レイニーとの戦闘に勝利したルーカスは機体を格納庫のハンガーに戻す。
装備の大半を失いボロボロで戻ってきたルブリスV2を見てマキアが膝から崩れて悲痛な叫びをあげる。
「ご苦労様です。ルーカス様」
「ああ。ばっちり勝って来たし、これでこっちの方は問題はなさそうだ」
ルーカスは機体から降りると近くまで来てセシルに抜いたヘルメットを渡す。
「後は……」
「資料の方は用意してあります」
「ご苦労さん」
ルーカスはセシルから渡された端末を確認する。
「上出来だ」
ルーカスは内容を確認すると端末をセシルに返す。
「やったな。ルカ。レイニーの奴に勝っちまうとか流石だな」
「まぁね。もっともV2の方はボロボロだけどな」
「大将が大金星を挙げたんだ。その勢いで全勝を目指すか!」
「……好きにしろ」
すでにこの試験の目的であったレイニーに自信の実力を見せるという事は達成しているため、ルーカスにとっては他の生徒の試験には何の興味もない。
その後も空いた戦術試験区域から組み合わせは発表されていき試験は続く。
「おっ! ようやく俺の出番だ」
初日の試験が終わりかけた頃、コウタロウの出番が回ってきた。
コウタロウはベギルベウに乗り込みコンテナが戦術試験区域に送られる。
「相手はブリオン寮の奴か……それにデミトレのカスタム機か? 見ない機体だな」
コウタロウの相手はブリオン寮の生徒で機体はデミトレーナーのカスタム機のようだ。
「ありゃブリオン社が新しく開発した戦闘特化のギャリソンとかいう奴だな」
自分の出番を終えて格納庫で寛いていたルーカスが少し前に流れてきた情報を思い出す。
校外学習の襲撃時に護衛として持って来ていたデミトレーナーはレグルスを前に全く歯が立たなかった。
実戦仕様として機体や装備の出力を上げてコックピットや主要機関を狙えるようにしたところで所詮はデミトレーナーは訓練用の機体で実戦用に設計、開発されたMSには及ばない。
そこでブリオン社はフロントの警備強化を踏まえて実戦を想定した新型機の開発を行った。
その結果開発されたのがデミギャリソンと言う訳だ。
現在はフロント警備に配備前のテストとしてブリオン寮に配備されている。
「つっても所詮はデミだろ?」
「どうだろ? スペックはそこまで低くは無かったと思うけど」
そうこうしているうちにコウタロウの試験が開始される。
「デミトレーナーとは違うんだよ! デミトレーナーとは!」
「こっちも古いけど並のMSじゃないんだよ!」
勝負は一瞬の内に決まった。
互いにビームを撃ちながら接近するが、武器を持ち変える事も無く接近戦に切り替えるベギルベウの方が先にベイオネットでデミギャリソンの頭部を破壊して勝負は付いた。
「うっし! やるな。コウタロウの奴。それにベギルベウも古いから少し心配だったが、十分使えるじゃん」
フランはコウタロウが危なげなく勝ったことでモニターの前でガッツポーズをする。
「ベギルベウは開発は10年以上前の奴だけど当時のグラスレーの最新技術がいろいろと使われているからあのくらいは余裕でしょ」
「アンチドートだけじゃなかったんだな」
「それよりも今日の試験は終わりだろ? 俺とセシルは明日から少し学園を離れるから」
「おう。その間は寮の方はアタシに任せとけ」
その日の試験が終わった事で生徒たちも自由となる。
すぐにルーカスはセシルに移動手段を手配させると学園から出ていく。
「やぁこうして直接話すのは初めてになるか」
学園を出たルーカスは再びペイル社の本社があるフロントに来ていた。
今回はレティではなくペイル社のCEOに非公式に面会をするためにここに来た。
現在のペイル社のCEOはニューゲン、カル、ネボラ、ゴルネリの4人で構成されている。
ルーカスもペイル社とは余り関わりがなく4人の共同CEOとは直接話すのは今回が初めてだ。
「それで若君が我々に極秘裏にどんな要件が?」
「ちょっと面白い物を見つけてさ」
ルーカスはセシルが持っていた端末を4人のCEOの方に放り投げる。
