ニューワールド・ブリゲイド─学生冒険者・杭打ちの青春─   作:てんたくろー/天鐸龍

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ウォーミングアップにもならないよー(呆)

「助かる、杭打ち……さん!」

 

 咄嗟に馬を走らせて、オーランドくんはすれ違いざまにそう叫んだ。決意の眼差しは、一瞬見えたけれどにわかに涙で滲んでいる。

 バカにしている僕に励まされて悔しいのかな? と一瞬思ったけど、そうじゃないみたいだ。

 駆け抜けていく彼らの後ろ姿から、続けて声が響いたのだから。

 

「いつかまた会えた時に言わせてくれ! 今日という日の感謝を! これまでの日々に対する、心からの謝罪を!!」

「ありがとうございます、杭打ちさん!!」

 

 今までのことをどうやら反省し始めているみたいだ、オーランドくん。マーテルさんの感謝も併せて、なんだかくすぐったいねー。

 でも、悪くない気分だ。僕がこの手で初めて見送れた冒険者。これからいろんな未知に触れるんだろう、可能性の塊。

 いつの日かまた逢えることを信じて、僕も叫ぶ。

 

「楽しみにしている! 君達の旅路に、幸あれ!」

「ぐっ──冒険者ども! 何が冒険の旅だ、ふざけるなぁっ!!」

「あの女は捕らえて研究所送りだっ!! ガキのほうは切り刻んで豚の餌だっ!!」

「そして貴様はこの場で処刑だ! 国を、騎士団を舐めたな、下郎がーッ!!」

 

 と……爽やかーなやり取りを一気に汚してくれる、ツッコんでもツッコミ足りないお馬鹿さん達の妄言。威圧を緩めたからか、騎士連中がまたぞろ吠えだしたねー。

 まともに相手するだけ無駄と、地面に大きく作ったクレーターの真ん中で僕は構えた。

 

 ここからはなんの慈悲もない時間だよー。都合、命だけは取らないけどそれ以外は何一つ保証しないからよろしくねー?

 

「…………さて」

 

 構えつつ思う。さっきも言ったが対人戦は久しぶりだ、加減をトチると殺してしまう。

 さすがに意味のない人殺しなんてゴメンだし、かと言って加減しすぎると目の前の彼らはともかくシミラ卿、サクラさんは躊躇なくその隙に合わせて致命打を放ってくるだろう。

 

 だからここで調整しなきゃね。殺さず、かと言って温すぎない加減を彼ら相手で思い出すんだ。

 これ、骨が折れるぞー。内心気を張りながら僕は一歩、踏み出した。即座に抜剣し、場上から構える騎士団員。

 

「全員構えろ! 敵は一人だが油断するな、相手は非公式とはいえ元、調査戦隊メンバーだ!!」

「…………」

 

 だから。

 遅いんだってばー。剣を抜くならとっくに抜いて、吠えてないで斬りかからなきゃ意味がないんだよー。

 いくらでも先手を打てたものを、結局後手に回るんだったらどうぞ殺してくださいって言ってるようなものなんだよー?

 

 こんな風にね。

 僕は一気に踏み込んで、一番先頭の馬の場上から見下ろす騎士の、目と鼻の先にまで距離を詰めた。

 

「っ!? き──」

「遅い」

 

 急接近した僕を認識するのも遅ければ、そこから剣を振るい対応しようとするのも遅い。とてもじゃないけど待ってはあげられないよ。

 手にした剣を動かそうとした騎士に構わず、僕は杭打ちくんを持つ右手を振るった。

 

 まるで力を入れていない、手首のスナップだけ利かせた僅かなジャブ。ましてや杭なんて使わない、杭打ちくん本体そのものだけでの殴打。角を当てにすら行ってない、生温さの極みみたいな加減ぶり。

 だけど彼らにとってはこんなんでさえ、喰らえば終わりの代物なんだよねー。

 

