それは今から10年ほど前、ヴァナディース事変の直後の事だった。
フォールクヴァングから脱出した後に帰投途中のドミニコス隊に保護されたルーカスはグラスレー社の本社フロントの医療施設に搬送された。
始めは酷く衰弱して今にも死ぬかも知れない状況だったが、医者たちも驚くほどの回復力を見せて一明を取り留めた。
それからすぐにルーカスは意識を取り戻し、事情聴取を受ける事となった。
しかし、ルーカスは一言も話すことも無く、聴取を取った者たちも困り果てた。
(何で生きてんだろうな)
病室のベットの上で何度自身に問いかけたかもわからない事をルーカスは再び問う。
聴取で何も話さないのは言葉が出ないからという訳ではなく、自身の出自を話せば自分の立場が悪くなることが分かっているからだ。
自分の生まれは倫理的に問題があるため、今の世界では受け入れられることはない。
だからこそ、ルーカスの存在はヴァナディースの中でも最大級の秘匿情報だった。
ルーカスの素性を調べようとも思ったらしいが、あの宙域を航行予定の宇宙船も無く近くにフロントに無い上にルーカスの年代の子供の戸籍情報や捜索願いを調べてもどこの誰かすらも分からなかった。
それはルーカスにとっては自分がこの世界には存在すらしていないという事を改めて思い知らせる結果となった。
フォールクヴァングを脱出する際に生きるように言われたが、自身が存在することすらも認められない世界に一人投げ出されて生きる希望すら見えなかった。
(こんなところにいても仕方がない)
夜の時間となり医療施設も消灯されて患者たちも寝静まった頃、ルーカスは一人病室を抜け出した。
フロント内をあてもなく彷徨う。
やがて、たどりついたのはフロント内のMS用の格納庫だった。
格納庫の中でも普段は滅多に使われない区画なのか警備の人員すらいなかったうえに出入口は空いていた。
不用心だと思いながらもルーカスはどうでもよく中に入った。
通路を進む途中でフロントのスタッフを思われる人をすれ違った。
止められることを警戒するも、相手はルーカスに一瞥するだけで話しかける事も無かった。
取り合えず止めれることも無く、ルーカスは一息つくとハッとした。
別に当てもなくただ彷徨っているため、止められて病室に戻されたところでどうせもよかったが、止められなかったことに安堵するのは自分でも思ってもみなかったことだ。
同時にすれ違った相手が自分を止めなかったことを不信に思って立ち止まった。
こんな時間にこんな場所で子供とすれ違ったのだ普通なら声をかけるはずだ。
「何だコレ?」
ふと下に視線を向けるとそこには先ほどまで無かったはずの銃が床に置いてあった。
「さっきの奴が?」
つい先ほどまでは何も無かった。
恐らくは先ほどの男が落としたのかおいていったのだろう。
その理由は分からないが、男が戻ってくる気配も無いため、そのまま先に進む。
その先にあったのはルーカスが乗っていた小型艇とそこに積まれていたMSの部品だった。
「ルブリス」
MSの頭部のフレームだけだったが、ルーカスにはそれが何なのかすぐにわかった。
ヴァナディースで開発されたMS、ガンダムルブリスだ。
ルーカスにとっては何の思い入れも無かったルブリスだったが、それを見つけた瞬間にヴァナディースでの事を思い出す。
ルーカスにとっては鬱陶しいだけだったが、いつも笑ってついてきたエリクト。
どんなに反発しても顔を合わせるたびに気にした様子もなくルーカスに接してきたサマヤ夫妻。
口煩かったが、ルーカスの生活環境を整え、面倒を見てきたカルド・ナボ博士。
自分の出自を理解し、周囲に心を開くことは無かったが、ルーカスはようやく、それが全て失われたという事を理解した。
ルーカスは膝を付き、声を上げて涙を流す。
やがて声が枯れかけた頃、ルーカスはふと自分が持っていた銃に視線が向けられた。
何気なく持って来た銃だったが、銃を確認すると銃は本物のようで弾も入っている。
実際に銃を撃ったことはないが、使い方の知識はある。
ルーカスはそれを自分に向けた。
