聖園ミカがシャーレに馴染むまでの話   作:五色雨

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 気が付けば評価ポイントが1,000ptを超えておりました。ハーメルンで作品を投稿するのは初めてなので色々と不安でしたが、多くの方にお楽しみいただき、心より感謝申し上げます。
 これからもよろしくお願いいたします。


シャーレ部員になるために③

「いや、あの……その、ごめんなさい」

 

 ユウカは大きく頭を下げた。

 

「本当に、本当にミカさんを責めるつもりじゃなかった。ほ、本当に……ごめんなさい」

 

「う、うん……」

 

 頷いた後、ミカはコーヒーを口に入れた。誤魔化すようにカップを大きく傾け、飲み干していく。幸い、中身のコーヒーはそこそこ温くなっていた。

 

「大丈夫。うん、そう思われても仕方がないことをしたと思う。正直、今にしても自分は何をやっていたんだろうって思ってるよ。

 自分のことながら、考えなしだよね。考えなしで、自分にとって都合の良い展開ばっかり期待して。先生が私を見捨ててくれていたか、裏切ってくれていたら……なんて、本当に最低なことまで考えてたこともあるよ」

 

 カップの中身が空になるまでカップを傾け、ミカはどんよりとした色の瞳でユウカを見つめた。頭を上げたユウカは眉を下げ、気まずそうに視線を彷徨わせていた。初対面なので気が付かなかったが、改めてよく見てみると、ユウカの顔色はかなり悪い様に見えた。

 

「あ、すぐ用意するわ」

 

 ミカが置いたカップを手に取ると、ユウカは先ほどよりもかなり素早くコーヒーのおかわりを用意し、またソファに座った。

 

「後悔もたくさんしたけれど。でも、こうして外も出歩けるようになって、少しは先生のお手伝いができるかなって。あははは……」

 

 涙が引っ込んだのを感じながら、ミカは大袈裟に声を出して笑った。それにつられるように、ユウカもクスクスと笑う。

 

「先生に見捨てられるなんて、期待するだけ無駄だったでしょう? あの人は、そんな発想さえできない人だから。困っている生徒を見過ごすことも、放置することもできない。自分が危険な目に合うことなんて全く優先してくれない。どの学校の生徒も、あの人にとっては『生徒』だから」

 

 ユウカは小首を傾げ、目を細めて思い出に浸るかのように虚空へ視線を向けた。

 どうしよう、超分かる。分かるのだが、ここでユウカの手を取って「わっかる~!」って言うのは違うだろうな。それは流石に空気を読めていないと思う。ミカはそんなことを考えながら、曖昧な感情を隠そうとしているように見えるような笑みを浮かべた。こういう演技はこなれているのだ。事件の時に先生に嘘をついた時も、黒幕ムーブした時も、結構様になっていたと思う。……先生側が、そもそも生徒を疑っていないというのに、演技も何もあったものではなかったのかもしれないが。あるいは、あの時騙していたのは先生ではなく自分だったのかもしれない。

 

「その、初めて来たミカさんにあんな態度を取ってしまった私が言うのもどうかと思うけど……。シャーレには、先生に救われた生徒がたくさんいるわ。別に命の危機を助けてもらったとか大仰でドラマチックなものばかりじゃない。ふとしたこと、ちょっとした言葉。それでたくさんの生徒が先生に感謝しているし、先生を尊敬しているの。

 だから、ミカさんがちゃんと先生の仕事を手伝いたいと考えていることが伝われば、部員の皆もそう貴女に悪い対応はとらないはずよ」

 

 若干歯切れが悪そうにしつつも、ミカをしっかりと見据えながらユウカは言った。

 きっとユウカは悪い性格をしているというわけではないのだろう。前々から気に食わなかったという理由で友達に嫌がらせをしようとして堕ちるところまで堕ちかけた自分よりは、よっぽど優しい人なのだろう。

 そんなことを何となく考えながら、ミカはユウカの近くに置いてある数冊のファイルを指さした。

 

「それで、そっちのファイルは?」

 

「あぁ、これね。まず1冊は互助会が使用しているグループチャットの詳細とか、現在のシャーレ部員の名簿などよ。あとはシャーレの当番シフトの詳細とか、シフトの決め方とか、緊急時に自分の代行を求めるやり方とか、諸々も記載されているわ」

 

