「くそっ! 何だってんだよ! 何であいつ生きてんだよ!!」
「ねえ、少しは声落としてよ。うるさいんだけど?」
宿場町ホルアドの外れにある公園。
そこでは少年と少女による密会が行われていた。
苛立ちを隠すことなく、拳を木々にぶつける少年──檜山大介に、それを少女──中村恵里が眉を潜めながら咎めた。
檜山がここまで荒れているのは、ある理由がある。
それは、自身が殺したと思っていた少年──南雲ハジメが生きていたからだ。
さらに彼が想いを寄せる香織がハジメの元に行ってしまったことも檜山の苛立ちを増長させている一因だ。
「……香織が手に入らない以上、俺がお前に協力する理由はないぞ」
「じゃあどうするの? 前と同じで遠くから眺めるだけの惨めな日常に戻る?」
「それは……」
恵里の言葉に檜山は表情を歪めて拳を握りしめる。
これまで香織は光輝と結ばれるものだと思っていた。だから自分では届かないのだと、遠くから見つめるだけで行動に移そうとも思わなかった。
どうせ敵わないのだから。惨めな思いをするだけなのだから。
ここで諦めれば、今までの日常に戻る。
今までは光輝が居た場所にハジメが入れ替わるだけだ。
ただ、それだけの話。
「くそったれ……!」
それだけを受け入れられない。
あれだけの力の差を見せつけられて尚、あのハジメに自分が圧倒されたことが。恐怖したことが。何よりも、香織が奪い取られたことを認められない。
「その香織を再び奪い取れるチャンスがある、って言ったらどうする?」
「……何? そんなのどうやって……」
そんな時、恵里からもたらされた話に檜山は目を丸くした後、訝しげな視線を向ける。
「簡単だよ。例えば、親友の雫に危険が迫ってると知れば、彼女はどうするかな?」
「お、まえ……」
「呼び戻す方法なんていくらでもあるよ。後は計画を実行するだけ。どうする? 君はここで降りるかい?」
その顔にニコリと笑みを浮かべた恵里に、檜山は悍ましさを感じながらも、決断は一瞬だった。
「……分かった。協力してやる」
「そう。良かった。もし降りるなんて言われたら、
「ッ!?」
顔を青白くしながら自分から距離を取る檜山の姿に、恵里は溜息をついた。
自分の秘密を知っている以上、そうなるのは当たり前だと少し考えれば分かることなのだが、相変わらずの目の前の男の無能振りに辟易する。
「君のことなんて正直どうでもいいけど、少しは頭を使いなよ。よくその体たらくで南雲を無能扱い出来たね?」
「う、うるせぇ!!」
「ま、だからこそ君には僕の力が必要なんだけどね。君みたいな馬鹿に惚れる女なんて普通じゃ居ないだろうし」
今までなら最低限の連絡や情報の共有で終わっていた二人の密会だが、この日、恵里は初めて檜山に対して、計画以外の目的で会話を投げかけた。
ただの気の迷いか、檜山に合わせるのに疲れていたのか、恵里本人にも分からないが何気なしにそのような言葉を口にしていた。
「……ん?」
しかし、恵里はすぐに首を傾げることになった。
檜山の性格から、何かしら言い返してくるものだと思っていたのだが、一向に返事が来ないことに恵里が視線を向けると、そこにはニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべる檜山の姿があった。
「……何? 気色悪い」
「根暗女には俺みたいな男の魅力が分かんねぇんだろうなぁ」
下手な挑発に乗るほど、恵里は子供ではない。
いいから続きを言え、と顎で先を促すと、檜山はどこか誇らしげに胸を張った。
「俺に超絶惚れてる女がいんだよ。それもめちゃくちゃ美人」
「はあ?」
香織を取られたことでついに頭がイカれたのか恵里が考えていると、そこから始まる檜山の独白。
やれ、普段は清楚でおとなしいタイプだとか。常に自分に献身的に接してくれるとか。でも夜は激しく乱れて何度も求められるだとか。
「君、香織が欲しいんじゃなかったの?」
「ああん? 俺くらいの色男になれば女の一人や二人は無意識に惚れさせちまうんだよ」
そいつも二番でも構わないっつってるしな、と得意げに語る檜山に、いい加減うんざりした恵里は適当に話を打ち切った。
まだ語り足りなかったのか不満げな表情を浮かべた檜山だったが、恵里が睨みつけるとズコズコと宿へと戻っていった。
おしゃべりな男がいなくなり、しんと静まり返る公園。
一人、夜空を見上げていた恵里は唐突に口を開いた。
「……で、いつまでそこにいるつもりなの? 檜山に惚れた頭のオカシイ修道女さん」
