お前出てくるんかい、と。
貴女がこれを読んでいる時、私はきっとこの世にいないことでしょう。
もしかしたら、この言葉が貴女に伝わることもないのかもしれない。
それでも、こうして言葉を残したい私のエゴを許してください。
この世界は救いを求めてた。
数多の人々が、輝かしい未来を夢見ていた。
そのために選ばれた単一機構。それが貴女だった。
世界の滅びを回避するために。今を生きる人々の笑顔を守るために。
だけど、ごめんなさい。
ごめんね……私、貴女に死んでほしくなかった。
私は世界と貴女を秤に掛けて、貴女を選んだ。
そのせいで、貴女は世界中からの憎悪を一身に受けることになってしまった。
たった一人で、寂しく辛い思いをさせることになってしまった。
許してほしいとは言わない。
恨まれてもしょうがない。
それでも……例え、二度と貴方の笑顔が見れなかったとしても……私、頑張るから。
少しでも、貴女の苦しみを取り除けるのなら、この命だって惜しくないから。
だから、最後にもう一度だけでいい。面と向かって無くてもいい。心の中だけでもいい。
◇ ◇ ◇
中立商業都市フューレン。
大陸一の規模を誇る商業都市は、今日も今日とて様々な業種も者たちが集い、多くの活気に満ち溢れていた。
その一角、様々な娯楽施設が集まった観光区にエルフェウスの姿があった。
ここ数ヶ月、暗躍の限りを尽くした彼女が今度はこの地で何を企んでいるというと……
「おじさん! この牛串一本くださいな!!」
「あいよ! 嬢ちゃんえれぇ別嬪さんだねぇ。おまけだ! もう一本つけてやるよ!」
「マジですか! おじさん男前ぇ!!」
普通に観光地を満喫していた。
今しがた露店で購入した牛串以外にも両手に溢れんばかりの食べ物を抱え、それをもきゅもきゅと頬張りながら大通りを練り歩く。
「いやぁ、最近働きっぱなしでしたからね。偶には息抜きしないと」
牛串を齧りながら、エルフェウスは呟いた。
その服装はいつもの修道服ではなく、黒地のシャツに乳白色のホットパンツ。その上からカーディガンを羽織っただけのシンプルな装いだ。
しかし、シンプルだからこそ素体の魅力が強調されており、周囲の男共の視線を集めていた。
「貴女も食べます?」
牛串を一本食べ切ったエルフェウスは徐ろに二本目を取り出すと、それを隣に居るフードを被った人物に差し出す。
「……」
しかし、当の本人は何も答えず、ぷいっと顔を背けてしまった。
「全く。いい加減少しは会話をする努力くらいしてくれませんか?」
「……何で私がお前と話さなくちゃいけないんだ」
「いや、勝手に着いてきたのは貴女の方でしょうに……ねえ、
フードを深く被った人間──否、ゴーレムの身体を動かすライセン大迷宮の主、ミレディはエルフェウスの言葉に小さく顔を歪めた。
数日前に死闘を繰り広げた両者。それが今や何故か二人仲良く?観光区を巡っていた。
何故こんな状況になっているのか。発端はミレディ自身だった。
「彼らとの接触は禁止されたけど、お前の監視をすることは禁じられていない」
「いや、だからって普通堂々と着いてきます? 私、一応敵ですよ?」
「お前は私や彼らのことを知ってる。放置する方が危険だ」
「ぶっちゃけ“分魄“がある私をつけても意味無いと思いますけど?」
「……ちっ」
自分たちの生命線を握っているエルフェウスが何時その情報を暴露するか分からない以上、放っておくことが出来ないのは事実だ。しかし、“分魄“という自分の分身体を作り出す魔法がある以上、一個体を監視するなど無意味に近い。
エルフェウスの分身体が何体いるか分からない以上、ミレディの行動は完全に焼け石に水だ。気付いた時には全てが手遅れになっていることだろう。
だが、それでもミレディはエルフェウスの後を付いていく選択をした。
例え、その意図が本人にも分からないものだったとしても。
例え、無駄足にしかならないとしても。
(それでも、私は知らないといけない)
こいつの目的を。
あの言葉の真意を。
もはや神の使徒と同列に扱うことなど不可能なこの女を。
その先に待つ、世界の命運を左右する瞬間の為に……
「──……ーい、おーい! 聞いてます、ミレディ?」
「ッ! な、何だよ?」
「何だよじゃないですよ。牛串いりますって聞いてるのに急に黙り込んじゃうから」
「……この身体で飲食が出来ると思ってるのか?」
「あ、言われてみればそうですね。こんな美味しいもの食べれないとか人生の半分は損してますねぇ」
「余計なお世話だ」
悪態をつくミレディを尻目に、エルフェウスは二本目の牛串に齧りつく。
「……そもそも、仮にも聖職者が堂々と肉を食うとかどうなんだよ」
「今の私は修道女じゃなくて村人Eなんで問題ないでーす」
「……何だよEって」
「エルフェウスのEに決まってるじゃないですか」
馬鹿ですか?と続けるエルフェウスに、ミレディはイラッとする。人間の身体だったのならば、確実にそのこめかみに血管を浮かび上がらせていたことだろう。
(落ち着け、落ち着くんだミレディ。今は少しでも情報を集めるんだ)
理由は定かではないが、エルフェウスはもう自分を排除する気はないらしい。それならばいっそのことこの状況を最大限に利用するのみ。
(流石に直接クソヤローに連絡を取ることは無いだろう。それでも他の神の使徒と違って感情が出る分、会話一つ一つにこいつの本質が現れるはず)
ハジメたちを直接支援出来ないとしても、やれることはある。
例えそれが実を結ぶことが無いとしても、少しでも彼らの勝率が上がる可能性があるならば、多少の媚を売ることすら厭わない。
「おーい、早く来ないと置いてっちゃいますよー」
(精々今のうちにいい気になってろよ。最後に勝つのは……私だ!)
