聖園ミカがシャーレに馴染むまでの話   作:五色雨

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シャーレ部員になるために⑥

「へー、けっこうやるねっ☆。イズナちゃん」

 

「……あ、はい……聖園……ミカ殿」

 

 扉の向こう、つまり非常口の扉の反対側に並べられていた複数の椅子ごと扉を吹き飛ばしたイズナの蹴りを見て、ミカは小さく両手を叩いた。

 あれほど敵意を隠さずに向けていた相手から素直な賞賛を受け、イズナは戸惑った挙句に普通に返事をしてしまっていた。

 なお、ミカが称賛したのはイズナの蹴りの威力ではなく、柱や壁を破壊して建物を振動させることはない程度(・・)の威力に抑え、必要なだけの破壊に済ませた事だった。確かにイズナは本気で蹴りを放ったわけではなかったが、そこまで意図的に力を抜いたつもりもないことを、ミカは知らない。

 別にミカは上から目線でイズナを褒めたわけではない。単騎での戦闘力が異常なほどに高いが故に、基本的に味方と共に戦った経験も、誰かを巻き込まないように力加減をした経験も殆どないミカにとって、ちょうど良い塩梅に手加減できるというのは尊敬に値することなのだ。今までは尊敬はしても自分も真似をしたいとは思わなかったが、シャーレの一員として働いていく以上はそうもいかないだろう。これからどんどん学んでいかなくては。ミカは自分の戦闘能力に誇りを持っており、自身が強者だと自認しているが(その分ナチュラルに相手を煽ることもあるが)、慢心は良くないとは思っている。何せ、少し前に先生に命を救われなければ危うかった程に追い詰められたのだから。

 

 市民ホールのマップや構造、ホール内の防犯カメラの映像などを一通りチェックして、シャーレ5人組は一つの結論を出した。

 要するに、

 

「――もう面倒くさい。とっとと中に入ってさっさと先生を連れだそう」

 

である。

 ミヤコからの定期的に来る状況伝達メールによると、抗議集団は出入り口を封鎖して以降は騒ぎまわり、自分たちの意見の正当性とそれ以外の意見の否定、あとは反対者の身体的特徴や服装や経歴などの否定しかしていない。最早討論をする気があるのかすら怪しい。それもホールに閉じ込められた参加者に片っ端から言って回っているのだから性質(たち)が悪い。

 いくら銃口を突き付けられたり暴行を振るわれたりはしないにしろ、こんな空間に強制的にとどまらせるのはもはや一種の攻撃である。そんな行為が横行している空間に先生を長居させるわけにはいかない。既に事件発生から20分以上が経過している。何としても、早急に先生を助け出さねばならない。

 

 中にいるミヤコが先生を連れて、自分たちだけ脱出するということが難しいのは確かなようだ。天下のSRT特殊学園の元生徒であるミヤコと言えども、無理なものは無理である。しかも民間が主催の討論会に参加する以上、護衛役とはいえども完全装備というわけにもいかないので、今日のミヤコは愛銃くらいしか持ってきていない。いつも作戦時に使用しているドローンやサバイバルナイフも置いてきているという。銃がアクセサリーかファッションの一部か何かのように扱われているキヴォトスであるが、銃1丁ならまだしも、グレネードやドローン、防弾防刃ベストにサバイバルナイフなどをフル装備の状態で歩ける場所やタイミングには限りがある。

 装備が心許ないミヤコであっても、やろうと思えば非武装の素人などあっという間に叩きのめすことができるだろうが、そもそも先生を脱出させることが最大の任務であるというのに、相手を数人気絶させたところで意味などない。

 それに隠れて脱出するためには、抗議団体のみではなく他の一般参加者たちの目も全てかいくぐって先生とともに消えなければならない。先生を護りながら先生とミヤコ以外の全員に気付かれないように脱出をするのは極めて難事だ。自分たちだけ逃げ出そうとすれば、一般参加者たちも我先にミヤコたちについていこうとするだろう。下手すればパニック発生の引き金となる。SRTの元生徒として、自分たちと共に閉じ込められた一般参加者たちのパニックを誘発するような行動を避けるという方針に思考が向いているのだろう。故に、ミヤコは状況の報告だけメールで行い、先生から離れずに静観という選択をしたのだとユウカたちは想像した。

