「本当に知らなかった訳?」
フランによりシズカがペイル寮のガンダムのパイロット即ち魔女であった事が暴露されたが、シズカは動揺することなくむしろ、その事実をルーカスが知らなかったことを呆れている。
「だから知らないって」
「……呆れた」
シズカは事前に学園の魔女の情報を見ていないというルーカスの言葉を信じていた訳ではない。
デリング直々に魔女狩りを指示されて魔女の顔と名前を知らずに来ること等あり得ないからだ。
その上、シズカは車椅子で歩くことは出来ない。
これが経営戦略科ならともかくパイロット科やメカニック科としては歩けないというのは致命的な問題だ。
それなのにパイロット科に籍を置いているのであればそれなりの理由がある。
その中でもGUNDフォーマットであれば歩けないというハンデも関係なくMSを動かすことは出来るだろう。
だとすれば事前情報がなくてもシズカが魔女である可能性を考える事は難しくはない。
にも関わらずルーカスがシズカが魔女であることを今まで一度も疑わずその可能性すら頭の中になかったというのは到底信じられることではないが、事実なのだろう。
「せっかく友達にまでなって探ってみたのに無駄だったじゃない」
シズカがルーカスの友達になる事を容認した理由の一つにルーカスの腹の内を探る事だ。
シズカが魔女であると疑っていないという事は考えて無かったため、それを隠して自分に接近してきて目的が魔女狩りであることも明かしている。
そこまでするという事は何か裏があるのではないかと勘繰っていたが、何の理由もなく本当に知らなかったらしい。
「そっか……シズカが魔女だったのか」
ルーカスはそういうと立ち上がる。
シズカも警戒して身構えるが、ルーカスは何の警戒もなくシズカに背を向ける。
「帰る」
ルーカスはそういうと歩き出す。
先ほどまでの会話がまるで無かったかもように今まで通り過ぎてシズカは呆気にとられる。
「おい! ルカ」
帰っていくルーカスをフランが追いかける。
その場にはコウタロウとシズカだけが残される。
コウタロウもイマイチ状況が分からずに気まずそうにしているが、シズカの方を向く。
「……久しぶり。俺の事覚えてる?」
「ええ。久しぶりね。コウタロウ」
シズカもコウタロウの事を覚えていたようで一安心するが、安心したところでいろいろと疑問も出て来る。
「シズカ。なんでここに? それも魔女だなんて」
ルーカスとの関係等聞きたい事はあったが、真っ先に出てきたことはそれだった。
コウタロウもこの学園に来てから1年以上経っているがペイル寮の魔女の事は余り知らなかったため、まさかシズカが同じ学園に通っているとは思っていなかった。
「どうだっていいでしょ。貴方には関係のない事よ」
「それはそうだけど……」
取りつく島もない完全な拒絶だった。
コウタロウは昔近所に住んでいただけの友達でしかなく、もう10年近くもあっていない。
そんな相手に話す必要はないが、それでも何故魔女になったのか、昔とは違い車椅子なのかと聞きたかったが、それすらもシズカは拒絶した。
「貴方に話すことは何もないわ。彼との関係もこれでお終い。一人の方が良いから清々したわ」
シズカはコウタロウに背を向けると寮の方に車椅子を向ける。
コウタロウは反射的に手を伸ばして引き留めようとするが、シズカに完全に拒絶されたことで躊躇して手を引っ込める。
「何がどうなってるんだよ」
シズカが完全に視界からいなくなりコウタロウはただ伸ばしかけた手のやり場がなく立ちすくむしかなかった。
「なぁルカ。悪かったよ」
執務室のソファーで寝そべるルーカスにフランが謝る。
ルーカスは顔を背もたれの方に向けているため表情は分からない。
「何が?」
「いや、アタシのせいだろ。さっきのアレ」
フランは自分たちに黙って次の手を打っていたのだと勘違いして出て行ったが、ルーカスは別にそんなことはなかった。
そのせいで話しが変な方向に拗れたため、フランも自分のせいだと思っている。
「どの道ああなっていたさ。それが今日だったってだけ」
ルーカスが魔女狩りを指示されている以上はいずれはシズカとの関係は終わっていた。
「それじゃアタシの気が済まねぇ。一発と言わず何度でも気が済むまで殴ってくれ!」
「やだよ。フランて筋肉質だから殴ると俺の方が痛いし」
フランは何らかの罰を受けなければ納得がいかない様子だったが、呼び鈴がなる。