(こんな世界で生きていたって)
全てを失い存在すらしていない事になっているルーカスには生きる意味がない。
これならば確実に死ぬことが出来るだろう。
(ごめん婆さん。でも俺もそっちにいくから)
ルーカスは引き金に指をかけるとゆっくりと引き金を引く。
「駄目!」
引き金を引く前に横からの衝撃を受けて銃口はルーカスから別の方向に向けられて放たれた銃弾は格納庫内のどこかに飛んで行った。
「何やっているの!」
横から押し倒されてルーカスは呆然とする。
相手は自分と同い年くらいの銀髪の女の子だったが、どうでも良かった。
「何だよ……死なせろよ」
ルーカスは覇気のない声で抗議する。
少女はそっとルーカスを出し決めて背中を擦る。
その温かさに枯れたはずの涙が溢れて来る。
「大丈夫だから」
それは全て偶然が重なった結果だった。
少女は物心ついた時からどこかの施設で育てられた。
施設では文字の読み書きと言った勉強の他にも様々な事を教えられて来た。
そして、少女はここに送られてきた。
目的はヴァナディースを武力制圧と言う功績から影響力が増し、力をつけていくであろうデリング・レンブランの暗殺。
そのために身分を偽装した上でグラスレー社の本社フロントに来た。
ここにはグラスレー社の社員の家族も済んでいるため、子供がいても不信には思われず子供相手だと警備スタッフの警戒も少しは緩むことを想定しての事だ。
今夜の内に別の工作員から暗殺に使うための銃を受け取る手筈だった。
しかし、工作員の方にも情報漏洩の危険性を考慮して余計な情報は伏せられて実行役の子供が来るという事しか伝えられてはいなかった。
少女が受け渡し予定の普段は使われていない格納庫に来るとすでに工作員は役目を果たしてその場から去っていた。
だが、工作員は子供と言う事しか聞かされていなかったため、通路ですれ違った子供と実行役の子供が別人だったという事に気が付くことは無かった。
銃を受け取る事が出来ない事をおかしく思ったが、少女は工作員が誰なのかも連絡先も知らなかったため、どうすることも出来ずに途方に暮れていると通路の先から声が聞こえた。
取り合えず確認しに向かうとそこには銃を自分に向けているのを見つけた。
すぐに少女は理解した。
工作員は彼と自分を間違えていたという事に。
だが、そんなことよりも少年は銃で自らの命を断とうとしていた。
少女はとっさにそれを阻止するために動いた。
ここで自殺騒ぎがあれば自分の任務に支障が出る等と理屈は思い浮かんだが、そんなことは後付けでとっさに体が動いたに過ぎなかった。
少年の自殺を止める事が出来たがその目には絶望しかなかった。
少女は少年を抱きしめて落ち着かせた。
少女は自分の親の子とは何も知らない。
家族と呼べる相手は妹くらいだ。
もっとも、その妹も顔立ちが良く似ているという事から互いに姉妹なのだと思っているだけで、本当に血の繋がった妹なのかは分からないし、それはどうでもいい事だった。
その妹が良く泣き、泣くとこうして落ち着かせていた。
しばらくそうしていると少年も落ち着いたようだ。
「……どうしてこんなことを?」
少女はルーカスから銃を取り上げると格納庫の端に座って事情は尋ねた。
「……別に。ただ生きていたって仕方がないだけ」
「そう」
少女は否定はしない。
自分の環境が普通ではない事くらいは何となく察しは付いている。
そんな環境で生きるくらいなら死んだ方が幸せなのかも知れないという子供も少なくはなく、そんな子供はいつの間にか施設からいなくなっていた。
その子供がどうなったのかは少女は知らないし、知らない方が良いと理解もしている。
「この世界に俺の居場所はないから」
「でも……死んだら全部終わりだよ」
少女はこれまで多くの死を見てきた。
どんな形だろうと死は死で死んでしまえば全てが終わる。
「生きていればいい事があるなんて誰にも分からないけど、生きていないと何も変わらない」
「俺には何もないし、何者でもないからそんなのでどうでもいい」
「何者でもなければ何にでもなれるって事だよ。自分が望みさえすれば」
