聖園ミカがシャーレに馴染むまでの話   作:五色雨

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シャーレ演習④

 「ゲヘナ学園自治区第8演習場」。それが、今回のシャーレ演習の開催場所に選ばれた演習場の名前である。ゲヘナとトリニティの境界線からほど近い街に位置しているこの演習場は、万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)が自治区内に複数有する演習場の一つである。

 ミカはゲヘナの演習場に入るのは初めてだったが、演習場の造りはトリニティのものとさほど変わらないようだった。

 正面門をくぐった先には駐車場やヘリポート、そしてその横には広大なグラウンドにマウト(市街戦訓練のための訓練施設のこと)、幾つかの廠舎(しょうしゃ)

 優美さなど全くないプレハブ建築の廠舎は3階建て以上の高い物から平屋型の物などバラバラで、先頭を進むスズミの足取りから察するに、一際大きい立派な廠舎が目的地のようだった。

 ふと上を見上げると、その大きい廠舎の後ろにさらに大きな建物があった。まるで大きな校舎のような建物で、どうやら屋内戦向けの訓練施設のようだった。

 

 スタスタと歩いていくミカたちの前から、数人の生徒が駆け足で向かってくる。全員ゲヘナ風紀委員会の制服を着込んでいた。すれ違いざまに先頭のスズミから順に、ミカを除いてウイ、セリナが風紀委員たちに目礼した。一瞬遅れて、ミカも風紀委員たちに目配せをする。された方の風紀委員数人は、同じように目礼したりぺこりとお辞儀をして通り過ぎていった。

 ミカを警戒する様子など微塵もない。実にあっさりと、ミカの横を走っていった。

 

 思わず、ミカはすれ違った風紀委員たちの動きを目で追っていた。慌てて視線を前に戻すと、今度は前から万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)直属の戦闘部隊である親衛隊の制服を着た生徒たちが見えた。

 戦車跨乗(タンクデサント)をしている親衛隊員数人を乗せた戦車が、砂煙を巻き上げながら荒々しくミカたちに向かって走ってくる。数人を乗せた上に、砲身によれよれの上着を数枚かけられた戦車は、近付いてくればくるほど愉快な乗り物に見えてきた。鋼鉄の猛獣の威厳など欠片もない。

 戦車に乗った、だらしなく足を伸ばしてペットボトルに口を付けて中身を呷っている親衛隊員と目が合った。スズミとウイとセリナが一斉に会釈した。ミカも慌てて目礼する。戦車に乗った親衛隊員は素早くペットボトルから口を離すと、手を振ってにこやかな笑顔を浮かべた。

 戦車に乗った他の親衛隊員も会釈したり制帽を外して振ったりしている。ガンを付けられるかと思っていたが、意外とフレンドリーだ。今の自分はトリニティ生徒でありつつも、シャーレ部員だからだろうか。戦車に遠慮なく寝そべっていたり、砲身に制服の上着をかけている姿は規律が厳守されているとは到底思えないが、それでも親衛隊員はゲヘナ生徒にしては空気が読める部類だと聞いたことがあった。比較対象が問題児どころかテロリストなので、いまいち分かりにくいが。

 当然と言えば当然なのだが、戦車はこれまた何事もなく、ミカの横を通り過ぎていった。

 

「……まぁ、そりゃそうだよね」

 

 ボソリと独りごちた。幸いなことに戦車のカタピラの音のせいか、ミカの呟きは誰にも聞き取れなかったようだった。

 今のミカは一般学生であり、シャーレの一部員に過ぎない。そもそもゲヘナで行われる予定のシャーレ演習にミカが参加を希望し、それが許可されたのだから、これが普通である。希望通り参加が認められた後に演習場にやってきたにも拘らずゲヘナ生徒に叩き出された方が、遥かに問題だ。肩透かしとまではいかないが、意外とあっさり自分がゲヘナの演習場に入ってこれていることに、今更ながらミカはホッとした。

 