◇
露店通り
「ミレディってゴーレムの身体になってから飲食不要なんですよね?」
「それが何?」
「つまりう○こも出ないと」
「いきなり何聞いてんだ、ぶっ殺すぞ!?」
大道芸通り
「人間って面白いこと考えますよねぇ」
「お前らだって娯楽くらい嗜むだろ」
「まあ、そうですけど……」
「……何だよ?」
「喋るゴーレムで一攫千金……?」
「やらないからな!?」
メアシュタット(水族館)
「……人面魚?」
「うわ、何その変なの!?」
「つい最近ここに入ったばかりみたいですね。解説もまだ付いてません」
「何でこんな気持ち悪い魚を展示してるんだよ」
「うーん、確かにこのおっさん顔は好きにはなれないですねぇ」
『誰が気持ち悪いおっさんだ、ボケ』
「「しゃべったぁあああああああ!?」」
◇
「ちがぁああああああう!!」
人目の付かない路地裏にて、ミレディは壁に頭を叩きつけた。
ドガンッという鈍い音が響き渡るが、表通りの賑わいにかき消され誰の耳にも届くことは無かった。
「何普通に観光してるんだよ!? 何であいつと仲良く水族館とか行ってんだよ!?」
最初はまだ良かった。うっとおしく絡んでくるエルフェウスを無視しながら適当に後ろをついて回るだけだった。
だが、あまりに破天荒な行動についついツッコんでしまい、いつの間にかそれが違和感なく感じるようになってしまっていた。
(ああ、くそっ……そうか、この感じ覚えがある)
少しだけエルフェウスの元を離れ、溜め込んだものを吐き出して冷静になったミレディは、自分があんなにも警戒心を簡単に取り除いてしまった理由に思い至る。
(
ベル──それはライセン伯爵家に仕え、ミレディの専属侍女を勤めていた女性だ。
解放者の創設者であり、ミレディのウザさは彼女から受け継いだものでもある。
今も記憶に鮮明に残る彼女との思い出。その殆どが思い出すだけで今のミレディでさえイラッとくるものばかりだが、それでもベルの存在は今のミレディを作り上げる上で欠かせない存在だ。
「──って、いやいやいや、私は何を考えてんだ!? あいつとベルが同類なわけないだろ!?」
その考えを頭を振って否定する。
自分の恩人と仇敵を同類に考えるなど以ての外だ。
「久しぶりに外に出たからそれで感傷的になってるんだ。うん、そうだ、そうに違いない」
まるで自分に言い聞かせるように無理やり納得させる。
砕けた壁に向かって一人ブツブツと呟く光景は、外から見れば異常そのものだが、ミレディは至極真面目だ。ハジメたちが見れば目玉をが飛び出るくらいに真面目だ。
そろそろ戻ろう。そう考えたミレディが表通りに足を向けたときだった。
「たすけ……」
「──ッ!!」
ミレディの優れた聴覚が捉えた小さな囁き。
それは間違いなく誰かに助けを呼ぶ声。しかも声色からしてまだ幼い子供だ。
即座に踵を返したミレディは、声の聞こえた路地裏の奥へと駆けていく。そして、入り組んだ路地を抜けた先、表通りの人の声も届かない閑散とした通りで見つけた5、6人の男の集団。その一人が持つ麻袋がガサガサと不自然に動いていた。
突然現れたミレディに男たちは一瞬動揺するも、その背丈から子供だと判断した彼らは、ニタニタと嫌らしい笑みを浮かべ始める。
「焦ったぁ。衛兵にでも見つかったのかと思ったぜ」
「迷子か? 可哀想になぁ。どれ、俺たちが親の居るところまで連れてってやろう」
「坊主? それとも嬢ちゃんか? まあどっちでもいいか。少しは足しになんだろ」
今も動き続ける麻袋。そこから聞こえる子供の泣き声。そして男たちの風貌と会話。
現状を正しく把握するには証拠が揃い過ぎていた。
「……クズ共が」
「ああ? おいガキ、今なんつった?」
ぼそりと呟いたミレディに、それを聞き取った図体の大きな男が不機嫌な表情を浮かべながらミレディに近寄ってくる。
「おいおい、あんま傷つけんなよ」
「見目が悪いと値段が落ちる。顔は止せ。やるなら腹とか隠せるところにしろ」
「ひゃはは、止めはしねぇとか鬼畜だなお前ら!」
「お前も笑ってるだろうが」
これから起こることが予想できているのだろう。ミレディに近づく男を誰も止めようとせず、ただただこれからの惨劇に心躍らせる。
「おい、何て言ったかもっぺん言ってみろや」
