地球寮での話が終わり、コウタロウ達は授業に出るが、ルーカスは授業を受ける事なく校舎から離れた場所のベンチで寛いていた。
セシルは決闘の消化でこの場にいないため、一人で時間を持て余している。
本来ならば授業をサボればいずれは出席日数で定期テストの結果とは関係なく留年や退学もあり得るが、そもそも学園に通う期間は1年しか予定していないため、進級や卒業の心配をする必要もなく、サボりを注意する教師もこの学園にはいないだろう。
それどころか本人はサボっているのにも関わらず授業のいくつかは教師の判断で出席していたことになっているかもしれない。
「何か思っていたよりも退屈だな。なんかこう、その辺で日常的に決闘していたり、テロリストが学園を占拠したり面白そうなイベントは起きないもんかな」
「ずいぶんと物騒な事を言うのね。噂の編入生君も」
この時間は大抵の生徒は授業に出ていて周囲には誰もいないと思ったが、どうやら人がいたようでルーカスは声の方に視線を向ける。
そこには車椅子の女子生徒は呆れた視線をルーカスに向けていた。
学園の制服を着ているところを見ると彼女は学園のあるフロントで働いている従業員の身内ではなくこの学園の生徒なのだろう。
「どちらさん?」
「ペイル寮のパイロット科2年シズカ・カブラギよ。クラスは違うけど噂は聞いているわ」
学科は3つだがその中でもクラスはいくつかに別れている。
昨日の時点で同じクラスに車椅子の生徒がいれば記憶の片隅にでも残っていそうだが、クラスが違えば覚えていないのも無理はない。
シズカは車椅子をベンチに近づけると腕だけで車椅子からベンチに映る。
その際に制服の上着で隠していた義足がチラリと見えた。
車椅子に乗っているという事は当然、足が不自由だという事は分かるが、チラリと見えた限りではシズカの義足はお世辞にもまともな物ではない。
GUNDフォーマットの規制に伴い義手は義足と言ったGUND技術にも大きな規制がかかる事となった。
今ではごく一部が正式な許可を得た上で日常生活に不便のないレベルの物を使用できる。
ルーカスは10年前にヴァナディース機関でその手の物を見てきたため、少し見えただけでもシズカの義足は精々立ち上がる程度でまともな歩行機能もないと推測は出来た。
「編入早々サボり?」
「まぁね。てか、そっちだってサボりじゃん」
この時間にである生徒は学園に何らかの理由で許可を得てい居ない限りは皆、サボりという事になる。
無論、ルーカスはそんな許可を取ってはいないし、許可を取るにはそれなりの理由が必要で、授業に出るのが面倒だというのは理由にはならない。
「問題ないわ。この時間の私のクラスの授業は出なくても問題はないし、日数はきちんと計算してサボっているもの」
「成程な。そういうやり方もあるのか一つ勉強になった」
そういうが、そもそも進級も卒業もする気がなければ活かす機会はないだろう。
「この時間は人気もないからここで一人で本を読むのが好きなのよ」
そう言ってシズカは車椅子の中から文庫本を取り出す。
宇宙進出が進んだ今の時代においては紙の本は一般的ではないが、古い時代から残されていた物やマニア向けに電子書籍ではなくあえて紙媒体で本を出す企業もいくつかはあるため、その気になれば紙の本を手に入れる事はそこまで難しくはない。
「ふーん」
シズカはルーカスに興味もなく本を読み始める。
日頃からその立場から注目されているルーカスにとってはここまで露骨に興味を持たれないと居心地が悪い。
「今日はいい天気だな」
「…………それ、私に言っているの?」
少し間が空いたがシズカは視線を本から逸らすことなく返す。
「と言うか地球じゃないんだから雨の予定なんてないんだから当たり前じゃない」
「だよな(おっかしいな。セシルによれば話題がなければ取り合えずはとっかかりは掴めるって話だったのに)」
シズカは少し馬鹿にした感じで返す。
フロントでは雨が降る時間は事前に決まっており、システムに誤作動でも起きない限りは雨が降る事も無い。
「と言うか、私は一人で本を読むのが好きって言ったわよね。貴方の方が先客なのだから消えろとは言わないけど、黙っていてもらえないかしら?」