ルーカスは出る気はなくセシルも機体の調整で出ているため、仕方がなくフランが出る。
「何だよ。コウタロウじゃねぇか。どした?」
コウタロウの表情は暗く、フランもあの後何かあったのだと察した。
「とにかく入れよ。話は中で聞くからさ」
「すみません」
コウタロウを執務室に通す。
ルーカスはコウタロウが来たことには気づいているが、微動だにしない。
フランはコウタロウを座らせると話すのを待つ。
「成程な。コウタロウとあのペイル寮の魔女、シズカって言ったな。そいつは幼馴染だったと」
「はい」
コウタロウはシズカとの関係を簡単に話した。
「俺、アイツがこの学園にいる事も魔女になった事も知らなくて、それに足の事だって……だからルーカスなら何か知ってないかと思って」
魔女狩りの為にこの学園に来たルーカスならば魔女であるシズカの事を何か知っているのではないかと思い、それを聞くためにコウタロウはここに来たらしい。
「俺は知らない」
ルーカスは振り向くことなく答える。
こっちはこっちで取りつく島もないようだ。
「セシルなら何か知ってるんじゃないか?」
「私がどうしました」
ルーカスが知らなくてもセシルであればその辺りの事を知っているのではないかとフランが答えるといつの間にかセシルが帰って来ていたようだ。
フランはセシルにこれまでの経緯を話す。
「知ってますよ。彼女の経歴は一通り」
期待通りの答えが返って来てコウタロウは息をのむ。
ここから先はシズカの空白の10年に踏み込むため、いい加減な気持ちでは踏み込むことは出来ない。
「教えて下さい」
それでもコウタロウは知る事を選択した。
セシルはチラリとルーカスに視線を送る。
相変わらずソファーの背もたれの方を向いて寝転んでおり、表情は分からないが止めないという事は話しても構わないとセシルは解釈する。
セシルは自身の端末を操作すると事前に渡された資料と独自で調査した資料の中からコウタロウが必要としている情報を探す。
「まず彼女がコウタロウさんの住んでいた街から離れた後の事からでしょうか」
そんな前からの情報まで把握している事に今はコウタロウもフランも気にすることはない。
「家族である程度の金が入る仕事としてカブラギ家は地雷撤去の仕事をしていたようですね」
「地雷撤去って……」
「昔の戦争の名残って奴か」
かつての戦争で地上で戦場になった地域には歩兵用の地雷が設置されており、今でもその撤去作業が行われていると言う。
「その仕事中の事故で彼女は両親を失い自身も大怪我を負いました」
地雷撤去の仕事は地域によってはMSやモビルクラフトを使い安全に撤去されているが地域によっては未だに人力で行っている場合はある。
そして、そういう地域に限って安全管理が杜撰で事故が起こる。
シズカもまたその事故で家族を失い自身も巻き込まれて大怪我を負ったらしい。
「彼女は幸いにも両足の切断で命を取り留め、偶然にも義足手術の行える医師により義足手術を受けました」
事故で家族を失い両足を失う大怪我を負う事が幸いなのかは置いておくとしても様々な要因が重なった事でシズカは命を取り留めた。
「その後、彼女に残ったのは義足手術の費用と義足の代金です」
セシルは端末にその時のシズカに対する請求額を端末に表示する。
その額は桁を細かく見なくてもとんでもない額だという事はすぐにわかるほどだ。
「おかしくないか? アタシは義足の相場とか手術費用とかには詳しくはねぇけど。さっき見た感じだとあんな義足でここまでかかるか?」
「普通はかかりませんよ」
フランの疑問をセシルはあっさりと肯定する。
シズカの義足はお世辞にも高価な物とはいえず、義足としての機能すらまともに果たしていない。
それをつけるだけでそれだけの費用を請求することはあり得ない。
「ですが、費用を請求する額は医者側の自由ですし、それを拒否することも患者側の自由です。そして、彼女はそれを承認しています」
「承認って死にかけた状態でまともな判断なんて出来る訳がないですし、いくらでも吹っ掛けられるじゃないですか!」
「なぁ、それって出るところに出れば無効にできるんじゃねぇのか?」
死にかけた状態で高額の治療費を吹っ掛けられても正常な判断は出来ず、死ぬよりかはと了承してしまうだろう。
それに対して後から不当だと訴えれ出れる事も出来る。
「できたところで、誰が動くと思いますか? 所詮はアーシアンの子供ですよ」
