティーパーティー(正確に言えば、フィリウス分派が保有するゲヘナ自治区との境界線を警備する
この日のために、ナギサからミカたちに貸し出された車両だった。
「やっぱり纏まって移動した方が良かったのでしょうか? 他の車の方々も心配ですね」
セリナが窓の外を眺めながらぼそりと呟くと、スズミがそれに反応した。相も変わらずコンディションが悪い道路に悪戦苦闘する素振りを見せずに慎重に運転しつつも、セリナの不安を払拭するように穏やかな口調で話しかけた。
「いえ、何が起こるかわからないですし、やはりバラバラにゲヘナに向かう方が正解でしょう。隣の自治区に行くためだけに、まるで隠密作戦のような行動をとらなくてはいけないのは気が重いですが……」
「ゲヘナの
スズミと比べ、刺々しい口調と低い声でウイが顔を顰めながら言った。内心それに全力で同意したいミカだったが、喋りだすとゲヘナへの皮肉と罵倒があふれ出そうだったので自重し、手持ちの鞄から水筒を取り出して、トクトクとコップに注いでいく。
この車に乗っているのはミカ、スズミ、ウイ、セリナの4人だけであるが、今日のシャーレ演習に参加するトリニティ生徒はこの4人だけではない。この車の他に別の車が複数、出発時間や移動ルートを変えてゲヘナへと向かっている。この移動方法を提案したのは正義実現委員会副委員長の羽川ハスミであるが、彼女が心底ゲヘナを信用していないのが良くわかる越境方法である。
そして
何か妙なものを運んでいるわけでもないのに、まるで密輸でもしているような気分になってきたミカは、時々揺れる車体など気にも留めずに、コップに注がれた紅茶をゆっくりと呷った。
出発前にナギサからもらった、ナギサ愛好の紅茶である。まるで椅子テーブルとティーセットとともに移動していると思われがちで、そしてあながち間違いでもないナギサであるが、意外にも紅茶を水筒に入れて持ち運びすることに抵抗はないらしく、ミカや部下たちに紅茶入りの水筒を労いのため渡すことが結構ある。
「シャーレ演習の集合時間は9時。余裕は十分ありますが、気を引き締めていきましょう。そろそろゲヘナとの境界線に入りますよ」
スズミが丁寧に説明し、車の速度を僅かに落とした。その声につられ、ミカは前を見つめた。
幼児が積み上げた積み木のような不格好なバラック小屋の群れが視界に飛び込み、ミカは思わずため息をついた。