絶望の物語の作り方   作:羽織の夢

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うたかたの……

「エルフェウス!? 貴様何をしている!!」

 

 成り行きをただ見守っていたアルヴが驚愕に目を見開いた。

 

「あ、なんだかんだこうして直接お話するのは初めてですね。初めまして、エルフェウスです。以後よろしくお願いします」

 

 激情を顕にするアルヴに対して、エルフェウスは動じること無く気さくに返事を返す。

 その行動と言動のちぐはぐさに、目の前の少女に対する不気味さが増すが、主の危機にそれを押し殺して行動を始める。

 

「今すぐエヒト様を解放し──」

「エヒトルジュエの名において命ずる──“動くな“」

 

 しかし、それも一瞬で押さえつけられた。

 助けようとした自らの主による命令によって。

 

「我が主!? 一体何を……!?」

「なっ!? 我は何も……!?」

 

 困惑しながらもアルヴはエヒトに真意を問いかけるが、肝心のエヒト本人も自らの意志に反して“神言“が発動したことに驚愕していた。そして、瞬時にその原因であろう可能性を持つ存在が浮かび上がる。

 

「エルフェウス! 貴様我に何をした!!」

操魄(そうはく)。対象の魂に直接干渉することで意のままに操る魔法です」

「貴様ごときに我が操られるなど……!!」

「もちろん本来は難しいですが、今は別です。貴方は新たな器を得ましたが、完全に取り込めたわけじゃ無い」

 

 いくらエヒトと言えども他者の肉体を完全に自らのものとするには僅かでも時間を有する。それがユエともなれば特に顕著だ。

 その肉体にユエの魂が混在している限り、エヒトの魂も完全に肉体に癒着することは無く、非常に不安定な状態であると言える。

 

 その僅かな揺らぎさえあれば、エルフェウスが付け入ることは容易だった。

 

「だから今なんですよ。神域じゃ私が不利ですから、絶対の安全地帯を出てくるこの時を待ってたんです」

「戯言を!! 肉体を得た我が貴様程度に抑え込まれるわけが……!!」

 

 歯を食いしばりながら拳を握り込むエヒトだったが、その身体はピクリとも動くことは無い。完全にエルフェウスに支配されている証拠だった。

 

「どういうつもりだ、エルフェウス!!」

「……」

「貴様の働きに相応しい地位を与えた! それ見合う恩赦を与えた! 何故我を裏切った!!」

 

 この状況。エルフェウスが自らに矛を向けたことはもはや疑いようも無い事実だった。

 だからこそ分からない。自分が嵌められたという状況を理解できない。

 

「裏切った? 先に裏切ったのは貴方の方でしょう?」

「何を……!?」

「……“神様“に仕えられることは私の誇りでした」

 

 幼い頃から周囲に何度も聞かされていた。この世界を生み出した、創造神エヒト。

 人類に救いの手を差し伸べ、祝福を与えてる唯一神にして絶対神。

 

「お母さんが本当に神に反逆したのなら、娘である私を助けるわけがない。ましてや、神の使いに選ばれる筈が無い。そう思いました」

「ッ!? 貴様まさか覚えて……!?」

 

 記憶を全て失ったと思っていたエルフェウスが自身の母のことを覚えていることを知り、エヒトはエルフェウスの目的をようやく理解した。

 

 エルフェウスは、母の仇を討とうとしているのだと。

 

(どこまでも我の邪魔をするか、ミルザム・バーンッ!!)

 

 やはり娘も早々に始末しておくべきだったかと歯噛みするが……

 

「ああ、もしかして私がお母さんの仇を取ろうとしてるって思ってます? 違いますよ? まあ、全くその気持ちが無いと言ったら嘘になるんですが……」

「……何だと?」

「私の存在理由はこの世界の平穏。それが私に与えられた役目で、お母さんから受け継いだ誓いです。神様に仕えることで、いずれその願いを叶えられると思った」

 

 だから従った。

 周囲に合わせ、従順で、恭順な神の使徒を演じることにした。それが神が求める姿だと思ったから。

 感情は要らない。自我は要らない。ただただ神の言葉を忠実に果たす。たとえ誰かを傷つけることになったとしても構わなかった。その先に世界の平穏があると信じていたから。

 

「……でも、貴方は神様じゃなかった」

 

 信じていたモノは神と言う高雅な存在などではなく、偽りの信仰によって力を得ただけの醜い人間だった。

 

「その時の私の気持ちが分かりますか? 私が自分を殺して貴方の為に動いていた全てが無駄だったと気付いた気持ちが。仕える存在こそが平穏を乱す根源だと気付いた気持ちが」