シズカは明らかにイラついている。
普段から大抵は内心はともかく表面上は機嫌を損ねないように媚びられてきたルーカスにとっては邪険に扱われるのは新鮮でシズカに興味を持ち始めた。
「それ何の本?」
「は?」
天気の話題は駄目だったが、シズカの本の話題であれば多少なりとも会話は続くだろうと判断した。
シズカはまだ自分に構ってくることを面倒に思いながらも本のタイトルを見せる。
「本とか一切読まないからなぁ」
タイトルを見せられたところでタイトルと表紙だけではルーカスには内容も想像は出来ない。
「まぁ王道の戦記物よ。努力とか友情とかそんな感じの」
「以外だな。なんかイメージ的に黒魔術の本とか読んでそう」
「貴方もしかして喧嘩売ってる?」
この短時間の会話の中からシズカのイメージを膨らませたが、シズカからすれば勝手なイメージを持たれた上に完全に変な印象を持たれて良い気はしない。
「そういうのが好きなんだ?」
「現実は糞みたいだから、フィクションの世界でくらいはご都合的な展開を夢見ても良いでしょ。恵まれている貴方には理解できないでしょうけど」
「まぁな。その手の事は現実で事足りてるからなぁ」
シズカはグループの総帥の養子と言う一般的には恵まれた環境にいるルーカスを皮肉るが、当のルーカスは皮肉には気づいてすらもいない。
「そんなことよりさ、シズカはペイル寮なんだろ?」
「……そうだけど」
自分から降ってきた話題と唐突に変えるが、ここまでのやり取りでルーカスの言動に一々腹を立てるだけ無駄なのだとシズカは自分に言い聞かせる。
「ペイル寮に魔女がいるんだろ? 知ってる?」
「どうしてそんなことを聞くの?」
シズカの声は警戒しているのか、少しトーンが落ちてている。
「俺さ親父に魔女狩りをして来るように頼まれたんだけど、どんな奴なんだろうと思ってさ」
「そんなことを言われて素直に教えると思っているの? そもそも情報を完全に秘匿している訳でもないんだから資料くらい用意していないわけ?」
シズカからすれば同じ寮の生徒を狩りに来ていると言っているルーカスの素直に情報を渡す理由はない。
それ以前に魔女狩りの為にこの学園に来たのであれば事前に情報を得ているのは当然のことだろう。
「親父から渡されたけどさ、そういうの一々目を通すのは面倒じゃん。だからセシル、俺の護衛兼世話係兼なんかいろいろと兼任している奴に丸投げした」
いい加減な奴だとは思っていたが、総帥直々の命令ですら適当にやっているのは呆れる事を通り越して信じられない。
「どうせ書いてあることは大したことはないし、俺が知りたいのはその魔女がどんな奴なのかだよ」
事前に用意された資料には公となっているガンダムの性能や操縦の癖をはじめとした情報だが、そこにパイロットの人柄は最低限で深くは掘り下げてはいない。
「倒す相手の事を知ってどうするの? 仲良くお友達にでもなるつもり?」
「それも良いな。親父からはガンダムを学園から排除しろとは言われているけど、パイロットの処遇までは指示されてないからな。魔女を仲間に引き入れるってのも面白いな」
冗談半分で言ったが、ルーカスは本気でそれも視野に入れていそうな様子だ。
「寮長のレイニー先輩の事ならなんていうか何を考えているのかよく話ならない人よ。後は小さくて可愛らしい感じの人」
そのくらいがシズカは話せる最低限の情報だ。
「可愛らしい感じか……会うのが楽しみだ」
「そう簡単に会えるとは思ないわよ。寮長は神出鬼没で寮にいない事も多いし、授業にもほとんど顔を出さないけど、何故か進級できている不思議な人だから」
シズカの知る限りでは寮長のレイニーは寮を開ける事も多く、いつの間にか帰ってきている。
会おうと思って簡単に会える相手ではない。
「その方が燃えるってもんだ……っと何だ? ゲッ」
ルーカスは端末にを取り出すと顔をしかめる。
端末にはメッセージが1件来ており、相手はエマで内容はすぐに決闘員会のサロンまで来るようにだ。
今日のセシルに変わらせた決闘の立ち合いはエマではないため、セシルが決闘に負けたという類の話ではないが、余り良い内容とも思えない。
