絶望の物語の作り方   作:羽織の夢

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魔王の憤怒

 聞いてない。

 

 恵里は内心そう吐き捨てた。

 

 全ては計画通りだった。

 光輝達を自身の傀儡を集めた場所に誘導し、隙を付いてその身柄を拘束する。救援に現れる可能性のあるハジメや香織はあいつらに任せれば良いと言われた。

 万が一南雲が自分の前に現れたとしても、対処は出来ると。

 

 だが、これは何だ。

 この殺気はなんだ。

 

 クラスメイトを傷つけられたことがそんなに許せなかったのか?

 香織を殺されたことがそんなに許せなかったのか?

 

 いや、違う。

 クラスメイトがどうなろうとこいつはどうも思わない。

 香織を殺されたことに怒りはしているが、その怒りの根源はそれじゃない。

 

 ハジメの瞳に映るのは、自分を傀儡とするよう指示してきた例の少女。

 

 聞いてない。ハジメがそこまで怒りを表すほど親しくしていたなんて。

 聞いてない。このタイミングでハジメが現れるなんて。

 

「お前、僕をダマ──」

 

 恵里の言葉は不意に途切れた。

 

「しゃべるな」

 

 気づけば恵里の目の前にハジメの姿があった。

 

「ガッ!?」

 

 目を見開く恵里の首を片手で掴み上げ、そのまま掲げるように持ち上げる。

 

「何も喚くな。一切動くな。お前の言い分も動機も何も聞く気はねぇ。お前が息をして今を生きている。そのことが既に俺にとっては癪に障るんだ」

「〜〜ッ!!」

「ティオ。エルスを……香織の側に居るあいつを拘束しておいてくれ。先生は香織を」

「……うむ、任された!」

「白崎さん!!」

 

 今も香織を拘束するエルスを迅速に、されど傷つけないようにティオが抑え込み、倒れ込む香織に愛子が駆け寄る。

 

(──殺れっ!!)

 

 そんな中、恵里の操る傀儡兵は、声に出さずとも恵里の意志一つで自在に動き回る。

 恵里の命令を受け取った傀儡兵がハジメを殺そうと殺到するが……

 

「動くなっつったよな?」

 

 持ち上げていた恵里を仰向けになるように床に叩き落し、その腹を踏みつける。

 ハジメが手加減したおかげで、踏み潰されることは無かったが、足元からカエルが潰れたようなうめき声を無視して、宝物庫からメツェライを取り出した。

 

 その凶悪なフォルムにハジメが何をしようとしているのか察した雫が叫んだ。

 

「みんな、伏せて!!」

 

 雫の警告に龍太郎や永山が立ち尽くしているクラスメイト達を押し倒す。

 直後、怪物の牙が解き放たれた。

 

「──え?」

 

 その銃口の先に居たのは、未だに硬直から抜け出せず、呆然と佇んでいた檜山だった。

 轟音と共に毎分12000発の弾丸が放たれ、檜山は痛みすら感じる間もなくその肉体を細かな肉片へと成り下がった。

 檜山を断罪したハジメは、そのまま薙ぎ払うようにメツェライを振りかざしていく。独特の回転音と射撃音を轟かせながら、その銃口から射出された弾丸は恵里の命令を忠実に守る傀儡達を問答無用で肉塊へと変えていく。

 

 メツェライはハジメの身長をも超える全長を誇る巨大兵器だ。本来なら常人が持ち上げて使えるものではなく、その反動も並大抵のものではない。スキルを使わなくともその衝撃に耐えうる強靭な肉体を持つハジメだったが、今だけはその衝撃を受け止めずに敢えて受け流していた。

 その反動はハジメの腕を伝い、身体を流れ、足元(恵里)にまで伝達する。

 

「ああああああああああああああっ!?」

 

 銃撃音に負けないくらいの絶叫が恵里の口から飛び出した。

 まるで内蔵をぐちゃぐちゃに掻き回されるされるような激痛と身体の中を虫が這いずり回るような嫌悪感を感じながら全身から血が吹き出す。

 

 がむしゃらになりながらハジメの足から逃れようとバタバタと暴れまわるが、ハジメの足は根を張った巨木のようにビクともしない。

 

