オービット重工所有のフロントの中でも機密区域であるC地区にコウタロウは足を踏み入れた。
何枚かのドアをくぐるとやがて広間のような空間が広がっていた。
「うっ!」
広間に繋がるドアが開くと中から鼻が曲がりそうなほどの異臭がして、コウタロウやリタ、他の武装した男たちは口と鼻を腕で覆う。
「何だここ」
「これがこのフロントの真実だよ」
「……まだ作業の、時間では……」
異臭のする空間にはざっと見渡す限り100人くらいの人が座り込んでいた。
その恰好は最低限の衣類のみを身に着けているだけで、コウタロウが地球に住んでいた時に見かけた浮浪者そのものだ。
地球ならともかく、フロント内に浮浪者がいる訳も無いのだが、目の前にいる。
この異臭も彼らから匂って来るのだろう。
その中で出入口に近かった男が視線を合わせる事なくどこか怯えた声で訪ねて来る。
「落ち着いて聞いて欲しい」
タチアナがそういうと彼らの視線がタチアナに向けられた。
「我々はオービット重工の人間ではない。現在、このフロントは我々が占拠している」
始めはシンとしていたが、次第にざわつき始める。
「我々の目的は君たちを地球まで送り届ける事だ。よって、慌てず落ち着いて我らの指示に従って欲しい」
「この人達を?」
タチアナ達がここを占拠した理由がようやく明かされた。
彼女たちはここにいる人たちを連れて行くことが目的のようだ。
「リタ、まずは彼らにシャワーを浴びさせてくれ。流石にこの状態でつれて行くわけにもいかないからね。そのあとに食事と衣類も
用意しておいてくれ」
「了解です」
リタは武装した男たちを連れて、彼らを外に移動するように指示を出していく。
「少々刺激が強すぎたみたいだね。外で話そう」
「……ああ。分かった」
コウタロウもいろいろとあってまだ頭が混乱している。
それを察したタチアナはコウタロウを外に連れて行く。
そのままフロントのレクリエーションルームまで連れて来ると備え付けのウォーターサーバーからコップに水を入れるとコウタロウに渡す。
コウタロウは近くの椅子に座ると水を一気に飲み干した。
「少しは落ち着いたかい?」
「まぁ……それよりあの人達は一体?」
「君は気にならなかったかい? オービット重工の規模ではアーヴに対して定期的に納入している部品を製造するのは難しいという事に」
コウタロウもオービット重工に出向することが決まった時に軽く調べている。
オービット重工はべネリットグループの中でも中堅の株式会社アーヴにモビルスーツの部品を納入している会社だ。
タチアナが言うようにオービット重工の設備や人員では定期的に納入している数は難しい。
コウタロウも気にはなったが、あくまでも公開されている情報からの推測であり、実際には問題なく納入しているため、公にされていない情報もあるのだろうと流していた。
「彼らがその答えだよ。オービット重工はアーシアンを監禁して重労働をさせてノルマをこなしていたってわけさ。このやり方ならコストも抑えられるからね」
「でもそれって」
「無論。違法だ。でも、公にならなければ犯罪は犯罪にはならないのが現実だ」
重労働を強いられていた彼らには死なないように水や食事を与えていたが、給料は支払われてはいないのだろう。
そうすることでコストを大幅に抑える事も可能で、会社の規模からは考えられない生産力を示すことも出来る。
だが、それは当然のことだが違法労働になる。
いくらアーシアンが搾取される弱い立場であっても最低限の労働環境と給料を支払う事は義務付けられている。
もっとも、それをアーシアンに対しては完全に守られることはほとんどない。
「彼らは皆、地球のスラム等で拉致されてきてここで死ぬまで働らかせられている。我々はとある情報筋からその情報を得て、リタを潜入させて解放の機会を伺っていたって訳さ」
地球でもある程度の規模の街なら人が突然消えるとそれなりの騒ぎとはなるが、場所によっては人が消える事は良くあることで周りも自分が生きるので精一杯で消えた人間の事等構っている余裕も無いため、騒ぎにもならない。
そんなところから人を攫ってきてはここで死ぬまで働かせていた。
「アーシアンへの差別は俺も知ってるけどこんな事があるなんて……」
コウタロウもアーシアンであるため、アーシアンがどんな扱いを受ける事があるかという事は知っていたつもりだ。
元々、コウタロウが出向することになったのも差別が原因とも言えた。
始めはオービット重工と取引のあった株式会社アーヴがオービット重工のフロントの老朽化で補修に人が割けず生産力の低下を危惧してのことだった。
アーヴとしては生産力が落ちると自分たちの利益も下がるため、人を派遣してどうにかしたいが、わざわざグループ外の下請け企業に自分の会社の人を送りたくはなかった。
