絶望の物語の作り方   作:羽織の夢

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11話の【主様と神様】の内容を少し修正しました。
“分魂“に使う器に使徒を使ったような描写から、戦争で死んだ人間族や魔人族の遺体を使ったことに変更しました。
後々のことを考えればこちらの方が都合が良い……かもしれないので。



人形が叫ぶとき

 吸い込まれそうな漆黒にポツンと浮かぶ銀色の繭。

 空に浮かぶ月とはまた違った輝きを見せるそれは、落雷の如き轟音と共にその中心部に風穴を空けた。

 

 ハイリヒ王国 神山上空。

 

 今、一つの戦いに決着が着こうとしていた。

 世界のイレギュラー、南雲ハジメ。対するは真の神の使徒、ノイント。

 常人を遥かに超えた力を持つ者同士の戦いは苛烈を極めた。神域から供給される膨大な魔力に強力な分解魔法を駆使するノイントが一度は優勢に出るも、ハジメの持つアーティファクトにより銀翼ごと心臓部を穿たれることで敗北を喫した。

 

(これが、私の最後……)

 

 自らの胸に空いた風穴を見つめながら、ノイントはまるで他人事のように感じていた。

 

 分かっていた。自分がイレギュラーに敗北することは。

 分かっていた。今日ここで命を落とすことになることは。

 分かっていた。この死は定められた運命だということは。

 

 分かっていた。理解していた。疑問に思わなかった。肯定していた。受け入れていた。

 

──でも、()()()()()()()()

 

(ああ、なるほど。これが感情というものですか)

 

 そして、初めて訪れる死という概念に、ノイントの中に秘められてた想いが溢れ出す。

 

(苦しくて、歯がゆくて……こんなものをあの子は抱いていたのですね)

 

 死の間際、感情を理解したノイントが思い浮かべたのは、一人の妹のことだった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 数日前。

 

「……なるほど。神山、そこにイレギュラーが現れると?」

「はい。その通りです、ノイント姉様」

 

 神域の一角にてノイントはエルフェウスからエヒトの神命を聞いていた。

 その内容が──『イレギュラーたる南雲ハジメと交戦し、その戦力を分析せよ』というものだった。

 

「南雲ハジメは各地にて神代魔法を会得。その戦力は魔人族の英雄フリードにも勝るほどにまで至っています。このまま放置するのは得策では無いでしょう」

 

 エルフェウスからの情報提供で判明したイレギュラーの存在。元はただの無能と判断されていた駒が神代魔法を会得するまでに至っていたことにはノイントですら少々驚く程だった。

 しかも、仲間の一人にあのアレーティアが居るという。その事実に歓喜したエヒトは、今度こそ逃さない為に万全を期してアレーティアの確保に動き出していた。

 その為にも敵の戦力や関係性を洗い出せ、という内容だ。

 

「ノイント姉様は直接対峙して彼の情報を集めてください」

「……()()、では無いのですね」

 

 エヒトがアレーティアにご執心なのはノイントも知っている。三百年前のことを思えば、今度こそ逃がすわけにはいかないだろう。

 しかし、それならばわざわざ分析などという面倒なことをしなくとも、その場でアレーティア以外を殺してしまえば良い話だ。邪魔者を排除した後、ゆっくりと、それでいて確実に首を締めるように徐々に追い詰めていけばいい。それをしない理由にノイントは気付いていた。

 

「私ではイレギュラーに敵わない。つまり、そういうことでしょう?」

「……はい。南雲ハジメと戦い、死ぬ。それがノイント姉様に与えられた役目です」

 

 エルフェウスの予測では、一対一の戦いとなれば、苦戦はしつつも問題なくハジメが勝利すると考えている。それを踏まえた上でエヒトはノイントを単身向かわせることにした。

 ノイントがどうなろうとエヒトには別にどうでもいい。ハジメを殺すつもりならば一斉に複数体の使徒をぶつければいいだけの話だ。それをしないのは、ハジメを生かしておくことでアレーティアをハジメに縛り付けておくためだ。

 彼らは神代魔法を集めている。それならば、自ずとアルヴが治める魔人領にも足を踏み入れることになるだろう。放っておけば勝手に懐に入ってくるのだ。わざわざ不確定要素を孕む必要は無い。だが……

 

「主様は余興を求めています」

「承諾しました。それが神命とあらば従うのみです」

 