端末に表示されている情報を見るとCEO達は眉を顰める。
「これは……」
「流石に不味いよな。パイロットを薬物で強化するってのは」
端末にはペイル社で行われているパイロットを薬物的に強化する計画に関する情報だった。
端末に表示されている事が事実かはこの場ではさほど問題ではない。
それを事実としてルーカスが提示している事が問題だった。
事実無根だったとしても総帥の息子であるルーカスが事実として公表し、総帥のデリングやグラスレー社やジェターク社がそれを実際はどうあれ事実と言う事にすればペイル社の社会的な信用は地に落ちる。
「これが事実であるのであればすぐに調査をして……」
「ああ、そういう形式的な事は良いから。どうせ、適当なスケープゴートを用意してそいつが全てやりましたと公にして切り捨てるんでしょ」
ルーカスは相手の言葉を遮る。
この場では向こうはこの事実に対して知らぬ存ぜぬを通すことだろう。
そして、後日メディアに対して社内で不正行為があった事を自ら公にして自分たちではない誰かに責任を取らせることで会社としては禊を済ませるというお決まりのパターンになる。
「アンタらがこの事実を知っていたかなんかはどうでもいい」
ルーカスも彼女たちが本当に何も知らないとは思ってはいない。
4人の内の誰からがもしくは全員が指示を直接出したか黙認していたかはどちらでも構わない。
「では何が望みで?」
向こうもルーカスがこの事実を糾弾するためにここに来た訳ではないという事に気が付いてきた。
この場自体非公式であるため、ルーカスは表沙汰にしたくはない要求をするためにここに来たのだろう。
少なくとも正義感やペイル社を貶める事が目的ではない。
「話が早くて助かるよ。こっちの望みはペイル社が所有しているガンダムとそのパイロット、この計画の責任者をこちらに引き渡して欲しい」
「パイロットと責任者もですか?」
すでに学園のガンダムを2機を手中に収めている以上は残る最後のガンダムネメシスの引き渡し要求することは想定内のことだ。
だが、そのパイロットであるレイニーと薬物によるパイロット強化計画の責任者であるレティまで引き渡すというのは想定外のことだ。
「理由まで話すつもりはないし、そっちに拒否することも出来ないだろ」
ペイル社とルーカスは対等な交渉をしている訳ではない。
ルーカスはペイル社の弱みを握り脅しに来ている。
この場でルーカスを始末することはリスクが高く、ルーカスが事を公にする前に事実を握り潰すだけの時間も無いだろう。
ルーカスがこの事実を公にすればペイル社は終わりだ。
現状ではペイル社はルーカスの要求を呑むしかない。
「安心しろ。この事実は俺ん中だけにしまっておくからさ」
「それが真実だという証拠は?」
「無いな。アンタらは俺に余計な事をさえしなければこの事は親父にも話さないし、公表もしないし今後このネタを使う事もしない。それをただ信じるしかないな」
要求を呑んだとしてルーカスがこの事を黙っているという保証はない。
これから先事あるごとにこの事をネタに強請り続ける事だって考えられる。
とはいえ、ルーカスを暗殺するにはリスクが高すぎる。
「良いでしょう」
どの道、要求を断れば事実として公にされるため、要求を呑むしかなかった。
ここで無駄に抵抗すればいずれはグループの後継者となると目されているルーカスの印象を悪くしかねないし、素直に従っていけばゆくゆくはグループ内の後継者争いが起きた時にルーカスに付くことも出来る。
要求を呑むことでペイル社の非人道的な研究の証拠をルーカスに握られることになるが、逆に自分たちがルーカスを裏切らないという証拠にもなると考えればガンダム1機とレイニーとレティの親子を失う事もさほど痛手でもない。
「聞き分けが好くて助かるよ」
ルーカスもそれ以上は何も要求することは無かった。
交渉を終えたルーカスは立ち上がり出て行こうとするが、何かを思い出したのか立ち止まる。
