聖園ミカがシャーレに馴染むまでの話   作:五色雨

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 何とか間を開けずに投稿できました。


シャーレ部員になるために④

 ユウカが部屋の外に出ていき、ドアが閉じられると、ミカは両腕を伸ばして大きく息を吐いた。

 何とかこれまでやってこれた。やらかしてしまったし、色々な意味で動揺してしまったが、まだそんな無様な姿は晒していないはずだ。多分。

 新しくユウカが淹れてくれたコーヒーをゆっくりと飲み干した。さっきまでは味なんて全く気にする余裕がなかったが、こうして味わいながら飲んでみると、とてもおいしいコーヒーだ。豆とコーヒーメーカー、その両方が良いものなのだろう。トリニティでは圧倒的に紅茶派が多いが、ミカはコーヒーも嫌いではない。寧ろティーパーティーの会合では紅茶しか出されないことを不満に思っていたタイプだった。それでもブラックコーヒーよりかはシュガーやミルクを入れたコーヒーの方が好きだったのだが、三食ロールケーキ生活を終えた今となっては、ブラックコーヒーの過剰な苦さも心地よく感じるようになった。

 これを機に、コーヒー派に転向するのも良いのかもしれない。ふと、ミカはそんなことを考えた。どうせもう、ナギサやセイアと頻繁にお茶会をするような立場ではなくなるのだから。

 ため息をつきながら耳をそばだててみると、廊下からはユウカらしき声と複数人の声が聞こえる。どうやら廊下を走っていた生徒をユウカが呼び止め、何かを話しているようだ。

 

 ミカは立ち上がって自分でコーヒーのおかわりを用意しながら、改めて室内をぐるりと見渡した。こうしてみてみると、本当にこぢんまりとした部屋だ。それでもティーパーティーの無意味なまでに豪華絢爛で広々とした執務室よりはマシかもしれない、とミカは苦笑した。

 事前に渡された地図によると、シャーレのオフィスには先生が仕事を行う執務室のほかに幾つかの事務室があるらしい。元はそれなりに広い教室(自習室)だったものを突貫工事で分割し、小さな事務室を幾つか用意した様だった。連邦生徒会の施設であるが故に複数あった教室だが、そのうちの1つを除いて今は改装工事を受けたりして別の部屋に転用されたり、事実上の資材・書類置き場と成り果てているというメモが地図にくっついていた。

 そういえばあの地図、何故か無駄に細かい注釈や説明の書かれたメモがくっついていたな、とミカは思い出した。お陰で初出勤日前というのにシャーレの施設に関しての情報はあらかた入手出来てしまっていた。補習授業部設立前にナギサが激務の合間に少しずつシャーレに関する情報収集をしていたのを思い出すと、何だか複雑な感情が胸を満たしていく。

 そうか、自分はシャーレにいるんだ。

 今更過ぎる感想が浮かぶ自分の頭に若干呆れながら、ミカはコーヒーカップを手に取ってソファへ戻った。そして座ろうとした瞬間、ドアの方向から聞こえてきた大きな声が、ミカの耳を貫いた。

 

「ですから! 主殿(・・)護衛役(・・・)は、1人だけでなく最低2人は必要だと言ったのです!」

 

 ピタリと、ミカは座ろうとしていたままの姿勢で固まった。「主殿」という単語で何となく嫌な予感を覚え、「護衛役」という単語で不安が心に煙のように広がった。

 考える時間は必要なかった。ミカはカップをソーサーに置くとガンラックにかけてあった愛銃を持ち、ドアを開けた。

 勢いよくドアを開けた音に驚いたのか、廊下に出たミカへ一斉に複数の視線が注がれた。ミカも視線の先を見据える。そこにはユウカを含め4人の生徒がいた。全員が、口を止めてミカを見ている。

 

「あ、聖園ミカだ」

 

 1人の生徒が小声で呟いた。しかし、誰もが無言の廊下にはその声がやけに響いた。それが引き金となって、ミカを見つめる瞳に込められた感情の種類が変わった気がした。

 あぁ、またやってしまったかな。他人事のように感じながら、ミカは取り敢えず微笑みを浮かべた。

 

 