「ガッ!?」

「た、班長ォォォ!?」

「き、貴様っ!! 杭打ちぃぃぃ!!」

「…………」

 

 そんな程度の低い一撃をプレートの上から腹に受けただけで、大仰に吹き飛んで地面に落ちる騎士の班長とやら。続けて僕は、次の騎士の元へ距離を詰めて腕を振るう。

 それだけでまた一人、鎧を破壊されながら落馬していく。

 

 その繰り返しですぐ、10人いた騎士が軒並み馬から落ちた。半数は立つこともできずに呻いて、もう半分は剣を杖代わりにしてどうにか立ち上がったけれど足がガクガクと震えている始末だ。

 あまりにあっけない始末に、馬を散らして逃しながら僕は内心で愚痴った。

 

 弱いー……本当に弱いよー。弱すぎるよいくらなんでもー。

 

 なんで今のをまともに食らうのさ。最初のやつは腕の動きに合わせてカウンター気味に打ち込んだから別として、他のは十分に防御可能なタイミングだったはずだよー?

 それがなんで全員、モロに攻撃食らって落馬してるんだか。せめて初撃を防御しつつ馬を反転させて僕のバランスを崩しつつ、反撃を仕掛けるくらいの動きはしてほしかったなー。

 

「つ、つよい。つよすぎる……!!」

「ば、ば、化け物だ……!」

「人間じゃない……っ!!」

「………………………………はぁ」

 

 どうにか立ち上がった連中の、愕然としつつも怯えきった表情に意気を削がれそうになって僕はため息をこぼした。

 まともな訓練も受けてないのが丸分かりで、なんならすでにメンタル的に駄目になってる。シミラ卿が訓練することさえ放棄してたとは考えにくいし、サボってたんだろうねー。

 

 ……ろくに積み重ねてもないくせに強すぎるだの、化け物だの人間じゃないだの。そんなセリフは百年早いよー。

 でももう、何も言う気にもならない。ウォーミングアップにもなれないなら悪いけどこの人達に用はない。速やかに気絶していただいて、本命である後続の騎士団・冒険者連合を待つことにしようかなー。

 

「くっ……!」

「…………」

 

 もうすっかりやる気をなくしかけてた僕だけど、一人だけ剣を構え直した騎士がいて少し、目を見開いた。

 一番最初に殴った騎士だ。ボロボロで使い物にならない鎧を脱ぎ捨て、落馬した時に頭を打ったのか血を流しながらそれでも立ち上がり、僕に剣を向けた。

 

「は、班長……!」

「総員、下がれ……逃げろ! この化け物は俺が食い止める!!」

「は、はい!!」

「…………」

 

 へえ……一番ダメそうだったのが、案外一番元気なのかー。

 防御、というよりとっさに打点をずらしたかな? 意識的にしろ無意識的にしろ結構やるねー。

 そして部下に対して逃げろと命じている。これも結構いいね、今さらだけど判断そのものは正しい。命令を受けて迷いもせず即座に逃げ出す部下はちょっとアレだけど、この班長さんは低いハードルなりにいい感じかもしれない。

 

 僕は班長さんのみ、相手足り得る者として敬意を払い構え直した。言動はいけ好かないけど、勝てないなりにやるべきことをやろうとするのは尊敬に値する。

 

「くっ……! 杭打ち、騎士を舐めるなっ!!」

「…………舐められるほうが悪い」

 

 この期に及んで吠える威勢は買うよ。それに、少なくとも今なお僕とやり合うつもりのあなたには、そう吠えるだけの資格はある。

 実力はともかく、言動はともかく、心構えはそれなりに騎士なのかもね?

 ……よかったよー、これでウォーミングアップができる。

 

「…………加減、トチったらごめんね」

「──!! ふざっけるなぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 ボソリと先に謝っておくと、班長さんは激高して切りかかってきた。

 出来は悪いけど気炎の籠もった良い一撃だ、そうこなくっちゃね!

 僕は口元が歪むのを自覚しながら、杭打ちくんを振るった。 




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