ニューワールド・ブリゲイド─学生冒険者・杭打ちの青春─   作:てんたくろー/天鐸龍

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騎士団長だよー

「久し振りだな、杭打ち。一年ぶりか、大きくなった」

「…………」

 

 えぇ……? この状況でそれを言うの、シミラ卿……?

 話し合いを提案してきたかと思えば唐突に、親しげに片手を挙げて挨拶してきたエウリデ連合王国騎士団長様に僕も騎士団員のボンクラどもも唖然としている。

 

 今まさに僕達、殺し合いしようとしてたよねー?

 少なくとも超古代文明から来た双子ちゃん達をつけ狙うボンボンどもはそのつもりだったし、僕もシミラ卿が来たってんならやむ無しのつもりで杭打機を構えていたんだけれど。

 すべてはシミラ卿の出方次第という場面で、しかし彼女はすっとぼけたことを言い出しているというのが今この時だった。

 

「相変わらず元気そうに杭打ちくんを振るっているな。かつては剣を握ってこそお前の美しい天賦の才能は煌めくと思い込んでいたが、やはり5年もするとその姿が馴染んでしまうものだ……わたしももう23歳、光陰とは正しく矢の如しなのだな」

「…………」

「そう言えば聞いたぞ、教授の支援を受けて独り立ちしたそうだな。水くさいやつだ、言ってくれれば借家と言わずお前のための家を用意、いやむしろ我がワルンフォルース家に迎え入れたというものを。お前は弟のようなものなのだ、思う存分に甘え倒してくれればよかったというのに……姉として寂しいぞ。ああ寂しいとも」

「……………………」

 

 シミラ卿、いつから僕のお姉ちゃんになったんだろ? どっちかって言うと今なら恋人になって欲しいかなって僕はげふんげふん。今それどころじゃないよー。

 成り行きのすべてを無視した、私事を延々無表情で喋り倒す彼女。でもうっすら額に汗が滲んでいるのを僕は見逃さない……この人、緊張してるね。

 

 争い事を回避するために、せめて僕から殺意を取り除くためにあえて道化じみた振る舞いをしているのか。

 この分だと彼女には僕と、本気で殺り合う気はなさそうだ。もっとも、だからと言って気を抜くと次の瞬間、ノータイムで致命打を放ってくる危険性は常にあるのが実力派って呼ばれる連中なんだけれどね。

 

 そんな涙ぐましい団長殿の努力を、敵側の僕は理解できたのに味方側の団員は理解してあげられなかったみたいだ。

 今のやり取りを聞き、みんなして顔真っ赤にしてシミラ卿に詰め寄っている。

 

「だ、団長!? おかしなことを、そのような輩に何を!?」

「乱心されたのですか、ワルンフォルース団長!!」

「そこなスラムの生ゴミとかくも親しげに! これは国に対する重大な背信行為ですぞ、シミラ・サクレード・ワルンフォルースッ!!」

 

 わあ、騎士団長を呼び捨てー。増長しきった成れの果て、みたいなみっともない姿に笑いも出ないや、ウケるー。

 上下関係とかも結局、この連中にとってはごっこ遊びの一環とかなのかもしれないね。

 昔、先代の騎士団長が騎士団は一糸乱れぬ統率と連携と忠誠こそが最大の武器であるとかなんとか仰ってたけど……はははー、いつの間に、どこで武器を落っことして来ちゃったのかなー?

 

 呆れた姿に、遠巻きに眺めている冒険者達もドン引きだ。

 冒険者も大概反骨的だし、そもそもギルドからして偉いやつに噛みついてこその冒険者だろがい! って反権力的なスタンスを持っている有様なんだけど、そんな彼らから見てさえ、ボンボン達の醜態は酒の肴にもならないらしかった。

 

 そんな見苦しい連中に、シミラ卿は冷たい一瞥を一つくれた。絶対零度の視線が、人によってはご褒美になると昔聞いたことがある。世の中って広いね。

 っていうかこれ、彼女キレてますねー。静かに両手が強く握られるのを目敏い僕は逃さず見つけた。マジ切れまで秒読みだ。

 

「──ああ、心は乱れているな。主に貴様らのせいで」

「だんちょ、ヴッ!?」

 

 静かにつぶやく彼女が、何を言っているのかと先頭の男が顔を寄せる──瞬間、拳がその顔面にめり込んだ。裏拳だ。

 シミラ卿の握り拳が思いっきり叩き込まれたのだ。鼻血を吹き出しながら吹き飛んでいくボンボンくん。死ぬどころか跡を遺すような威力ですらないあたり、相当手加減してるみたいだねー。

 

「ごえが、ぐばぁっ──!?」

「じ、ジーン!?」

「何をする、ワルンフォルース!!」

「貴様らこそ何をしている、クズども」

 

 急に振るわれた圧倒手に暴力。涼しい顔して一人の男の顔面を破壊し尽くしたシミラ卿に、団員達は恐れ慄きながらもいよいよ、彼女に対する怒りを隠さず叫んだ。

 だけどそれに対して彼女の、透き通るような凛とした声が投げかけられて場の空気が一段と冷えた。

 

 迷宮攻略法の一つ、声による威圧か。対策してない騎士団員達には為す術もない。

 恐怖に固まる狼藉者達へ、団長の静かな叱責が飛んだ。

 

「誰が無理くりに双子を連れ帰れと指示した。誰が冒険者達とことを構えろなどと言った。挙げ句に杭打ちに虐殺される一歩手前まで至るなど」

「そ、それは! しかし持ち帰ればそれが一番、手っ取り早いと」

「勝手な判断で動き、招いたのが冒険者との抗争か。ギルド長との会談に臨む私に付き従うだけの簡単な任務も貴様らはこなせない、と。恥ずかしい貴族もいたものだな」

 

 なるほどー、元々はシミラ卿がギルド長とお話するためにこの町に来ていて、こいつらはその従者として同行してきたってことかー。

 それだけのこともこなせず、暴走した挙げ句こんなことしてたらそりゃー怒られるし殴られるよねー。今もなんか、か細い抗弁をしているけれど……正直、貴族としても騎士としてもダメダメだよーこの人達。

 

「き、貴様……我々をどこの家の者だと……!」

「たとえ王族だろうが騎士ならば騎士らしく振る舞え、それができなければ消え失せろ。貴様らガキどもに……騎士たる資格はない」

 

 終いには自分達の家柄にまで縋ろうと口を開いた、騎士団ごっこのお坊っちゃま方。

 あーあ、そういうのシミラ卿が一番嫌うのに。やっちゃったねー。

 

 思わず目を覆いたくなる戯言を、騎士もどきの一人が言った直後。

 シミラ卿はその男の顔にも、極力加減した力加減と速度でだけど、拳を突き立てていた。




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