聖園ミカがシャーレに馴染むまでの話   作:五色雨

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シャーレ部員になるために⑤

 市民ホールに入ろうとしているシャーレの生徒5人の目的は先生を脱出させることであり、市民ホールに乗り込んだ抗議団体の鎮圧ではなかった。このため武器を装備しつつも引き金に指をかけることもせず、ただ普通にぞろぞろと市民ホールの玄関に向かっていった。

 市民ホールの正面玄関は閉鎖され、ホールの内側、つまりユウカたちから見て反対側には長机やら椅子やらを組み立てたバリケードが設置され、入れないようになっていた。とはいえ、一般人より遥かに力持ちのキヴォトスの生徒数人がかりの前では、ひとたまりもないような簡易バリケードである。有り合わせのものを使用しただけのバリケードは、少女5人組からすれば、足止めになるのかどうかも怪しい存在価値が不明な代物にしか見えなかった。しかも、この場にはパンチ一発で牢獄の壁を破壊したミカもいるのでさらに余裕だった。ミカ以外の4名は、この時はミカの圧倒的なパワーを知らないのだが。

 しかし大きな音を立ててバリケードを突破すれば、中にいるはずの過激派団体を興奮させる恐れがある。銃を持っていなくてもプラカードを振り回す程度のことはできるし、直接殴ったり突き飛ばしたりすることだってできる。その被害に先生があってはたまらない。先生には絶対に「無傷で」脱出してもらわなくてはならない。銃弾を受けなければよい、怪我をしなければよいというものではないのだ。

 なお、ユウカたちからは全く見えないが、ユウカたちから見てバリケードのさらに奥には抗議団体のメンバーが何人か待機していた。それは予め予想できた事であったが、ユウカたちはその者たちの安全性については全く考慮していない。今は先生の脱出が最優先であるし、キヴォトスでは犯罪者が前後不覚や骨折などの大怪我をしたり、精神が摩耗した状態で検挙されることなど珍しくもないのだ。悲しきかなキヴォトスにおいては、犯罪者をとめるために必要なものは説得や良心への訴えではなく、犯人を上回る火力と暴力なのである。

 

 さて、どうすれば先生を安全にここから脱出させることが出来るのか。バリケードを前に5人が立っていると、後ろから大音響のサイレン音を周囲にまき散らしながら、ヴァルキューレ警察学校の装甲車2台が市民ホールの駐車場に乗り込んできた。

 

「走ってきたイズナたちより車が遅いって、おかしいでしょう!」

 

 イズナの怒りと苛立ちが混じった声に、キリノが反射的に身を縮こまさせた。吐き捨てるように言ったイズナは市民ホールに顔を向けたまま、瞳をぎらつかせ装甲車の方向を睨んでいる。

 それはヴァルキューレの警備局の車両だった。キリノとは局が違うが、同じ学校の仲間ではある。滑り込むように適当な場所に駐車した装甲車両の後部ドアから、一斉に警備局の生徒が飛び出してきた。合わせて運転席と助手席のドアが勢いよくに開かれ、生徒が下りてくる。このタイプの装甲車両は後部座席に6人が着席でき、運転席と助手席も合わせて8人が搭乗可能となっている。それが2台、つまり合計16人の警備局生徒が、ゲートル式安全靴の靴音を響かせながら市民ホールの玄関前まで走ってきた。

 

 初動(つまり生徒の現場到着)が遅いことで悪い意味で名を轟かせているヴァルキューレ警察学校警備局であるが、勿論色々と理由がある。例えば単純にヴァルキューレが管轄する地域の全域に十分な生徒を配置できるほど、人手が足りているわけではないことや、何事も組織としての行動が前提の警備局は常にチーム編成で現場に臨んでおり、言い換えればまとまった人数が集まることで漸く出動可能となることなどが主な理由である。

 

 向かってきた警備局生徒に冷たい視線を向けながら、ユウカが無言でIDカードを突き出した。連邦捜査部「シャーレ」のIDカードである。

 

「あ、お疲れ様です! あれ、警備局長(うえ)はシャーレに協力要請をしたのですか?」

 

