絶望の物語の作り方   作:羽織の夢

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今回も前回に続いて伏線回ですが、こっからグワァアアと進める予定ですのでお許しを。


初めて神に立ち向かった者

 ピチョン、と水滴が地面に落ちる音が響く。

 ジメジメとした石畳で囲われた狭い牢屋。格子の嵌った小さな窓から差し込む月明かりが、僅かに室内の様子を照らし出していた。

 

 少女が一人、横たわっている。

 

 ボロボロの布切れを纏っただけの少女はピクリとも動かないが、僅かに上下する胸がその生存を物語っていた。

 布切れの至るところには夥しい血痕がこびり付き、その真っ白な肌を汚している。その足には無骨な足枷が嵌められており、そこから伸びる鎖が牢屋と少女を括り付けていた。

 

 少女は思う。

 あれからどれほどの時間が流れたのだろうか。

 必ず助けると言ってくれた姉は大丈夫だろうか。

 何度も拷問を受けた。何度も辱めを受けた。

 

 何度も。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 

 

 

 もう、何も感じない。

 

 

 

 場面が切り替わる。

 

 

 どこかの広場だろうか。

 その中心に建てられた十字架。そこに磔にされた少女。

 

 周囲には広場を埋め尽くす程の人々が集まり、少女に憎悪の視線が向けられている。

 

『背信者』『悪魔の子』『裏切り者』『異教徒』『殺せ』『化け物』『犯せ』『吊るせ』『反逆者』『信じてたのに』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね──』

 

 布切れ一つも纏っていない少女にぶつけられる夥しく悍しい憎悪の言葉。

 側に立っていた法衣を着た男の指示で、十字架の根本に組み上げられた丸太に火が灯される。

 火はまたたく間に十字架ごと少女を呑み込んでいく。

 少女は悲鳴一つ上げない。焼けただれた皮膚は、まるで巻き戻しのように元の色を取り戻し、そして再び焼かれていく。丸太は焼け朽ちる度に新たなものが差し替えられていく。

 

 少女は死なない。いや、正確には()()()()

 処刑台の側でその光景を見つめる6人の男女。その内の一人がある魔法を使用しているからだ。

 有機物・無機物問わず、あらゆるものの損傷を修復することが出来るその魔法は神代の魔法と呼ばれ、これまでも多くの人間の命を救ってきた。それが一人の少女を苦しめる為だけに振るわれている。

 

 世界中が少女の死を望んでいる。

 同時に、死すら生ぬるい地獄を願っている。

 

 故に殺さない。だから苦しめ。永遠に苦しめ。それがお前達の犯した罪への罰となる。

 

 ゴウゴウと燃え盛る炎の中、少女はゆっくりと空を見上げた。

 眼球の水分が一瞬で蒸発し、少女がその景色を見ることは叶わないが、それでも少女は顔を上げる。

 

 見つめる先は雲で覆われた曇天の空。

 少女はじっと空を穴が開くほど見つめる。

 その分厚い暗雲の先。海のような青海の底。闇のような星海の奥。

 

 その先に居る何かに縋るように。

 

 

──今日も、神様は現れない。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「あんた、解放者か?」

 

 ハジメは目の前の男にそう問いかけた。

 

 ノイントを撃破したハジメがティオと愛子の二人と合流し、聖教協会を協会関係者ごと爆殺してしまったことに責任を感じている愛子に寄り添っている最中に現れた禿頭の男。

 まるでついて来いと言わんばかりの様子の男に、警戒しながらも三人がついていった先に現れたのは、淡く輝く大迷宮の紋章。

 

 それだけで察するには十分だった。

 

 その瞬間、ハジメ達を淡い輝きが包み込み、気づけば大迷宮の深部に到達していた。

 それから無事三人共神代魔法の一つ、“魂魄魔法“を手に入れることが出来た。

 脇の台座に安置されていた本には禿頭の男──解放者ラウス・バーンの人生が綴られていたが、残念ながらハジメはそんなことに興味は無く、最後の辺りに記されていた迷宮の攻略条件だけを流し読みした後、攻略の証の指輪を取って部屋を後にしようとする。

 

 それが目に入ったのは、本当に偶然だった。

 