 とはいえ、あっさりしているのはミカ自身もそうである。ゲヘナ自治区のど真ん中を歩いていても、それなりの数のゲヘナ生徒が視界に飛び込んできていても、意外と不快感は沸いてこない。感情を制御できている、というわけでもないと思う。単に気力が削がれ落ちているだけなのだろうか、と自己分析してみる。

 まるで自分の意識が自分の身体から分離し、空中から覇気のない自分の背中を見下ろしているような気分だった。勿論、実際はそんなことにはなっていない。前を見ても、自分の背中とは似ても似つかないスズミの背中が見えるだけである。

 

 ミカは唐突に自分の心が、ひどく凪いでいることに気付いた。

 これから自分は、大勢のシャーレ部員の前に立つことになる。シャーレに入部し、先生のために活動するのならば避けては通れぬ道で、最初から覚悟していたことだ。少し緊張しているのだが、入部前に想像していた時よりも自分が落ち着いているように思えた。

 ユウカをはじめ少なくない数のシャーレ部員と知り合って、敵意を向けられたり思いを語られたりして、ある程度慣れてきたのだろうか。それとも単純に、怒りや悪意を四方八方から受ける日々に、慣れたからなのだろうか。

 流石に開き直ってきたわけではないと思う。先生が傷付いた遠因となった自分を責めることに疲れたくはないし、疲れてはいけないとミカは信じていた。

 思考の冷静な部分は、自分を責め続けることが贖罪ではないと囁いている。実際、先生に似たようなことを、もう何度も言われている。しかしそれでも、ミカは自分を責める心を失うのを恐れていた。それはこの先、ずっと抱いていかなければならないとすら思っていた。

 そんなことを考えていると、ミカの耳に穏やかな口調のスズミの声が飛び込んで来た。

 

「おはようございます、朝からお疲れ様です」

 

「おはようございます。いいえ、委員である以上は当然の仕事です」

 

 会話。片方は聞き覚えのない声。そして直後に電子音が鳴り、ミカの意識は思考の海から引きずり出された。気が付くとスズミたち3人は立ち止まっており、そして自分も立ち止まっていた。

 スズミがシャーレのIDカードを変わった形の機械に乗せている。

 

「……はい、確認しました。他の皆様もお願いします」

 

 機械が置かれた台の上で、バインダーを抱えつつもう片方の手でタブレットを持ち、その画面を見つめていた少女が顔を上げた。眼鏡の奥の黄色の瞳が、ミカに向けられた。

 いつの間にか、ミカたちはある廠舎のすぐ前まで到着していた。扉の入り口にはデスクが幾つか並び、ノートPCや様々な機械がデスクに乗せられている。

 スズミに続き、ウイがポケットからIDカードを取り出して機械に乗せる。再び電子音が響く。それを見て、ミカもIDカードを取り出した。次にセリナがIDカードを乗せ、最後にミカがIDカードを乗せた。スズミたちのカードを乗せた時と同じように、電子音が響いた。

 

「……あ、貴女が聖園ミカさんですね。初めまして、アビドス高校1年生の奥空アヤネです。今回のシャーレ演習の実行委員でもあります。先日は、シロコ先輩がお世話になったようで……」

 

 タブレットを見て一瞬目を丸くした少女、アヤネはもう一度ミカの顔を見つめ、ぺこりと丁寧に頭を下げた。

 ミカも直ぐに頭を下げた。

 

「あ、うん。寧ろ、私の方がシロコちゃんのお世話になったんだけどね。聖園ミカだよ、よろしく☆」

 

 顔を上げて、パチリとウィンクをする。心の奥底の淀から目を背けるように。そんなミカの顔を見つめ、アヤネはパチパチと瞬きをすると、直ぐに苦笑した。

 

「はい、よろしくお願いいたします。今日はシロコ先輩だけではなくて、セリカちゃんやホシノ先輩、ノノミ先輩も参加しているんです。つまりアビドス生徒全員参加なんですよ。実行委員なのは私だけですけどね」