 

「さぁ、行きましょう! 可及的速やかに、迅速に、先生を助けましょう!」

 

「ミヤコさんも新人だからね……。普段の仕事は兎も角、シャーレでの先生の護衛役は、先生の安全だけを(・・・)考えなくちゃいけないのに。SRTでの教育が染みついちゃっているね。これは良くない」

 

 キリノの大声に反応することもなく、ハレはぶつぶつ不満げに呟きながら、タブレットを睨みつつキリノの後ろを走っている。

 現在、5人組は先頭からイズナ、ユウカ、ミカ、キリノ、ハレの順で市民ホールの廊下を走っていた。

 扉を破壊した非常口近辺に誰も居なかったのは、すでにカメラ映像で確認済みだ。市民ホールで最も広い部屋、すなわち大ホールでは抗議団体がメガホンを使用して己の主義主張や他者の悪口をぶちまけているため、扉や壁を幾つも隔てた場所で、鉄製の扉と幾つかの椅子が床に叩きつけられた音がよく届いていないらしい。届いていたとしても、自分たちの世界に浸りながら喋りまくる人間には意外と周囲の音が聞こえていないものである。

 

 この市民ホールは約2000席を誇る大ホールの他に、大ホールの半分程度の広さの中ホール、その他リハーサル室、大会議室、小会議室、展示室、事務室、複数の個室形式の楽屋、正面駐車場と地下駐車場等が備えられている。正式名称を「D.U.東部多目的市民文化会館」というが、長いので先生を含む近隣住民は「市民ホール」と呼ぶことが多い。そして当然のようにシャーレの部員も先生の呼び方に倣っている。敷地面積約37,000平方メートル、地下1階、地上4階建ての鉄骨鉄筋コンクリート構造の建物だ。築60年越えとなかなかに年季が入っているが、今回先生が参加しているものを含む各種シンポジウムやコンサート、セレモニー、ワークショップ等が毎年多く開催されている由緒ある施設である。

 

 大ホールは1階に位置しており、シャーレ5人組が突入したのは非常階段を上った先にある4階の非常扉だ。もともと抗議団体の構成員は半分以上が大ホールにおり、残りもそれぞれの出入り口を封鎖した後は正面玄関に数人が待機している以外を除き、大ホールに集合するか、事務室を占拠するかをしているようだ。

 

「抗議団体の人数は43人。こんな人数では占拠して、くまなく全部屋を巡回することなどできないわね。乗り込んだ後に速やかに全出入り口を封鎖できたのは無駄に行ってきた訓練の賜物でしょうけど、そもそも主目的が大ホールでの乱痴気騒ぎだし……これじゃあそこらの不良の方が良い動きをするわよ」

 

 ユウカが走りながら小声を漏らすと、全員が首肯した。

 

「……そうですね、ユウカ殿。大ホールに突入して主殿のみを連れて建物から脱出。あとは警備局の皆様に任せるか、彼奴等(きゃつら)を共に捕縛するか。それは主殿のご命令に従いましょう」

 

 任務モードのイズナは声を抑え、静かに唸りながら言った。突入後も普通に大声を上げているキリノにも、少しは見習ってほしいものである。

 

「幸い、今日は先生が参加している討論会以外はイベントもなく、閉じ込められているのは討論会の参加者以外は事務室に押し込められたここの職員だけ。不幸中の幸いだね。

 そして市民ホールの警備システムやカメラは、ごく普通の民間警備会社が管理している一般的なシステムだから、簡単に必要十分な時間無力化しておくことができる。時間的余裕もたっぷりとある。先生に怪我だけはさせないように、慌てずに行こう」

 

 タブレットを指先で叩きながら、ハレは視線をユウカに向けた。一応、5人組の中ではユウカが指揮官役である。

 

「そうね、ミカさんも、異論はないかしら?」

 

「全然おっけー☆。大丈夫。私は皆の戦い方をよく知らないし、一般人が多数いる中で戦闘がこなせるくらい器用でもないから、皆の動きに合わせるよ。一応聞きたいんだけど、発砲はしても良いんだよね?」