少なくとも少女は自分の生きていく道を選ぶことは出来ない。
これから先、成長したとしても誰からに都合よく使われて生きていくしかない。
「私には出来ないけど、それでも私はそうして生きていくしか出来ない」
「じゃあアンタは何で生きてんの?」
「妹がいるの。私は妹の為ならなんでもできる」
少女は施設での成績は飛びぬけていた。
それ故に施設のスタッフたちも少女の扱いを優遇している。
その中に妹とされている女の子のもそれなりの待遇を受けている。
これから先も自分が結果を出し続ける事で妹を守る事が出来るのであれば少女はどんな事だって出来る自信はあった。
「妹ね。そんなにいいものなのか?」
「貴方には兄妹はいないの?」
「どうだろ。いたのかも知れない」
ルーカスはふとエリーの事を思い出す。
向こうが自分の事をどう思っていたのかは知らないが、すでに聞くことも出来ない。
「私はもう行くけど、こんな事は止めた方が良いわ。どうせ死ぬならやりたい事を全部やってから死んでも遅くはないわ」
「考えとく。それよりもアンタ、名前は?」
今更ながらルーカスは少女の名前すら聞いてはいなかった。
こんな時間にこんなところにいる事自体、普通ではなかったが、それはお互い様でそんなことはどうでも良かった。
「もう、会う事も無いのだから名乗る必要もないわ」
ここに来る時に作られた偽の名の他に施設でつけられた自分にとっての本当の名はあるが、ここで名乗ったところで今後会う事も無ければ名乗る意味も無い。
少女は名乗る事も無く去っていく。
これがルーカスとセシルの初めての出会いだった。
その後、ルーカスも病室に戻ると丸一日も寝ていた。
ここに来てからまともに寝る事も出来ていなかったのか、熟睡し起きると頭はすっきりとしていた。
「生きたいように生きるか……そういえば婆さんもそんなことを言ってたっけな」
起きたルーカスの目に絶望はなく活力が戻っている。
そして、これからの事を考えた。
この先、生きるにしても自分はこの世に生まれた事にすらなっていない。
生きていく上で足りない物だらけだ。
「取り合えず動いてみるか。後の事はそれからだ」
ルーカスは取り合えず動くことにした。
目的があるわけでも考えがあるわけでもない。
ただここでジッとしていても何も変わらない事だけは確かだからだ。
当てもなくフロントを動いているとグラスレー社の社内に潜り込んだ。
適当に誰かに見つからないように移動していると恐らくは重役の執務室だろうか、部屋に前に護衛が2人ほど立っていた。
ルーカスは身を隠しながら様子を伺う。
「お偉いさんの部屋か? まぁ良いや。出たとこ勝負だ」
ルーカスは姿を見せると護衛もそれに気づいた。
「坊や迷子かい?」
護衛の1人がルーカスの方に歩いてくる。
相手が子供と言う事もあり警戒はほとんどしていないように見える。
ルーカスも普通の子供を装い護衛に近づくと一撃で護衛を昏睡させる。
もう一人が事態に気が付き、懐から銃を取り出そうとするが、それよりも先にルーカスが近づいて護衛を昏睡させた。
「……意外と何とかなるもんだな」
相手が油断していたとは言え、ルーカスも自分では驚くほどうまく行った。
護衛が意識を取り戻す前に護衛の懐から銃をカードキーを盗む。
そのカードキーでドアを開ける。
「子供? 警備は何をしている」
「……アンタは」
その執務室で仕事をしていたのはデリング・レンブランだった。
ルーカスもここに来てからの数日で何となく情報は得ていた。
デリングがヴァナディース襲撃の指示を出したという事もだ。
ルーカスにとっては自分から全てを奪った元凶でもあり、怒りが込みあがってくるが、カルド・ナボの最後の言葉が頭をよぎる。
今回の事で誰かを憎むと事はするなと言う言葉だ。
「そこで寝てるよ。子供だからって油断のし過ぎ。俺が暗殺者だったらアンタは死んでるよ」
ルーカスは深呼吸をして落ち着くとデリングにそういう。
デリングも動揺する素振りも見せないで落ち着いている。
「私に何のようだ」