 

 あぁ、とミカは首肯した。そう言えば、アビドス高校は在校生が5人しかいなかったことを思い出す。そして、その全員がシャーレ部員であるということも。しかも5人とも、シャーレの中でもかなり古参のメンバーらしい。

 

「一応、アビドス対策委員会……あ、つまり全校生徒なんですけど、対策委員会全員、シャーレ演習は第1回の時から全員欠かさず参加しているんです。今回も、皆で頑張りますよ」

 

 そう言って、アヤネは気合を入れるように握り拳を作った。

 成程、頼もしそうだ。ミカはアヤネの表情を見つめ、笑みを返した。

 

「ところでアヤネさん、どれくらい来てますか?」

 

 ずっと黙っていたウイがアヤネに視線を向けつつ口を開くと、アヤネは尋ねられるとは思っていなかったのか、少し慌てた仕草でタブレットを操作した。

 

「ええと……今回の参加予定人数は直前に少し増えて……54名ですね。シャーレ演習は回数を重ねるごとに参加人数が増加しておりますが、今回もまた前回の参加人数を上回っています。

 参加を見送られた方は……演習や合同訓練には常に不参加のワカモさんはいつもですが……あとは、昨日発生したクーデターにより泣く泣く参加不能となったチェリノさんやトモエさん、そして、ラ――」

 

 アヤネの言葉を聞き、ミカは思わず目を見開いた。詳しい参加人数までは聞いていなかったが、自分を入れて54名も参加予定だったとは。ユウカに誘われた時は演習といっても20~30人程度で行うものだと思っていたのだが。

 

 ミカの驚愕を余所に早口で喋りだしたアヤネを手で制し、ウイが若干眉を下げつつ申し訳なさそうに少し声量を下げてもう一度尋ねた。

 

「あぁ、すみません。私の質問の仕方が悪かったようですね。そうではなく……参加予定の人たちは、大半がもう到着されていますか?」

 

 ウイの再度の質問に、アヤネは少し頬を赤く染めて回答した。

 

「ご、ごめんなさい。ええと、スズミさん、ウイさん、聖園ミカさん、セリナさん4名のご到着で……ええと、まだ参加予定の方で到着されていないのは、当初より遅れて到着予定だったヒナさんだけですね」

 

「つまりほぼ最後ですか。トリニティ組でも最後だったんですね」

 

 小さく息を吐いてウイがもう1度尋ねると、アヤネは即座に頷いた。

 

「ええ。トリニティの方々は、皆さんを含めて全員到着されていますよ。皆さん、中で待機しています」

 

 アヤネが首を曲げたので、ミカもつられてそちらに顔を向けた。廠舎の実用性しかない扉が、視線の先にあった。

 

 

 廠舎の中に入った瞬間、一斉に他のシャーレ部員から睨まれたりするかもしれない。内心、何となくそんな悲観的な予想をしていたミカだったが、実際はそんなことは全くなかった。

 一際大きい廠舎の中は、講堂のようになっていた。とはいえトリニティ本校の大講堂のような超巨大且つ荘厳な建物なわけがなく、ステンドグラスなど気の利いたものは無い。簡素な造りの窓からは日の光が入り、安物の電灯しかない廠舎の中を明るく照らしている。

 

 目を見張るほど広いわけではないが、50人近くの人間が集まっていても大して狭苦しさは感じられない程だった。アヤネから聞いたとおり、何十人ものシャーレ部員たちが室内に集まっていた。出入り口の扉付近にいた何人かが入ってきたミカたちに気付いて頭を下げたり手を振ったりするが、大半の生徒たちはミカたちに気付く様子はなかった。勿論、一斉にミカに敵意がぶつけられることもなかった。

 先頭にいたスズミは挨拶をした生徒たちに会釈すると、くるりと振り向いて残りの3人、正確にはミカに視線を合わせた。

 