「ああ、それとこの研究の事なんだけどさ。薬物で身体能力を強化したところでパイロットとしてはともかくデータストームの耐性は得られないよ。人体を弄るなら昔、ヴァナディースの研究者で名前は何だっけな? 忘れたけどデータストームに耐性のある人工中枢神経を移植するって理論があったと思うけど、そっちの方がよっぽど可能性はあるよ。まぁそっちも理論は完全じゃないから完全な耐性を得られる訳でもないからな。だから薬物強化なんて無駄なリスクを負うだけでやめといた方が良い」
「ご忠告感謝感謝します」
ルーカスが資料を見た限りでは薬物強化では優秀なパイロットを作り出すことは出来てもガンダムのデータストームに耐性を持たせることは不可能だと判断した。
人道的だ何だというつもりはないが、これ以上、無駄にグループに火種を残しておけば自分に不利益が出かねないとしてCEO達に釘を刺しておく。
釘を刺したルーカスは今度こそ、部屋を出て行く。
「ルーカス様。事前に流した情報に食いついたようですでに行動を初めています」
部屋を出るとセシルがルーカスに耳打ちする。
ここに来る前にルーカスはセシルにある情報を流すように指示を出していた。
どうやらルーカスの想定よりも早く事態は早く動いているようだ。
「マジで? まぁ良いか。それで居場所は?」
「調べます」
セシルは端末を操作するとフロント内の監視カメラの映像がいくつも映し出される。
その映像からターゲットの位置を見つける。
「見つけました。港に向かっているようです」
「先回りする」
「了解です」
セシルは監視カメラの情報からターゲットの移動ルートを予測すると、先回りするための最短ルートを出してルーカスを連れて向かう。
その甲斐もあってターゲットであるレティが港に着くよりも早く追いつくことが出来た。
「やぁ久しぶり」
「……これは若君」
レティは余程急いでいたのか息を整えるのに少し時間がかかった。
息を整えてにこやかにしようとするが、急いでこの場を去りたいという雰囲気までは隠せない。
「そんなに急いでどこに行くつもり?」
「それは……いくら若君とは言えプライべートの事でそこまで言う必要が?」
「無いな。ただこのまま港に行かない事をお勧めする」
自身の行き先を言い当てられてレティは動揺する。
「どういう意味でしょうか? 会社の方には有給申請を出して出航許可も得ていますが」
「平時なら問題はないだろうが、非人道的な研究をしていた研究者だとなれば話は別だ」
「……言っている意味が……急いでいますので」
レティは動揺を隠すことも無く、話しを切り上げてルーカスの横を通り抜けようとするが、セシルに腕を掴まれて止められる。
振りほどこうとするがレティの力ではセシルを振り払う事は出来ない。
「分かんない人だな。このままいけばアンタは捕まってペイル社に全責任を負わされて切り捨てられる」
「そんなことは……大体、研究だって会社の指示で!」
「あんな研究をやらせるような奴らが用済みになった奴を守ってくれるとでも? それが分かっているからアンタはここから逃げ出そうとしてるんじゃないのか?」
レティが急いでいた理由は自分たちが行っている研究の情報が外部に流れた可能性があるという話を耳にしたからだ。
レティも自身の研究が公に出来る物のではない事は自覚している。
それが外部に漏れたという事は会社は隠蔽工作を行う事はすぐに考えられる。
そうなった時に全てを無かったことにされるか、大事になる前に公表して表向きは誠意ある対応を見せて乗り切るかのどちらかだ。
どちらを取るにしてもレティは無事では済まない。
そうなる前に本社のフロントから研究資金を持ち出して逃げて身を隠そうとしていた。
そして、その情報はルーカスがレティを追い詰める為にセシルに流させたものだ。
「アンタも会社に良いように使われた被害者なのかも知れないけど娘を使った時点で自業自得だな」
「仕方がないじゃない……」
レティは観念したのか座り込む。
「自分の研究を続けるためにはお金も設備も必要なんだから」
(よくある話だな)
研究者にとっては研究を続けていく上でどうしても研究資金や研究設備が必要になってくる。