「アンタ、グラスレーのお偉いさんなんだろ? 俺を育てる気はないか?」
「何?」
「俺はアンタが襲撃を指示したヴァナディースで作られた。俺はガンダムの呪いを受ける事はない体質だ」
「……ほう」
デリングも全てを鵜呑みにした訳ではないが、少なくとも興味は持たれたようだ。
「俺ならガンダムをアンタのいう人を殺すためだけの兵器として扱う事が出来てガンダムを誰よりも上手く扱う事も出来る」
ルーカスは思いついたままに話を続ける。
今のルーカスが生きていくために必要なのは権力者の後ろ盾だ。
権力者が後ろ盾に付けば自分の立場が保証される。
好きなように生きるためには必要な事だ。
「アンタがヴァナディースを襲撃したせいで住むところも全て何もかも失ったんだ。だから責任を取れよ」
デリングは少し前にドミニコス隊の指令であるラジャンからの報告の事を思い出す。
ヴァナディース襲撃からの帰投時に子供を1人保護したという事だ。
それ自体は特に気にすることはなかったが、その子供が乗っていた小型艦にMSの部品が積まれており、その部品はヴァナディースで交戦したガンダムタイプに似ている事からヴァナディースと何らかの関わりがあるかも知れないと報告されていた。
この子供が報告にあった子供だとすればヴァナディースの関係者だという事も本当の事なのかも知れない。
そう考えると子供の処遇について考える。
ガンダムのデータストームの問題を解決したという話は聞かない。
解決しているであれば大々的に公表すれば自分も強硬策に出る事もなかったからだ。
しかし、そんな嘘をついて自身に取り入ったとしても、いずれはバレる為、ここでそんな嘘をつく理由はない。
信じがたい事だが、この子供は本当にデータストームの影響を受けない可能性が出て来る。
そのことを公にしなかったのは子供を生み出す過程が公に出来ないやり方だったからなのだろう。
これから先に事を考えるとガンダムの力を安全に使えるのであればデリングにとっても有用だ。
「……いいだろう。10年だ。お前の言葉を全て信じる訳ではないが、使えるのであれば育ててやろう」
全てを信じるには至らないが、役に立つのであればそれもまたとデリングは判断した。
10年もすればMSに乗る事も出来るだけに成長もするだろう。
それまでにかかる費用は今のデリングにとっては些細な物で先行投資と考えれば安くはないが、今後の事を考えるとガンダムの圧倒的な性能が自身にだけ安全に使えるのであれば高い投資とは言えない。
交渉は成立した。
それからルーカスは正式にデリングに養子として引き取られることが決まり、戸籍等が用意された。
養子となって数年が経ち、ルーカスは14歳となった。
そんなある日、デリングの部下であるラジャンからルーカスにも正式な護衛をつける必要性があると言われた。
「で、俺に専属の護衛が必要と?」
「ええ、すでにデリング総裁からは許可を得て候補をリストアップしています」
養子となってからは決して楽とはいえなかった。
ルーカスが本当にデータストームの影響を受けないかのテストをはじめとしてデリングがルーカスを引き取るに値する能力を持っている等を徹底的に調べあげる事になった。
その結果として、ルーカスはルーカス・ナボ・レンブランと言う戸籍を持ちデリングの後継者候補となっている。
カルド・ナボの姓を名乗っているのはあの時、後から逃がすと言っていたエルノラが自分を探しやすくするためとヴァナディースを壊滅させたデリングの養子となってもヴァナディースの事を忘れた訳ではないという意思表示だ。
デリングもヴァナディースの生き残りをおびき寄せる餌としても使えると黙認している。
正式に養子となりルーカスは頭角を現し始めはデリングの愛人の子等と揶揄されていたがそれらの声を全て実力で黙らせてきた。
「どれどれ」
ラジャンから端末を受け取るとリストアップされている人員を確認する。
「それもパッとしないな」
誰もが護衛としては優秀な実績を持っているが、ルーカスは余り気に入らないようだ。
