企業の宇宙進出が進んだアド・ステラにおいて有力な企業がその影響力を増し続け、更には宇宙移民者、スペーシアンと地球居住者アーシアンとの間の経済格差による対立等混迷の時代となっていた。
その日、地球の企業であるオックス・アース・コーポレーションが所有する小惑星フロント「フォールクヴァング」のラボではここ数か月の間にとある騒動が定期的に起きていた。
フォールクヴァングではヴァナディース機関がGUNDフォーマットの健全性を証明するために日夜研究が続けられていた。
GUNDフォーマットは元は人体の欠損や宇宙環境下での身体機能障害を機械的に補助することを目的とされていたが、その研究課程において資金不足となり、MS開発を主に行っているオックス・アース・コーポレーションに買収された。
GUNDフォーマットをMSに搭載することでMSはパイロットとMSをリンクさせることで従来の物を遥かに上回る性能を発揮することとなりGUNDフォーマットを搭載したMSをGNUD-ARM、通称ガンダムと呼ばれるようになった。
そのガンダムによりオックス・アース・コーポレーションはMS開発において一歩先に進むかと思われたが、ガンダムには大きな欠点が存在した。
それは、機体とのリンク時のパーメットスコアが大きくなりある基準値を超えるとデータストームが発生し、パイロットへ多大な負荷を与え最悪の場合は死に至るという物だ。
いくら高性能とは言っても性能を引き出せばパイロットを殺すガンダムの存在は呪いとすら言われ、MS開発協議会から倫理的な問題があると危険視されることとなった。
その問題を解決できないまま月日ばかりが過ぎた頃、ヴァナディース機関の責任者であるカルド・ナボはある赤ん坊を連れて来た。
その赤ん坊はどういう訳かデータストームの影響を一切受ける事がなかった。
カルド・ナボがどこから連れて来たのかは赤ん坊の素性は一切明かされることは無かったが、赤ん坊はルーカスと名付けられヴァナディーズ機関で育てられながら研究は進められていた。
それから数年が経ち、ある程度の研究は進み、データストームの問題にも希望が見いだされた頃、7歳となったルーカスは研究に協力的ではなくなり、毎月行われる定期検査の前にラボ内を逃げ回っていた。
そのたびに研究員は総出でルーカスの捜索に駆り出されていた。
「今回はこんなところにいたの? ルカ君」
ラボで開発されている試作MSのテストパイロットであるエルノラ・サマヤがトイレに籠っていたルーカスを見つけた。
エルノラはラボでルーカスの世話係も任されているため、逃げ出したルーカスを見つける回数も多い。
「ちっ」
「それで今回はどうして逃げ出したの?」
エルノラは怒る事もなく優しくルーカスに声をかけるがルーカスはそっぽを向いている。
「注射が嫌なんだよ」
逃げ出した理由が年相応な物でエルノラは吹き出しそうになるが、堪える。
定期検査の中には採血もありルーカスはそれを嫌がって逃走したらしい。
大人からすれば大したことはなくても子供にとっては大きな事でここで笑ったりすればルーカスは益々へそを曲げるだろう。
「そう。注射は嫌よね」
そういいながらエルノラはルーカスの頭を撫でる。
「でもね。注射から逃げたら注射をしなくても済む。そうすれば痛くないが手に入る。だけど、逃げなかったら他にも手に入るのよ」
「例えば?」
「まずは先生が喜ぶ。ラボのみんながルカ君は偉いなって認めてくれる。注射になれれば我慢が出来て怖くなくなる」
エルノラはルーカスに注射をすることで得られるものを一つづつ説明していく。
そうすることでルーカスに注射を受けさせようとした。
「逃げなかったら逃げるよりもいっぱい手に入るのよ」
「……別にいっぱいはいらない。俺は痛くないだけが手に入れればそれでいい」