 代表者らしき警備局生徒がヴァルキューレ式敬礼をしつつ戸惑ったように聞いてきた。それ以外の生徒は大型のタブレットを囲み、状況を小声で話し合っていた。

 

 ヴァルキューレ警察学校に幾つかある局のうち、警備局は一般的な事件の捜査を担当する局である。この場合の一般的な事件とは、傷害事件や窃盗事件、爆破事件(キヴォトスでは建物が爆破されたりすることなど日常茶飯事である)、デモやストライキ、暴動、そして今回のような立てこもり事件などだ。その他指名手配犯の捜索や重要施設の警備なども、警備局の役割となっている。

 一方、大規模なテロや組織的犯罪などの重大事件となると、ヴァルキューレのエリート部門である公安局の管轄となる。公安局はヴァルキューレの中でも最優秀の人材と最優秀の装備を集めた精鋭部隊だ。

 ちなみにキリノが所属する生活安全局は防犯指導や巡回の他、雑踏警備や非行活動をする者の補導、迷子の保護などを担当する。

 シャーレはヴァルキューレと協力関係を構築しているが、シャーレがヴァルキューレに手を貸さなければ(悪い言い方をすれば、ヴァルキューレの領分を侵さなければ)ならない状況は重大事件の場合がほとんどで、その場合はヴァルキューレも面子をかけてエリートの公安局を出してくる場合が多い。つまりヴァルキューレとシャーレが合同で動く場合、基本的には公安局とシャーレが協力して事件に当たることが多い。

 

 とはいえ、別にヴァルキューレ警備局が担当する事件にシャーレが関わってはならないという規則などないし、寧ろそういった規則や慣例を全て無視できるのがシャーレの強みである。なので警備局の要請を受けてシャーレが動くことも少なくない。警備局にとって、公安局を呼ぶ必要があるかどうか判断が難しい状況でも、先生のGOサイン一つで現場に現れるシャーレは実にありがたい存在なのだ。

 

 それはわかる。わかるのだが、他校の生徒にこういう態度をとられるのは、何時まで経っても違和感がある。

 まるで上司に対応するかのような姿勢をとっている警備局生徒を見て、ユウカはため息をつくのを何とか堪えた。セミナーの生徒、つまりユウカの本当の部下たちは、真面目ではあるがもっとフレンドリーだ。こんな風に無駄に洗練された敬礼なんてしない。とはいえ、目の前のヴァルキューレ警備局の生徒は何一つ間違ったことをしていないのも確かである。

 

「いえ、警備局長(そっち)ではなく、自発的(・・・)よ。あそこに先生がいるのよ」

 

「は……はぁ!?」

 

 ぎょっとした表情を浮かべた警備局生徒は、慌てて後ろを振り向いて叫んだ。

 

「おい、至急警備局本部に伝えろ、最優先だ! 封鎖された市民ホールの中にシャーレの先生がいるぞ!」

 

「何ですと!?」

 

「なんてことだ、最悪だ……公安局に連絡をしなくては……!」

 

 悲鳴交じりの返事をした生徒のうち、1人が慌ててスマホを取り出して早口で喋りだした。

 ヴァルキューレにとって、それは悪夢に他ならない。別にシャーレの先生に多大な恩があるからではない。立てこもり事件が起こっている内部に、銃弾1発で致命傷になりかねない命を落としやすい(・・・・・・・・)存在がいることが大きな問題なのだ。キヴォトスでは生徒に限らず、一般住民もたった1発の銃弾を受けたり、ちょっとした爆発に巻き込まれた程度ではそう簡単に死なない。生徒と違って即座に起き上がることは難しいが、それでも気絶程度で済む。しかし、先生はそうはいかない。

 仕方がないことだが、立てこもり等で人質が発生した場合の警備局の対応マニュアルは、人質が一般的なキヴォトス住民(・・・・・・・・・・・)程度の生命力があることを前提に作られている。つまり市民ホールの中に先生がいることは、判明したその瞬間に通常の対応マニュアルが無価値となったことを意味する。

 