「でしたらケナンジでも付けましょうか? 彼なら何度も護衛に付いたこともあり本人も若とはだいぶ打ち解けたと聞いていますが」
ルーカスは露骨に嫌な顔をする。
ドミニコス隊のエースパイロットであるケナンジ・アベリーとは数年来の付き合いはある。
ヴァナディース脱出後にルーカスを保護したのも彼であり、今の立場となってからは何度も護衛に付いたこともある。
「やだよ。あのオッサンさ、距離感がおかしい。素直に媚びてくればそれなりの対応をするだけど、あのオッサンは近所のお兄さん感を出そうとして滑ってんだよ。大体、もうお兄さんって歳でもないだろ」
ルーカスは本人がいない事をいい事に言いたい放題言う。
ラジャンもケナンジからの報告とはだいぶ異なっているが、同時にルーカスがそこまで貶すという事はあながち報告は適当ではないともいえる。
ルーカス自身もヴァナディース事変の事を独自に調べていたが、ルーカスの立場でも調べれることはあまりない。
今のところ分かっている事実としては当時の襲撃の際にフォールクヴァングに滞在中の研究者やその家族等のリストを事前に手に入れてる。
そのリストとフォールクヴァング内での遺体から判明した死亡者リストを手荒し合わせて逃げた可能性のある人物を極秘裏に手配しているのだが、死亡者リストの中にはサマヤ家の名前はなかった。
同時に分かる範囲でガンダムタイプを2機撃墜したとしかわからなかった。
そこで当時戦場でガンダムを2機撃墜したケナンジにそれとなく当時の話を探ってみた。
しかし、話しは単なる武勇伝ばかりで肝心な情報は公になっている部分だけで機密扱いになっているところまでは話すことはなかった。
「……ん」
リストを適当に流し見しているとルーカスは手を止める。
「なぁこの子って」
「はて……こんな子供はリストに」
端末の中のデータはラジャンが用意したものだが、候補の全てをラジャンが決めたという訳ではない。
大きくなったべネリットグループの跡継ぎ候補の護衛と言う事でどこから聞き付けてきたのかいろいろなところから是非ともと言って候補のデータが送られてきた。
「セシル・グローリー。15歳ですか。議会連合経由での推薦のようですが、それにこの経歴は……」
経歴を見る限りではお世辞にも護衛を務める事は出来るとは思えない。
考えられる理由としては名ばかりの護衛で実際はルーカスに女を宛がってルーカスを篭絡させることが目的と言うところだろう。
「ラジャン。決めた。俺の護衛はこの子にする」
「しかしですな」
「良いじゃん。顔がめちゃ好み」
完全に向こうの思惑にハマっているようにしか見えず、ラジャンはため息をつく。
「むさいオッサンが周りにいるよか。美人にいて貰った方が良いし」
「はぁ。分かりました。ですが、油断はしないように何か怪しいところがありましたら、自分や総裁に相談をしてもらいます」
「分かってるって。何かあれば相談する」
ルーカスが決めた事を撤回させることが難しいという事は分かっている。
(セシルか……ようやくまた会う事が出来る)
数年前に会った時は名乗る事はなかった。
この名前が本名なのかは分からないが、どうでもいい。
それから数日後に正式に護衛として採用されたセシルと2度目の初対面をすることとなった。
「……カ、おい! ルカ!」
「つっ……」
顔の痛みと共に懐かしい昔から現実に引き戻される。
「フランにシズカ? っ!」
「悪い。起こそうと思って少し殴った」
「何か私怨も混ざってそうだったけど」
どうやら顔の痛みはフランがルーカスを起こそうとして殴った事によるもののようだ。
「何があった? セシルは?」
ルーカスも次第に何があったのかを思い出す。
セシルが撃った銃弾はルーカスの顔を掠めた。
セシルはこの場を立ち去ったが、ルーカスはセシルを追う事も無くただ茫然と座り込んだ。
その後は現実から逃避するために意識を失ったようだ。
懐かしい過去を見ていた様だが、次第にその時の事も薄れていく。
「……何もなかった」
「壁に撃たれた後がある。それでも何もなかったってか?」
フランもルーカスの部屋に入るのは初めてだ。
