絶望の物語の作り方   作:羽織の夢

19 / 44
ゼルダが面白すぎなんだが……?


果たすべきこと

 王都の外れに位置する共同墓地。

 そこには花を持ったハジメの姿があった。

 何をするわけでも無く、真新しい一つの墓標の前で佇んでいる。

 

 石で作られた簡素な墓標には【エルス・フェウ】と彫られている。

 

「──っ、ハジメ……」

 

 そんなハジメの姿を少し離れた場所から見つめていたユエは、話しかけるのを躊躇する様子を見せていたものの、伺うように声を掛けた。

 

「……」

 

 ユエの問いかけにハジメは答えない。無視をしているというよりも、応える余裕が無い様子にユエもどう話を続ければいいか分からなくなる。

 

「……あの……その……」

「………………俺はさ」

 

 言葉に迷っているとハジメがユエに背を向けたまま口を開いた。

 

「俺の邪魔をするなら、誰であろうと殺す覚悟はしてたんだ。躊躇えば自分が死ぬ。迷えば大切な仲間が死ぬ」

「……うん」

「相手がクラスメイトの奴らだって躊躇するつもりは無かった。実際、天之河に銃口を向けた時も何とも思わなかった」

「……うん」

「……でもさ、相手がエルスかもしれないって思ったら、その決意が簡単に揺らいだ」

 

 誰かを殺すことに躊躇いは無かった。敵と定めた者を殺しても、罪悪感も何も感じなかった。だから今まで気付かなかった。いや、気付く機会などあるわけがなかった。

 

 何故ならこれまでのハジメの敵は、ハジメにとってどうでもいい相手しかいなかったのだから。

 

 帝国兵から始まり、クラスメイト(清水幸利)闇組織(フリートホーフ)魔人族(カトレア)神の使徒(ノイント)

 ハジメの手によって命を奪われた者達。彼らはそもそもがハジメにとって路肩の石ころ程度の認識でしか無く、敵だろうとそうではなかろうとどうでもいい者達ばかりだった。

 

 初めてだった。信頼する者が自分の前に立ちはだかるという現実が。

 

「知らなかったんだ。エルスに銃を向けるかもしれない。それを考えるだけで、手が震える程怖かった……だから、逃げた」

 

 会おうと思えば何時でも会いに行けた。元々神山にある神代魔法を手に入れる必要がある為、遅かれ早かれ王都には向かわなければならなかった。ミュウをエリセンに送り届ける必要はあったが、ホルアドから王都は距離も離れてないため、そこまで遠回りというわけでも無い。

 しかし、ハジメはそれをしなかった。急ぐ必要は無いと、いずれ分かると問題を先送りにした。その結果が……

 

「エルスは殺されて、死んだ後もその身体を好き勝手に使われて……俺はそんなことに気付かずに……!!」

「それはハジメのせいじゃないよ……!」

 

 香織の話から推測するに、ハジメ達がライセン大迷宮を攻略していた時期には既に恵里の傀儡となっていた可能性が高い。つまり、殺されたのはもっと前になるはずだ。オルクス大迷宮で香織達と再会してから向かったとしても既に手遅れだった。

 

「それでも俺はあいつを疑って……! 信じて帰りを願ってくれていたあいつを信じてやれなくて……!」

「ッ! ハ、ジメ……?」

 

 思わずハジメの正面に回り込んだユエが目を見開いた。

 ハジメが……出会ってから一度たりとも弱さを見せることが無かったハジメが、ぼろぼろと大粒の涙を溢していた。

 初めて見るそんな姿に、ユエは動揺で硬直してしまう。

 

「ああ……失って初めて気付くなんてアニメの中だけだと思ってたけど……違うんだな……」

 

 

 

──俺はエルスのことが好きだったんだ。

 

 

 

 答えを出すのは、ちゃんとその人のことを知ってからでも遅くはないと思った。正面から気持ちを伝えてくれたエルスに、あやふやな想いで答えを返すのは失礼だろうと思った。

 それも結局はただ逃げていただけなのかもしれない。

 