自分で用意できればいいが、大半の研究者はそれが出来ずにスポンサーに出してもらう事が多い。
そのスポンサーが自身の研究に全面的に理解を示して好きにやらせてもらえるなら幸運だが、そうはいかない事が多い。
スポンサーは研究者の研究を自分の利益の為に応用することを望んでいるからだ。
スポンサーの意向に沿う形で研究を続けた結果、自分が本当にやりたかった研究から離れていくという事も珍しくはない。
かつてのヴァナデースがそうだったようにだ。
「私だってレイニーを実験に使いたかった訳じゃないわ。でも、あの子からやるって言いだしたから……」
(面倒だな)
レティの言い訳をルーカスも聞き飽きてきた。
どんなに理由を並べても非人道的な研究を行い娘を使った事に代わりはない。
レティはそのことに対しては少なからず罪悪感は持っているようだ。
本人の意思がある事を理由に正当化しているようだが、そもそもルーカスにとってはその辺の事情に興味がなく、娘を実験に使った事に関する是非もどうでも良かった。
「そんなことよりも提案だ。このままじゃアンタは捕まりペイル社にスケープゴートとして使われる。だけど、俺ならアンタを助ける事が出来る」
「本当に!」
先ほどまでの罪悪感が吹っ飛んでルーカスの話に食いついてきた。
「本当だ。俺ならペイル社を黙らせることも出来るしアンタの研究を続けさせることも出来る」
すでにペイル社との間で話しは付いている。
「私の研究も?」
「ああ、そうだ。アンタの研究に少し興味があってな。このまま埋もれさせるにはもったいないと思ってな」
レティの研究に興味がなく資料の片隅に書いてあったことを何となく覚えている程度だが、ルーカスはこの場ではそういう事にしておく。
「そう! 若君もまだ若いから子供っぽいところもあるけど、素材は悪くないんだし後数年もしたら結構イケて来ると思うし、若いままを維持したいっていうのは分かるわ!」
自身の研究に興味を持たれ必要性まで分かっている事に気をよくしたのか、レティは立ち上がり自慢げに話しだす。
ルーカスは資料にあったレティの研究に関して思い出す。
レティの研究していたのは不老薬、つまりは老化を抑制するための薬だった。
老化を抑制し若いままの姿を維持することを目的に研究をしていたが、学会で認められることは無かった。
見た目を若いままで維持したいのであれば薬を使う事も無く整形すればいいだけの事だからだ。
だが、レティにとっては整形で見た目だけを若くするのではなく中身も若いままでで維持したいらしい。
ルーカスからすれば生身に拘る必要性はなく、老化で機能が落ちたのであれば機会で補えば良いだけの事で生身の体で若い状態を維持する必要性には一切の理解は出来ない。
研究そのもの必要性は認められることは無かったが、薬物で人体機能の向上の基礎理論がペイル社の目に留まり、今に至る辺り研究者としては方向性が世間には認められなかっただけで能力的には無能ではなかったという事だろう。
「そういう事だ。生活の面倒もレイニー共々俺が見るから、俺のところに来ないか?」
「是非に!」
研究の必要性は全く理解できないが、この手の人間は否定されると何をするか分からない。
レイニーとの約束がある以上は適当にレティの研究の必要性を認めてその気にさせて辺境のフロントに研究設備を用意して好きに研究をさせておけば害も無い。
食い気味にルーカスの申し出を受けてルーカスも若干引いている。
レティにとってはペイル社よりもルーカスの方がスポンサーとしては格上で自身 の研究に理解を示しているのであれば理想的なスポンサーなのだろう。
「ルーカス様。そろそろ」
「ああ。分かってる。取り合えずはここを出る。俺たちとならばペイル社も手は出せない」
話が長引きそうなところをセシルが助け船を出す。
いくらルーカスがいるとは言え、すでに話が付いている事を隠しているため、長いをしていては危険だ。