 ミカがこの時に出くわした生徒は、全員シャーレの当番としてシャーレオフィスを訪ねて来ていた生徒だった。取り敢えず軽く互いに自己紹介したミカも入れて5人の生徒は、その後の会話が続かず、無言で見合っていた。正確に言えばミカが正面の少女を見つめ、残りの4人がミカを見つめていた。

 ミレニアムサイエンススクール2年生の小鈎ハレ。ヴェリタス所属のハッカーで、先程小声で「あ、聖園ミカだ」と呟いたのは彼女である。小首を傾げ、まるでモニターを注視するような無機質な瞳でミカを見つめている。

 ヴァルキューレ警察学校1年生の中務キリノ。生活安全局(ヴァルキューレの「局」は他校でいう部活や委員会に相当する)の一員で、シャーレ古参組の一員でもある。努めて表情に出さないようにしているように見受けられるが、実際は青くなったり白くなったりと実に複雑そうな表情で、ミカと周囲の者へ(しき)りに視線を動かしている。

 百鬼夜行連合学院1年生の久田イズナ。忍術研究部の部員であり、シャーレでも最高クラスのフィジカルを持つ生徒。先程ミカに聞こえるほどの大声を上げたのは彼女である。口元を結び、憎悪の炎が溢れ出そうな鋭い瞳でミカを睨んでいる。

 そして早瀬ユウカは困り切ったように眉を下げ、人差し指を額に押し当てながらミカに視線を向けている。

 

 シャーレの「当番」とは、シャーレを訪れている生徒のうち、先生が事前に来訪を把握している生徒、つまりは既定の出勤日に既定通りに出勤している生徒を指す。人員が順調に増えている現在のシャーレでは、おおよそ毎日4~6人の生徒が当番に就いている。あくまで当番以外の生徒は(緊急時に先生が呼ぶ場合を除き)自主的に訪ねてきている場合が殆どであるため、シャーレの日常業務は先生と数名の当番の生徒で回すことが前提となっている。

 実際は、多くの生徒たちが当番制なんて知ったことかと暇を見つけては先生の手伝いにくることで、何とかパンクせずに業務が回っているような状態であるが。

 

「……その、先生に何かあったのかな?」

 

 口を開いたミカに対し、真っ先に返事をしたのはユウカである。

 

「大事とはいえるけど、緊急事態というわけではないわ。今日先生は、D.U.にある市民ホールで行われた新交通システム建設の是非のための討論会に参加していたのだけれど、そこで過激な建設反対派団体の襲撃があったの」

 

「え、襲撃!? 凄く危険じゃん!」

 

 声を荒らげて一歩前に出たミカの真正面に立っていたハレがすっと前に出た。相変わらず感情が読み取れない瞳で、ひたすらにミカの顔だけを見つめている。ミカとハレが互いに前に出てきたおかげで、ミカの目にはハレのライトグリーンの昏い光を溜め込んだような瞳がよく見えた。

 

「落ち着いて、聖園ミカさん。襲撃と言っても別に銃を持って実力行使に出てきたとか、爆弾を持ち込んできたとか、そういうのじゃない。ただプラカードとかメガホンとかをもって無断で会場に押し入って、出入り口を封鎖しただけ。簡単に言えば抗議団体だけど、実際はろくに武装もなければ戦闘経験もない一般市民の集まりだから、過激派と言っても無断侵入と公道占拠くらいしかしないし、できない連中だよ。

 とはいえ先生が危険な目に合うかもしれないから、今動けるこの4人で助けに行こうかって話をしていたんだ。取り敢えず先生を連れて会場を脱出し、オフィス(ここ)まで連れてこようかって話。

 ちなみに会場には先生と、もう1人……当番の中でも今日の先生の護衛役をしている生徒、ミヤコさんがいる。ミヤコさんはSRT特殊学園の元生徒で、高い実力を持つ生徒。

 この事態を私にメールで送ってくれたのもミヤコさん。乗り込んできた集団は本当にただの素人みたいだね。全ての出入り口を封鎖して数名が陣取って、誰も出入りできないようにはしているみたいだけれど、先生たちの通信機器を取り上げる発想自体がないみたい。とっくに複数人がヴァルキューレに通報しているよ。だから今のところ不安要素はほぼない。だけど……」