「その、申し訳ありません、早瀬さん。状況が変わりました。当初の予定では市民ホールに突入し、本官が占拠グループと話し合い、説得する予定だったのですが……。下手に占拠グループを興奮させる事態は避けねばならなくなりました。

 通報によると、占拠グループは新交通システム推進派筆頭のD.U.3区区長との公式且つ公開された場での会談を所望しておりますが、その方以外にはあまり興味を持っていないようですね。ここは不用意に交渉して相手を刺激するよりも、先生や一般参加者の方々を逃がすような作戦を立てた方が良さそうですね……。少し、本部と相談してみます」

 

 そう言うと、代表の警備局生徒はユウカに背を向け、警備局員たちを呼びあれこれ話し合いを始めた。

 ユウカは今度こそため息をついた。土壇場での前提条件の崩壊、方針転換。これでは暫くヴァルキューレは頼れそうにない。

 ユウカはさっさと見切りをつけてシャーレの部員たちを見た。すると、いつの間にかハレが持参した大型タブレットを見るように4人が集まっている。ヴァルキューレの生徒たちとやっていることは全く同じだが、4人を包み込むオーラというか雰囲気のせいで、ある種異様な光景と成り果てている。

 まるで機械のように淡々とタブレットを操作しながら小声で説明をしているハレ。

 その説明を真剣な表情で聞きながら、時々ふん、ふんと相槌を打っているミカ。

 ハレに時折確認や質問をしつつ、まるで威嚇する野犬のように隙あらばミカの方を睨みつけているイズナ。

 ミカとイズナに挟まれて、説明を真剣に聞いてますという態度をとりつつ、何かから目を逸らすかのようにタブレットの画面のみを見つめ続けているキリノ。

 シャーレの任務中に仲間に殺気とすら言える怒気を放つイズナは論外だが、その怒気に気付いているであろうに何も言わずに受けとめ、冷や汗一つ流していないミカもミカだ。本人は諦観と共に己への態度を受け入れているつもりかもしれないが、傍から見ると「なんだぁ、そのおままごとの様な殺気はぁ?」という感じで涼しい顔をしながらイズナの殺気をガン無視しているようにしか見えない。その証拠に、イズナの表情が段々ムキになってきている。あと数分放置しておけば、逆にイズナが涙目になりそうだ。

 

 そんな光景を見て、ユウカは今日一番の大きなため息を吐いた。今から自分もあそこに加わらなくてはならないのは少し憂鬱であるが、仕方がない。先生の安全と生命は、あらゆるものよりも優先されるべきものなのだから。

 

 

 超法規的機関である連邦捜査部「シャーレ」であるが、その絶大な権限は基本的に顧問である先生が専有している。シャーレの部員が自分たちとは何ら関りのない学園の自治区で好きに戦闘ができるのも、それが先生の命令もしくは許可という絶対条件があればこそである。

 つまり、先生の命令が下されていない状態で、例えばシャーレの部員という理由だけで生徒たちが不法侵入やり放題、というわけではない。……やらかした後に先生があれこれ正式な書類を用意して「先生の正式な命令を受けて生徒がやった」ことにならできるであろうが。

 

 では先生が意識を失ったりした場合、或いは敵に人質に取られるなどして部員の指揮を取る手段を喪失したなどの理由で、シャーレの部員に命令をすることが出来る状況ではなくなった場合はどうなるのか。実際のところ、これまでその問いに答えることが出来る者は、シャーレや連邦生徒会も含めて誰も居なかった。つまり、どうすればよいのか何一つ決まっていなかった。

 エデン条約調印式の事件の際は、意識を失った先生が割と短時間で目を覚ましたことで事なきを得た。しかしその間シャーレは実質的に機能を停止し、シャーレの生徒でミレニアムや百鬼夜行などの他校の生徒は、何も知らない一般人と同等の存在と化した。彼女たちは状況を満足に把握することもできず、ましてや他校の自治区まで独断で乗り込むことなどできなかった。仮にニュース映像を見た直後に、シャーレ部員がトリニティへ即座に向かったとして、事件の解決までに到着できたかどうか、という点はこの際置いておく。