それでも壁に銃弾の跡が前からあったとは思えない。
恐らくあの後、ここで何かがあったという事はすぐに想像できる。
「ああ。何も無かった。今日も何事もない平和な一日だったよ」
どこか虚ろな目でルーカスはそういうが、フランはルーカスの胸倉を掴む。
「もう流石に我慢の限界だ。シズカはお前に恨まれることを覚悟して守ろうとした。ルカはシズカを傷つけてまでセシルを守った。それは良い。色恋事でよくある事だ。けどな、お前はそこまでやっておいてなんだよ。この体たらくは……お前とセシルの間に何があったは知らねぇ。でもな、今のルカはなんだよ。そんなに腑抜けちまってよ。アタシ等が惚れたのはそんな腑抜け野郎なのか? 違うだろ。どこまでも自信家で自分に正直で欲望のままに周りを巻き込み振り回して進む。ルカはそんな大馬鹿野郎じゃなかったのかよ……」
「これが本当の俺なんだよ。始めから何もなくて何者でもなくて空っぽで……」
「ざっけんな!」
全てがどうでもよくなり自暴自棄になるルーカスを見てフランは怒りのまま拳を振り上げるが、そのまま拳を落とす。
もはや今のルーカスには殴る価値すらなく思えてきた。
「そうかよ」
フランはルーカスの胸倉を乱暴に離すと力なく項垂れて座り込む。
「ねぇ。ルカ。そうやって現実逃避するのは勝手だけど、あなたはまた同じ過ちを繰り返すつもり?」
「同じ過ち?」
「ここから先に事は何の根拠もない私の想像でしかないかも知れない」
シズカはある事に気が付いたが、それには客観的な根拠も無ければシズカがそうあって欲しいという願望かも知れない。
それでも気づいてしまった事がある。
「セシルさんが敵と通じていたこと事は変えようのない事実かも知れない。それでも一つ疑問があるのよ。どうして、セシルさんはMSでルカを襲撃したのかって事よ」
「そりゃコイツを殺すためだろ?」
「私も始めはそう思っていた。でもね。ルカを殺すのにMSで襲撃する必要はなかったのよ」
校外実習で襲撃を受けた時に何故襲撃されたかという事を考えた。
当然それはルーカスの命を狙って来たのだという事は間違いない。
そこで何故、ルーカスがいるところが分かったのか、何故、カテドラルへの通達に手違いがあったのか等を考えていたが、全ての裏にセシルが糸を引いているのであれば、そもそもMSで襲撃する必要性がなかったとシズカは気が付いた。
「要人をMSで襲撃して殺す時っていくつかの理由があるど、対象に接触出来ないからとか自分の関与を疑われないためとかあるけど、セシルさんの場合はルカの事は殺りたい放題でしょ」
「確かにな」
セシルの立場であれば食事に毒を盛ったり、事故に見せかけて殺すことも簡単だ。
殺した後にセシルが疑われたとしても行方を眩ませて顔と名前を変えて別人になれば全てが簡単に蹴りが付けられる。
それにも関わらずセシルは不確定要素の多いMSによる襲撃を選んだ。
それがシズカには不可解だった。
「実際に襲撃した時はルカを仕留めきれなかった」
校外実習の時はまともに装備がなかったとは言え、ルーカスは追い詰められることはなかった。
最後はスコアを上げ過ぎたせいで機体が停止してしまったが、そこまでの事をさせなければ殺すことは出来なかったともいえる。
ルーカスを殺すやり方としては不確定要素が多すぎるやり方だ。
「その後の事にしても全部、セシルさんなら出来る。逆に言えばセシルさんにしか出来ない事だと結論づける事しかできなくなっているのだって今となればそう誘導されていたとしか思えない」
校外実習の襲撃に始まり、学園での2度の襲撃。
それらが全てセシルなら可能だとしてセシルが容疑者としてシズカは疑い始めた。
「あの時点で気づくべきだったのよ。あのセシルさんよ。ルカの無茶ぶりを何気ない顔でそつなく対応できるだけの能力を持ったセシルさんが自分に疑いを向けられるようなやり方を繰り返す訳がないのよ。その気になれば証拠も残さず暗殺されたことすらも悟られずに殺せたはずなのに」
セシルの多才ぶりはシズカもフランもよく知っている。