 

「シャーレの権限でそれはどうにでもなるわ。勿論一般参加者を片っ端から撃っていくとかとなると話は別だけど」

 

「流石にそんなことしないよっ。弾がもったいないしねっ☆」

 

「も、もったいなくなかったらやるんですかっ!?」

 

「キリノさん、うるさい。……ついでに言うと、ここの警備システムは遠方の民間警備会社が全面的に管理していて、ここの事務室からはカメラ映像を見ることくらいしかできない。それを無力化してしまえば、事務室を占拠している抗議団体の人たちは何もできないね」

 

 しかも市民ホールに警備会社の警備員は常駐しておらず、日に何度か巡回しに来る程度だという。その民間警備会社はキヴォトスでは珍しくない「民間警備会社の看板を掲げたPMC(民間軍事会社)」ではなく、主に市民ホールや図書館、公民館のような市や区の施設の定期巡回、防犯設備の管理などを行っている、ある意味においては正しい形の民間警備会社である。所属する警備員も、警棒と防弾ベストくらいしか装備していない。

 公園にやって来るケバブのキッチンカーすらミニガンを抱えた強盗集団(スケバン)に狙われるキヴォトス基準で考えると、貧弱極まりないと言わざるを得ない警備体制であるが、このような公共施設は建物が大きくて立派なだけで、保管してある現金などたかが知れている。こんな場所を狙うくらいならば、駄菓子屋でも襲った方がまだ実入りがありそうだ。D.U.全ての公共施設に重装備のPMCを常時配置するなど、どう予算をやり繰りしても不可能な話である以上、襲われる可能性が極めて低い施設はこうなってしまうのも当然である。

 

 淡々と言いながら、ハレはタブレットを睨み続けていた。ここの事務室からはカメラが見えないが、彼女のタブレットでは市民ホールの防犯カメラの映像は全て見ることが可能だった。カメラ映像はカメラが数世代前の代物ということもあって、あまり解像度が高くないが、そこは妥協する他ない。

 

「うーん……イズナさん、その目の前の扉が大ホールの2階席の正面出入り口。取り敢えず、そこから中に入って大ホールの様子を見てみよっか」

 

「は、わかりました」

 

 大ホールは所謂「プロセニアム構造」と呼ばれる、観客席から見ると舞台が額縁のように区切られて見える構造となっている。つまり観客席から見て正面側に舞台が位置しており、さらに客席に段差があることで全客席から舞台を眺めることが出来るという構造である。そして大ホールは1階席と2階席に分かれており、1階席が約1600席、2階席が約400席となっている。当然、2階席からも正面に舞台が見える。

 1階席には正面側に3か所、その他両脇に1か所の出入り口がある。そして2階席には正面側、両脇にそれぞれ1か所の出入り口がある。いずれの扉も車椅子での移動を考慮しているのか広めの両開き扉となっており、今は全て閉まっているようだ。

 ハレが入るよう指示した扉は2階席の正面出入り口の扉である。つまりこの扉から入れば、高所から舞台を見下ろすことが出来るはずだ。大ホールの状況を直接目で見て判断するには、これ以上ない格好の場所である。

 

「カメラの映像によると、閉まっている扉のうちバリケードが設置されているのは、1階席の正面3か所と西側のみ。つまり2階席側の扉全部と1階席の東側の扉は普通に出入りができるよ。

 討論会は大ホールを使用しているけど、参加者の数を考えれば2階席を使うまでもないから、全参加者は1階席にいて2階席は使っていなかったみたいだね。2階席には……カメラを見る限り誰もいないと思うけど、念には念を入れた方が良さそうだね」

 

「ハレのドローンを使っても良いけど、先生のために取っておきたいわね。万が一抗議団体に出くわしたとしても銃を持っていない素人だし。……イズナ、頼めるかしら」

 

「……」

 

 ユウカの言葉に先頭にいるイズナはコクリと無言で頷くと、左腕を横に伸ばし、少し下へと向けた。「その場で待機してくれ」のハンドサインだ。そのまま音を立てずに扉の右側の手前まで走り、ユウカたちの方を向き、ユウカを指差しした後に扉の左側を指差した。