そこでグループ内の自分たちが下請けとして使っている会社に人を送るように指示を出した。
その会社としては直接的な取引が無いため、生産力が落ちようとも関係はなかったが、断ればアーヴからの仕事を打ち切られかねなかった。
仕事が減る事を避けたいがそんな余裕はないため、更に自分たちが仕事を振っている下の会社に人を送るように指示を出した。
それがコウタロウの働いている会社になる。
そして、コウタロウが出向することになった理由としては会社随一の操縦技術を持つコウタロウを送る事で、べネリットグループはこれだけの実力のあるパイロットをグループ外の企業に送れるだけの人材の厚さがあるという事をアピールするためとコウタロウにグループ外の企業でべネリットの中では得られない経験を積ませるためと言う事になっている。
コウタロウもそれが最もらしく作られた建前であることは薄々分かっていた。
コウタロウの社内での立場は決して悪い訳ではない。
いずれはモビルスーツを操縦する作業員の中でも1つの班を仕切る班長くらいにはなれるだろう。
だが、どう頑張ってもそこ止まりだ。
卒業してから数年が経って会社にはアスティカシアの後輩も入ってきているが、スペーシアンの後輩は入社時点からコウタロウよりも上の立場で入ってくることは珍しくはない。
会社はアーシアンをアスティカシアに推薦こそするが、どんなに優秀な成績で卒業しようとも出世させるつもりはないらしい。
コウタロウ自身は出世するつもりはなく、ずっと現場に出るつもりではいた。
給料自体は独り身で生活するには十分で、趣味らしい趣味もなく、結婚も出来るとは思えず、将来の夢等も精々、金を貯めて自分用のモビルスーツを購入して自分好みにカスタムすることくらいだ。
仕事の人間関係も同僚の多くはアーシアンでトラブルもなく良好だが、一方でスペーシアンの社員に見下されることもあったが、モビルスーツの操縦技術では自分の方が上だという自負があれば一々気にすることも無かった。
仕事に不満はなかったが、スペーシアンの社員からすればアーシアンでありながら高い操縦技術を持ち、現場作業員のアーシアンからは信頼もあるコウタロウは目障りに思われていたらしく、今回の話が出た時にコウタロウが出向させられることになった。
「まぁべネリットはアーシアンを使いつぶすのではなく飼い殺しにする方向だからね。君が知らないのは無理もないさ」
「飼い殺しって……」
コウタロウはムッとするも、自分の状況を考えると飼い殺しと言われても否定はしきれない。
「否定は出来ないけど、それでもべネリットは昔と比べるとアーシアンの貧困層の保護活動にだって力を入れてる」
グループ自体に特別な思い入れはないが、それでも部外者にグループを貶されるのは面白くはなく、ついムキになって返す。
「ルーカス・レンブランの事を言っているなら彼の行動こそがべネリットのアーシアンに対する扱いを象徴するものだと思うがね」
ルーカスは卒業後に地球で孤児や貧困層の子供を集めては面倒を見る施設を作っている。
「そんなことは……」
「確かに彼の行動で救われたアーシアンは少なくないだろう。そんなアーシアン達は彼に恩義を感じて彼の為に働くだろう。彼の上手いところは強制するのではなく自発的に動くように仕向けている。悪い言い方をすれば洗脳だね。その上で違法労働にならないように労働環境を整えてきちんと給料まで支払っている」
「なら何も問題はないだろ」
少なくともルーカスは先ほど見たような奴隷も同然な環境でアーシアンを働かせている訳ではない。
「まぁね。でも、彼はアーシアンの保護に積極的だ。しかし、保護はしてもそういったアーシアンを生み出す環境そのものには何の手も出してはいない。彼の立場ならば時間はかかっても貧困層を出さないように変えていくことだってできるだろうに」
確かにルーカスはアーシアンを救ってはいる。
だが、根本的な部分である宇宙から搾取する構図そのものにまでは何もしていない。
べネリットグループの跡取りと言う立場を使えば少しづつでも改善していくことも出来るはずだ。
これまでのルーカスの活動を見る限りではそこまでする気がないように見える。
「まぁ私は彼の事を直接知る訳ではないから、そう言えるだけで、下々には理解できない深ーい理由でもあるのかも知れないけどね」
コウタロウは何も言い返せなかった。
コウタロウは短い間だったが、ルーカスとアスティカシアで過ごした時期がある。
だからこそ分かる事もある。
ルーカスがその気になれば周囲の意見や思惑はガン無視してやりたいようにやる。