 エルフェウスの言葉に、ノイントはあっさりと頷いた。

 色々と理由を述べたが、結局のところそれが本心だ。ハジメの存在は確かに脅威ではあるが、実際のところエヒトはそこまでハジメを危険視しているわけではない。

 各地で神代魔法を集めていると言っても、所詮は自身に敗れて逃げ延びた敗北者ごときの遺産。どれだけ力を身に付けようとも、所詮は人間と高をくくっていた。

 それどころか、真の神の使徒とぶつければそれなりに見応えのある遊戯にはなるのではないかとさえ思っていた。

 

 そのような理由で死んでこいと言われたノイントは、何一つ迷うこと無くその命令を受け入れた。元々自分達は神を楽しませる為に生まれた一個体に過ぎない故に。

 そのままくるりと踵を返すノイントに、エルフェウスが声を掛ける。

 

「生きたいですか?」

「……は?」

 

 ピタリと立ち止まり、エルフェウスを振り返ったノイントはその整った眉を潜めた。

 生きたいも何も、主が死を求めているのならそれを実行するのが自らの努めだ。そう返すノイントにエルフェウスは少し言い方を変えて再度問いかけた。

 

「ノイント姉様は、生きたいと思っているのですか?」

「…………」

「私が進言すれば主様も再考なされるかもしれません。だから……」

 

 じっとエルフェウスの瞳を見つめていたノイントが口にしたのは、エルフェウスの質問の答えでは無かった。

 

「貴女は私に生きていて欲しいのですか?」

「それは……」

「質問を変えます。貴方は生きたいのですか?」

「いいえ」

「では、死にたいと?」

「……」

「……発言の意図が分かりません。言いたいことがあるのならハッキリ言いなさい」

 

 先程から要領の得ない発言を繰り返すエルフェウスに、ノイントが少し苛立ちながら睨みつける。

 

「そう、ではありません。私は……人間をぐちゃぐちゃにしたいだけなんです」

「──っ!」

「だってあんな醜悪な生物、生きてる価値ないじゃないですか。だったらせめて私達を楽しませる駒として利用するのが最適だと思うんです」

「……」

「ああっ、彼らが苦しむ姿を想像するだけでなんて……あれ? じゃあ何で私はあの子供を助けて……?」

「……エルフェウス」

「あれ? あれ? でも、助けるように言われたから……それが私の役目だからって……」

「……エルフェウス」

「だって主様は……神様は皆を助けてくれるって……でもお母さ──」

 

「エルフェウス!!」

 

「ッ!?」

 

 ノイントの一喝に、エルフェウスは肩をびくりと震わせる。その表情は青を通り越して白くなってしまっている。

 そんなエルフェウスの前に立ち、ノイントはその両頬に手を添える。

 

「私の目を見なさい」

「ノイ、ントねえ……」

「深く息を吸いなさい。ゆっくりで構いません」

 

 コクコクと頷きながら、言う通りに従うエルフェウス。

 

 自分の言葉に素直に従うエルフェウスの姿に、ノイントは思う。

 いつからだっただろうか。エルフェウスにこのような発作のような症状が出るようになったのは。

 支離滅裂な言葉を口にし、酷いと自傷行為すら厭わぬ異常な姿。初めて見たときはあまりにも奇怪な光景に自身の目を疑ったものだ。

 

『神の使徒たる者、そのような軟弱な姿でどうする!』

 

 そう喝を入れることは簡単だった。いや、本来ならそうすることが正しいだろう。もしこれが原因で主の神命を果たせないなんてことがあれば目も当てられない。すぐに矯正、もしくは主に報告するべきだった。

 

 しかし、ノイントはそうはしなかった。

 

 エルフェウスの側に寄り添い、幼子をあやすように声を掛け続けた。まるで、本当の姉妹のように。

 何故そのような行動をしたのか、ノイント自身にも未だ分からない。ただ、そうすればエルフェウスの回復が速かったのも事実だった。

 それが一番手間が掛からないから。このような些事で主の手を煩わせるわけにはいかないから。そう自分に言い聞かせ続けてきた。

 

(私が死ねば……この子はどうするつもりなのでしょうか?)

 

 使徒は他にも数えきれない個体数が存在する。エルフェウスならば誰とでも上手くやっていくはずだ。その役割もその誰かが請け負うだろう。

 

(何でしょうか、このモヤモヤは……?)