 随分と変わってしまった自分を受け入れてもらえないかもしれない。自分が死んでしまったと早々に受け入れてしまったかもしれない。

 所詮会ってまだ数週間程度の関係だ。幼馴染でもなければ、親友でも無い。思い出と呼べるものも少ない。そんな男のことなどすぐに忘れてしまうかもしれない。

 

 そうなった時、もしエルスへの好意を自覚していれば、きっと自分は耐えられない。エルスの隣に自分以外の男がいることに我慢ならない。

 それならばいっそのこと、最初からそんな想いを抱かなければいい。自分に好意を持っていた少女が別の男と一緒になっただけ。そうやって保険を掛けて自分を守っていただけだった。

 昔と変わらず、臆病な自分に嫌気が差す。

 

「……ユエ。この花、供えてやってくれ」

「え? でもそれはハジメが……」

「今の俺にそんな資格はねぇ。それをするのは、やるべきことを果たしてからだ」

「やるべきこと……? それって……」

 

 

「俺から“大切“を奪った奴らを……一人残らず殺す」

 

 

 困惑するユエに花を押し付けるように渡したハジメは、そのまま背を向けて墓地を出て行ってしまった。

 

「……」

 

 一人取り残されたユエは、その手に持つ花をしばらく見つめた後、エルスの墓標の前にそっと供えた。

 

「……私は、嫌な女だ」

 

 その場にしゃがみこんだユエは一人呟く。

 

「きっと、ハジメの側で支えてあげるのが正しい選択なんだよね。でも、私にはそれが出来ない。その資格が……無い」

 

 

──ねえ、私はこれで良いのかな?

 

 

 その言葉はまるで、死者に語りかけているというよりも、自分自身に問いかけているようだった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 その日の夜。

 

 王宮内の食堂にてハジメ一行は夕食をつついていた。ハジメの様子がおかしいことには誰もが気付いており、その理由も香織から伝えられていたが、ハジメが外面上はいつも通り過ごし、シア達もそれを気遣ってあえて普通に接することでいつもと変わらぬ光景がそこにはあった。

 しかし、その場に光輝達が現れたことで雰囲気が一変した。

 

「大迷宮に連れて行って欲しいだと?」

「ああ! お前についていていけば神代魔法が手に入るんだろ!」

 

 その言葉にハジメは面倒くさそうに眉を潜めた。

 ちらりと香織に視線を送ると、香織はその()()に申し訳無さを浮かべた。

 

 恵里が操るエルスに殺された香織だったが、新たに手に入れた“魂魄魔法“で魂をノイントの肉体に移し替えることで擬似的な蘇生を果たしていた。

 光輝とは自分達がそれぞれ恵里の策略に嵌っていたことを知ったことで一応の和解を果たした。それでもそれが尾を引いているのか、香織は少し光輝に対してまだ余所余所しさが抜けきれていなかった。

 

 大きくため息をついたハジメはあっさりとその申し出を断った。

 神代魔法を手に入れようとするのは構わない。だが、それを自分がわざわざ手助けする理由は無い、と。

 

 尚も言い寄る光輝にいい加減イライラしだしたハジメが武力行使に入りかけたが、結果として雫と鈴の執り成しもあり、次に向かうハルツィナ樹海に限っての同行だけは了承することになった。

 ただし、一つだけ釘を刺しておくことにした。

 

「おい、谷口」

「え!? 鈴!? な、何かな南雲くん」

 

 ハジメから名指しで呼ばれるとは思ってもいなかった鈴が酷く動揺する。

 周りの面々も何故このタイミングで鈴を呼んだのかと首を傾げる。特にクラスメイトの面々はハジメと鈴が特に以前から接点がないことを知っている分その疑問も大きい。

 

