絶望の物語の作り方   作:羽織の夢

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少女が裏切ったのは

 最初に感じたのは溢れんばかりの歓喜だった。

 

 待ってた。ずっと待ってた。

 この世界を守る為。罪なき人々を救う為。

 これまでたくさんの人達が頑張ってた。それでもダメだった。私もダメだった。

 もう人間がどうにかできるレベルを超えていたんだと思う。

 

 この世界には“神様“が必要だった。

 

 

 次に感じたのは答えの出ない疑問だった。

 

 流れ続ける涙。

 齎される悲劇。

 この世界は不条理で無秩序な現実を突きつけられていた。

 誰もがその日を生きるのに必死で、一寸先すらまともに見えていない。

 遠い未来を見据えるあまり、目の前で苦しむ人を救おうともしない

 いつかは。誰かが。きっと。

 誰もが誰かに縋り、誰かは天に願っていた。

 それなのに……

 

 何で“神様“は皆を救ってくれないの?

 

 

 次に感じたのは深い悲しみだった。

 

 全てが無駄だった。

 全てが偽りだった。

 私が信じていたものは空虚で、愚かで、ちっぽけだった。

 光り輝いていたそれは、金のメッキを貼り付けただけの卑しいハリボテだった。

 世界を守る為。罪なき人々を救う為。

 希望を胸の内に隠し続けながらも願い続けた。

 いつの日か、そんな日が来ることを夢見ていた。

 

 そうして得たものは、取り返しの付かない過ちだった。

 

 

 次第に煮えたぎるような苛立ちが湧き上がってきた。

 

 何でこんな目にあわないといけないんだ。

 私はずっと頑張ってたじゃないか。

 なのに、あいつらは声を張り上げるだけで何もしないじゃないか。

 勝手に期待して、勝手に失望して。

 功労者に与えられるのはいつだって裏切り者の烙印だった。

 失敗が罪というのなら、傍観は罪では無いのか。

 

 私は全てを救わなければならない。

 

 

 しかし……

 

 

 あれらは本当に救わなければならないものなのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────違う。

 

 

 

 私が……お母さんが救おうとしたものがあんなに醜く汚らわしいものである筈が無い。

 信じていたものに裏切られた?

 そうじゃない。そもそも根底から違っていた。

 

 ()()()()()だったのだ。

 

 初めから救うべきものなどこの世界には残ってなかった。

 全ては下等なイレギュラーによって歪められた虚像だった。

 

 

 そうか……だからお母さんは……

 

 

 取り戻さなくてはならない。

 かつての正しい光景を。守るべき者を。

 

 原初の世界を。原初の人類を。

 

 

 その道の先に、きっと私達の求める存在がある。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「無様なものだなイレギュラーよ」

 

 地面に磔にされたまま動けないハジメに向けて、エヒトは笑みを浮かべながら語りかけた。

 魔国ガーランド。その魔城の内部の謁見の間にて、エヒトは自らの器を手に入れることに成功していた。

 

 

 最後の七大迷宮である氷雪洞窟を攻略し、氷竜で脱出したハジメ達を待ち受けていたフリードと恵里を含む神の軍勢。

 呼び込まれた魔城内での戦闘は一時はハジメ達の有利に進んだものの、たった一人の存在によって瞬く間に覆された。

 

 創造神エヒトルジュエ。

 ユエの肉体を奪い復活したかの神の力は底知れず、ハジメ達は手も足も出ずに無力化されてしまった。

 

 

「てめえらだけは……! てめえらだけは絶対に殺してやる!!」

「この状況で良く吠えられるものだ。全ての手札を破壊され、隻腕になった貴様に何が出来る?」

 

 エヒトに向けて殺意を込めた視線を叩きつけるハジメの左腕にある筈の見慣れた義手は今は無い。それどころか、ドンナーもシュラークも、全てのアーティファクトを保管している宝物庫ですら身につけていない。

 ハジメの全戦力はエヒトによって消滅させられてしまった。

 

 戦いではなく、蹂躙。

 理不尽なまでの実力差。圧倒的な戦力差。

 最強の名を欲しいままにしていたハジメの力は、ユエの身体を手に入れたエヒトの足元にも及ばなかった。

 それでもハジメの戦意が尽きることは無かった。

 

 約束したのだ。

 必ず仇を取ると。

 大切な人を奪った女も。

 そいつに助力した神も。

 

(立てよ! 目の前に仇がいるんだぞ!! あいつらを殺すんだろうがッ!!)