「ええと、普段だったら開会式と言いますか、演習前に先生のちょっとした挨拶があるのですが……」

 

 ミカに向かってそう言うと、スズミは周囲を見渡した。奥にある演壇の上には誰も立っておらず、生徒たち、つまりシャーレの部員たちはリラックスした様子で、スマホを見ていたり数人で固まって小声で会話していた。小声とはいえ会話をしているグループが幾つもあり、この空間そのものが大して広いわけでもないので、周囲から聞こえて来る声はそこそこの雑音となっていた。

 目を細めて周囲を観察してみると、会話に参加している大半の部員が真剣そうな表情を浮かべていた。頼もしさというよりは剣呑さが感じられる雰囲気だ。

 

「なんか、ちょっといつもと違う空気ですね……」

 

 小声でセリナが呟いた。ミカがセリナの方に視線を向けると、戸惑ったような表情でミカの方に向き直った。初参加の自分だけでなく、シャーレ古参部員の一人であるセリナも同じように感じているらしい。

 

「これは一体……あの、ノドカさん」

 

 眉間に皺を寄せたスズミが、出入り口近くにいた少女に声をかけた。声をかけられた少女は何故か望遠鏡を組み立てており、スズミたちに気付くとぺこりと会釈した。

 

「あ、おはようございます」

 

「おはようございます。……唐突ですみませんが、何か、あったのですか?」

 

「あぁ、それが……」

 

 スズミの問いに、レッドウィンター連邦学園2年生天見ノドカは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべ、忌々しそうに演壇の向こうの壁に掛けられている万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)のマークが描かれた垂れ幕を睨みつけた。

 

「先生が、万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)に呼び出されて、そっちの方に一時的に出かけられてしまったんですよ。マコト、とかいう人に呼び出されたって」

 

「え――」

 

 吐き捨てられるようにノドカの小さな口から飛び出した言葉に、ミカは声を上げて反応しようとした。しかし、まさにその瞬間に大きな音が室内に響いた。

 

「あー、あー、テスト、テスト……本日……ゲヘナ学園自治区西部は……南東の風、風力1、予想最高気温は12度……晴れ時々88ミリ砲弾、一部地域にはナパーム弾及びクラスター弾注意報が出ています……」

 

 それはマイクで拡大された声だった。死ぬほどうるさいわけではないが、平均以上の音量である。奇襲攻撃を食らった耳をかばいつつ、ミカは眉を顰めて発生源の方を睨みつけた。

 今の今まで気付かなかったが、いつの間にか演壇に少女が一人立っていた。ワイヤレスマイクを片手に持ち、感情が全く込められていないような平坦な声で喋っている。その表情はいかにもやる気なさげであり、気怠そうに周囲を見渡していた。

 

「えー、少し予定より早いですが、うちの議長が先生を呼び出してしまったのでスケジュールに狂いが生じています。求められてはいないでしょうが、先生に代わりまして挨拶をさせていただきますよ」

 

 音量を調節しつつ、少女は問答無用な調子で早口でペラペラと話し出した。滑舌は良いが如何にもローテンションな話し方で、喋っている当人も殆ど表情筋を動かしていないように見えた。

 突然始まった挨拶だが、部員たちは皆黙って少女の話を聞いていた。ミカも空気を読んで黙っていることとする。少女の声に威圧感は全くなく、反論を封殺しているわけではないようだ。諦めているのか、或いは押し問答するのは時間の無駄だと感じているのかもしれない。

 

「向寒のみぎり。霜が降り、銃身の収縮に頭を痛める季節となりました。年々降雪量が増している気がしないでもないここゲヘナ。まだまだ積雪の時期ではありませんが、雪が積もるとスノーモービルに乗ったひったくりやチンピラが出没しますのでご注意を。

 あー、それと、マコト先輩から『万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)の威光を全シャーレ部員に知らしめる勇猛無比な演説をぶちかましてこい』と言われましたが、面倒臭いのでやめます。簡潔に行きましょう、簡潔に。