そんなルーカスがタチアナのいうように貧困層のアーシアンを生み出す構図そのものに何もしないという事はその気がないという事なのだろう。
「さて……我々は準備が出来次第、フロントから離脱する。君はどうする?」
タチアナ達の目的はここで強制労働させられているアーシアンを助け出すことだ。
その目的が果たされた以上はこのフロントを占拠する理由もなくなる。
すでにカテドラルのモビルスーツを撃破している以上はカテドラルも本腰を入れて叩きに来るだろう。
そうなる前にここを出るつもりのようだ。
「分からない。アンタ達がやった事はテロかも知れないけど、あんなものを見た後では間違ってると否定は出来ない」
やり方はフロントの武力制圧と言うテロ行為ではあるが、コウタロウにはそれを間違いだとすることは出来なかった。
「でも、あの人達を無事に地球に送り届ける事が目的でここから逃げる為に俺を使って欲しい」
「ほう」
「これでもモビルスーツの操縦には自信はあるし実戦経験もある」
「実力以前に我々に協力するという事は君も立派なテロリストになるという事だ」
コウタロウの申し出を受けるかどうか以前にそこをはっきりさせておく必要はある。
ここで強制労働させられていたアーシアンを見て義憤に駆られて協力を申し出たとしても、自分たちに協力すればどんな理由があってもテロリストの仲間入りだ。
「学生時代に友達に言われたことがあるんだよ。正しさは客観的に決められるものじゃなくて、自分が正しいと思った事が正しいって。少なくとも今はあの人達を無事に地球に送り届ける事が正しいと俺は思う。その結果としてテロリストの仲間って見られても俺は後悔しない」
アスティカシアにいた時、校外実習で襲撃を受けた時にコウタロウはベギルベウで戦い敵を撃墜した。
理屈としては仲間を守るために戦った事は正しいと言えたが、どんな理由があっても人の命を奪った事で何が正しいかを悩んでいた事があった。
その時にルーカスに言われたことがあった。
何が正しいかは自分が正しいと思った事が正しく世界中で否定されても関係ないのだと。
少なくともここで強制労働
させられていたアーシアンを地球まで送り届けるという事はコウタロウにとっては正しい事なのだ。
例えカテドラルと戦う事になってもその考えは変わらない。
「いいだろう。君の覚悟はうけとった
働させられていたアーシアンを地球まで送り届けるという事はコウタロウにとっては正しい事なのだ。
例えカテドラルと戦う事になってもその考えは変わらない。
「いいだろう。君の覚悟は受取った。付いてきたまえ」
タチアナもコウタロウがその場限りの義憤ではなく自身の行動に覚悟があると見た。
そのまま、タチアナに連れられてアースリベレイターの母艦まで連れていかれる。
「このガンヴォルヴァ01は私用に持って来たのだが、生憎と指揮を取らないといけなくてね。君に貸そう」
格納庫の4機のガンヴォルヴァの内の肩に01と書かれた機体まで連れて来られるとその機体を見る。
4機のガンヴォルヴァの内、1号機はタチアナ用にカスタムされた指揮官仕様となっている。
全身に追加の装甲が取り付けられがっちりとした体形になり頭部にはビームバルカンの追加とV字のアンテナの大型化で通信機能を高められている。
全身の装甲にはスラスターが内臓され、重量の増加に伴う機動力の低下を最低限に抑えている。
また、バックパックも大型化されてビームサーベルが2本装備されている。
武装は専用のビームライフルとシールドだが、シールドは裏側につけられているビームサーベルや予備のマガジンは外されており、代わりにビームガンとグレネードランチャーが2発付いている。
「余り時間も無い調整は最低限で出て貰う事になりそうだ」
「分かった」
タチアナは近くの整備士にガンヴォルヴァ01の調整の指示を出して母艦のブリッジに上がる。
「隊長。01に彼を乗せるつもりですか?」
ブリッジに上がるとゲオルが開口一番そういう。
タチアナは苦笑いをしながら艦長席に座る。
「ゲオルの言いたい事も分かる。私とて彼を全面的に信用した訳じゃない。だが、今は1機でも戦力が欲しいのも事実だろう?」
タチアナもゲオルが危惧している事は分かっている。
コウタロウがガンヴォルヴァ01を持ち逃げしてカテドラルに投降する可能性だ。
そうなればこちらの貴重なモビルスーツが減るだけでなく、ガンヴォルヴァのデータもカテドラルに渡ってしまう。
その危険はあるが、戦力になるモビルスーツを格納庫で遊ばせているだけの余裕もない。
「まぁガンヴォルヴァなら逃げたとしても最悪アレを使えば止める事も出来る」
タチアナもコウタロウの言葉に嘘はないと信じたいが、立場上はそうもいかない。
だが、ガンヴォルヴァであるなら最悪、コウタロウの逃亡の阻止をする算段はある。