 

 そう結論づけたノイントだったが、言葉に出来ない嫌悪感を胸の奥に感じた。

 自分では無い誰かがエルフェウスの側に居る。そう考えただけで無意識に眉を潜めてしまう程に。

 

(今思えば、この子の存在も不可解な点が多い。()()()()()()()()など、後にも先にもこの子だけだった)

 

 神の使徒はそれぞれに固有名称が付けられているが、それとは別に一つの番号が付けられていた。

 それは単に神の使徒として生み出された製造順を表すものだ。現状、神の使徒は万を優に超える人数に膨れ上がっており、その一体一体の名前を覚えておく、などという手間をエヒトは嫌った。

 普段は番号ごとに纏められており、エヒトの指示に応じてノイントを始めとする一部の神の使徒が起用している。そして、番号は例外なく全ての神の使徒に付けられており、エルフェウスもそれに含まれていた。

 エルフェウスとノイントが共に行動する機会が多いのも、二人の製造番号が近いことが理由に挙げられる。

 

 だが、それも過去の話だ。

 ある時を堺に、突然エヒトがエルフェウスの番号を破棄。その表記を“番外個体“と変え、通常の神の使徒とは完全に剥離した独立形態に変えた。

 

 そう、昔のエルフェウスはここまで()()()()()()()()()()()()()()

 

 何かがあった。ありふれた神の使徒だったエルフェウスが変わるキッカケが。エヒトが他の姉妹達と区別する程の変化が。ノイントの知らない何かがあったはずだ。

 その変化の原因に主は気付いているのだろうか、と疑問に思ったノイントは、すぐに首を横に振った。

 

(いえ、あの方が私達如きの変化にお気づきになる筈が無い。力は凄まじいが、その分傲慢で思慮に欠けるのがあの方の欠点だ)

 

 恐らく、原因に心当たりは無く、変わったという事実だけを見て行動したのだろう。

 ノイントはそう結論づけた。

 

──……………………………………………………………………………………………………は?

 

 そして、ノイントの目がこれでもかと見開かれた。

 当たり前だ。エヒトはノイント達にとって絶対服従の存在。その命に従うことこそが自分達の存在理由であり、そのあり方を疑うなどあってはならないことだ。

 それが今までの彼女達の常識だった。

 

(私はあの方に不満を抱いていた、というのか……?)

 

 すぐにこの考えは捨て去るべきだ。これ以上はマズイ。一線を超えてしまう。

 理性がそう訴えかけてくるが、一度浮かび上がった疑念が簡単に晴れることは無い。

 

(いや、そもそも私はどうしてここまでこの子に対して──)

「ノイント姉様?」

「ッ!?」

 

 そのまま底なし沼のような思考の渦に嵌っていくノイントだったが、エルフェウスの声に一気に現実に引き上げられた。

 

「もう落ち着きました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

(……私はあの方の神命を果たすためだけに生まれた存在。それだけ考えていればいい)

 

 顔色の戻りつつあるエルフェウスの表情を見て、ノイントは先程までの考えを捨て去った。

 

「では、私は先に神山へと向かいます。貴女も命じられた神命を果たすように」

「……ノイント姉様」

「何ですか?」

「……やはり、思い出してはいないのですね」

「……? すみません、今何と?」

「いえ、何でもありません。後のことはお任せ下さい……ご武運を」

 

 そう言って、エルフェウスは悲しそうに笑った。

 その瞬間、ノイントの脳裏にノイズが奔る。

 

『私は大丈夫。心配しないで』

 

 少女、だろうか?

 薄暗い地下室に水色の髪をした幼い少女が囚われている光景が浮かび上がる。そして、格子を挟んで泣き崩れている少し年上だと思われる少女。その少女達の顔は……

 

(エルフェウスと、私……?)