「マジか……何かやったっけな?」
少なくとも昨日の今日でルーカスがエマに呼び出される理由に心当たりはない。
「しゃーないか。シズカはいつもここにいるのか?」
「さぁ? でも一人でいるのか好きだからその辺りを考慮して貰えないかしら?」
「用事が出来たから行くけど。また今度な」
「だから……」
シズカの抗議に耳を傾ける事もなく、ルーカスは校舎の方に向かう。
セシルの決闘は全て終わっていたため、サロンは静まり返っていた。
そこには呼び出したエマの他にジェターク寮の寮長フランが腕を組み不機嫌そうにソファーに座っている。
その隣にもう一人いた。
(コイツがシズカの言っていたペイル寮の魔女のレイニーか。いきなり見つけちまったな)
ルーカスは一目見てそう確信して。
おかっぱ頭で無表情で何を考えているのか表情から読めない。
小柄で大柄なフランの隣に座っているとその差が際立つ。
見た目は小さいが2年のシズカが先輩と言っていたという事は3年なのだろう。
「これで揃ったわね」
ルーカスの到着を確認したエマはルーカスの分もコーヒーを入れてテーブルに置くも、ルーカスは置かれたコーヒーの前ではなく別の場所に座る。
ルーカスに淹れたつもりだったが、ルーカスもそれが分かった上で別の場所に座っている。
自分に淹れてくれたと知りつつもスルーしたのは子供じみた嫌がらせだが、そもそもルーカスはコーヒーは砂糖とミルクを大量に入れたところで飲めない。
エマは少し気まずそうにおかれたコーヒーの前のソファーに座ると入れたばかりのコーヒーに口をつける。
「ルーカス。紹介しておくわ。レイニーとフラン。どちらもパイロット科の3年生でペイル寮とジェターク寮の寮長よ」
「ども」
エマに紹介され、レイニーは表情を変える事なく抑揚のない声で片手をあげて返すが、フランはそっぽを向いて答える事もない。
「二人とも知っているとは思うけど、彼が昨日編入してきたルーカスよ」
「てめぇの決闘も自分じゃ出来ねぇ腰抜けだろ?」
「ひっでぇいわれようだけど、面倒な事は自分でやらないでセシルに丸投げするようにしてんだよ」
明らかに非難してくるフランをルーカスは軽く流す。
「二人ともやめて」
「もっとやっても良いのに」
エマは止めるがレイニーは面白がっているのか焚きつけようとする。
「今日集まって貰ったのは喧嘩するためじゃないの」
この場には総帥の跡継ぎ、グラスレー寮寮長、ペイル寮寮長、ジェターク寮寮長と学園の中心的な立ち位置にいる4人だ。
「今の学園の状況は分かっているわよね」
「俺も今日聞いた。なんか面白い事になってんな」
「はっ! 多寮連合だろうと御三家だろうと全部ぶっ倒せばいいだけの事だろ?」
「潰し合えば良い」
他の3人は今の学園の状況を好意的に受け止めているらしくエマも頭を抱える。
「私としては無意味な決闘を繰り返して生徒同士で潰しあう現状は容認できないわ。皆には軽率な行動は控えるように寮生に……」
「そいつは無理だろ」
エマの言葉をルーカスが遮る。
「決闘は学園が認めている制度だ。つまりは欲しい物は相手を叩きのめしてでも手に入れろってのが学園の……親父の意思って事だ。決闘は不平等だけど結果は平等だ。下の奴らだって勝ちさえすれば御三家を蹴落とせる。それが嫌なら下から来る奴らを踏みつぶして支配すればいい。それで学園やグループが潰れるっていうならその程度の事だろ」
「クレイジー」
「チキン野郎にしては良い事いうじゃねぇか」
フランは立ち上がるとルーカスのところまで行くと顔を近づけて至近距離で睨みつける。
「ならよ。アタシ等と決闘しようや」
「フラン! 今日はそんなことをするために集めた訳ではないわ」
「良いよ」
完全にエマを蚊帳の外にしてルーカスとフランの間で話しが進んでいく。
エマは頭を抱え、レイニーは表情にこそ出さないが面白がっている。
「こっちの条件はこれだ」
フランは自身の端末に事前に用意しされた決闘の条件等をサロンのモニターに出す。
「こんなの……」
「大人げない」
ジェターク寮から出された決闘の方式は最大10機の団体戦。
現在の地球寮の戦力を考えれば圧倒的に不平等な条件となっている。