「それよりも急がせろ。向こうも待ってはくれないぞ」
共にこのフロントに停泊している輸送艦には現在も保護したアーシアンの乗船が続いている。
ただ保護したアーシアンを乗せる訳ではなくフロントの施設で清潔な状態にした上でまともに動けるだけの食事を与える等、予想以上に時間がかかっているようだ。
すでに斥候を撃破している以上はゆっくりと待っている訳にもいかない。
それからも乗船は進められているとカテドラルの船が補足出来る距離まで接近してきた。
「隊長! カテドラルの船からモビルスーツの射出を確認!」
「間に合わなかったか。ガンヴォルヴァを出せ。レグルスは出撃待機。輸送艦の護衛に回す」
タチアナが指示を出しているとカテドラルの船が主砲を撃ち、ビームはフロントを掠める。
「警告だ。こっちに人質がいる以上は当てては来ない」
向こうの目的は自分たちの討伐と残されている職員の救出だろう。
職員の安否と場所が分からない以上はフロントには攻撃は当てて来ない。
それを見越した上で職員たちは殺さずに生かしている。
「ガンヴォルヴァの出撃を急がせろ」
モニターには向こうの船からモビルスーツが次々と射出されているのが見える。
向こうの戦力は先ほどのザウォート・ヘヴィ以外にはジェターク社製のディランザの実戦仕様のディランザ・ソルも出てきている。
格納庫ではガンヴォルヴァの出撃準備が進められている。
保護したアーシアンの先導をしていたリタが先導を他の仲間に引きついでパイロットスーツに着替えてやってくる。
リタの機体は肩に03と書かれたガンヴォルヴァ03だ。
01が指揮官仕様、02が近接戦、04が砲戦でリタの03は高機動戦仕様のカスタムがされている。
バックパックがミサイルポッドと一体化した宇宙用大型ブースターユニットが2基に換装され、サイドアーマーが大型化されている。
全身にもスラスターが増設されている。
その他の武器は標準装備のビームカービンとシールドが装備されているだけだ。
「おっせぇよ。何やってんだよ」
「こっちもこっちでいろいろあるのよ」
機体のシステムを立ち上げるとヒルダが文句を言ってくる。
「ヒルダ。リタも久しぶり。潜入お疲れ様」
「ええ。久しぶりね」
ドロテアがヒルダを諫める。
リタがオービット重工に潜入してからは定期連絡以外は仲間とやの接触は避けていたため、リタもヒルダやドロテアとこうして話すのは久しぶりの事だった。
「で、01のアイツは使えんの?」
ヒルダ達もタチアナの代わりにコウタロウがガンヴォルヴァ01で出撃するという事は聞いている。
そのコウタロウが戦力として数えられるかどうかをヒルダは危惧しているようだ。
「さぁ……モビルクラフトの扱いは上手かったわ」
「んなの実戦じゃ役に立たねぇよ。隊長の奴、素人を押し付けてないだろうな」
「あの人の事だから何か考えがあっての事だと思うわ」
現状でコウタロウの実力はモビルクラフトの操縦技術でしか図る事は出来ない。
モビルクラフトの操縦技術では正直なところリタは自分以上だとは思っている。
しかし、当然のことだが、モビルクラフトの操縦のうまさとモビルスーツでの戦闘の実力は直結するわけではない。
全くの未知数だが、今は出撃を許可したタチアナを信じるしかない。
そうしているうちにガンヴォルヴァの出撃準備が完了した。
「しゃあねぇか。私ら3人で蹴散らす気で行くぞ」
ヒルダは始めからコウタロウを戦力の頭数に考えない事で一応は納得した。
「ヒルダ・ロンド。ガンヴォルヴァ02。出るよ!」
「リタ・アルファス。ガンヴォルヴァ03。行きます」
「ドロテア・ホルン。ガンヴォルヴァ04。出ます」
3機のガンヴォルヴァが出撃するとコウタロウのガンヴォルヴァ01の出撃の番だ。
コックピットの中でコウタロウは深呼吸をして落ち着く。
「実戦はあの時以来か……操縦マニュアルは頭に叩き込んだ。べネリットの機体じゃなくてもいけるはずだ」
コウタロウは卒業してから一度も実戦はしてはいない。
最後に実戦に出たのはアスティカシアの奇跡が最後で、その後は学園にいた時に決闘をしたくらいで、卒業後は模擬戦すらまともにやってはいない。
精々、会社で緊急時の対応訓練をしたくらいだろう。
純粋な操縦技術はあの時よりも上がっている自信はある。
それが実戦で通用するかはやってみないと分からない。
ガンヴォルヴァの操縦法はべネリットグループ製のモビルスーツとは違うが、しっかりと頭に叩き込んで問題はない筈だ。
カタパルトにセットされて、最後に一息つくと前を見据える。
「コウタロウ・ハザマ。ガンヴォルヴァ・出る!」
ガンヴォルヴァ01が射出されるとコウタロウは数年ぶりの戦場へと向かった