 

 ミカの聴聞会の準備が進められていたころ、ユウカを含むシャーレの一部(言い換えれば、先生襲撃の事実に打ちのめされた後、早期に復帰できた者たち)はこの事実を重く受け止めた。何とかしなければ。

 アビドスの対策委員会は阿慈谷ヒフミの嘆願一つで、ノリと勢いでトリニティ自治区まで駆け付けたが、あれは例外中の例外である。極限とすら表現できるまでに身軽であり、今更他校との関係や連邦生徒会から睨まれる可能性など何も考慮する必要がないアビドスだからこそ可能だったことだ。

 

 ユウカはその件について一度先生に相談をしてみたが、先生は珍しいくらいに真剣な表情をして「考えてみるよ」とだけ言った。その後、先生はシャーレの部員の誰にも何も知らせずに、私室に籠る時間が増えた。

 ユウカたちは知っていた。先生はいつも隙だらけなように見える。しかし本気で先生が隠し事をする場合はシャーレの精鋭たち(と書いて「ストーカー連合」と読む)であっても先生の動向を把握するのは難しい。先生は隠し事が下手なのではない。生徒たちを信頼しているから、本気で隠す気があまりないだけなのだ。

 それでもシャーレ部員が団結し、本気で総力をつぎ込めば先生の動きや意図を明らかにすることはできるだろうが、それを実施する前に、独断専行で先生の動きを調査していた生徒がいた。

 

「……憶測、ですけど……こっそり……い、遺書でも用意されているんじゃ……ないでしょうか……。ご自身に何かあった後の……引継ぎ用の……書類、だとか……」

 

 生きているのが不思議なくらいに白い顔で、地獄の釜の底から響く様な低音でそう言ったのは、ヴェリタスの音瀬コタマだった。彼女は盗聴のプロであり、先生が「何か」の準備をしていることを朧気ながら把握していた。

 それを聞いたユウカたちは、即座に行動した。書類作成能力と交渉術に長けるシャーレの部員をかき集め、連邦生徒会に何度目かの殴り込みをかけたのである。そして、先生の許可がなくともシャーレの部員がある程度独自でシャーレの特権を利用できる権限をもぎ取った。

 もっとも決着は早々に着いた。連邦生徒会も、先生が意識不明になっていた間にシャーレがまとめて機能停止に陥ったという事実を、スルーするという選択肢は選べなかったのである。最初からシャーレ部員が有事の際に、先生のためという「錦の御旗」を掲げて好き勝手に行動する可能性があるのであれば、予め正式に認めておく方がまだマシとも言えた。現在の連邦生徒会に、先生に代わってシャーレ部員たちを止める力はないのだ。

 とはいえ連邦生徒会長が失踪した現在の連邦生徒会は、シャーレの権限を変更する能力を喪失しているため、実際は「先生に何らかの事態が生じた場合、シャーレ部員が先生の命令を待つことなくシャーレの権限を行使することを、連邦生徒会は見て見ぬふりをする」ということになった。それはシャーレ部員(先生ではない)と連邦生徒会との間で交わされた取り決めであり、連邦生徒会の黙認という名の援護射撃であった。見て見ぬふりをする程度で先生の生存率が高まるのであれば安いもの、というのが連邦生徒会の本音なのだろう。 

 

 これら一切の動きは先生に知らせることなく行われた。それは独走であり、或いは暴走とも言えた。しかし、多くのシャーレ部員が躊躇うことなく実行した。

 シャーレの部員たちは、少なからずがあることを懸念していた。しかし、誰もが口に出すのを恐れていた。口に出した瞬間に、それが事実となる気がしたのだ。

 彼女たちは心の底から恐れていた。

 先生は、自分の身体や命にそんなに執着していないんじゃないか、と。

 

 つまるところ、それがユウカたちが市民ホールの中にいる先生にろくに連絡を取ることも許可を得ることもなく、市民ホールの警備を任されていた警備会社のシステムをハッキングし、市民ホールの非常口の扉を蹴りで破壊した理由である。

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