セシルが話を切った事でレティも今の状況で長々と話している余裕はなかったと思い出して黙って従う。
その後、セシルが監視カメラに極力映らないルートを探して港までたどり着き無事にペイル社のフロントから脱出することに成功した。
ルーカスがペイル社のフロントに向かい不在の中でも実技試験は進められていった。
ルーカスやコウタロウ以外のフランやシズカ、ジェターク寮の生徒たちは順調に勝ち星を挙げて行った。
ジェターク寮の生徒の中には運悪く他寮の実力者と当ってしまい敗れる生徒もいたが全体で見れば地球寮とジェターク寮の戦績は悪くはない。
そんな中でセシルはルーカスについて行っているため、不戦敗となっている。
実技試験の成績は筆記試験のように明確に答えがあるわけではなく、勝敗や戦闘の内容を総合的に判断して出されるため、結果までには数日間かかる。
他の科の実技試験も含めて試験の全日程を終えた事でフランが地球寮とジェターク寮の寮生たちと打ち上げを行っている。
「フランさん」
「シズカか。どした?」
打ち上げ会場でシズカが他の生徒と談笑していたフランに声をかける。
面倒な試験が終わって気分の良かったフランだがシズカのただならぬ様子を感じ取った。
「少し良いですか?」
「ああ。ここじゃ不味いなら場所を変えるか?」
「ええ。ついて来てください」
フランはシズカと共に打ち上げ会場から出て行く。
シズカに連れて来られたのは学園の敷地内の森だった。
「遅かったわね」
「エマもいんのか」
シズカはエマも呼び出していたらしくすでにエマが待っていた。
「それで今度は何をやらかしたの? ルーカスは」
エマは呼び出された理由はまたルーカスが何かをやったのではないかと勘繰っていた。
「ルカ関連の事だけど、今回ばかりは違うわ」
シズカはエマの言葉を否定する。
フランは取り合えずシズカの話を聞くために近くの木を背もたれにして座り込む。
「校外実習と戦術試験区域で襲撃があった事は覚えているわよね」
「そりゃな」
今の学園は試験が終わった事で学生たちも解放感で満ちているが少し前に襲撃を受けている。
本来ならばもっと空気が張り詰めていてもいいくらいだ。
「その襲撃の事だけどおかしいでしょ」
「おかしいも何もルカの奴の立場を考えると命が狙われることなんて珍しくもなんともないだろ」
「そうじゃなくてどうしてルーカスがピンポイントで狙われたかという事ね。私もいた時はチェックする場所は直前に決めた事だし、アイツを呼ぶことにしたのもね」
フランはシズカのいうおかしさにピンと来なかったが、エマは少なからず引っかかっていたようでシズカの言いたい事は理解できた。
「校外学習の時だって元々は参加する気はなくて直前で行くことにしていたのよ」
「誰がどの班になってどこに行くかって情報も外に漏らすことは学園もしないでしょうね」
シズカのいうおかしさとは襲撃犯たちは何故、ルーカスがいるという事を事前に知っていたという事だ。
校外実習の時はルーカスは面倒だと言って参加はしない予定だったところを急に行くことになった。
戦術試験区域のチェックの時もそうだ。
人手不足からエマが独断でルーカスを手伝わせている。
それにも関わらず襲撃犯は事前に情報を得ていたかのようにルーカスを襲撃している。
「敵はルカの行動を常に把握しているとしか思えないわ。それでいて……」
「ちょい待ち」
それまでシズカの話を聞く姿勢だったフランがシズカを制止する。
その表情は険しい。
「それ以上先を口にするって事はどういう事か分かってんだろうな? ここまでの事ならルカの事好き過ぎんだろで笑って済ませられるけどな……」
「分かってるわよ。そんなこと、でもここで言っておかないととんでもない事になるかも知れないのであれば言うしかないじゃない」
フランもシズカが言おうとした事は察した。
そこから先の事を口に出してしまえば冗談では済まされない。
シズカもそれを分かった上で話そうとしていた。
「ルカの行動を把握し、時にルカの行動に干渉出来る人物はセシルさんしいない。少なくとも私は。エマさんはどうですか?」
