バランスってどうやったら取れるの?
ライセン大峡谷の地下深くに存在する大迷宮。そこに一人の少女が居た。
少女の名前はミレディ・ライセン。
このライセン大迷宮の創立者にして、かつて、エヒトに反旗を翻した解放者のリーダーを務めた女性だ。
数日前、実に数千年待ち望んだ迷宮の攻略者が現れた。
神殺しに対して意欲的だったわけでは無かったが、それでも自分たちの試練を乗り越える者たちが現れたことに、彼女の機嫌は上がりっぱなしだった。
そんな時だった。ソレが現れたのは。
「……え?」
突如、部屋に響くアラート。
それは、迷宮内に足を踏み入れた者がいることを知らせるものだった。
「まさか、新しい挑戦者?」
最初に浮かんだ考えに、ミレディは「いやいやいや」と一人首を横に振る。
願うならば、自分たちの力を受け継ぐ存在は多いに越したことはない。しかし、迷宮を攻略できる程の実力者など、並大抵では現れず、現にハジメたちが来るまでの数千年は実力者どころか、迷宮を発見されることすら無かった。
「もしかして、彼らが腹いせに戻ってきたとか? いや、流石にそれはないか」
便所に流す汚物のように、無理矢理部屋から追い出したハジメたちが戻ってきた可能性を思い浮かべるが、旅の目的を考えれば、彼らもそこまで暇ではないだろう。
ともすれば、本当に彼らとは別の挑戦者がやってきたことになる。
「そんなこともあるんだねぇ。さてさて、今度の挑戦者はどんな子かなぁ?」
ライセン大迷宮にある入口を見つけられるということは、それなりの実力は持っているはずだ。そうでなければ、侵入と同時に即死の可能性のある罠などおちおち仕掛けていられない。
ハジメたちとの戦闘で大破したゴーレムの修繕は完璧ではないが、現状で対処するしか無いだろう。
そう思いながら、迷宮の入り口に備え付けられた魔道具から送られる映像に目を向ける。
侵入と同時に向けられる矢に対して、腰を抜かしているか、それとも苛立ちを浮かべているか、ワクワクと胸を高鳴らせながら。
「──ッ!?」
しかし、そんな思惑は次の瞬間には吹き飛んだ。
映像に映るのは一人の少女。年齢は十代中頃。恐らくハジメたちと同じくらいだろう。
問題はその身に纏う修道服。それは聖教教会に仕える修道女が身に纏うものだ。
何も知らない修道女が、偶然このライセン大迷宮に現れる? そんなわけがないだろう。
映像に映る少女は、キョロキョロと辺りを見回すと、その視線が魔道具でピタリと止まった。映像越しにミレディと少女の視線が合う。
『初めましてー!! 主様の忠実なる下僕、エルフェウスちゃんでーす!!』
「くそったれ!!」
そして確信した。エヒトの真実を知らない修道女が、偶然迷宮に迷い込んだ。そんな億が一な可能性は木っ端微塵に砕け散った。
自身の記憶にある女とはかなり様子が違うが、間違いない。その身から溢れ出す魔力が、嫌というほどかつての記憶を蘇らせる。
「何でバレた!? 今までずっと見つからなかったのに!?」
数千年身を隠し続けたが、その間にエヒトからの干渉は一度も無かった。それが、今破られた。
「くそ、くそくそくそ!! やっとだぞ!? やっと希望が見えたってのに!?」
敵の戦力は未知数だ。
迷宮内に侵入しているのは一人だが、後続がどれだけ控えているか分からない。あの使徒は斥候で、こちらの戦力を測り次第、使徒の大群が押し寄せてくるかもしれない。