 破壊の権化の咆哮と裏切りの少女の悲鳴。

 二つのハーモニーに周りのクラスメイトも表情を青褪めさせる。

 光輝は何とか止めさせようとするが、不意に身体の力が抜け、盛大に吐血したせいで動くことが出来ない。親友が苦しむ姿に、先程までの恵里からの扱いも忘れ、鈴が表情を青を通り越して真っ白になる。

 

 無限に続くとも思えた地獄の時間だったが、立っているものが誰も居なくなったところでようやくメツェライが停止した。

 誰もが声を失う中、広場の壁が崩れていく音と、死にかけの少女の「ひゅーひゅー」というか細い呼吸だけが聞こえた。

 

 ゆっくりと足を上げたハジメが全身から血を吹き出す少女を無感情に見下ろす。

 既に虫の息の少女は放っておいても勝手に死ぬだろう。その光景を見ても、ハジメの怒りの収まることは無い

 カチャ、とドンナーが恵里の眉間に向けられる。

 

 放っておいても死ぬ? それがどうした。こいつは俺の手で殺す。残酷に無慈悲に生きていたことを後悔させる。

 

 そのまま恵里の脳天を撃ち抜こうとしたハジメだったが。

 

「ちっ!」

 

 何かに気付いたようにハジメがその場を飛び退いた直後、ハジメの居た場所を強烈な光が降り注いだ。

 

「こいつは……!!」

 

 見覚えのある攻撃にハジメが空を見上げると、そこには銀翼を広げドレス甲冑を身にまとった五人の神の使徒が居た。

 神話に伝え聞く天使そのものの姿に、クラスメイト達も唖然と空を見上げる。しかし、その力の一端を知っているハジメは内心で僅かな焦りを見せていた。

 

 ノイントと呼ばれる神の使徒を撃破したハジメだったが、あれと同レベルの個体が五体。しかも守るべき者を庇いながらとなると、その難易度は跳ね上がる。

 奥の手(ヒュベリオン)こそ残してはいるが、周囲の魔物を薙ぎ払うことは出来ても、目の前の存在は容易く回避してしまうだろう。そもそも流石にこの場に撃ち込んでは味方の被害が大きすぎる。

 そんなハジメに使徒の一人は声を掛けた。

 

「そう身構えなくとも、私達はここで争うつもりはありません」

「……何?」

「私達が命じられたのは、そこの駒の回収です。素直に受け渡すならばここは退きましょう」

「……断ると言ったら?」 

「その結果が分からない程愚かではないでしょう、イレギュラー?」

 

 すなわち、従わないのならここで皆殺しにする。

 そう目で告げてくる使徒達に、ハジメの視線が死にかけの恵里に向いた後、ティオに拘束されるエルスに向く。

 酷く葛藤する姿を見せた後、ハジメは恵里から距離を取った。

 

 その姿に解答を得た使徒の一人がそのまま地表に降り立ち、恵里の身体を持ち上げて再度飛び上がる。

 

「貴方の無駄な奮闘に主は満足なされています」

「くそったれが……!!」

 

 ノイントはハジメのことを盤面に不要の駒と称していたが、恐らくそれは真実ではなく、エヒトは自分と使徒が戦う様を見て楽しんでいたのだろう。選択肢は他に無かったとは言え、エヒトの思い通りに動くことになってしまったことにハジメは表情に苛立ちを浮かべる。

 

「何を企んでやがる……!」

「それを貴方が知る必要はありません。貴方達は主をご満足させられるよう、盤上で無様に踊っていなさい」

 

 その言葉を最後に、使徒達の周囲の景色が揺らぎ、次の瞬間には全員がその場から姿を消した。

 

「…………」

「ご主人様よ! 気持ちは分かるが、こちらもマズいのじゃ!!」

 

 使徒達が消えた空を忌々しそうに睨みつけていたハジメだったが、ティオの呼ぶ声にハッとして振り返った。

 そこには床に横たわった香織とエルス。その周りにティオと愛子、雫が集まっていた。

 

「先生殿の協力もあり、何とか固定は出来たのじゃ! しかしこれ以上は……!!」

「分かってる。ユエを──」

「──もう居る」

 

 すぐに呼ぶ。そう続けようとした瞬間、いつの間に居たのかユエがハジメの話に割って入ってきた。

 

「ユエさん、置いてかないで下さいよぉ!!」

 