「……私も同意見ね。ルーカスの性格的に総帥にも定期報告なんてしないでしょうし、総帥の命令でも本気で嫌なら何だかんだで従わないわ」
シズカの知る限りではルーカスの行動を把握しているのはセシルだけだ。
それに関してはエマも同意見のようだ。
「あの校外実習にルカが参加することになったのはセシルさんが進言した事がきっかけだった。あの時は何とも思わなかったけど、今思えばあり得ないのよ。護衛の立場からすればそんなことを進言することは」
セシルはルーカスにレイニーが学園に戻るまでの暇つぶしとして参加することを進言した。
その時は誰も気にも留めず、むしろルーカスが暇を持て余して変な事でも始めないよりかはマシだとすら思ったくらいだ。
しかし、セシルはルーカスの世話係と言う印象が強いが護衛でもある。
護衛として見れば校外実習に参加するという事は移動時や滞在するフロントの安全性の確認や襲撃されるリスク等を考えると変に学園から出て行かれるよりも学園内で適当な娯楽を与えて大人しくしていた方が安心できる。
にも関わらずセシルはルーカスに暇つぶしとして校外実習に参加するように進言している。
「その上で、ルカは作業で使うために自分の機体を持ち込ませたけど、装備までは持ち込むように進言しなかったし、逃げる時にはルカに殿を任せている」
校外実習でルーカスは作業でモビルクラフトに乗りたくはないからと言って自分のMSを持って行った。
その際に戦闘になる事はないからとルーカスは装備までは持っていなかった。
護衛の立場からすれば最悪の場合の自衛手段として戦闘用の装備も持って行かせるべきだった。
そして、フロントを廃棄して逃げる時もルーカスの指示があったからとは言え、セシルは輸送艇の護衛についている。
セシルが護衛についていたからこそ輸送艇は無事に逃げる事が出来た。
だが、ルーカスの護衛である以上はルーカスの指示よりもルーカスの身の安全を最優先にすべきだった。
「あの校外実習ではカテドラルに事前に通達をして有事の際にはすぐに駆けつけられるようにしてあるけど、今回はどういう訳か上手く伝わっていなかったわ。それがミスではなく何者か意図的にやった事ならルカが参加を決めてから行っては遅いわ。事前にルカが参加することになる事が分かっていなければやる意味も無い。セシルさんなら情報操作もルカを参加するようにするのも出来るわ」
襲撃の時にカテドラルが来れなかったのも単なるミスとは考えにくい。
何者かが情報を操作していたとすればそれはルーカスを狙って襲撃した時に余計な邪魔が入らないようにするためだ。
それを行うにはルーカスが参加を決めてからではすでにカテドラルに校外実習の予定と巡回コースを普段とは違うコースにさせるように通達はされて入るため、参加するという情報を得てから情報操作をしていては遅い。
そうなれば事前にそうなる事を予測していたか、そうなるように仕組んだという事になる。
セシルならばそうなる事を予測し、ルーカスに進言することで参加させることが出来、情報操作を行う事も出来るだろう。
「戦術試験区域の時にしてもセシルさんならルカがチェック作業に参加することを速やかに学園に入り込んだ仲間に伝えてどこにいるかだって教える事も出来るわ」
「確かに」
「それに敵が逃げる時にエマさんと追撃しようとしてぶつかってるわよね? セシルさんにしてもエマさんにしても腕利きの2人がそんな初歩的なミスをするとは考えにくい。でも、セシルさんがわざと敵を逃がすためにやったのかも知れない」
戦術試験区域で襲撃を受けた時にセシルのルブリスとエマのジークフリートは追撃しようとしてぶつかり、結果として敵に逃げられている。
事前に連携の打ち合わせをしていた訳ではないが、実力のある2人が友軍機とぶつかるというミスをするとは考えにくかった。
あの時、セシルが意図的にエマと同じ方向に動くことでぶつかって敵を逃がすための時間を稼いでいたのかも知れない。
「でもどうやってMSを持ち込んだの?」