「……肖像画?」

 

 部屋の壁に掛けられている大きな絵。無骨な室内に異色な雰囲気を放つそれに思わず目が止まる。そこには美しい水色の長髪をした女性が描かれていた。

 

(……何だ? 何かが引っ掛かるような……)

 

 言っておくが、絵画を見て関心するような美的感覚をハジメは持ち合わせていない。有名な画家が書いた貴重なものと言われても「へー」くらいしか感じないのがハジメクオリティだ。絵の良し悪しなど分かるはずもない。

 

 ハジメが足を止めた理由はその描かれている女性の風貌が原因だ。

 整った顔立ちだとは思う。まるで人形のように作り込まれた精巧な面立ちだ。しかし、その表情から後ろ暗い印象を感じるのは何故か。女性の顔立ちがそうだと言うよりも、悪意を持って意図的にそう感じるように描かれているような気がする。

 そんな絵を前に、ハジメはまるで喉に引っかかった骨が取れないようなモヤモヤを感じていた。何かを思い出しそうで、思い出せない。そんな気持ち悪い感覚だ。

 

「わっ! きれいな女性ですねぇ」

「ほう、中々見事なものじゃな」

 

 そうこうしている内に、愛子とティオもその肖像画に気付き、ハジメの側に近づいてくる。

 

「なあ、先生、ティオ。この絵、なんか違和感ねぇか?」

「違和感、ですか? 私は特に何も……少し表情が怖い気はしますけど」

「よく出来ているとは思うのじゃが、妾も先生殿と一緒じゃな」

「……そうか」

「……あの、気になるならさっきの本に何か書いてあるんじゃですか?」

「いや、気になるって程のもんじゃ……」

「ふむ、別に減るものでも無いし、読んでみれば良かろう??」

「……まあ、それもそうか」

 

 ただの自分の勘違いで片付けようとしたハジメだったが、確かに読んで何かが変わるわけでもない。この違和感が晴れれば儲けものか、と二人に促される形で一度置いた本を手に取る。

 

「…………あったな」

 

 パラパラと本を捲っていくと、肖像画のことに関する内容が記載されているページを見つけた。

 

「ハジメくん、私達にも分かるようにお願いします」

「分かってるよ、えーと……『部屋に飾られている肖像画を見ただろうか。彼女は我らバーン家に連なる女性であり……』」

 

 

──“初めて神に反逆した人類“である。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 彼女の名は『ミルザム・バーン』。

 我らバーン家から追放された異端者にして、ただ一人神の真実を見向いた慧眼の持ち主だ。

 

 古の時代。地上の全ての人類が神に傾倒する中、歴代最強とまで言わしめる程の“魂魄魔法“の使い手だった彼女は、その力でエヒトや聖光協会の矛盾に気付き、たった一人で反逆を起こした。

 しかし、当時は私達の時代よりもエヒトへの盲目的な信仰が根強く、他の人類はおろか、その時代の神代魔法の使い手すら彼女の敵になってしまった。

 

 彼女は強かった。しかし、たった一人で戦うにはあまりにも敵が多すぎた。

 結果、彼女は守るべき人類によって命を散らすこととなる。後に残ったのは、バーン家始まって以来の大罪人という汚名だけだった。

 私も幼い頃からミルザムは一族の恥と伝えられてきた。解放者に名を連ねることが無かったら、最後までそれを信じ続けていただろう。

 

 彼女にまつわるものは歴史から葬られ、唯一残ったものはその肖像画だけ。それも踏み絵に使用するために作られたものだ。出来る限りの修復はしたが、あまり良い印象を感じないだろう。

 

 彼女は何故勝ち目の無い戦いに挑んだのか、私には分からない。反逆を起こす前の彼女は子にも恵まれ、順風満帆な生活を送っていたらしい。それを捨ててまでエヒトに立ち向かう理由があったのか、それとも、だからこそ立ち向かったのか、今となっては知る由もない。

 

 だが、試練を乗り越えし者よ。私は知っていて欲しい。

 その身を犠牲にして戦ってきた者達が居ることを。

 闇に葬られた者達の犠牲の上に、この世界が成り立っているということを。

 

 願いを背負わせるようなことも、伝えるようなことも強制はしない。

 