「この勇者はどうせ世界を救いたいとかぬかすんだろうな。坂上は何も考えて無くて、八重樫はいつも通りその面倒……ああ、生存率を上げるってのもあるか」

「力があるんだから当たり前だろう!!」

「おい南雲。俺だって少しは考えてんだぜ……」

「面倒は余計よ」

 

 三者三様な答えをハジメはスルーして、鈴に問いかける。

 

「お前は何のために神代魔法が欲しいんだ?」

「な、何って……そんなの」

「世界を守る為とか言うのは却下だぞ。そんな漠然としてるものじゃなくて、お前が本当に望んでいることは何だ?」

「そ、れは……」

 

 ハジメの言葉に鈴は俯いて肩を震わす。

 構図だけ見ればまるでハジメが鈴を虐めているような光景に光輝が止めようとするが、雫がそれを止めた。

 五日前の光景を見ていた雫は、ハジメが何故そんなことを鈴に問いかけたのか理解したからだ。香織の死や恵里の裏切りであやふやになっていたが、思い返せばハジメが鈴に理由を尋ねるのは至極当たり前のことだった。

 

「恵里と、もう一度話がしたくて……」

「……一応言っておくが、中村は俺が殺す。逃しはしない」

「──ッ!?」

 

 その言葉に鈴の表情がサァーと青褪める。

 

「何を驚いてる。お前も俺がそう言うと思ったから言葉に詰まったんだろ?」

「あ……うぅ……」

 

 言葉が見つからず俯く鈴に代わり、光輝がハジメに噛みつく。

 

「おい、南雲! 恵里を殺すってどういうことだ!? 恵里は俺達の仲間だぞ!!」

「まだそんなこと言ってんのか。あいつは五百人にも及ぶ王国の人間を殺したんだぞ? これが地球なら歴史に名前が残るレベルの大罪人だ」

「恵里だって何か理由があったかもしれないじゃないか!!」

「理由があれば何をしてもいいと。なら俺が中村を殺すのも理由があればいいんだな?」

「話をすり替えるな!!」

「……はあ、ならお前は中村を連れ帰った後どうする気だ?」

「え? どうするって……」

 

 突然話が変わったことに光輝は首を傾げる。

 

「あいつを連れ帰ってそれで全部解決と思ってるわけじゃないよな?」

「え? え?」

「殺された五百人の被害者の家族にはどう説明する? まさか、もう反省したので許してあげてください、なんて言うつもりか?」

「いや、それは……」

 

 ハジメの問いかけに言葉が返せない光輝に、香織と雫が顔を顰める。

 これが天之河光輝という人間の思考回路なのだ。悪い奴を倒す。苦しんでいる人を助ける。それは確かに正しい行いなのだろう。だが、その後の影響を全く考えてないのだ。

 

「俺がエルスに暴行を働いたって吹き込まれたときは、俺が死んだのは天罰だ。当然の結果なんだっつったらしいな?」

「ッ! そ、それは……」

「暴行を働いた俺が死んで当然で、五百人も殺したあいつは許すのか? 随分な価値観だな」

「お、おい南雲。光輝も悪気があって言ってるんじゃ──」

「黙れ筋肉馬鹿。悪気がないからタチが悪いんだよ」

 

 流石にフォローの一つでもしようかと龍太郎が前に出るも、ぐうの根も出ない正論にズコズコと下がる。

 

「結局お前はこの国の人間がどうなろうとどうでもいいんだろ?」

「なっ!? そんなことは無い! 俺は本気でこの世界の人達を守りたくて──」

「なら、何でその守りたい人達を殺した奴を倒そうとしない」

 

 光輝が本当にこの世界の人間を救おうとしているのなら、その人達を殺した恵里は神と同じ倒すべき敵のはずなのだ。しかし、光輝はそうしようとは思わない。

 

「所詮お前は周りの親しい奴が無事なら問題ないんだろ。名前も知らない奴が死んだところで、それはお前の物語を盛り上げるモブでしかない。それがお前の本性だ」

「違うっ!!」

 