いくらこの迷宮がエヒトの軍勢に攻められた際のシェルターの役割を兼ねていると言っても、無限に凌げる訳では無い。いつか限界が来る。
「あいつはどこにっ!?」
迷宮のトラップをフル稼働させるために一瞬目を離した瞬間、少女を写していた映像が何かが壊れる音と共に、消えた。ミレディがすぐに再起動させようとするが、映像は一向に砂嵐以外の光景を写そうとしない。
更に異常事態は続く。
部屋中に響くアラーム音の嵐。慌てて魔道具を覗き込むと、迷宮が次々に破壊されているのが確認できた。
しかも、その進行方向はまっすぐ自分に向かって来ている。
「それなら!!」
しかし、この迷宮は部屋ごとに独立して稼働させることが出来る。つまり、今使徒の居る部屋をそのまま入り口まで戻してしまうことも可能なのだ。
「あいつは今……ここか!!」
モニターを凝視していたミレディの視界の端に写った修道服の少女。それを確認した瞬間、部屋を遠隔操作で動かして、入り口付近まで戻す。
「これで少しは……!!」
時間を稼げる。そう続けようとしたミレディだったが、事態は一層激化する。
敵を部屋ごと入り口に戻したはずが、まるで何事も無かったかのように魔道具が進撃が続いていることを知らせてくる。
「何で!? 確かにあいつの姿を確認したのに!?」
まさか見間違えたかと混乱するが、侵入者が一人である以上間違えることなどありえない。
苛立ちをぶつけるかのようにモニターを拳で叩いたミレディだったが、すぐさま頭を切り替え、部屋を飛び出した。向かう先は騎士ゴーレムでハジメたちと激闘を繰り広げた最終試練の部屋だ。
部屋に飛び込んだミレディは、片膝をついた態勢のゴーレム騎士の肩に飛び乗った。
(畜生め!! 修繕がまだ終わってないってのに!!)
ハジメたちとの戦いで再起不能までボロボロにされたミレディの切り札。超巨大ゴーレム騎士は、見た目こそ元の姿を取り戻しつつあるが、核を含め、中身は未だに修繕が終わっていないのだ。
本来ならば、本体である自分は、安全な場所で遠隔操作をするはずなのだが、今の状態ではそれすら出来ない。
(どうする、どうするどうするどうする!?)
ハッキリ言って、勝ち目など皆無に等しい。
正確に言えば、今侵入してきている使徒の一人を屠るくらいなら可能かもしれない。しかし、エヒトが本腰を入れて戦力を送れば、ライセン大迷宮が落ちるのは時間の問題だ。
籠城戦は守る側が有利と言えども、無限とも言えるエヒトの戦力に、ミレディ一人、それも万全では無い状態では瞬く間に数の暴力に飲み込まれてしまうだろう。
(いや、私が殺されるくらいなら問題ない)
これがハジメたちが来る前だったのなら話は違った。自分の死は、仲間たちの意志が途切れることを意味しているからだ。だが、力を託した以上、ここでミレディが死んだとしても、解放者の意志はハジメたちに受け継がれている。しかし……
(もし私が捕まれば、全部が水の泡だ……!)
仮に捕まったとて、簡単に情報を吐くつもりなど毛頭ない。
しかし、相手はあのエヒトだ。こちらの意志とは関係なく、記憶を抜き取る術を持っていてもおかしくはない。
(万が一、それであの子たちのことがバレたら……!)
間違いなくエヒトは興味を持つ。
そして、まだ二つしか神代魔法を会得していない彼らでは、神の軍勢を相手取るには実力不足は否めない。碌な未来にならないことは明白だ。
(それでも、やるしか無い……!)