仮に裁判を起こすとして弁護士を立てる必要があるが、アーシアンの子供であるシズカには弁護士を雇うだけの金はなく、事情を聴いて善意からアーシアンに無償で雇われる弁護士もいない。
いるとすれば更にシズカを食い物にしようとする悪徳弁護士くらいだ。
それだけアーシアンの立場は低い。
「その費用でできた借金を返す方法として取れる手段は主に2つ。体を売るか命を売るか」
その2つはアーシアンの中でも最底辺が選択できる最後の手段だった。
フランの母親も自身の体を売って稼ぎ、稼げなくなるとフランの命を売った。
フランはマシな方で大半は臓器やらを売る事になる。
「彼女の場合、体が体なだけに体を売る事は出来ず、命を売る事しか出来ないところにペイル社が借金の肩代わりをする代わりに新型機のテストパイロットをするという契約で」
「要するにペイル社に買われたって事か」
借金の肩代わりと言えば聞こえがいいが結局のところペイル社によって買われたという事だ。
まともに働くことの出来ないシズカに借金を返す手段はなく踏み倒して逃げる事も出来なければペイル社に買われるしか道はなかった。
「何だよ! それ! 御三家の一つなのにそんなことを!」
「まぁアタシも似たようなもんだし、どこもそうだよ」
流れは違うもののフランもシズカも金が無く命を売って魔女となった。
その点では2人は同じような境遇ともいえる。
「このご時世魔女になるのはそういった立場の弱い女ですからね」
アーシアンの中でも男であれば肉体労働である程度の仕事はある。
しかし、女ではフランのような例外を除いては肉体労働では男には敵わない。
頭脳労働ではまともに学校に通う事も出来ず最低限の読み書きしかできなければ仕事もない。
何とかMSやモビルクラフトの操縦を覚えようにもそれら使った仕事ではアーシアンの中でも学園の生徒のように独学ではなく専門的な教育を受けた人材の方が優先的に就くため、底辺のアーシアンの女は生きていくためには体を売るか命を売るかしかないのが今の時代と言える。
「アイツの事情は分かった。それでコウタロウはどうしたい?」
「何とかしてやりたいってのはあります。でもシズカは一人の方が良いとも言っていました」
「事情が事情とは言え御三家に買われたってのは運が良いのも確かだからな。少なくとも待遇は悪くない」
シズカの経歴を見ると助けたいという思いが出て来るか、本人はコウタロウに助けを求めてはいない。
フランも似たような立場だったから分かるが、ガンダムのパイロットとしてデータ収集の為に決闘時に規定されているパーメットスコアを超えるテストを行う事もあり、下手をすれば命を失う危険もあるが、御三家に雇われているだけあって普段の生活は十分な水準を確保している。
「コウタロウ。気持ちは分かるが早まった真似はするなよ」
「わかってます。俺だってアイツの気持ちを無視してまで何かをやりたいと思ってはいません」
シズカの過去を聞き感情的になりかけるも、フランの話を聞き冷静さを取り戻している。
何とかしたいが、シズカの意思を無視して強引に何かをしても意味はない。
動くとしても慎重になる必要はある。
「とにかく、今日は帰って休め。明日からアタシも可能な限り相談に乗るからな。一人で抱え込む必要はないぞ」
「ありがとうございます。フランさん」
自分一人であれば無策で暴走しかねなかったが、フランや他の地球寮の仲間がいる事が心強いと改め実感した。
気持ちを落ち着かせてコウタロウは地球寮へと帰っていく。
「アレ? ルカの奴どこ行った?」
コウタロウを見送って戻ってく来ると先ほどまでソファーで寝転がっていたルーカスはいなくなっていた。
「先ほど出かけていきましたよ」
「自由人か。てかどっから出てったんだよ」
正面の玄関にはフランはコウタロウを見送るためにいたため、それ以外の場所から出て行ったのだろう。
相変わらず好き放題にしているルーカスに呆れるが、フランは失念していた。
こういうときのルーカスは大抵何かをやらかして来るという事に。
コウタロウと別れた後、シズカはそのまま寮に帰る事もなく適当に時間を潰してから寮へと帰ってきた。
自室の鍵を開けて扉を上げるとシズカは一瞬目を疑う。
「やぁさっき振り」
部屋にはルーカスがまるで自分の部屋にいるのかのようにそこにいた。
思わず声を上げそうになるが、ルーカスは素早くシズカの口を手で塞ぎ声を出せなくすると車椅子から抱きかかえてシズカをベットに下す。
「どうやって貴方がここに!」