シズカもセシルが敵を通じている可能性に気づき、謎が解けて行き、ルーカスを守れるかも知れないという思いで見えていなかった。
もしかすれば自覚がないだけで、ルーカスが最も信頼し、側にいるセシルが敵であって欲しいと思って見えていなかったのかも知れない。
セシルが本気で暗殺をしようとすれば完璧にやれるという事にだ。
「何が言いたいんだ?」
「セシルさんはルカに気づいて欲しかったのよ。自分は敵なのだと」
それがシズカが導き出した答えだった。
今までのセシルへと疑いが向けられるようなやり方は全てセシル自身が自分へ疑いを向けさせるためにわざとやったのではないかと言う事だ。
今思えばエマのジークフリートの大型シールドに細工しているところを監視カメラに映されていたのも分かった上でやった事なのだろう。
あの時は決定的な証拠を掴んだという事実で見落としていたが、細工をするのに一切の変装の類をすることがなかったのは見つからない自信があったのではなく、見つかった時に自分だと分かりやすくするためだったという事だ。
「……そういう事かよ」
「あり得ない。なんのためにそんなことをする必要がある?」
「そんなの決まっているでしょ。ルカを守るためしかないじゃない」
セシルが自分の立場を危なくしてまで疑いを向けさせた理由として思いつくことはそれしかない。
「襲撃はセシルさん個人で行われた物じゃなくて何らかの組織が絡んでいる事は確かよ。セシルさんはあえて成功率の低いやり方で暗殺を実行して、組織には暗殺を実行しようとしたという結果を残しながらもルカを殺させずに内通者がいるとしか思えない状況を作って守ろうとした。だからあの時、セシルさんはルカを守ったのよ」
校外実習でルブリスV2の機能が停止した時にセシルはルーカスを守った。
護衛としての立場なら当然のことだが、本来の役割としてはあの場は何もする必要はなく、あのままルーカスを殺させて、他の生徒の口を塞いで行方を眩ませればいいだけの事だ。
あえて守る事で信頼を得ようとすることも考えられるが、今更そんなことをする必要もない。
あの時のセシルの行動はただルーカスを守りたかっただけなのかも知れない。
「全部推測だろ?」
「そうね。でも、あそこまでルカの面倒を見て無茶ぶりに応えて、サポートしてきたことが全部嘘だったとは思いたくはないわ。だって、私には無理だから。フランさんにだってエマさんにだって」
セシルがルーカスを守りたかったという推測はシズカの願望が入っている事は確かだ。
自分には肉体的にも精神的にもそこまでルーカスに尽くすことは出来ない。
それをやってきたセシルの行動が全てがルーカスの信頼を得て殺すための嘘であったとは思いたくはなかった。
「自分の見たくない事を見ない事から目を背けるのは別に良いわ。でも、それでまた失っても良いの? 私よりも大事なんでしょ? 目を反らすのはセシルさんの本音を聞いてからも遅くはないわ」
かつてルーカスは人の善意を信じられずに全てを失った。
その時の失敗を踏まえて知りたくはない事は知らずにいる事で人の善意を信じようとした。
だが、今はそうやって見たくない物を見ようとはしない事で本当に大事な事まで見る事はしてこなかった。
その結果として今また大切な者を失おうとしていた。
「……そうだよな。そういえば思い出した。俺は生きなきゃいけないんだ。俺の生きたいように。そのためなら俺は全てを奪った奴の息子にだってなれるんだよな」
ルーカスの声に力が戻ってくる。
「そんで見たくない事実は全部叩き潰してみたい物だけを真実にして見せる」
その目には絶望も迷いもない。
自分のやりたい事を思い出し、そのために動く力が戻って来た。
「俺にはセシルが必要だ。だからアイツが敵だという事実も全部なかったことにする」
「無茶苦茶だな。けど、落ち込んでるよか悪くねーな。それでこそアタシ等のルカだ」
「アイツらってスペーシアン至上主義の過激派でしょ。徹底的にやった方が世の中の為ね」
自分の進むべき道がはっきりとわかったルーカスには迷いはなかった。
後はただ取り戻すだけだ。