「あらら」
エレノアの説得は失敗に終わった。
ルーカスにとっては注射を受けて得られるものよりも注射から逃げて得られるものの方が良いようだ。
説得が失敗すれば後は強制的に連れていくしかないが、嫌がるルーカスを無理やり連れて行くのは気が引けた。
「こんなところにいたのかい?」
「げっ今度はババァかよ」
説得が失敗し最後の手段を使うしかなかったところにラボの責任者であるカルド・ナボが来る。
カルドはルーカスをエルノラから受け取ると検査が行われる医務室へと連行していく。
幼い身とは言え抵抗すれば逃げられる可能性はあるが大人しく連行された。
「まったく……大人しく検査を受けておけば無駄な手間もかからないっていうのに」
検査は1時間ほどで終わり後は結果が出るのを待つだけだ。
「うっさいな」
ルーカスは不貞腐れながらもそういう。
元よりルーカスも本気で逃げられるとは思ってはいない。
フォールクヴァングは小惑星に作られているため、逃げ出すにはMSか宇宙船を奪うしかないが、ルーカスにはどちらも動かすことは出来ない。
逃げる事は出来ないと分かっていながらも毎回逃げ出していた。
「どうせ俺の体をチェックしたところで何の解決にもなんないんだよ。他の連中も言ってるよ。俺は呪われた子供だってさ」
生まれつきデータストームの影響を受けないルーカスの体を遺伝子レベルから調べているが未だにまともな成果を得られてはいない。
ラボの一部の研究者の間ではルーカスは生まれながらにして呪いを受けているからガンダムの呪いを受けない呪われた子供だと言われている。
「ばかばかしいね。そんなのは科学の敗北を認めた連中の戯言さ」
カルドもルーカスが一部ではそういわれている事は少なからず耳にしているが、それは単に自分たちではガンダムの呪いをどうにもできない事を認めて呪いという非科学的な物のせいにしているだけに過ぎないと思っている。
「今日の検査は終わりだよ。さっきからエリーが終わるのを首を長くして待ってるから行っときな」
「……マジかよ」
ルーカスは心底うんざりする。
エリーとはエレノアの娘であるエリクトのことだ。
フォールクヴァングには子供はルーカスの他にはエリーしかいないため、エリーは良くルーカスを遊び相手にしようとしてくる。
「ルカ君! もう検査終わったの? ならいっしょに遊ぼ!」
「嫌だよ。後、ルカ君は止めろ。なんかおじさんやおばさんにまで定着してるんだよ」
「えー! かわいいよ」
医務室を出た途端に出口でエリーが待ち構えていた。
ルーカスが出て来るのを見るとパッと笑いルーカスのところまで駆けて来る。
「かわいくない」
「ぶー」
エリーはルーカスの事をルカ君と呼んでいる。
自分が愛称としてエリーと呼ばれているため、ルーカスの事も愛称で呼びたいと言い出したことに始まる。
ルーカスは愛称で呼ばれることを嫌がっていたが、いつの間にかエリーやその両親の間では定着しつつある。
「そうだ! 今日はね! エリーの誕生日なんだよ! ママとパパがお祝いしてくれるっていうからルカ君も一緒にやろうよ!」
さっきまでとは打って変わりエリーは楽しそうに話す。
今日はエリーの4歳の誕生日だという事は1週間ほど前から毎日本人から聞かされているから今更言われなくても知っている。
「めんどくさい」
「やだ! いっしょが良い!」
ルーカスも毎年誕生日を祝われているが、ルーカスの誕生日はラボに来た日で生まれた日という訳ではなく、本人にとっては祝う意味が見出せていない。
その後は、エリーの気が済むまで相手をさせられてエリーは誕生日会の準備があると戻っていったことでようやくルーカスも一息つくことが出来た。
「たく……鬱陶しい奴」
ルーカスは自分の部屋に戻ると一人呟く。