 説明しながら、ユウカはファイルをミカの前に積み上げていく。

 

「次にこれがシャーレの施設についてのファイル。シャーレの施設の使い方とか、備品の使い方とか、マナーとか、後は生徒のものを持ち込むときの注意点とかが書かれたファイルよ」

 

「……うん?」

 

 何か少し、おかしな部分があった気がする。違和感を感じながらも、ミカは黙ってユウカの説明を聞いていた。

 

「そしてこれが、先生の仕事を手伝う時の効率的なやり方とか、先生が疲れている時の仕草とか、先生が好きな休憩方法とか、先生をリラックスさせる方法とか、先生の好きなコーヒーの淹れ方とか、先生の好きな食べ物とか趣味とか、先生の日用品を売っている場所とか、あぁ、それと『クラブ』に関する情報とかの」

 

「え、ごめんちょっとまって」

 

 黙れなかった。ユウカの説明を遮ってしまった。咄嗟に言ったものの、具体的に何をどう聞きたいのかがいまいち頭に浮かばない。

 そんなミカを見たユウカは口を閉じ、不思議そうな顔でミカを見た。言葉を口に出せないミカが戸惑っているのを無言で見つめ、そして暫くした後に合点がいったかのように目を見開き、微笑みながら再び話し始めた。

 

「……あぁ、これはあくまで互助会の部員が共有している情報よ。あくまで先生のサポートをするためだけの情報だから、別に先生について知っている情報を全部共有しなければならない、なんてルールはないわ」

 

「ううん多分違うそっちじゃない」

 

 ミカは早口で否定した。未だに自分が何を言いたいのかはよくわからないが、多分そんなことを目で訴えてはいなかったと思う。

 

「え……えっと、そのファイル、全部が先生のことなのかな?」

 

 思考を久しぶりに高速回転させ、飛び出してきた質問がこれである。ミカは質問と共に、未だにユウカの手にあったファイルを指さした。どう見ても、テーブルの上に乗ったファイルの中では一番分厚い。辞典くらいの分厚さがある。

 

「ええ、そうよ。シャーレの部員って大体先生を理由にシャーレに入っているから、先生のことを知りたがる人が多いのよ。仕事中の先生に普通に質問するくらいならマシな方で、好き勝手に盗聴したり盗撮したりハッキングしたり、先生の私室に忍び込んだり。正直言ってシャーレに入部してから暫くはそんなのばかりだったのよ。もう逐一対処するのも面倒だし、いっそのこと皆が持っている情報で他者に知らせても良いもの(・・・・・・・・・・・・)は共有して、最初に教えちゃいましょうってことになったの。

 まぁ、このファイルに纏める作業は本当に疲れたけどね。皆が皆、先生に教えてもらったことや自分が発見したことを自慢げに話すものだから、もう大変で……。どうせ何十回くらいかは喧嘩になるだろうと予めわかっていたから、アビドスの所有者不明の廃墟までわざわざ出かけてやったんだけど。全て出揃うまでに廃墟が幾つ崩れたことか」

 

 つまりはシャーレの非公式組織であるとはいえ、互助会の記録にしっかりと誰が何を発言したかを残されるマウント合戦である。ユウカは詳細を語っていないが、実際は喧嘩よりも不毛な泥仕合の時間の方が長かった。具体的に言うと、誰かが自分の知らない先生の一面を語る度に「嘘だっ!」と反論したりした生徒が続出したのである。勿論ユウカも普通に混じっていた。

 

「え? ってことは、何? 新しく入ってきた生徒が、先生の趣味嗜好とか把握してんの? 先生に不審がられないの、それ」

 

 もっと他に突っ込むところがあるだろうに、ミカはそんなことをユウカに聞いた。

 

「それは特に問題ないわ。互助会専用とはいえシャーレ部員のグループチャットのことは先生も知っているし、何なら管理しているヴェリタスに声をかければ先生も見られるしね。大体学園も学年も部活も何もかもが異なるシャーレのメンバーが共通の会話で盛り上がれることなんて、流行とかキヴォトス全体のこととかを除いたら、先生のことしかないんだもの。

 だから新人の人が先生のことを矢鱈詳しく知っていても『他の部員に聞きました』って言えば、先生も『へ~、そっか』くらいにしか思わないわよ。

 というか先生って、生徒に隠し事できるとあまり思っていないのよね。まぁシャーレ内部の防犯カメラすらヴェリタスに一任しているような状態だし、挙句の果てには自分を盗撮している人すら見逃して放置しているのよねぇ」