「ふざけるなァアア!! 我こそがこのトータスに君臨する創造神エヒトルジュエだぞ!! この世界の全ては我の為にあり、虫けら如きが我の為に死ねることは誇りに思うべきものだ!! アルヴヘイト!! 何時まで寝ている!! 早くこいつを殺せ!! フリード! 恵里! 貴様らも何を呆けておる!!」

 

 その言葉にそれまで呆然と状況を眺めていることしか出来なかったフリードと恵里がびくりと肩を揺らす。

 困惑は残るが、自らの目的の為にエヒトに死なれては困る二人はすぐに遅れて戦闘態勢に入る。続いてアルヴヘイトもエヒトによる“神言“で動くことこそ叶わないが、空を見上げてそこに浮遊する他の神の使徒に命令を下す。

 

「殺れ! 我らが主に狼藉を働く愚か者を殺せぇええええ!!」

 

 アルヴの怒号に神の使徒達は両手に持った双大剣を振り上げ──

 

 地上に向けて投擲した。

 

 

「───へ?」

 

 

 ズドドドドッ!!という轟音と共に凄まじい衝撃が巻き起こり、砂塵が辺りを埋め尽くす。

 

 しばらくして砂塵が晴れていくと、そこには数多の大剣で滅多刺しにされたアルヴの姿があった。

 

「貴様、ら……何を……」

 

 ゴポリと大量の血を吐き出しながらアルヴが呆然としながら呟く。

 すぐさま傷が回復しようとするも、追い打ちを掛けるように空から神の使徒達が舞い降り、アルヴに突き刺さる大剣の柄を握る。すると彼女らを介して“分解“が発動し、徐々にアルヴの肉体を粒子状に粉々にしていく。

 

 いくらアルヴがエヒトの眷属として高い生命力と吸血鬼の王族のスペックを持つ肉体を併せ持っていたとしても、身動き出来ない状態で数人の神の使徒からゼロ距離で“分解“を撃たれれば為す術も無かった。

 その光景を見ていたエルフェウスが小さくため息をつきながら語りだす。

 

「私が何も考えずに単身乗り込んでくるとでも思ってたんですか? 相変わらず頭が足りないですね。どれだけ長い時間があったと思ってるんです? 戦力を削るのは戦いの鉄則でしょうに」

 

 歴代最強とまで呼ばれた“魂魄魔法“のエキスパートであったミルザム・バーン。彼女の才能をエルフェウスも余すこと無く受け継いでいる。それどころか数千年にも及ぶ歳月が彼女を母親を超える“魂魄魔法“の使い手へと昇華させていた。意志なき人形を操るなど彼女には朝飯前だった。

 

「ヒッ!? やめろ!! 私を誰だと思ってる!! エヒトルジュエ様の眷属、アルヴヘイトだぞ!!」

 

 ジワジワ肉体が消えていく恐怖にアルヴが悲鳴を上げるが、神の使徒がその手を緩めることはしない。

 

「フリード!! 私を助けろ!! 私は貴様らの王だぞ! 神だぞ!! 私の為にその命を尽くすことが貴様らの役目だろうがッ!! この役立たず共がァアアアア!!」

「──ッ!!」

 

 アルヴの自分達を軽視する発言にフリードが一瞬動揺するも、浮かんだ考えを揉み消すように頭を振り、アルヴ救出の為に飛び出す……が、その前に他の神の使徒達が立ちふさがり足を止めざるを得なくなる。

 そもそも神の使徒一体がフリードに匹敵する力を持ち合わせているのだ。それが複数人いるとなれば、フリードにはどうすることも出来ない。

 

 その後ろで光輝の背中に庇われている恵里も同様だ。

 あそこに恵里と光輝が向かったとて、羽虫のように薙ぎ払われるのが関の山だろう。恵里からすれば、光輝が遺体すら残さず消し飛ばされる事態になったら目も当てられない。

 

「ああ、やめろ! やめろぉおおお!! エヒト様! 助けて! エヒト様ぁあああ──……」

 

 フリード達が役に立たないことを悟ったアルヴがエヒトに助けを求めるも、エルフェウスに捕縛されているエヒトには背中越しにその叫びを聞くことしか出来ない。アルヴは自らの主に目を向けられることも無く、跡形もなく消滅した。

 

「死んじゃいましたねぇ、アルヴヘイト様。神を自称するくせに情けなく助けてぇって……傑作でしたね?」

「き、さまぁああ!!」

「さ、種明かしも終わったことですし……こっちも終わらせましょうか」

 

 それだけ告げると、エルフェウスが光剣を握る手にぐっと力を込める。

 すると、全身から力が抜けるような倦怠感がエヒトを襲い始める。

 

「な、にを……!?」

「そのまま殺しちゃうのは勿体ないので、その力だけは頂こうかと」

 

 エヒトの魂に紐付けられる力。その根幹である人間の信仰心を力に変換する術式。

 それをエルフェウスはエヒトの魂から凄まじい勢いで吸い取っていく。

 

「ふざけるなッ!! これは我の力だ! 我だけのものだ!! 貴様などに……!」

「必要なのは力だけなので、空っぽになった魂はポイしちゃいますね?」

 

 体内から魔力が吸い取られていく感覚を味わいながら、次第にエヒトの視界が霞み始める。

 

(ありえん!! こんなことが……こんなことが……!?)