シズカの問いに答えるよりも先にルーカスは扉を閉めて鍵をかける。
車椅子から降ろされてシズカ自力での移動はほとんど出来ない状態にされて身構えている。
少し前に魔女であることを暴露した上であんな形で分かれたのだ、まともな要件とは思えない。
「生憎とこの学園で俺が出入りできない場所ってないんだよね」
ルーカスはシズカの車椅子に座る。
元々、この部屋に誰かを招くことも無かったため、部屋には椅子の類は無かったからだ。
椅子どころか部屋の中にはベットを机以外には私物はほとんどない殺風景な部屋だ。
「他の寮だろうと生徒の部屋だろうとその気になれば自由に入れる」
本来は用になければ他の寮に出入りすることも無ければ個人の部屋に本人の同意なく入る事は出来ないが、ルーカスの立場であればそれも可能なのだろう。
実際に部屋にいたことがそれを証明している。
「それで……私に何の用なの? 総帥の指示通りに私を始末しに来たって訳?」
考えられる理由はそのくらいしかない。
友人であることを止めたシズカに対してルーカスは報復としてここに来た。
「物騒だな。俺も明確に敵対行動を取らなければそこまでの事はしないよ。少なくともシズカが俺の真意を探っていた程度の事で一々腹を立てる事も無い」
ルーカスはそういうがシズカは素直にそれを信じられる訳もない。
シズカは視線をベットの枕に向ける。
「そこにあるこれは回収済み。にしても物騒な物を持ち込んでるな。セキュリティを見直す必要があるぞ」
ルーカスは懐から銃を取り出す。
それはがシズカがペイル社に頼んで密かに持ち込んでいた物だ。
普段は枕の下に隠してあったが、待っている間に見つかったようだ。
「この体だから自衛には必要なのよ」
武器が奪われて抵抗の手段を失うが、シズカは冷静さを保つ。
本気で殺すつもりがあるのならすでに殺している。
シズカを殺してもルーカスならばいくらでも正当化は出来る。
それでも殺さないのはまだ利用価値があるからだとシズカは考えている。
「まぁいいや。コイツは返しておく」
ルーカスは銃を無造作にベットに投げる。
シズカは銃を手に取るも一度ルーカスの手に渡った銃ではどんな細工がされているかは分からないため、使う気にはなれない。
「それで俺がここに来た理由何だが」
ようやく本題に入るようでシズカは身構える。
「俺もいろいろと考えてみたんだよ。友達だったシズカをどうするべきなのかを。流石に手荒な真似をしたくはないけど、親父の命令を無視するわけにもいかないからな。で、考えていたら面倒臭くなって来たから手っ取り早い手段を使う事にしたんだよ。シズカ。俺と決闘しよう。それなら命のやり取りもないから平和的だし手っ取り早い」
ルーカスにシズカを殺してまでガンダムを手に入れるつもりはない事は分かった。
「私がガンダムを賭けるとして貴方は一体何を賭けてくれるのかしら?」
「何でもいいよ。何が良い?」
「そうね……なら命でも賭けてくれる?」
シズカはどこまでがルーカスが賭けられる許容範囲なのかを確認する。
少なくとも権力や立場にそこまで執着するタイプには見えない。
「良いよ」
取り合えず断られることを前提に命と言う馬鹿みたいなことを言ってみたがルーカスは何の躊躇いもなく答える。
流石にシズカも想定外だったが動揺は見せないようにする。
「安心しろ。俺が負けたところで親父の力を使って反故にはしないから」
「そうね。それよりも早く。私がその場で殺してあげるわ」
「けど、ガンダムだけじゃ俺の命とは釣り合わないから。シズカも命を賭けろ。それで対等だ」
「……いいわ。その条件で構わないわ」
シズカも決闘に同意する。
どの道、向こうは譲る気はなく、これ以上の交渉は無意味だからだ。
命を賭けろと言い出したのはシズカであるため、シズカもこれ以上は退くつもりはない。
「決まりだな。エマの奴には明日にでも伝えておく」
ルーカスは要件はそれだけだったらしく何もしないで帰っていく。
ルーカスが帰り少し経つをシズカは緊張が解けてベットにそのまま倒れる。
「命を賭けるか……ははっ何やってんだろう。私」
シズカは懐から1枚の写真を取り出す。
そこには生前の両親とシズカの3人で映っており、写真の中のシズカは満面の笑みを浮かべている。
「でも……これでようやく私もそっちに……」
シズカはそう零すと写真をしまう。
こうしてルーカスとシズカによる前代未聞の互いの命を賭けた決闘が決まった。