「変な仇名付けないでくださいよ」
恵里の言葉に、闇夜からエルフェウスが現れた。
「それで? まさか本当にヤッてるわけじゃないよね?」
「それこそまさかですよ。私にだって好みくらいあります。そういう風に勘違いさせてるだけですよ」
「……もはや滑稽を通り越して哀れだね」
恵里は先程までの檜山の悦に浸った表情を思い出して再びため息をつく。利用していたのは自分も同じだが、ここまで来るとほんの少しだけ檜山に同情した。
「計画は?」
「問題ありません。彼らをおびき寄せる餌は既に確保済みです」
「そう。それが終われば……」
「ええ、貴女を迎える手筈は整っています。後は貴女次第です。戻るならこれが最後のチャンスですよ?」
エルフェウスの言葉に、恵里は無意識に唾を飲み込む。
今、恵里はまさに悪魔と契約を結ぼうとしている。既に人の道を外れた行為を繰り返している恵里だが、この先に進めばもう二度とかつての居場所には戻れないだろう。たった一人の男の子を手に入れるために、他の全てを犠牲にする道だ。
それでも、恵里にはその道を選ぶ以外の選択肢は存在しない。
「愚問だね。光輝くんが手に入るなら他は何もいらない」
そう言いながらエルフェウスに手を伸ばす。
「……良い子です」
満足そうに頷いたエルフェウスは、懐から取り出したナイフの先端を首に当て。
──思いっきり突き刺した。
引き抜いた傷口から噴水のように血が吹き出す。
バタリと仰向けに倒れたまま動かなくなったエルフェウスに恵里が小さく呟いた。
「──“縛魂“」
◇ ◇ ◇
「あの〜、ハジメさんはどうしたんでしょうか?」
「分からないのじゃ。ホルアドを出たところまではいつもと変わらぬご主人様だったのだが……」
場所は変わり、グリューエン大砂漠を一台の魔力駆動四輪が砂埃を巻き上げながら爆走していた。
その車内の後部にて、シアとティオはこそこそと様子のおかしなハジメのことについて話していた。
現在、ハジメ一行はオルクス大迷宮にクラスメイトの救援に向かった後、旅のメンバーに香織を加え、次の大迷宮があるグリューエン火山に挑むために、その近郊にあるアンカジ公国に向かっていた。
しかし、その車内の空気はお世辞にもあまり良い雰囲気ではなかった。
「…………」
ホルアドを出て少したった頃だろうか。突然ハジメが何か難しい顔で考え込むように黙り込んでしまったのだ。
声をかければ反応はあるのだが、どこか上の空で乾いた返事しか返ってこなかった。
「……ハジメ」
「パパ?」
ユエとミュウもハジメの隣で心配そうに見つめるが、そんな二人の様子も目に入っていないようだ。
そんな中、唯一香織だけはハジメの変化の原因に心当たりがあった。
(ハジメくん。もしかしてエルスのことを考えて……?)
ハジメとの再会で浮かれていた香織だったが、ふと王都で今もハジメの生存を信じ続けている少女のことを思い出した。ハジメの生存についてエルスに伝えてもらえるように雫に頼んでおいたが香織だったが、もちろんハジメにも今もエルスが信じていることは伝えた。
その時にハジメの想いを知ることになり、ひと悶着あったのだがそれは今は置いておく。
最初こそうっすらと嬉しそうな雰囲気を出していたハジメだったが、そこから何かを考え込むようになった気がするのだ。
(再会を楽しみにしてる……にしては少し違和感があるような)
しかし、それ以上は香織にも分からなかった。
ハジメの表情はどこか固く、こわばっているように見えたから。
(エルス……)
そして、ハジメが神妙な顔つきで考えていたのは、案の定エルスのことであった。
エルスが今でも自分の生存を信じていてくれていることを香織から聞いたときは嬉しかった。心配させてしまった分、そして自分の想いを確かめるためにも会いに行きたい衝動に駆られた。
しかし、光輝が吐き出した言葉がその想いに歯止めを掛けていた。
『お前の罪を俺は知っている』
『俺はお前を軽蔑する』
『お前のせいで、エルフェウスさんは……!!』
香織たちが離れたあとで一人近づいてきた光輝が言い放った言葉だ。
最初こそ何を言っているのか分からなかったハジメだったが、要約すると自分は王都に居たときの無能扱いにストレスを感じ、周囲の力のない女性に暴力を振るっていた、ということらしい。
バカバカしい。それがハジメの感想だった。
そこまで落ちぶれたつもりは無いし、そもそもそんなことをした記憶は無い。エルフェウスという名の修道女のことも知らない。
(つまり、エルフェウスって奴に何か吹き込まれたってとこか?)