 

「えええ……」

 

 そんなんで良いのか。ミカは思わず脱力した。

 

「……ごめん、その、最初から質問していってもいい? まず、シャーレに『生徒のものを持ち込むときの注意点』って何?」

 

 何か頭が痛くなってきた。翼をパタパタ動かしながらそう言ったミカに対し、ユウカはそっと目を逸らした。

 

「……経緯は省くけど、その、一時期生徒たちが自分の私物をシャーレの、特に先生の私室に持ち込んで、そのまま置いて帰っていくことがシャーレで大流行になったことがあるのよ。

 フウカ……えぇと、ゲヘナの給食部の人が自分の調理用具を持ってきてたり、ミレニアムのゲーム開発部がゲームを持ち込んできてたり、あとは、まぁ、私が、予備の電卓とか筆記用具を持ってきてたりね。

 それでもう私室どころかここみたいなオフィスも生徒たちの私物が溢れかえるようになったから、ある程度規制するようになったのよね。まぁ、やりすぎは駄目ですって程度のものだけれど」

 

「わぁ、地獄絵図だねー」

 

 思わず乾いた声でミカは呟いた。確かに先生は多くの生徒に慕われているだろうとは何となく思っていたけれど、何か想定を突き抜けていた。先生の生活空間に普通に自分の私物があるのは確かに嬉しいとは思うが、勿論口には出さない。もう冷たい空気はお腹いっぱい吸い込んだのである。

 

「そういえば、『私室』って……先生って、この建物の中に住んでいるんだっけ?」

 

「ええ、そうよ」

 

 シャーレオフィスの中はオフィスエリアと居住エリアに大別される。そして居住エリアは本来であれば先生のみならずシャーレで寝泊まりする生徒も普通に何日も暮らせる程度には広い。

 そして先生は、居住エリアの内のいくつかの部屋を自分の「家」として専用スペースにしている。勿論事前に連邦生徒会の許可を取ったうえでである。

 当初は連邦生徒会がマンションに先生の家を用意する予定であったし、実際に用意されたのであるが、先生が激務に追われていてあまりにも帰れなかったことや、シャーレオフィスと先生に用意されたマンション(徒歩15分圏内)を往復するだけで何度か先生が事件に巻き込まれそうになり、とうとう本気で激怒したユウカ率いる有志連合が連邦生徒会に殴り込んだのだ。ロクに先生に護衛も付かせずに家と職場を歩かせるとか正気か、というのがユウカたちの意見であった。

 

 連邦生徒会の足元であるD.U.だが、別に他所の地域と比べて治安が良いわけではない。寧ろ万年予算不足に苦しめられつつも、ヴァルキューレ警察学校が汗と涙を流して血反吐を吐きながら、何とか「他所と同じくらい」の治安の悪さに抑えることに成功しているレベルである。

 なのでユウカたちは割と本気で対策を練っていた。結果として、もうシャーレオフィスに先生を住まわせた方が早いという結論に至った。後はヴェリタスが電子的に防御し、トリニティ補習授業部の白洲アズサが有事に備えてトラップの用意を進め、迅速に何人かのシャーレメンバーを派遣できる体制さえ整えられれば、ちょっとした要塞の完成である。

 

「あ、あともう一つ。『クラブ』って何?」

 

「ああ、クラブというのは……」

 

 続くミカの質問に答えようとするユウカ。しかし、ユウカの言葉は遮られた。

 複数人の足音が、廊下を走る音が響いたからだ。しかも、かなりの駆け足である。耳をすませば、複数人が小声で話しながら走っているようだった。

 

「……ちょっと、待ってて」

 

 ユウカは眉をひそめ、静かに立ち上がる。スタスタとドアへ向かい、そして外へ出て行くユウカの背中を、ミカは静かに眺めていた。

 




 いつもお読みくださり、ありがとうございます。
 突然ですが2月から3月にかけて仕事が繁忙期に入りますので、今まで通り2日に1話投稿できるか怪しくなってきました。
 しかし完結までのプロットはある程度できており、完結まで続けるつもりですので、その点につきましてはご安心ください。
 あまり投稿頻度は落とさないようにしていきたいですが、これからも本作品をお楽しみいただければと思います。
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