「校外実習での戦闘でルカのルブリスが大規模な修理が必要になって大量に部品を運び込んだことがあったわ。その中にバラした状態で持ち込んで学園に持ち込んだ後に学園内部で組み立てたのであれば可能よ」
実戦でスコアを上げ過ぎたせいでルブリスV2は全面的に部品の交換や修理を行った。
その時に今後に備えてと予備の部品も大量に持ち込んでいる。
その中に紛れ込ませていれば持ち込むことも理論的には可能だ。
「持ち込んだ輸送会社は普段学園に出入りしている業者とは違ったわ。気になって少し調べてみたけど、その会社はここ数年はまともに仕事をしていた形跡が無かったわ。恐らくは会社そのものが襲撃犯とグルでセシルさんがMSごと仲間を学園に引き込むために使ったんだと思うわ。潜伏先もセシルさんなら誰に気づかれることも無く用意することだって可能でしょ」
「貴女の言いたい事は理解できるけど大前提としてセシルさんなら可能だという事があるわ」
「確かに可能かって割れるとセシルの奴は大抵の事ならシレっとできそうなところはあるよな。けど、シズカ。確かにセシルなら可能だろうよ。でもよ。動機は何だ?」
シズカのいう事は全てセシルなら可能だという事が前提に成り立っている。
可能だからと言って実際にやったかという事とは別問題だ。
「それが分からないのよ。確かにルカの世話を毎日やっていれば私なら毎日、何度も殺意を覚える自信はあるわ。でもセシルさんはその辺の面倒も込みで相当な額の給料を貰っているだろうし、何より校外実習でルブリスの機能が停止した時にルカを守っているのよ」
動機に関してはシズカにしてもフランにしてもセシルの事をよく知らないから何とも言えないが、校外実習でルブリスV2が動けなくなった時にセシルが守っていなければルーカスは死んでいた。
2度の襲撃でルーカスの命を狙っていたとするのであればその時に守る必要はなかった。
ルブリスV2を撃墜後に輸送艇を沈めて、自分の機体を無人の状態で撃墜させて仲間と共に離脱すれば襲撃にあい全滅した事なる。
その後に整形で顔を変えて別人として生きれば全てが終わる。
「私たちはこの学園でルカやセシルさんに出会っているから良くは知らないの。でもエマさんなら私たちよりも知っていると思ってここに呼んだの。エマさん、セシルさんって一体何者なの?」
この場にエマを呼んだのはエマはルーカスの敵ではないという事だけでなく、自分たちよりもセシルの事に関して知っていると思ってのことだ
「私だってよくは知らないわ。彼女の素性については私も調べた事はあったわ。両親は議会連合の役員をしているって事くらいで経歴は見事なまでに普通よ。でも普通の娘がルーカスの護衛として雇われているなんてありえないわ。ルーカスがやったのかどうかは知らないけど、経歴とか全部デタラメよ」
エマも以前にルーカスが護衛を雇ったという事を聞き、独自に調べた事があった。
その際に明らかになった事で両親は宇宙議会連合で役員をしていてその1人娘であることは確認できた。
経歴に関しても特別な訓練を受けた訳でもなく普通に学校に通い普通に卒業し、当時15歳でルーカスの護衛として雇われている。
実際に在籍ていた学校を調べても確かに幼いセシルは在籍しており、両親も娘はルーカスの護衛として雇われているという認識は持っている。
しかし、その経歴からルーカスの護衛としてのスキルを持っているとは思えなかった。
明らかに経歴は作られた物でセシルがどこの誰なのかは調べ切る事は出来なかった。
「つまりは何も分かんねぇと。そんなんじゃどうしようもねぇぞ。ルカに言ったところで信じるかも訳もねぇか」
「それが最大の問題なの。いくら証拠を掴んで見せたところでルカは私たちの言葉よりもセシルさんの事を信じるでしょうし」
「だろうな。悔しいけどさルカの奴が最も信頼しているのはセシルだぞ」
現状でセシルが敵に情報を流している可能性は高いが、それを証明する証拠は状況証拠でしかない。
セシルが言い逃れようとすればいくらでも言い逃れは出来る。