巨大騎士ゴーレムが起動し、その巨体が立ち上がるのと同時に、最終試練の部屋へと続く扉が爆砕した。
扉の前に待機させておいたゴーレム騎士の残骸が室内に飛散し、それを無常にも踏み潰しながら近づいてくる一人の人物。
「ミレディちゃーん!! あーそびーましょーう!!」
いつの間にか、ドレス甲冑に身を包み、両手に大剣を携えた少女──エルフェウスが笑顔を浮かべて現れた。
「……」
「あれ、反応が無いですね?」
油断無くエルフェウスを睨みつけるミレディを相手に「おーい、聞こえてます?」とエルフェウスは繰り返すが、生憎とミレディがそれに応えることはない。
開口一番でふざけた挨拶をしたハジメたちとは雲泥の差だが、怨敵相手におちゃらける程、今のミレディに余裕はない。少しでも隙を見せれば、瞬時に仕掛けるつもりでいたミレディだったが……
「ねえねえ、
「なッ!?」
その口から出てきた名前に目を見開いた。
彼らのことだけは知られてはいけない。そう思っていた矢先に。
「何で彼らのことを知ってる!?」
「何で、と言われても……私とハジメ様は一言では言い表せないような関係ですから……!」
頬を染めながら語る姿は、まさに恋する乙女そのものだ。しかし、ミレディからすれば溜まったものではない。彼女にとってそれは、死刑宣告に等しい。
「出し抜いた、と思いました?」
「なに……を」
「絶対に自分が見つからないとでも思ってました?」
「あ、あああ……」
「残念、全部知ってますよ♪」
──貴方が頑張ってきたこと、ぜーんぶ。
無駄な努力ご苦労さま。
そんな幻聴が聞こえた気がした。
「ああああああああああああああッ!!!」
金切り声のような咆哮を上げながら、右手に持つモーニングスターの鉄球が重力を無視したような軌道で、エルフェウスに襲いかかる。
「よっ、とぉおお!?」
大剣を交差させて防いだエルフェウスだったが、予想以上の威力に体ごと背後に吹き飛ばされる。
壁に激突するエルフェウスを尻目に、騎士ゴーレムの目が怪しく光る。呼応するように周囲に浮かび上がっていたブロックが迫る。
しかし、エルフェウスは表情を崩すこと無く大質量のブロックを躱し、大剣で両断していく。
「ちょこまかと……! さっさと潰れろ!!」
地面へとめり込んでいたモーニングスターが、他のブロックを弾き飛ばしながら一直線に落ちていく。
それを再び大剣で受け止めるが、今度は正面から受け止めず、斜めに構えることで衝撃を受け流す。その勢いを利用し、身体を宙へと跳ね上がらせ、モーニングスターの上ヘと着地したエルフェウスは大剣を突き立てる。
「頑張りますねぇ。もう全部無駄だって分からないほど馬鹿じゃないですよね?」
「うるさいっ!!」
エルフェウスの言葉を怒号でかき消し、鎖を力任せに引っ張ることで、モーニングスターごとエルフェウスを引き寄せる。
「“極大・黒玉“!!」
高速で引き寄せられるエルフェウスに向けて、直径5m程の重力弾が撃ち出される。
「……む?」
大剣を引き抜いて回避しようとしたエルフェウスだったが、モーニングスターに突き刺さった大剣がピクともせず、首を傾げる。
(逃がすかよ!)
モーニングスターを起点に発動した“黒渦“が大剣を吸い込み抜けさせない。
その一瞬の動揺の間に、重力弾がエルフェウスに直撃し、そのまま押し出していく。
(このまま押しつぶす!!)
重力弾に魔力を込めるミレディだったが、重力弾が地面に激突する瞬間、その中心から粒子状に溶けるように重力弾が消えていった。
その先には片手をかざすエルフェウスの姿。
「“分解“か……!」
神の使徒の操る固有魔法“分解“。それは有機物だけでなく、魔力で構成された魔法すら粉々に粉砕する。
「あ、やっぱり覚えてますよねこれ」
緊張感の欠片も無い様子で語りかけてくるエルフェウスの姿に、ミレディはぎりっと歯を食いしばる。
(くそ、何だこいつ……! 私の記憶にある神の使徒と何か違う!)
そのふざけた態度や言葉遣いもそうだが、立ち振る舞いが自身の記憶にある神の使徒とは似ても似つかない。
(あの時の奴は人形って表現がお似合いだったのに……何だこいつの人間味は……!)