 それを確認したユウカは小さく頷き、イズナが指差した方、つまり扉の左側まで走っていった。位置に着いたユウカはミカたちの方を向くと、銃を持っていない方の手で握り拳を作りミカたちに見せた。「まだ動くな」のハンドサインである。

 

 所属する学園がバラバラの部員で構成されているシャーレでは、戦闘時の連携を円滑に進めるためにシャーレ部員共通のハンドサインや暗号等を使用している。もっとも一から独自に産み出す時間も余裕もなかったため、ヴァルキューレ公安局が使用しているものをそのまま利用しているのだが。

 なお、まだそれらが書かれたファイルを受け取っていないが故に、知る機会も与えられていないミカのため、ミカの後ろにいるキリノが小声でハンドサインの意味を逐一伝えていた。

 第三者から見ればまるでコントか何かのような光景であるが、こういうものは誰が同行していようが実践して、どんな時も忘れぬように脳と体に染みつかせた方が良いのである。

 ちなみにミカに渡される予定の、こういったハンドサインやら無線で使う暗号やらシャーレの戦術やらが書かれたファイルは、シャーレの第1事務室のテーブルの上で、先生について書かれた辞典のように分厚いファイルの下敷きになっている。

 

 ハンドサインをした後、ユウカはイズナに視線を向け、ドアレバーを掴んだ。それを見たイズナは小さく頷くと、姿勢をインドアレディ(レディポジションの一つで「CQCローレディ」とも呼ぶ。待機姿勢(レディポジション)は銃を構え即座に射撃できるようにするための姿勢のことで、インドアレディは銃口を自分の足元に向けた姿勢のこと)に保ったままそろそろと動き、さらに扉に近付いた。

 ユウカがゆっくりと扉を開けると、イズナが素早く中を覗き込んで様子を伺う。ドアを開けた瞬間に拡声器を使用した野太い男のダミ声が廊下に届くが、イズナは眉一つ動かさない。イズナはユウカに向かって大きく頷いた後、ミカたちに向かって左腕を水平に突き出し、肘を上向きに曲げた。「来い」のハンドサインだ。

 素早くミカたちが集まると、ユウカが一気に全開まで扉を開けた。すかさずイズナが飛び込み、次いでユウカ、ミカ、キリノ、ハレの順で中へ入っていく。

 

 ドアの向こう側には、見るからに誰もいなかった。座席が並んでいるが座席の下は潜り込めるほどのスペースがないため、隠れる場所はない。座席の前後や脇の通路は人がすれ違うことが出来る程度には広く、安全確保(クリアリング)は容易だった。

 ニーリング(膝射。膝が床についた状態で銃を構えること)の姿勢で一番奥の方にいたイズナが少し笑みを浮かべながら他の4人に向かって「OK」のサインを送る。

 舞台の方からは拡声器を使った男の声が断続的に響いており、どうやら抗議団体の主要人物の多くが舞台の上に陣取っているようだ。

 ユウカたちは姿勢を低くしたまま2階席の下側、つまり一番奥側まで移動した。2階席の下側には格子状の手すりがあった。そもそも座席から舞台を見ることが想定されているのだから当然なのだが、2階席からも舞台側からも丸見えの状態なので、5人とも匍匐前進のような姿勢でそろそろと下側まで移動する。

 

 

「あ、あそこに主殿がいらっしゃい……ます……が……」

 

 一番最初に座席に座る先生に気付いたのはイズナだった。しかし、イズナの声は最初こそ小声なりに喜びに満ちたものだったが、徐々に流氷漂う海のように冷たくなっていった。

 1階席の一番前、つまり舞台に一番近いところの席に討論会参加の来賓が集められており、その中に先生がいた。先生は腰を下ろし、ただ舞台の上で騒ぐ抗議団体を見つめていた。

 そしてその右隣に座っている月雪ミヤコが、先生の右肩に頭を預け、完全に先生にもたれかかっていた。しかも先生の背中に左腕を伸ばし、これでもかという程に密着していた。

 

「……は?」

 

 今日一番低い声が、イズナの口から漏れ出した。

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