 遅れてシアが空から勢いよく飛び降りてくる。 

 魔人族の相手をしていた二人がここに居ることに疑問を覚えたハジメが二人に尋ねると。

 

「魔人族が退いていった?」

「はい。王都の外にはまだまだ魔物や魔人族が控えてたんですが、突然踵を返すように。おかげであの野郎も見つけられなかったです!!」

 

 魔人族がいくら集まろうとハジメの敵ではないが、今まで破られることが無かった大結界を破るというこれ以上無い好機を逃す行為にハジメは眉を潜める。

 

(考えられるのは、(奴ら)が干渉したくらいだが……いや、考えるのは後だ)

 

 今は一刻を争う。

 浮かび上がった疑問を飲み込み、ユエとシアに香織が殺されたことを伝える。

 

「頼む、ユエ」

「……ん、分かった」

 

 踵を返してティオの元に向かおうとしたユエだったが、側で倒れてるエルスの姿を捉え、ハジメに振り返る。

 

「ハジメ……」

「……死んでから時間が経ちすぎてる。香織の方を頼む」

「……ん」

 

 少し俯いた後、小さく頷いてから香織を抱き上げたシアと共に、ティオの先導で広場を出ていった。

 

「八重樫」

「な、南雲くん! 香織が! どうしよう!? どうしたら!?」

「大丈夫だ」

 

 今までの雫からは想像も出来ないほどに取り乱す雫に対して、ハジメは真っ直ぐに雫の目を見ながら断言した。

 大丈夫だ。必ず助ける。だから折れるな。俺を信じて待っていろ、と。

 その言葉に、雫の瞳に僅かな力が戻る。

 

「信じて……いいのよね」

「ああ。そのかわり……」

 

 雫の問いかけに真剣な表情で頷いた後、ハジメは視線を横にずらす。

 雫がその視線を追うと、その先には眠るように横たわるエルスの姿があった。

 

「……エルスを、頼む」

「……ええ、分かったわ」

 

 その意味を理解した雫が頷くと、ハジメは雫に光輝に使うように試験管型容器を渡し、すぐにユエ達の後を追うべく広場を後にしようとする。

 

「南雲くん!」

 

 ハジメが視界から消える寸前、雫がハジメを呼び止めた。

 

「貴方は……大丈夫?」

 

 何が、とは聞かなかった。

 周りの人間から見れば、僅かも気付かない程度の違和感。

 事実、あの場でハジメの変化に気付いたのは、ユエとシアにティオの三人だけだった。

 普段からよく周りを見ている雫も、最初は香織を失った動揺で見えていなかったが、少し落ち着いた今となってその変化に気付いた。

 

 香織を除けば、唯一二人が一緒に居るところをよく見ていた雫だから気付けた。

 その背中がハジメを失った時の香織とそっくりだったから。

 

「……大丈夫だよ、俺は」

 

 小さくそう返したハジメは、スタスタと広場を後にした。

 

「……何よ。人のことは支えてくれるくせに、自分のことは一人で抱え込むのね」

 

 この世界に来てハジメは強くなった。

 それは身体的な実力もそうだが、精神もずっと強くなったと思う。

 いつの間にかこの世界で誰よりも頼りになる男に成長していた少年。

 

 しかし、今だけはその背がとても小さく見えた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「フリード様! 何故あのタイミングで撤退なのですか!!」

 

 魔国ガーランド、魔王城。場内の一室にて、魔人族の将官が背を向けたままのフリードに不満をぶつけていた。

 

「あの忌々しい大結界を打ち破り、今こそ我ら魔人族の力を下等な人間族共に見せつける時でしょう!?」

 

 将官の男は理解できなかった。完全に流れは魔人族に来ていたはずだ。

 大結界に絶対の自信を持っていた人間族は、それを打ち破られる可能性を微塵も考えておらず、城壁の守りは魔人族の軍勢を止められるほどの練度も戦力も無かった。国内という建物や人が密集した場所では、人間族の利点の数を活かすことも出来ず、ハイリヒ王国が落ちるのも時間の問題だった。

 

 そんな時だった。フリードからの撤退命令が下ったのは。

 

「命令には従います! しかし、納得のいく説明が無くては軍は瓦解します!!」

 