かつて相対した神の使徒。
エヒトの指示を第一とし、その目的を達成するために淡々と作業をこなすように行動する。見た目こそ人間と大差ないが、その内面は機械や人形という言葉がピッタリだった。言動もまさに神の駒に相応しい有り様だったが、目の前の少女は、それとは根本的に何かが違うように感じられた。
(よくよく考えれば初めからおかしかった。斥候の可能性を考えたけど、そもそもそんな必要が無い)
罠を警戒して、少人数で偵察を行う。確かにそれも道理に適っているが、それは乗り込む側が人間だった時の話だ。
神の使徒はエヒトからすれば壊れても構わない使い捨ての駒だ。仮にライセン大迷宮に使徒の大部隊を送り込み、その大多数を失うことになっても、痛くも痒くもないだろう。その果てにミレディを仕留められるならば十分な戦果のはずだ。
「気になります? 私が一人でここに来た理由」
「ッ!!」
すると、ミレディの考えを見透かしていたようなタイミングでエルフェウスが話を切り出した。
「……どういうことだ」
「何で主様は貴方を見つけたのに、戦力を集中させて潰しにこないんだろと……そう考えてますね?」
「……」
自らの考えを当てられたミレディは、肯定も否定もしないが、事実気になる情報ではあるので、黙って話の続きを促す。
「
「…………は?」
「だから
こう見えて私、他の使徒と比べて少し特別仕様なんです。と、続けるエルフェウスの言葉は既にミレディの耳には入っていなかった。
「…………遊戯?」
つまり、エヒトはこの期に及んで遊んでいるというのか?
自分が最後の悪あがきをしようとしているのを見て嘲笑ってるというのか?
せめて、
数千年もの積み重なった願いを、誓いを、憎しみを視て……
──楽しんでいるというのか?
「ふざけるなぁああああああああ!!」
騎士ゴーレムが両腕を前に構える。その先に生まれるのは、光一つ存在しない漆黒の闇。
「“流星・黒玉“!!」
それがミレディの背後に多数出現する。その数、実に100にも及ぶ。
流星の名前の如く天から降り注ぐ重力弾の嵐に、双大剣と分解魔法で対抗していたエルフェウスだったが、その数の暴力にまたたく間に飲み込まれてしまった。
既にミレディの目からも確認が出来ないが、未だにその忌々しい魔力はハッキリと感じ取れる。
ミレディが天井へと視線を向けた後、騎士ゴーレムが両手を持ち上げる。
「潰れろぉおおお!!」
そのまま両手を振り下ろす。
それに連動するように空間全体がゴゴゴッと鳴動する。
天井に敷き詰められたブロックが外れ、エルフェウスが居るであろう地点に降り注ぐ。
轟音と衝撃が周囲に響き渡るが、ミレディはまだ止まらない。
「“黒天穹“!!」
積み重なったブロックの周辺に黒い球体が出現する。それはまたたく間に周囲の物体を呑み込んでいく。
エルフェウスごとブロックを呑み込み切った“黒天穹“は、その勢いを止めること無く、そのまま周囲の全てを呑み込まんと勢いを増していく。
“黒天穹“はミレディの奥義に位置づけられる魔法だが、発動したら最後、外的要因で妨害されない限り自身では魔力が枯渇するまで止められないという欠陥を秘めている。
だが、ミレディはそもそも止められたとして止めるつもりは無かった。
(このまま迷宮ごと全てを消し去る……!)
ライセン大迷宮には神代魔法だけじゃなく、ミレディがエヒト打倒を目指して研究し続けた成果が眠っている。それをエヒトに奪われるくらいなら、全てを消し去るほうがマシだ。
「…………くそっ」
拡大する“黒天穹“を見つめていたミレディの脳裏に過ぎる仲間たちの姿。
ここにはかつての仲間たちとの思い出もたくさん詰まってる。それを自らの手で消し去ってしまうことに、その原因に対しての怒りが沸々と湧き上がってくる。
(ごめん、皆。でも、私たちの力は、きっとあの子たちが受け継いで──)
「あれ、昔見たことあります。凄いですねぇ」
ミレディの耳朶をねっとりとした声が打った。
ばっと振り返ったミレディが見た光景は、大剣を大きく振りかぶる
ゴウッという空気を斬り裂く音と共に、ミレディ目掛けて振り下ろされた。
>ミレディ
世にも珍しいウザさが一つも出ないミレディ。正直この小説では今後も出ないかもしれない。
>残念、全部知ってますよ♪
前話の最後を覚えて頂いていたら分かるかもしれませんが、エルフェウスはハジメを通してミレディを見つけました。つまりただのブラフ。