毎日エリーに付き合わされてウンザリしているが、ここではそのくらいしか時間を潰すことが出来ないのも事実ではあった。
部屋には定期的に増える遊び道具やおもちゃがある物のそれらに興味を示すことはなく、部屋では基本的にゴロゴロするだけだ。
部屋に戻りしばらくすると誰かが部屋に来てチャイムを鳴らす。
「ルカ。いるかな?」
「今度はおじさんか」
部屋を訪ねて来たのはエリーの父親であるナディム・サマヤだった。
この部屋を訪ねて来るのはサヤマ家の3人かカルドくらいで他の研究員が来ることはまずない。
「今日のエリーの誕生日会なんだけど。エリーもルカが来ることを楽しみにしてるんだ」
「そういうのは家族や友達とするもんでしょ。俺が行っても仕方がないよ」
ナディムの用はエリーの誕生日会の事だったが、ルーカスは明確な拒絶をする。
遠回しだが、ルーカスはエリーたちの事を家族でなければ友達でもないと言っている。
エレノアもナディムもラボからルーカスの世話を任されているが、娘と同じように接してきてはいるがルーカスは常に壁を作っている。
「そうか……それなら気が向いた時にでも来てくれ。エリーに頼まれてケーキも用意してあるし、料理も3人じゃ食べきれないかも知れないしな」
ルーカスが拒絶する以上は無理に連れて行ったところで空気が悪くなるため、後はルーカスの気が向くことを待つしかない。
寂しそうにしながらもナディムは帰っていく。
「何だよ。モルモット相手にさ」
ルーカスはナディムが出て行ったドアを見ながらそう言いベットに横たわる。
それからいつの間にか寝ていたようで目を覚ますと時間を確認する。
寝ていた時間はそこまで長くはないようだ。
「……腹ったな。まぁせっかくだから豪勢な飯くらいは食べてやってもいいか」
明確に拒絶をしておきながらも、毎日楽しみにして自分を誘っていたエリーの事を思い出し少しは罪悪感を覚えたルーカスはそう言い訳をしてエリーのところに向かおうとする。
この時間であればまだ誕生日会も終わっていないだろう。
「……手ぶらだと面倒な事になるな。なんか持っていくか」
ルーカスは辺りを見渡した。
このままいくと確実にエリーは誕生日のプレゼントをねだって来ることは分かり切っている。
事前にプレゼントを用意している訳も無いため、プレゼントは部屋にある物から選ぶしかない。
だが部屋にある物は男の子用の玩具ばかりでエリーにあげて喜びそうなものは見当たらない。
「てか、なんで俺がそんなことしなくちゃいけないんだよ。適当でいいだろ」
ルーカスはそもそもなんで自分がそんなことを考えなくてはいけないのかと頭を振るう。
自分はあくまでも夕飯を食べに行くのであってエリーの誕生日を祝いに行くのではないため、プレゼントを用意する必要性もないのだと自分を言い聞かせて適当に目に付いたものを手に取ろうとする。
だが、部屋が大きく揺れてルーカスは尻餅をつく。
「何だ? 事故か?」
自分の部屋だけが揺れる事はあり得ず揺れたとなればフォールクヴァング自体が揺れたという事になる。
「けど、この時間に実験なんて」
ラボのスケジュールを思い出すが、今日は試作機に稼働テストはあるが時間的には終わっているはずで、テスト中の事故という訳ではなさそうだ。
「ルーカス! いるかい!」
状況がつかめない中、カルドが返事を待たずして部屋に入ってくる。
「ばあさん。何だよ今の揺れは?」
「話はあとだ。今は付いてきな!」
カルドはルーカスの問いに答える事も無く腕を掴んで部屋から連れ出す。
その道中で警報が鳴り研究員が慌ただしくしているのを見てルーカスもただの事故ではない何かが起きている事を察した。
ルーカスはノーマルスーツを着せられてラボの中では普段は使われていない区画に連れてこれた。