 

 淡々と語っていたハレはチラリと横に立っているイズナに視線を向け、再びミカに視線を戻した。

 

「……例の事件(・・・・)のこともあって、皆、先生に危害が及ぶ可能性に過敏になっている。私も同じ(・・・・)

 

 プシュ、と間の抜けた音が響いた。ハレがポケットから取り出したエナジードリンクの缶を開けた音だった。

 ハレは「う~ん」と小さく唸ると、缶の中身を喉を大きく鳴らしながら二口程飲んだ。

 ミカは何も言えずに黙ったまま僅かに視線を下ろした。そんなミカに周囲の者は誰も何も言わない。

 唯一、キリノが小声で何かを言いかけては中断している。しかしとてもミカへの援護射撃にはならず、意味のない言葉の羅列が雑音となって廊下に染み渡るのみとなっている。いや、そもそもキリノにミカを庇う気があるのかどうかもわからないが。

 

「……ぷぁっ。え~と、つまりはね、別に聖園ミカさんが原因だなんて言うつもりはないんだけど……う~ん……現在、シャーレの空気は色々(むご)い」

 

「惨いって何よ、惨いって」

 

 僅かに顔を顰めながらそう言うハレに対し、ユウカが唇を尖らせながら反論した。突っかかってきたユウカにジト目を送り、ハレはゆっくりと己の意見の正当性を言い始める。それはまるで、言いたいことを全て喉元で押さえつけて、言葉を脳内で再構築しているような緩慢な仕草だった。

 

「聖園ミカさんがトリニティの牢獄から出て行って、そしてまた戻ってきた後、先生は漸く(・・)シャーレのオフィスで普段通り仕事ができるようになったのだけれど、流石に色々と堪えたみたいで、暫く私室に籠って休息をとっててね。……その間、シャーレに乗り込んできたユウカたちが完全装備のうえ数十人で徒党を組んで先生の寝室の前で寝ずの番をしていたこと、私が知らないとでも思う?」

 

「う……」

 

「先生の私室にある防犯カメラだって、ヴェリタスが管理しているんだよ」

 

 一歩後ずさったユウカに向けて、ハレは天使のように穏やかな笑みを返した。

 え、先生にプライベートはないの? と思ったミカであるが、一応黙っていた。それ以上に先生の安全が気になっていたからだ。

 なお、この時のミカは知らなかったが、先生の私室の防犯カメラと言っても結局は防犯のための代物であるため、設置されている場所は廊下等に限られている。

 

 ユウカは誤魔化すように首を振って、小さく息を吐いた。そして、この場にいる全員を見渡した。

 

「……っと、こんなことを話している場合じゃないわね。兎に角私と当番3人は、これから先生のもとに向かうけど……」

 

 そこまで言って、ユウカはミカの方へ近付いてきた。

 

「ミカさんは、どうする?」

 

「一緒に行かせて」

 

 ミカは即答した。自分に対して色々と思う生徒がたくさんいるだろうということなど分かり切っていた。しかし、逃げるつもりなんてない。私は先生を助けるためにシャーレに入ったのだから。

 

「わかったわ! じゃあ、本日の当番全員!」

 

 即答したミカに向けて真剣な表情で頷くと、ユウカはハレとキリノ、イズナに向けて声を上げた。3人は賛意を示すことも反対の声を上げることもなく、沈黙したままユウカに視線を向けた。

 

「そしてミカさんの5人で、先生のもとへ向かうわよ!」

 

 

 キヴォトスの生徒の中では比較的運動が苦手な方のハレを同伴していたため、5人の生徒たちは駆け足をしつつも、しかし常識的な速度で会場まで向かっていった。勿論イズナが壁やら建物の屋上やら車やらを飛んで移動などはしなかったし、ミカがあらゆる障害物をパンチで破壊しながら向かっていったわけではないし、ハレが適当な無人車をハッキングしてそれに飛び乗って会場まで殴り込んだりもしなかった。そういう移動手段は本当の緊急事態までとっておくのがシャーレの活動方針である。無駄に被害を大きくしては先生の評価が落ちるし、賠償など発生すればシャーレの財政が破綻する。

 