 言われっぱなしだった光輝だったが、ついに我慢の限界だったのかガタンッと椅子を蹴り飛ばしながら立ち上がり、ハジメに殴りかかる。

 そんな光輝を冷めた目で見つめていたハジメは、正面からヤクザキックで吹き飛ばした。

 

「「光輝!?」」

 

 ガシャーンと机や食器をなぎ倒しながら転がる光輝に慌てて駆け寄る雫と龍太郎。

 痛みに呻く光輝にハジメはゆっくりと近づき、横たわる光輝を見下ろす。光輝からは逆光でハジメの表情が影になり、上手く確認することが出来ない。それが一層恐怖心を煽る。

 

「それと、最後に言っておく。中村は俺から大切なもんを奪った。殺す理由はそれで十分だ」

「……え?」

 

 ハジメの言う“大切“の意味が分からない光輝は呆然と見上げたまま動かない。そんな光輝に興味を失ったのか、ユエ達に「先に戻る」と伝え、ハジメは食堂を後にした。

 

「……ねえ、香織。南雲くんの言う“大切“って」

「うん、エルスのことだよ」

 

 それまでの喧騒が嘘のような静寂が支配する中、雫がおずおずと香織に問いかけると案の定肯定する言葉が返ってくる。

 

「ハジメくん、エルスのことが好きだったから……」

「は? エルスってエルフェウスさんのことだろう!? あの人が南雲の好きな人なのか!?」

 

 香織の言葉に光輝だけでなく、龍太郎や鈴も驚愕する。

 オルクス大迷宮を出た後に、ハジメが香織を振った時の光景は彼らも覚えている。その時は待たせている奴がいると口にしていたハジメだったが、周りにあれだけの美人を連れている様子にてっきりその中の誰かのことなのかと思い込んでいたのだ。

 

「ハジメくん。オルクス大迷宮に入る前にエルスに告白されてたんだ。それに答えを出すまでは他の誰かとそういう関係になるつもりは無いって」

「私達がいくらアピールしても無駄でしたね?」

「うむ、部屋に潜り込むことすら出来なかったの」

 

 シアとティオの補足に、光輝は絶句するしかなかった。

 光輝だって男だ。不純な動機を抱いてはいないが、整った顔立ちの彼女らに思わず目がいったことが無いわけではない。そんな彼女達は誰もがハジメに好意を寄せているが、それらを全て跳ね除けてエルスの告白に返事を返すことを優先した。

 

「ハジメくんはまだ返事は決めてないって言ってたけど、多分恥ずかしがってただけじゃないかな」

「ハジメさんはエルスさんの話をする時は凄い優しそうな顔をするんですよ」

「普段の扱いも良いが、流石の妾も少し羨ましいと感じたのじゃ」

「……………でも」

 

 驚愕に硬直する光輝達の鼓膜を、それまで黙り込んでいたユエの声が震わせる。

 

「エルスは殺された」

 

 ユエの言葉に再び食堂をシンと静寂が包み込む。

 

 ハジメはどんな気持ちだっただろうか。

 自分に好意を寄せる女性に一切振り向かず、ずっと再会を望んでいた少女がとっくに殺されていたと知った時。

 挙げ句の果てに、その遺体を好き勝手に弄られ穢されたことに。

 

 その怒りがどれほどのものだったのか。それはあの日の檜山と恵里への仕打ちが物語っている。きっと恵里のこともあの場で殺したくて仕方がなかったのだろう。

 しかし、僅かに残った理性がそれに歯止めを掛けた。光輝達や王国の人間だけならどうでも良かったが、周りにはユエやシアにティオ。それに愛子や雫も居た。彼女らが危険に晒されるのは避けなくてはならなかった。

 更には殺された香織の蘇生も一分一秒を争う事態だった。あの場でハジメが身を引かざるを得ない程に神の使徒の力は強大だったのだ。

 

「ハジメが許したのならついてくるのは構わない。でも、覚悟はしておいた方が良い」

 

 ユエの忠告に、光輝達は誰も言葉を返せなかった。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。