 

 予想以上のエルフェウスの力に内心で戦慄していると、ふと違和感に気付いた。

 いくら器への憑依が完全で無くとも、エヒトの力は全盛期に程近いと言っても良い。それをこれほど容易く抑え込むそのカラクリに。

 

「ま、さか……()()()……!!」

「ようやく気付いたんですか。相変わらず無能ですねぇ………」

 

 

 

──いいからさっさと死ねよ。

 

 

 

 声に力が無くなっていくエヒトを尻目に、エルフェウスはユエの肉体から光剣を無理矢理引き抜いた。

 ユエの身体から吹き出した光の粒子がエルフェウスへと吸い込まれていき、支えを失ったユエの身体がその場に崩れ落ちる。

 

「「ユエ!!」」

「ユエさん!!」

 

 その様子に眺めるだけしか出来なかったハジメとシア、ティオが声を上げる。

 

「安心してください。この子には傷ひとつありませんよ」

 

 笑みを浮かべながらそう告げ、ユエから距離を取るエルフェウスを一瞥した後、ハジメとシアがユエの元に駆け寄る。ティオは万が一に備えて何時でもエルフェウスに対処できる位置で止まった。

 ハジメがユエの身体を抱き起こして脈や意識を確認する。意識は戻っていないが、脈は安定し、エルフェウスの光剣が突き刺さっていた箇所も傷ひとつ付いていなかった。

 その事実に二人でほっと息を吐く。

 

「良かった……無事で良かったですぅ」

「ああ、本当にな」

 

 泣き崩れるシアにユエを預けたハジメは、少し離れた位置でうんうんと唸っているエルフェウスに近づいていく。

 

「えーと……この術式がこうなって……ここがこうで……ああもうややこしい!! エヒトって絶対天才肌ですよね! もうちょっと整理出来るでしょうが!!」

 

 一人でブツブツ呟いていたと思ったら突如頭を抱えながら叫ぶ光景は中々異様だが、ハジメは構うことなく話しかけた。

 

「なあ、エルス……なんだよな? 本当に……」

「ん? 何ですか? 少し会わないだけで私のことを忘れたんですか? この健気で儚い超絶美少女のエルスちゃんのことを」

「ああ、うん。今ので確信したわ。その面倒くさい感じは間違いなくエルスだわ」

 

 それまでの言動の冷たさは嘘のように無くなり、かつてのようなやり取りにハジメは疲れたようにため息をついた。

 

「……なあ、説明してくれ」

 

 エルフェウスがエヒトの仲間という線は既に消えた。そのエヒトを今目の前で殺したのがエルフェウスなのだ。それは疑いようも無い。エルフェウスの姿から彼女が神の使徒であることは間違いない。単純に考えるなら、エヒトを殺す為にエヒトの下僕を演じ続けていた、ということだろう。

 

 同時に、ある考えが自ずと浮かび上がってしまう。

 

(なら、俺との関係も作り物だったのか……?)

 

 エヒトを油断させるための演技を続けていたというのなら、自分と過ごした短いながらも充実した時間も演技だったのか。

 ただエヒトを殺すための機会を生み出すためだけの必要過程だったのか。

 あの告白は真実だったのか。それとも……

 自分というイレギュラーを生み出すためだけのブラフでは無いのか……と。

 

「ハジメ様」

「うおっ!! な、何だよ!?」

 

 そんな考えがぐるぐると頭を駆け巡り、ハジメが言葉にするのに躊躇っていると、ぐいっとエルフェウスが顔を寄せてきた。

 

「エルスというのは偽名なので、次からはエルフェウスでお願いします」

「……え? あ、ああ、分かった……って、そうじゃなくて!!」

 

 何を言うのかと思えばそんな的外れなことを告げてくるエルフェウスに一瞬納得しかけたハジメだったが、そうじゃないと首を振る。

 

「一体何がどうなってるか説明してくれよエルス」

「エルフェウス」

「いや、それは後でいいから──」

「エ・ル・フェ・ウ・ス」

「……説明してくれエルフェウス」

「んふふ〜、そんなに言うなら仕方がありませんね!」

 

 そうだこういう奴だった。と諦めつつ名前を呼んだハジメに、エルフェウスは上機嫌に説明を始める。

 