その上でジュターク寮がルーカスに賭けると要求している事は2つ。
現在デリング・レンブランが所有しているベネデット・グループの全権を決闘の決着がついた時点を持ってジェターク社CEOのヴィム・ジェタークに譲渡し、デリング・レンブランはヴィム・ジェタークの部下となり生涯を尽くすことともう一つはルーカス・ナボ・レンブランが決闘決着からヴィム・ジェタークの長男グエル・ジェタークの世話係となる事だ。
(これ考えたのはヴィムのおっさんだろ絶対に。ご丁寧に俺の逃げ道まで用意して相変わらずセコイおっさんだよ)
ルーカスもすぐにこれがフランではなくその背後にいるヴィムの差し金であることは想像がついた。
1つ目は明らかにデリングに対する私怨が隠せていない。
2つ目の要求はルーカスがデリングを裏切って勝ち目のない決闘にわざと負ける理由を用意したのだろう。
内心はともかくとして長男の世話係と言う信用していなければ任せられない立場を用意しているのはそれだけルーカスを認めているとアピールしているのだろう。
「要求の内容が決闘で賭けていい域を超えているわ。決闘委員会としては認める事は出来ないわ」
要求の内容は学園内どころかグループ全体を揺るがしかねない物であるため、エマの立場では止めざる負えない。
「良いよ。それでこっちはジェターク寮が所有しているガンダムを要求する」
ルーカスは無茶苦茶ともいえる条件をあっさりと受け入れて自分要求までする。
「ルーカス!」
「部外者は黙ってろよ。双方の合意になったんだ。文句はねぇだろ?」
決闘のルールでは互いに賭ける物が釣り合わないとしても双方の合意があれば問題はないとされているが、今回はそういう次元の話ではない。
「ルーカスもこんなバカげた決闘を受ける必要はないじゃない!」
「まぁ落ち着けって。何で挑まれた俺より荒れてんだよ」
ルーカスに宥められてエマはその落ち着きっぷりに更に憤るも一度、深呼吸をして落ち着こうとする。
「分かっているの? 一度、受理してしまえば結果は変えられない。総帥が動けばグループは内部分裂を起こしかねないのよ?」
「俺が勝てばいいだけの事だろ? それに上に立つ者としては常に心は広くありたいじゃない? だからさ、こんな形でしか俺に挑めない連中にも広い心で優しく接してあげないとかわいそうだろ?」
そういいながらも哀れんだ視線をフランに向ける。
「あ?」
「だってさタイマン張らずに圧倒的有利な条件で挑んでくるって事はそうじゃないと俺には勝てませんって言っているようなもんじゃん? 昨日俺と決闘した地球寮のアーシアンは旧式のデミトレーナーしか持ってないのにタイマンで挑んで来たってのにさ。御三家とか入れてもいてもその程度って事かって思うと泣けてくるね」
「てめぇ」
「やめなさい」
ルーカスの挑発にフランは思わず、ルーカスの胸倉をつかんで拳を振り上げる。
エマがとっさにフランの腕しがみ付いて止める。
その気になればエマを振り払って殴る事も出来るが、フランはそこまでは出来なかった。
フラン自身も分かっている。
この条件はヴィムから指示されたもので、そうまでして確実に勝とうとしている。
同時に1対1での決闘で確実に勝てるという信頼はされてはいないという事もだ。
(やっぱこういうタイプの奴か。こういうタイプの奴は有利な条件を強要させて戦わせるよりも好きにやらせた方が実力を発揮するんだよな。自分が手段を選ばずに敵を蹴落としてきたせいかあのおっさんはこういう直情型の馬鹿の使い方が下手くそなんだよな)
ルーカスは挑発することで、相手の反応からフランの性格を推察する。
少なくとも勝つために手段を選ばずに戦う事よりも真向から相手を叩き潰すことを好むタイプのようだ。
「とにかくだ! 決闘は受理で良いよな。決闘は3日後だ! お前は必ず出ろよ! これだけ大きな口を叩いたんだ逃げんじゃねぇぞ」
「そっちこそな」
フランは乱暴に掴んでいたルーカスを離すとサロンから逃げるように出ていく。
本来は学園で無用な決闘を避ける為に3人を呼んだがとんでもない事態となってエマはただ頭を抱えこれ以上厄介ごとが起きない事を願うしかなかった。