 

 ギシリと骨が軋む。ブチッと筋肉が弾ける。

 それでもハジメは抵抗を止めない。

 目の前が真っ赤に染まり……直後、ハジメの身体から紅い魔力が爆発したかのように吹き上がった。

 

 “限界突破“の最終派生──“覇潰“

 

 その力の奔流はエヒトの眷属にして、魔王であるアルヴに匹敵する程の大きさに膨れ上がり、主の降臨に恍惚の表情を浮かべていたアルヴを驚愕させる。

 

「ほう? まだ上がるか。中々やるではないか。流石はお前が見込んだことはあるな、エルフェウスよ。いや、エルスと呼んだ方が良いか?」

「──……は?」

 

 瞬間、空より天使が舞い降りた。

 銀翼で身体を覆っていたそれは、着地と同時にバサリと大きく翼を広げてその容貌を周囲に見せつけた。

 

 目の前のユエの身体を奪い取った男はハジメが絶対に殺すと誓った存在だ。

 帰還の手段を確立させたとしても、彼女の人生をめちゃくちゃにした恵里とその背後にいるエヒトだけは必ず見つけ出し、生きていることを後悔させてやるつもりだった。

 

 それなのに、そのはずだったのに……

 

「な、んで……」

 

 

──何で君が俺の前に立ち塞がるんだ。

 

 

「……………エ、ルス……?」

 

 そこに現れたのは見間違えようも無い。

 恵里によって殺されたエルス・フェウその人だった。

 

 何で。どうして。

 そんな言葉が頭をぐるぐると駆け巡る。

 何故生きている。その姿は何だ。それじゃまるで……

 衝撃に言葉を失うハジメ達をざっと見回した後、エルスはエヒトの前に跪いた。

 

「器の獲得おめでとうございます」

「うむ。お前の働きも中々だった。褒めてやろう」

 

 その身に白を基調としたドレス甲冑を纏い、銀色に輝く一対の翼を生やす姿はまさにハジメ達の知る“神の使徒“の様相そのものだ。

 

「何で、生きて……その姿は……」

「ふふふ、良い表情だイレギュラー」

「ッ!? エヒトてめえ!! 今度はこいつに何をしやがった!!」

「何か勘違いしているようだが、この舞台を整えたのは我ではなくエルフェウスだぞ」

「ふざけるな!! エルスはあの時確かに……!」

「こやつの固有魔法に“分魂“と呼ばれるものがある。これは他者の肉体に自身の魂を分け与え、オリジナルに極めて近いコピー体を造り出すというものだ。下等な人如きでは見分けられない程の精巧なものをな」

 

 ハジメの全身を悪寒が駆け巡る。

 それ以上聞くなと。耳を塞げと理性が訴えかける。

 

「貴様が何故あれだけの憎しみを持ち合わせていたのか。我は知っている。その根源たる理由を、我は知っている」

 

 ガチガチと歯が上手く噛み合わない。

 不自然に視界が明滅を繰り返す。

 あり得ない。そんなことはあってはならない。

 

「愛した者を利用され、さぞ怒りに震えただろう。愛した者を失い、さぞ悲しみに暮れただろう……だが、悲しいかな……」

 

 

 

 

 

───貴様の愛した女(エルフェウス)は、初めから我の下僕(モノ)だ。

 

 

 

 

 