「…………」
「無視してんじゃねぇぞ、クソガキ!!」
男がミレディ目掛けて拳を振り下ろす。それを半歩後ろに下がることで躱すが、拳が通った僅かな風圧でフードがバサリと取れる。
「何生意気に避けてん……」
ただの子供に己の拳を躱された男が苛立ちを浮かべながらもう一度拳を振り上げるが、それがピタリと頭上で停止する。
「……? おい、何やってんだよ?」
突然動きを止めた男に仲間たちが首を傾げるが、男の耳には彼らの声は届いていなかった。
フードが取れることで顕になった子供の表情。そこにあるはずの人間の顔は無く、無機質にペイントされたニコちゃんマークがあるだけだった。
「人間じゃ──」
「寝てろ」
男が言葉を吐き終わる前に、パァンという甲高い音が路地裏に響き渡った。
その瞬間、まるで糸の切れた人形のように男が膝から崩れ落ちた。
「お、おい!? どうしたんだよ!?」
「ガキ!! てめぇ何して……」
「……な、何だあれ? 亜人?」
「馬鹿言え!? あんな亜人見たことねぇよ!?」
「バ、バケモノ……!!」
男の図体で隠れて見えていなかった男たちも、ミレディの姿を見て驚愕する。
種を明かせば、ゴーレムの身体に魂魄魔法で魂を定着させた人間なのだが、そんなことを知らない彼らからすればミレディの風貌は不気味でしか無い。ここが薄暗い路地裏なのも彼らの恐怖心を煽る一因だろう。
「……ぶっ潰す」
そこからは一方的な展開だった。
初めに二人が勇敢にも立ち向かってきたが、拳を振り下ろす間もなく、ミレディに意識を刈り取られた。それを見た残りの男たちが足をもつれさせながら逃げ出そうとするが、ミレディから逃げ切れるわけもなく、あっという間に気絶させられた。
戦闘用に作られていない貧弱な身体と言っても、それはハジメやエルフェウスなどの強者を基準にした話だ。ただのゴロツキ程度、魔法を使わずに制圧するくらい朝飯前だった。
「ふんっ」
転がる男たちを一瞥した後、ミレディは放り出されていた麻袋に近寄る。
袋の口が固く縛られていたが、小さな手で器用に解き、ばさっと袋の口元を広げる。
「…………」
覗き込んだミレディの視界に入ったのは、袋の底で身体を丸めて震えている一人の幼女。
見た目は3、4歳といったところだ。身体のあちこちに擦り傷のようなものが見られ、かなり汚れているが、それを加味しても可愛らしい容姿をしているのがよく分かる。
何よりも、その扇状のヒレが付いている耳が彼女の正体を物語っていた。
「海人族。なるほど、それでこんなコソコソしてたのか」
海人族は亜人種でありながら、北大陸の8割にもなる魚介素材を供給しているという理由から、唯一王国に保護されている種族だ。他の亜人種と違い、奴隷として扱うことは禁じられている。
だからこそ、男たちは人目に付かないように運んでいたのだろう。
「──と、今はそんなことはどうでも良いか。大丈夫? 怪我はない?」
一人そんなことを考えていたミレディだったが、今はこの子の安否を確認することが先決だったと思い直し、怖がらせないようになるべく優しく声を掛ける。
「……みゅ」
「……みゅ?」
しかし、ミレディは一つ失念していた。
彼女がまずやるべきことは、幼女の経緯を推察することでもなく、優しく声を掛けることでもなかった。
母親と離れ離れになり、辛く険しい道のりを恐怖に震えながら過ごした。
袋に押し込まれ、暗闇の中で無意識に助けを口にした。
外で自分に乱暴をしてきた男たちのうめき声が聞こえた。
そして、一筋の光が差し込み、恐る恐る見上げた先には──
ニコちゃんマークの何か変な生物がいた。
「みゅうううううううううううううう!?」
完全にホラーである。
>ミレディ
前話でしばらく出番が無いような雰囲気を醸し出しながら普通に出てくる。
フードを深くかぶり、手足を露出しないようにしている。
>人面魚
名称 リーマン
ライセン大迷宮から巻き添えを食らって打ち上げられたあのシー○ン。
メアシュタットに仮展示されたばかりで、解説もまだ付けられていない。
リーマン主役のトータス旅行記とか書いたら面白そうとか思った作者は疲れてるかもしれない。
>海人族の幼女
誰もがお察しの通りミュウです。
原作よりも少し早く牢屋に入れられる前。