 ただ、胸の内に留めておいて欲しい。

 

 ミルザム(彼女)がいたことを。

 

 解放者(我ら)がいたことを。

 

 どうか、覚えておいて欲しい。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「ミルザム・バーンさん……そんな方が居たんですね」

「妾も知らなんだ。だが、過去に神の真実に気付いた者が居たとしてもおかしくはないの」

 

 過去に一人でエヒトに立ち向かった女性が居たという事実に、愛子は無意識に自身の胸元をぎゅっと握りしめる。

 ミルザムに解放者。自身が会得した“魂魄魔法“はそんな彼らが後世の為に残した、まさに最後の希望なのだろう。それまではただの凄い魔法としか認識していなかった愛子だったが、そこに込められた彼らの願いに、この力を扱う重圧と責任を感じる。

 

「用は済んだな。さっさと戻るぞ」

「ええ!? 南雲くん!?」

 

 しかし、ハジメからすればどうでもいい話だった。

 自身の中の違和感を解決出来るしれないと読んでみたはいいが、記してあったのはラウス・バーンの独白のみ。これではただの時間の無駄だ。

 

「少し薄情過ぎませんか!?」

「会ったことも無い奴のことなんか知るか」

「いや、それはそうですけど!? 少しは感傷に浸るとか……」

「忘れてるかもしれんが、今も王都は襲撃されてるんだぞ?」

「あっ、そうでした!! 早く皆さんの無事を確かめないと!!」

 

 あっさりし過ぎているハジメに愛子が詰め寄るも、すぐに生徒達の安否を確認しなければいけないことを思い出し、アワアワと慌てだす。

 顔を赤くしたり青くしたりと百面相を繰り広げる愛子の姿をじっと見ていたティオが小さく呟いた。

 

「何と言うか、先生殿は見てて楽しいのじゃ」

「馬鹿言ってないで早く下山するぞ」

 

 急かしてくる愛子に背中を押されながら、ハジメは最後にちらりと肖像画に目を向ける。

 

「……」

 

 何とも言えない違和感。解放者よりも昔の人物ならば面識があるわけもない。

 しかし、どうにも疑惑が晴れない。どこか既視感を感じる。

 

「……お前は」

「ちょっと南雲くん! 早く行ってください!!」

 

 肖像画に見入って足が止まっていたハジメの鼓膜を愛子の叱咤が震わせる。

 

「ああ、悪い」

 

 結局その違和感を飲み込むことにしたハジメは、愛子とティオと共に迷宮の外へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この時、ハジメが自身の違和感の正体に気付いていたならば、少しは未来は変わっていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 神山からのフリーフォールで王都へ降りてきたハジメは、ぐったりとする愛子を肩に担いで、まず香織達が居る場所に向かう。救出した愛子を預ける為だ。

 

 そして、ようやく合流した先で見た光景は──

 

 

「……………おい」

 

 

 ずっと会いたいと思っていた。

 無事な姿を見せて、心配を掛けたことを謝りたかった。

 そして、彼女の想いに答えを出したいと思っていた。

 

 しかし、この数日でその想いに陰りが出ていた。

 

 もしかしたら、彼女は自分の敵なのかもしれない。敵ならば、殺さなくてはならない。邪魔をするならば、クラスメイトだろうと神だろうと殺す。

 でも、ハジメは彼女を殺せると断言出来なかった。

 もしかしたら何か理由があるのかもしれない。彼女の聞き間違いだっただけなのかもしれない。

 だから、問題を後回しにした。

 

 

 

 それが、この結果に繋がったのかもしれない。

 

 

 

 ハジメの視界に映る懐かしい翡翠色。

 しかし、その瞳はハジメの持つネックレスよりも酷く淀んでいた。

 

 その手に握りしめるは、彼女に似合わぬ無骨な剣。

 

 穢れを知らない真っ白な修道服は返り血で赤く染まり、流れ出る血は彼女達の足元を真っ赤に染め上げていく。

 

 

 

 エルスに剣を突き立てられ、香織が息絶えていた。

 

 

 

 




Grievous

許しがたい罪。耐え難い痛み。悲惨な末路。悲痛な叫び。
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