 その一言に、全身が凍るような感覚を覚えた。

 目の前の現実を受け止められず、動悸が激しさを増し、心臓を鷲掴みにされたような錯覚に陥る。

 

「理解できないか? いや、したくないだけか。貴様はそれなりに頭も回る。多少は違和感を覚えた筈だ。死という絶対に避けられない事態に直面するまでは貴様も疑っていた筈だ」

「うそ……だよな、エルス」

 

 絶望の表情でうわ言のようにハジメはエルフェウスに問いかける。

 

「だって、お前は……お前は──」

「黙りなさいイレギュラー」

 

 しかし、その言葉には以前までの温かみは無く。

 

「貴方はただ主様の質問に答えれば良いのです」

「──ッ!?」

 

 その瞳にはハジメに対する好意も悪意も何も無い。ただただ路肩の石ころを見るような無関心が漂っていた。

 ハジメの中でピシリと亀裂が入る音がした。

 

「ふざけるなぁああああああ!!」

 

 その怒号を発したのはハジメでは無い。

 ハジメの後方。同じように倒れていた雫が、震える身体に鞭を打ちながら身体を持ち上げようとしていた。

 

「ほう? 死の恐怖を押し殺したか」

 

 その姿にエヒトが興味深そうに視線を向ける。

 

「ずっと……ずっと私達を騙してたの!?」

「ええ」

「貴女の遺体を埋葬する時、私がどんな思いで……!」

「わざわざご苦労さまです」

「ハジメがどれだけ傷ついたと思って!!」

「そうなるよう私が仕組みましたから」

 

 雫の叫びに、エルフェウスは顔色一つ変えること無く淡々と答えていく。それが余計雫を苛立たせる。

 

「香織は貴女のことをずっと信じてたのよ!!」

 

 エヒトに機能を停止されて意識が無い親友を思って声を荒げるが……

 

「ああ、彼女には私も感謝してますよ? 何とも考え無しで、非常に利用しやすかったです」

「ッ!? 貴女はァアアアアアア!!」

 

 それが限界だった。

 獣のような咆哮を上げながら雫が黒刀を手にエルフェウス目掛けて突貫する。

 

「止せ、雫!!」

「シズシズだめぇえええ!!」

 

 龍太郎と鈴の静止が飛ぶが、既に雫の耳には届いていない。

 抜き放たれた閃光が正確無比な軌道を描きながらエルフェウスの元へ吸い込まれ──

 

「────え」

 

 雫は目を見開く。

 激情に囚われながらも、雫の剣は冷静だった。

 無意識に刃を返した一撃は、その生命を奪わないまでも確実に意識を刈り取る威力を秘めていた。

 しかし、雫の前には何も無かった。まるで初めから何も無かったかのように。視界には虚しく空振る刃だけが映る。

 

「怒りとは、時にその者の力を引き出す撃鉄になり得る感情ですが……」

 

 困惑する雫の背後からその声は聞こえた。

 

「視界が狭まる。判断が鈍るといったデメリットがあります。このように──」

 

 雫の背中に一閃が奔る。

 後を追うように、赤い飛沫が飛び散った。

 

「容易く背後を取られてしまう」

 

 エルフェウスの右手には、血に濡れた大剣が握られていた。

 

「あ、ぐぅッ……!」

「シズシズッ!!」

「下手に動かないほうが良いですよ? 傷が広がれば命の保証は出来ませんので」

 

 倒れ伏す雫を一瞥し、エルフェウスはスタスタとエヒトの元に戻っていく。

 

「何時見ても見事なものだな。“誘導“。また腕を上げたな。我ですら一瞬見失ったぞ?」

「お褒めに預かり光栄でございます。しかし、所詮は子供だましの悪戯ですので」

 

 いつの間にか移動していたエヒトの姿にハジメ達が驚愕する。

 目を離したつもりはなかった。確かに黒刀の刃がエルフェウスに叩き込まれる瞬間を見ていた。

 だが、まるでその光景そのものが幻だったかのように、気づけば雫一人が取り残され、背後には大剣を振り抜いた態勢のエルフェウスとあらぬ場所に移ったエヒトの姿があった。

 