 部員が増え、実績を積み重ねていくにしたがってシャーレの予算は増えていったのだが、それでも潤沢というには程遠い有様であるため、可能な限り浪費は抑えたいのがシャーレ運営の実態を知る者たちの共通認識である。このため、ユウカが部員たちの無駄な出費を本気の目で監視している。寧ろ特許や各種製品で儲けまくっているミレニアムサイエンススクールに比べ予算が限られていることと、シャーレの財政崩壊は先生の食生活の崩壊につながるため、ミレニアムの時よりも厳しい。彼女の辣腕から逃れる手はないのだ。シャーレに入部してもなおユウカの目から逃れられなかったミレニアム生徒一同(主にエンジニア部)の絶望は、周囲の誰もが同情を禁じ得ない程であった。

 例えばミレニアムのエンジニア部はシャーレの予算で先生のために便利グッズを作ろうとしたが、その少なからずがユウカによって開発そのものが中止に追い込まれた。もっとも、幾つかは実際に作られシャーレの先生に渡されている。

 なお、先生が使うためかエンジニア部がシャーレの予算で製造した各種道具は、ミレニアムでエンジニア部が製造したそれらとは比較にならない程に厳格な安全基準が設けられている。エンジニア部の発明品で空を飛ぶ羽目になったことのあるユウカは、それを知った日の夜にちょっと泣いた。

 

 それは兎も角、そんな理由で、キヴォトスのD.U.を制服も年齢もバラバラの少女たちがジョギングするように走るという謎の光景が、多くの通行人に目撃されたのである。勿論交通ルールは守ったうえで、歩道を走っている。

 

 件の市民ホールはシャーレのオフィスから徒歩で10分程度の距離であったため、走っていけばすぐに到着する。

 

「そういえば、当番の生徒たちが全員ここに来て良いの?」

 

 到着した後、汗一つかいていないミカは僅かに額に汗をにじませているハレを見て、そう聞いた。

 

「あ、うん。問題ないよ。今はカフェに数人の生徒が屯してる時間だったから、その生徒たちにメールを送っといた」

 

「はい、おそらく間違いはないかと。ここを出てくる瞬間にカフェにいたフブキとすれ違いましたが、面倒くさそうにオフィスの方へ向かっていったので」

 

「あぁ、そういえばフブキさんもいたね。またサボっているんだ」

 

「面目次第もありません。フブキは最近カフェの窓際の席で日向ぼっこをするのにハマっているようでして……」

 

 ハレはミカに返答し、その会話に割り込んできたキリノに視線を向ける。呆れた目をハレに向けられたキリノは体を震わし、恐縮したかのように背筋を伸ばした。

 

「……それより、早く主殿のところに向かいましょう」

 

 ミカへ簡易な自己紹介をした後は一言も喋っていなかったイズナが低い声で言い、市民ホールを睨みながら見上げた。誰の返事を待つわけでもなく市民ホールへ歩き出したイズナの背中を見つめ、ミカは小さくため息をついた。彼女の態度や一挙一動が、全力でミカと関わりたくないと言っていた。別にシャーレ全ての部員と仲良くなりたいなんて高望みなことはいわないが、それでも少し悲しくなってくる。

 ふとあることに気付いて、ミカは隣でエナジードリンクをゴキュゴキュ飲んでいるハレの方へ向き直った。

 

「……そういえば、ハレちゃんってヴェリタスなんだよね? デスクでの仕事が本業だろうに、現場に出て大丈夫なの?」

 

 ミカの質問に、ハレはエナジードリンクの空き缶をポケットに突っ込みつつ、静かに答えた。

 

「別に外に出たところで死ぬわけでもないから大丈夫。私は主に浮遊型のドローンを操作するのとハッキングで支援するのが得意だけど、別に銃だって使えないわけじゃないし。それに……」

 

 ドローンを操作するための端末を掲げながら、ハレはにこやかに笑った。

 

「……ドローンだって、私だって。いざという時に、先生に向かって飛んできた銃弾を受け止める盾役ぐらいになら……なれるからね」

 

 それを聞いて、ミカは咄嗟に視線をそらした。その言葉を笑顔で言い放った時のハレの瞳の色を、ミカは直視することが出来なかった。 

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