そう考えれば光輝の発言にも納得できる。
元々ハジメに対して良い感情を持っていなかった光輝はまんまとその言葉に惑わされたということだろう。
ご都合主義も極まるところまでいったか、と半ば呆れながら無視していたハジメだったが、車内で香織から聞いた話が引っかかっていた。
(“天罰“、ね……)
エルスが偶然聞いていたらしく、香織も光輝の口から直接聞いたらしいが、そのことにハジメは違和感を感じていた。
光輝がハジメの死を“天罰“と言い放ったのは、間違いなくエルフェウスと呼ばれる少女が原因だろう。ハジメが罪を犯したと思い込んでいるのならそう発言したとしても納得はいく。
しかし、光輝がエルフェウスと接触したのは少なくとも王都への帰還以降のはずだ。
対して、エルスがそのことを聞いたのはオルクス大迷宮から帰還した日の夜。ホルアドでのことらしい。
つまり、
それに加え、ミュウの件もある。
フューレンの地下水路で助け出し、今では自分のことを“パパ“と呼ぶようになってしまった海人族の少女。
その子がハジメの首に掛かっているネックレスを見てこう言ったのだ。
『それ! お姉さんと同じ色なの!!』
最初はシアやユエ達のことかと思ったハジメだったが、どうやら違うようで、牢屋に捕まっていたミュウを地下水路に逃してくれた人物がいるらしい。
同じ色というのは瞳の色のことで、シアと同じ年頃の薄水色の髪をした少女らしい。
一緒に動く人形が居たというが、仮面を被っていたということからミュウが勘違いしただけだろう。
その時は特に何も引っ掛かること無く、フューレンに根付いていた裏組織の目を盗んでミュウを救出した手腕に感心していただけだった。
翡翠色の瞳に薄水色の髪。シアと同じ年頃の少女。今思えば、全てがエルスと一致する。
修道女として最低限の治癒魔法は使えるが、戦闘はからっきしだと言っていた。そのエルスが誰にも悟られずにミュウを助け出すのは不可能だ。それが事実だったとしたら、の話だが。
残念ながら名前までは聞いていなかったらしく、ミュウの話す容姿だけでは特定することは出来ない。
(エルフェウスとエルス……ん? 待て、確かエルスのフルネームは……)
エルフェウスとエルス。二人の修道女を思い浮かべていたハジメの頭の片隅に浮かんだ記憶。
確かエルスと初めてあった日。その時にハジメはエルスのフルネームを聞いていた。
(…………
文字を並べ替えると……エルフェウスとなる。
「……冗談だろ?」
「ハジメ? どうかした?」
「え……あ、いや、何でも無い」
ハジメの呟きに反応して声を掛けたユエに対して、ハジメは何でも無いと首を横に振るが、無意識にハンドルを握る手に力がこもる。
(エルス……お前は俺の敵なのか?)
敵ならば殺す。それが善人だろうと悪人だろうと関係ない。元クラスメイトですらハジメは自身の前に立ちはだかれば問答無用で排除する覚悟を決めていた。
だが、今この瞬間だけ、その誓いには僅かな逡巡が含まれていた。
最初はカトレアと接敵前のオルクスでのクラスメイト組の話を書こうと思ってたんですが、何か必要以上に光輝が酷い扱いになるだけの話になっちゃうんで思い切って飛ばしました。
>クラスメイトの光輝の扱い。
香織→完全に光輝に愛想を尽かした。基本無視。
雫→香織からエルスのことを聞いた。多少の違和感を持つが、実際に光輝が言葉にしたところを見た為、無視まではしなくともかなり辛辣な態度。
龍太郎→香織と雫が光輝を避けていることに困惑中。とりあえず、二人に無理に近づこうとする光輝を宥めている。
鈴→流石の鈴も空気の悪さに龍太郎同様困惑中。龍太郎と相談しながら、主に香織や雫の側についている。
恵里→邪魔者が近づかなくなって一人だけウキウキ。