 戦況が優勢だったからと言って、死者が出ていないわけではない。人間族に比べれば軽微だが、それでも少なくない被害が魔人族にも出ていた。彼ら一人一人に帰るべき場所があり、帰りを待つ者が居たのだ。それでも戦いに赴いたのは祖国のため。愛する家族や恋人を守るためだ。

 

 ハイリヒ王国を落とし、戦争の勝利に繋げて初めて死んだ者達に報いることが出来るというもの。王の首を取ったわけでもない。敵将の首を討ち取ったわけでもない。今回の強襲で出た成果と言えば、虫のように湧いてくる敵兵の数を減らした程度だ。とてもじゃないが人間族の心臓部まで乗り込んで得る成果としては弱すぎる。

 

 彼らも戦場で戦う軍人の一人として時には残酷な選択を迫られることもある。個人の感情を抑え、群としての行動を優先した結果、友人や仲間が犠牲になったことも一度や二度ではない。

 それでも彼らは国の為、仲間の為に感情を抑え込み命令を忠実に実行した。それが全幅の信頼を置くフリードによるものならば尚更だ。

 

 だが、その理由に納得がいかなければ、自ずと信頼は崩れてしまうもの。

 

「教えて下さい!! 何故貴方は軍を撤退させたのですか!!」

「……決まっている」

 

 将官の言葉に、フリードはゆっくりと振り返ってからハッキリと口にした。

 

「それが、神のご意思だからだ」

「ッ!? アルヴ神からの神託があったのですか!?」

 

 目を見開いて驚愕した将官の男にフリードは頷いた。

 

「ああ、あのまま侵攻を続ければ魔人族の被害は甚大なものになるとな。事実、今の王国にはグリューエン火山で戦闘になった神代魔法の使い手が居た」

「そ、それは、フリード様に重症を負わせたという……!」

「私もその一人に妨害された。奴らが国内にいる中で無闇に特攻するのは得策ではない」

「それは……」

 

 フリードの言葉に将官の男も歯を食いしばりながら俯く。

 現代魔法の力を遥かに上回る力を宿した神代魔法。フリードという神代魔法の使い手を間近で見てきた彼らは、その力がどれだけ規格外なものなのかは痛い程知っている

 一騎当千の力を誇る使い手が四人。その力がこちらに向けられればどうなるかは想像に難しくない。

 

「……分かりました。部下には私の方から説明しておきます」

「…………」

 

 怒りに拳を震わせながらも、男はフリードに深く一礼した後部屋を出ていった。

 

(……すまない)

 

 そんな男の背に向けて、フリードは内心謝罪した。

 実はフリードの話したことは半分は真実だが、もう半分は虚実だ。

 

 アルヴから撤退の指示が入ったことは本当だが、今回の侵攻でフリードは()()()()()()()()()

 

 

 ある少女の存在によって。

 

 

 神代魔法の使い手だけでなく、その想定外の存在の出現によってフリードの頭に撤退の二文字が浮かび上がった。アルヴの指示はある意味都合が良かった。

 

(奴は我が神の正体を知っていた。どういうことだ? アルヴ神はこのことをご存知なのか?)

 

 その少女は魔人族の王の正体が魔人族の信仰するアルヴ神そのものだと言い当ててみせた。その瞳は適当なことをほざいているのではなく、何か明確な確信を秘めていたことを物語っていた。

 

 アルヴ神の正体は、魔人族の中でも一部のものしか知らない極秘事項だ。誰もがアルヴ神を崇拝し、裏切ることがない絶対の信者達。漏れることなどありえない。

 

(彼女が神に通じる何かを持っているのなら、何故人間族になど与する姿勢を見せている……)

 

 自分の知らないところで何かが起こっている。そんな嫌な気配が周囲に漂う。

 

(……確かめなければならない)

 

 奴は何者なのか。敵なのか。味方なのか。

 

「全ては、魔人族の未来のため……」

 

 魔人族の英雄は動き出す。

 

 

──既に手遅れだということには一切気付かずに。

 

 

 

 




>檜山

 数ある二次創作界隈で一二を争うくらいあっさりした幕引きじゃないかなと思ってます。

>恵里

 ぎりぎり一命を取り留めた少女。実はこの先の展開で未だにどうしようか悩んでる。主に二択で。

>フリード

 魔人族の英雄は動き出す。とかカッコいいこと言ったけど、もう間に合わないという……
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