 エルフェウスの話をまとめると──

 

 1.エヒトを殺すには神域から引きずり降ろさなくてはならなかった。

 2.その為にはエヒトを宿す器を──ユエを解放しなくてはならない。

 3.よってハジメにめちゃくちゃ頑張ってもらうことにした。

 

「……おい、3が雑過ぎないか?」

 

 というか、エルフェウスが神の使徒になった経緯や、ユエの封印場所を知っていた理由などが諸々省かれていた。

 この女、説明する気ないな? とその場で話を聞いていた全員の心の声が一致する。

 

「まあまあ、結果オーライということで!!」

 

 自分達がどれほど危険な目にあったのか知らないわけでは無いだろうに、なあなあで済ませようとするエルフェウスに全員がイラッとするが、エヒトの力を思い知った今となってはエルフェウスもそれだけ危ない橋を渡っていたことが容易に推察できる。

 どのみちエルフェウスの存在が無ければ、ユエを奪われ、ここにいる全員がエヒトによって殺されていたことだろう。命の恩人でもあるが故に言い返しづらい。

 

「というか、私は斬られてるんだけど……」

「はっ! シズシズ大丈夫!?」

「そうだった! おい大丈夫か!?」

 

 何とも言えない空気が漂う中、雫が恨みがましい視線をエルフェウスに向けると、雫の状態を思い出した鈴と龍太郎が慌てて雫に駆け寄っていく。

 

「仕方がないじゃないですか。あの時の私はエヒトの従順な下僕だったんですから。それに、もう治ってると思いますよ?」

「え?……あっ」

 

 その言葉に雫が斬られた背中に恐る恐る手を這わせると、べったりと血が付着するが、傷がほとんど塞がっていることに気づく。

 

「再生斬りって言うんでしたっけ? この斬り方だとすぐ癒着するんですよ」

「貴女はどこの剣聖よ」

 

 どうやら“分解“によって細胞を傷つけずに分断させたらしく、癒着もそれだけ早いらしい。純粋な剣技では無いが、剣士の極地とも呼べる技術に雫の頬が引き攣る。

 

 それまでの緊張感はどこへやら。

 どっと疲れがのしかかって来たハジメは大きくため息をつきながら周囲を見回した。

 

 全員がボロボロだが、今すぐ命に関わる程のものではない。神の使徒達は完全にエルフェウスの管理下になっているようで襲いかかってくる様子は無く、フリードや恵里と操られている光輝はその神の使徒達に囲まれ身動きが取れなくなっている。

 

 その立役者である少女へと視線を向けると、再び頭を抱えて唸っている姿が見えた。

 何とも締まらない姿だが、これで決着だろう。

 

「うー、情報量ハンパない。頭ぐるぐるします」

「さっきからお前は何をしてんだよ」

「エヒトの力を奪い取ったは良いんですが、私の天才的な頭脳を持ってしても処理に時間が掛かるんですよ」

「そりゃお前、あの馬鹿みたいな魔力をいきなり取り込めば嫌でもそうなるだろ」

「ふんっ、今に見ていて下さい。私にかかればこの程度お茶の子さいさい……」

 

 だからだろうか。命の危機が去った脱力感からか、エルフェウスから漂う空気に当てられたせいか、珍しくハジメも彼女に乗って軽口を叩いていた。

 

「何だよ、その力で世界でも滅ぼそうってのか?」

 

 ほんの冗談のつもりだった。

 敵が居なくなった今、そこまで苦労してエヒトの力を取り込む必要はないだろう、と。

 あれ程の力を手にして今度はどんな馬鹿馬鹿しいことを考えているんだ、と。

 

 

 からかい混じりで問いかけただけのつもりだった。

 

 

「え、よく分かりましたね。その通りですけど?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「─────え?」」」

 

 

 

 この時、誰もが勘違いをしていた。

 戦いは終わった。

 全ての争いの元凶は絶たれた。

 そう判断していた。

 

 

 

 

───否。

 

 

 

 

 

 何も終わってなどいない。

 

 

 

 

「……よしっと! じゃ、世界を平和に導くために。輝かしい未来を築き上げる為に……」

 

 

 

 

 今この瞬間、始まったのだ。

 

 

 

 

「一旦人類、滅びましょう」

 

 

 

 




>原作ラスボス倒してからが本番。

 自分の作品はエヒト撃破が通過点になりがちな気がする。

>ゲイン・ロス効果。

 一度落としてから上げると好かれやすいという心理。ちなみに上げてから落とすと嫌われやすいらしい。
 なのでこの作品では一歩先へ行く為に、上げて落として上げて落として上げて落として……あれ、頭が痛くなってきたよ。

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