そこには1隻の小型の輸送艇があった。
見た感じには動きそうにもない輸送艇だったが、カルドは輸送艇のドアを開ける。
「ルーカス、アンタはこれで脱出しな」
「脱出? なんで? それにばあさんやおばさんたちは?」
ルーカスは状況は分からないが、脱出しなければならない事態だという事だけは分かった。
そうなれば他のみんなはどうなるのかという疑問が出て来る。
「安心しな。後でエルノラとエリーだけでも逃がす」
「何が起きてんだよ! ただの事故じゃなかったら攻撃でもされてんのかよ!」
これが事故によるものでないとすればフォールクヴァングは攻撃を受けている事になる。
「良いかい。ルーカス良く聞きな。今日起きたことは全部私ら大人たちの行いによって起きたことなんだよ。私ら大人が道を間違えてしまった事で起きたことなんだ。命を救うための研究で命を奪いそれを克服することなく人が踏み入れてはいけない領域に触れてしまった事でね」
「何言ってんだよ! そんなの分かんねぇよ!」
「だから私らはその責任を果たさないといけないんだ。けど、その罪は私らが償って終わりだ。アンタには関係はないんだ。だから……」
カルドはそういうとルーカスを抱きしめる。
ラボでは研究対象として割り切り人間らしい関わりは最低限にしてきたため、こんな触れ合いは初めてのことだ。
「本当はもっと早くこうして上げるんだったよ。ルーカス、これから先、いろいろと大変な事が待ってるけど、アンタは今日の事で誰から恨んだりするんじゃないよ。そして生きるんだ。生きて外の世界でやりたい事をしな。これから先は自由なんだ。ルーカス」
それはまるで遺言でもう二度と会えないような気がしてルーカスは知らず内に涙を流していた。
検査で痛い思いや苦しい思いをしてきたが一度として涙を流したことは無かった。
「何……言ってんだよ。ばあさん」
「ルーカス……アンタはその存在そのものが人類の希望の光となりえるんだ。だから……決して呪われた子なんじゃない。アンタは祝福された子なんだよ」
カルドは輸送艇にルーカスと押し込めるとドアを閉める。
「ばあさん!」
ルーカスはドアを開けようとするが、すでにロックが掛かっており開ける事は出来ない。
何とか開けようとドアを何度と叩くが反応はなく、カルドは予想艇を外に出す準備を始めいた。
「嫌だよ! そんなの! 俺を一人にしないでよ!」
ルーカスは泣きながら膝をついて崩れる。
フォールクヴァングから輸送艇が出されるもルーカスは泣き続けた。
それから数時間後、ルーカスは体力を使い果たして小型艇の中で意識を失っていた。
「おい! 子供だ! まだ息があるぞ! 隊長に知らせろ!」
ルーカスは意識がおぼろげだが誰かの声が聞こえた。
「ば……ぁさん」
周囲には複数の人間が武装し輸送艇の周囲には複数のMS、グラスレー社製のベギルベウとハイングラが取り囲んでいる。
任務を終えて帰投時に所属不明の輸送艦を見つけて攻撃対象だったヴァナディース機関から逃げ出した輸送艇の可能性を考えて念のためにに調査をしようとしていた。
輸送艇からの応答はなかったため、内部を調べる為にMSで包囲した上で中に突入した。
輸送艇の中にはMSと思われるバラバラの部品があるだけで人の気配はなかったが、捜索していると子供用と思われるノーマルスーツた漂っていて中には意識のない子供が一人いるだけだった。
「生存者が? 子供ならヴァナディースとは関係ないだろう。何故こんなところに一人で漂流しているのかは気になるが放ってはおけないし、積み荷も気になる。保護しよう」
周囲の会話はほとんど聞こえずルーカスは再び意識を失う。
この日、ヴァナディーズ機関は壊滅し、後にヴァナディース事変と呼ばれる出来事となり、その最中ルーカスは全てを失った。