そうなった時にルーカスがどちらを信じるかとなれば間違いなくセシルの方だ。
エマが知る限りではセシルを雇ったのはルーカスが14歳の時で、何があったのか数年でルーカスが最も信用する相手になっている。
余程の事がない限りではセシルの裏切りを信じては貰えないだろう。
「打つ手なしね」
「いっそのことルカに恨まれることを覚悟して強硬的に排除するしかねぇか」
「出来るの?」
「無理だよな。腕力じゃ負ける気はねぇけど、実際にやり合うとなるとな」
明確な証拠もなく、だからと言って強硬策に出たところで、セシルを相手に生身でも勝てる気はしない。
「私にいい考えがある」
打つ手も無く、途方に暮れかけた時、上の方から声がした。
「レイニー先輩! どうしてここに?」
「上は見ただけで爪が甘い」
声の主はレイニーだったようでレイニーは木の上の枝に座っていた。
シズカもここにエマとフランを呼び出す時に周囲をある程度は確認していた。
内容が内容だけにセシルが学園内にカメラや盗聴器を隠している可能性も考えてのことだ。
森の中を選んだのもフロント警備が設置した監視カメラがほとんどなく、セシルが独自に設置されている可能性が比較的低い場所として選び、セシルがルーカスと共にフロントにいない今を狙ってフランとエマに話を切り出した。
事前に確認するときにシズカは車椅子であるため、上の方は下から見ただけでそこまではしっかりとは見ていなかった。
レイニーは上手くシズカをやり過ごしてこれまでの話を木の上から聞いていたようだ。
「証拠がなければ作ればいい」
「捏造するってか?」
「そんなのじゃすぐに論破されて終わり。もっと考えないと」
「あ? 喧嘩売ってんのか?」
「品切れ」
レイニーの物言いにフランはイラっとするがシズカが止めに入る。
「要は裏切っている証拠をこれから掴めばいい。ちょうど、来月にはオープンキャンパスがあって動きやすくなるから」
「確かにオープンキャンパスなら学外の人も大勢来るから襲撃犯にとっても動きやすくはなるわね」
学園では来月にアスティカシアへの入学希望者やグループ傘下の企業向けにオープンキャンパスが開催される予定になっている。
今年はいろいろあったが、表沙汰になっていない事もありグループはテロには屈しないという事を見せるためにも予定通りに行う事になった。
オープンキャンパスなら多くの人が学園に出入りする関係上、警備面はいくら強化しても万全にすることは難しい。
襲撃犯にとっては動きやすい。
それを逆手にとってセシルが敵だという証拠を掴むというのがレイニーの大まかな案だ。
「それにルーカスパパも来るからそっちに言えばいい」
オープンキャンパスにはグループの総帥であるデリングも視察に来る予定になっている。
どんなに証拠を集めてもルーカスが簡単には信じないのであればデリングに直接この事実を伝えるというのも1つの手段だ。
デリングであればルーカスとは違い情報に筋が通って信憑性のある話ではあればそれなりの対応はするだろう。
普段であれば学生と言う立場のフランたちではそう簡単には接触出来ないが、オープンキャンパスでなら多少強引にでも会ってこの事実を伝える事も出来るかも知れない。
「それしかねぇか」
「先輩は私たちに協力してくれるんですか?」
「あのセシルとかいう子に拉致られたこともあるし、可愛い後輩の為でもある。それにルーカスになにかあると私もママも困る」
元々、確実に敵ではなくルーカスの為に動いてくれるフランやエマだけでどうにかするつもりだったが、レイニーも以前にルーカスの指示でセシルに拉致されたことを根に持っている。
それだけでなく後輩のシズカの為とルーカスに死なれると自分たちの将来にも影響が出て来るためレイニーも協力してくれるらしい。
「後はどうやって証拠を押さえるかね。それが出来なきゃ意味がないわ」
時間も限られている上に派手に動けばセシルやルーカスに気づかれる可能性がある。
シズカ達は細心の注意を払いオープンキャンパスまでに実現可能な計画を練るのだった。