 本日こうして先生のために、休日も仕事も投げ捨ててお集まりいただきました皆様、おはようございます。今日も良き先生ライフをお過ごしかと思います。退屈でしょうが、まずは私の挨拶に暫し耳を傾けてください。ご存じの方も多いでしょうが、この度のシャーレ演習実行委員会委員長となりました、棗イロハと申します。シャーレ部員のゲヘナ2年生で、万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)の議員を務めております」

 

 そこまで言って、マイクを持った少女、イロハは一旦口を閉じて再び周囲を見渡した。そして、再び話し出す。

 

「……挨拶するとは言いましたが、そもそも長い挨拶は私自身嫌いなんですよね、聞くのは勿論する方も。というわけで、巻きでいきましょう。

 今日も先生の盾となり、銃となるために日夜研磨している皆様。先生が暮らす箱庭(キヴォトス)の平和のため、そして明日、先生と平穏に過ごす未来のため。そして演習後の先生からのご褒美のため。それぞれの夢を叶えるため、皆様溢れ出さんばかりの熱意と希望を胸に、この度の演習に臨んだことでしょう。今回は記念すべき、と言えるのかはわかりませんが、今までD.U.とミレニアム自治区で行ってきた中、初めてのゲヘナ自治区での演習となりました。色々不安に感じている方も多いと思いますが、ご安心ください。

 先生との交渉に次ぐ交渉の成果は上々です。私、久し振りに本気でおねだり(ネゴシエイト)させていただきました。とびっきりの物がございます。最高の報酬をお約束いたしましょう。あぁ、感謝の言葉は結構ですよ。実行委員長の私にも役得はありますからね」

 

 静寂を突き破るような歓声と拍手が部屋に満ち、ミカの耳を貫いた。

 盛り上がるポイントはそこなんだぁ、と思いつつ、ミカは態度に出すことなく、周囲に合わせて手を叩いた。自分もかなり嬉しかったし、ホイホイ乗せられて期待してしまっているからだ。今なら、あの万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)議員にも心の底から賞賛の声をかけることが出来そうな気がする。

 それはそれとして、先程から止む気配がない歓声が怖い。乙女の集団を発生源にしている歓声とは思えない程度には怖い。「わぁああああ」とはではなく「ウォオオオオ」とかそんな感じの、実に力強い歓声だった。空気がビリビリと振動する音が聞こえてくる気さえする。実態を知らない者が聞けば、(とき)の声かと勘違いしそうだった。理由が「先生から素敵なご褒美貰えるぜヒャッホーイ」だとしても、物凄い迫力である。

 

 それを一身に浴びたイロハは気怠そうに片手を振るものの、帽子を深く被って照れ顔を誤魔化すような仕草は実に自慢げだった。「もっと褒めろ」と全身で主張していた。殆ど表情を変えていないのだが、下手にドヤ顔をかまされるよりムカつく気がしたので、ミカは微笑みつつ細目でイロハを睨みつけた。

 数秒後、静かになったのを見計らったイロハが再び話し始めた。

 

「というわけなのですが。……先生が万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)本部からお戻りになられるまで、暫し時間がかかります。なので……その時間を使い、今回のシャーレ演習の内容について、ざっと説明させていただきます」

 

 そこまで言って、イロハはフッと微笑んだ。光を飲み込む昏い瞳が、集まったシャーレ部員たちに向けられていた。

 

 

「こっち、積み終わりました!」

 

「よーし、機関銃を配置しろ!」

 

「了解!」

 

 演習参加のシャーレ部員が全員廠舍でイロハの挨拶を聞いている頃、演習場の入り口には十数人のゲヘナ生徒が集まっていた。少女たちは全員風紀委員の制服を着ており、統率の取れた動きで迅速に動いている。

 ミカたちを乗せた装甲車が敷地内に入った頃にはごく普通だった演習場の正面門前には、幾つもの土嚢(どのう)が積み上げられて、複数の遮蔽物が出来上がっていた。

 1人の風紀委員が、一番外側の遮蔽物の上に汎用機関銃を設置しながら、隣の風紀委員に話しかけた。

 