 

 自分達に瓜二つの少女がまるで姉妹のように接している光景。

 こんな記憶に覚えはない。そもそも神の使徒として作られた自分達に成長という概念は無い。故に幼少時代というものは存在しないはずだ。

 

 なのに、何故だろう。この胸を締め付けられるような痛みは。まるで実際に起こったかのような現実味は。

 ノイントの手がふらふらとエルフェウスの方へ伸びる。まるであの光景を求めるように……

 しかし、エルフェウスに届くギリギリでピタリと止まり、逡巡するように自身の手を見つめた後──

 

「……ふふっ、死にゆく者に掛ける言葉ではありませんね。ですが、受け取っておきましょう」

 

 何かを振り払うように、ノイントは薄く笑みを浮かべた。

 遠ざかっていく姉の姿に、エルフェウスは僅かに目を見開いた。

 

「ノイント姉様が笑ったの、久しぶりに見た……」

 

 何時だって崩れることの無かった鉄仮面。エルフェウスがどれだけちょっかいを掛けても外すことのなかったそれが、最後の最後で外れた。

 

「……結局最後まで思い出すことはありませんでした。でも、それで良かったんだと思います。もし思い出してしまえば、貴方はきっと私を止めようとするでしょう」

 

 エルフェウスは知っている。ノイントという女性の生き様を。その胸に宿る優しさを。

 

「ごめんなさい。私は止まりたくない。止まるわけにはいかない。止まっちゃいけないんです」

 

 エルフェウスは覚えている。ノイントにとって、本来自分がどのような存在だったのかを。

 

「……さようなら、()()()()()()()()()

 

 エルフェウスの呟きは誰の耳にも捉えられること無く、宙に溶けて消えていった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「思、い……出し……た」

「ッ!? お前、まだっ!?」

 

 銀翼に空いた風穴から出てきた腕がハジメの襟首を掴み、無理矢理ぐいっと引き寄せる。

 突然のことにハジメも対処が遅れてしまう。ノイントの心臓部に空いた穴は、“纏雷“により傷口を焼かれたせいで出血こそ無いが、心臓を貫いて生きていられる筈がない。

 もしや、人体構造が人間と違うのかと戦慄するも、ハジメの魔眼石と感知系能力はノイントの生命反応が確実に弱まっていっていることに気づく。

 

 とどめを刺すべく、すかさずドンナーを構えようとしたハジメだったが、ノイントの銀翼が空気に溶けるように消失し、顕になったノイントの瞳と視線があった瞬間、ハジメは思わずその場で固まってしまった。

 

 それまでの機械的な冷たさは一切無く、目は血走り、ギラギラと熱を持ってハジメを睨みつけてくる姿は、それまでの人形というイメージを覆すには十分過ぎるものだった。

 

「あ、なたには……何、も守れ、ない」

「ああ?」

 

 既にまともに声を出すことすら厳しいのか、血反吐を吐きながらも口にする言葉は何とかハジメの耳に届く声量だ。 

 

「あな、たも、貴方の、仲間、も……世界中の……全て……地上から、消えて、無くなる……!」

「はん、世界なんざ別にどうだっていいが、俺やその周りに手を出すつもりなら神だろうと殺──」

「あの邪神も例外じゃ無い……!!」

「……は?」

 

 ノイントの言葉を負け犬の遠吠えと判断して鼻を鳴らしたハジメだったが、続いて出てきた名前に思わず硬直した。

 

「これ、は……世界に向けた、あの子からの、“復讐“と“救世“……」

「待て!? おい、それはどういう──……!!」

 

 意味の分からない言葉を並べるノイントに今度はハジメの方から詰め寄るも、突然ノイントの身体が力を失い、ぐらりと倒れる。慌ててその腕を掴むハジメだったが、すぐに顔を歪めた。

 

「……くそっ」

 

 悪態をつくハジメだったが、次の瞬間、神山全体を激震させるような爆発音と巨大なキノコ雲に、ちらりとノイントを見た後、その場にノイントを放置して崩壊していく大聖堂に向かった。

 

 

 

 

 

(私はあの子の理想を肯定する)

 

 それが歪んだ空想だとしても。

 

(私はあの子の憎悪を理解する)

 

 それは抱いて当たり前の感情だから。

 

(私はあの子の快楽を尊重する)

 

 あの子が笑えるならどんな形でも構わない。

 

 

 あの子の作り出す物語の結末。

 その先に待つ光景が“絶望“だったとしても。

 

 

 神の使徒、ノイント。

 長きに渡りエヒトに仕えてきた彼女は、最後に意味深な言葉を残してこの世を去った。

 

 

 

 




Revenge

晴らす恨み。振りまかれる宿怨。響き渡る罪歌。永遠の眠り。


Relief

苦痛からの解放。降り注ぐ安堵。暖かな楽園。永遠の眠り。
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