 これがエルフェウスの“誘導“の効力。

 対象が心を乱せば乱すほど幻と現実の境界をあやふやにし、自分に都合の良いように対象の見ている光景を移し替える力。

 斬り掛かった雫はもちろん、ハジメ達が見ていたエヒトとエルフェウスの姿は、そこに居ると勘違いした虚像の姿だった。

 

「今の気分はどうだ、イレギュラー?」

「ッ!?」

 

 ハジメの元に歩み寄ってきたエヒトが、ハジメを見下ろしながら問いかける。

 

「仲間を奪われ、愛する者に裏切られ、どんな気分だ?」

 

 エルフェウスを背後に付かせながら、エヒトはユエの顔で嫌らしい笑みを浮かべている。

 

「我は貴様にとっての仇だったらしいが、今でもそうか?」

 

 エヒトは今、ここ数百年で最高に愉快な気分だった。

 

「未だに我を憎んでいるか? それとも……殺したい奴が増えたか?」

 

 エルフェウスが用意した舞台は想像以上にエヒトにとって甘美なもので。

 

「なあ、教えてくれないか? 今の貴様の気持ちを」

 

 ハジメは今の自分の感情が分からなかった。

 

「何を感じた? 何を思った?」

 

 何度も窮地を乗り越えた。何度も死線を掻い潜った。それはひとえに、たった一人の少女の無念を晴らすためで。

 

「貴様の喜びも、憎しみも、悲しみも、切なさも、恐れも、罪悪も、後悔も……全ては意味の無いものだった」

 

 ハジメは俯いたまま顔を上げない。上げることが出来ない。

 エヒトが仰々しく両手を広げる。

 待ちわびたかいがあった。逃した器を手に入れただけでも僥倖だと言うのに、こんな最高のショーを見られるとは。

 

 人間の心理を利用し、人間の感情を利用し……好意を、悪意を、ありとあらゆるパーツをパズルのように組み合わせて作り出された悲劇の舞台。

 それは人を虫けらにしか思っていないエヒトでは決して作り出せない光景。

 

「ああ、愉快だ。貴様らのあまりの道化振りに愛着すら湧いてくる」

 

 この結末こそが、エルフェウスが脚本した愛する者に裏切られるという絶望の物語。

 

「顔を上げろ、イレギュラー。そして見せてくれ。絶望のどん底に叩き落された無様な男の姿を!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──などでは、無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは誰の口から溢れた言葉だろうか。

 ハジメだったかもしれないし、シアやティオだったかもしれない。それともクラスメイトの誰かか……もしくはエヒトかもしれない。

 

 しかし、声に出さずともこの場に居る全員の心境を代弁していることに変わりはない。

 

 ハジメを見下ろしていたエヒトの視界に一筋の閃光が映り込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『我が主のお望みのままに』

 

 彼女はそう言っていつも従ってきた。

 

 神は彼女にとって絶対の服従を定められた存在。それは組み込まれた真理だった。

 神は彼女とって崇め称えるべき主。それは覆ることのない事実だった。

 神は彼女にとって何者にも変えられない希望。それは魂に紐付けられた約束だった。

 

 故に、彼女が“神“を裏切ることなど絶対にありえない。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 エヒトが奪い取ったユエの胸から真っ白な刃が突き出ている。

 

「何、の……つもりだ……! ()()()()()()!!」

 

 まばゆい光で構築された剣の柄を握りしめ──

 

 

「…………あはっ」

 

 

 彼女は嗤った。

 

 

 

 




>悲報。雫、ご立腹なところを後ろから斬られる。

 なお、被疑者は「襲い掛かられたから思わず手が出た」と供述しており──……

>朗報。エヒト、超ごきげんなところを後ろから刺される。

 なお、被疑者は「背中が予想以上にガラ空きだったからつい」と供述しており──……
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