「ねぇ、先生からの助言でこうしているらしいけど……本当に、この演習場が狙われるのかな?」

 

 機関銃のチェックをしているポニーテールの風紀委員の質問に、隣で60ミリバズーカ砲を「えっちらおっちら」と口に出して運んでいた風紀委員がめんどくさそうに答えた。

 

「さぁ? まぁ来ないに越したことはないしさ、来なかったら来なかったで良いじゃん? ハイプロファイルの訓練だと思えばさ。何時もの巡回(パトロール)に比べればらっくしょーらっくしょー」

 

 両手に抱えていた複数のバズーカ砲を「よっこいせー」と間の抜けた声で言いながら下ろした内巻きワンカールの風紀委員は、そう言って額の汗を拭う仕草をして座り込んだ。

 

「アタシら、基本パトロール組だし、ハイプロファイルなんて滅多にしないじゃん? 何事も経験だよ。けーけーん。それでお給料もらえるんだし、文句ないって」

 

 生真面目な生徒が多い風紀委員には珍しく(つまり一般的なゲヘナ生徒に近いと言える)口調は軽薄だが、内巻きワンカールの風紀委員はかなり向上心が強いタイプだった。しかも根っからのプラス思考の持ち主である。朗らかな笑みを浮かべる相方を見て、ポニーテールの風紀委員は羨ましそうにため息をついた。作業を中断し、内巻きワンカールの風紀委員の横に腰を下ろす。

 

 警戒や警備のうち、相手からわかりやすいように目立つ位置に歩哨を置いたり、堂々と陣地を築城して自分たちの存在をアピールする方法を「ハイプロファイル」と呼ぶ。見えぬ敵に「ここに強力な警備が存在する」と認識させることで抑止力とし、安全を確保するこの方法は、風紀委員会に限らず各自治区の治安維持組織では基本となる警備行動だ。

 歩哨の位置や警備の様相を包み隠さず見せつけるのは敵に攻略方法を教えるようなものというデメリットもあるが、それでもある程度の相手の侵入を阻止する手段としては役に立つ。

 

「それに、今ここにはシャーレの主力メンバーの過半が揃っているじゃん? ヒナ委員長とサシで戦えるキヴォトス随一の実力者の人たちも複数人来ている上に、アタシらも親衛隊も数十人来ているんだよ。もう要塞だよ、要塞。何が来ようと大丈夫だって」

 

 能天気そうな発言だが、内巻きワンカールの風紀委員の言葉は事実でもあった。現在、この演習場の正面門は風紀委員が防備を固めており、その内側には親衛隊もまた防衛体制を整えている。そしてキヴォトス最高クラスの戦闘能力を持つ生徒が集められたシャーレの部員たちが大勢いる。今この瞬間、この演習場はキヴォトスで最も戦力が充実したエリアと化しているといっても過言ではないだろう。

 しかしそれを指摘されても、ポニーテールの風紀委員の表情は晴れなかった。彼女は帽子の鍔を握り、小さく息を吐いた。

 

「来られることが問題なんだよ。何せ、先生が――」

 

「そこ、私語は慎め!」

 

「は、はいっ!」

 

 後ろから叱責を受け、ポニーテールの風紀委員は反射的に立ち上がった。そして、テキパキと動き始める。それを見上げていた内巻きワンカールの風紀委員も、「よっこいせー」と間の抜けた掛け声と共に立ち上がり、己のやるべき作業へと戻っていった。

 

「先生がそのうち、ここに来るんだよね……。もし、先生のいる場所が攻撃を受けたりしたら……シャーレの人たちは……」

 

 機関銃の銃弾のチェックをしながら、ポニーテールの風紀委員は誰にも聞こえない小声で呟いた。頬から汗が流れ、顎先から地面に落ちていった。

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