「何を、言って……?」
「何をって、ハジメ様から言ったんじゃないですか」
驚愕、というよりも言葉の意味が分からず呆然としながら聞き直すハジメに、エルフェウスは首を傾げながら言葉を続けた。
「滅ぼす? 人類を? 冗談もいい加減に──」
「いやだからマジですって。本気と書いてマジです」
エルフェウスの表情からはこちらを害するような悪意や敵意といったものを感じない、しかし同時に虚言や戯言を言っているようにも見えなかった。
「……意味分かんねぇよ。お前の目的はエヒトを殺すことだったんだろ。じゃあもう達成したじゃねぇか。何で人類を滅ぼす必要がある」
「半分正解ですね。正しくは
「完全な、抹消……?」
周囲の人々をぐるりと見回したエルフェウスは悲しそうに目尻を下げ肩を落とした。
「エヒトの力を宿してハッキリしました。私の仮説は正しかったと……知っていますか? 元々トータスの人々に種族などという区別は存在しなかったんです。魔人族も亜人族も竜人族も存在しない。全て『人間』という枠組みで統一されていました」
「──なっ!? それはどういうことだ!?」
神の使徒に囲まれ身動きの取れなかったフリードが声を荒らげた。
自分の種族が存在しなかったと言われればその反応も仕方がないだろう。シアやティオも声こそ上げなかったが目を見開いて驚きをあらわにしている。
「エヒトが作ったんですよ。自らの器を生み出す為に」
莫大な魔力との親和性を高める為に魔人族を。
崩壊することの無い強靭な肉体を得る為に亜人族を。
その合作として竜人族と吸血鬼族を作った。
「……では、元々この世界には人間族しか存在しなかったとでも言うのか」
「いえ、人間族も見た目や能力に変化はありませんが、彼らも作られた存在です」
他の種族に比べれば目立った特徴が無い人間族も、能力の上限を取り除き、際限なく上げ続ければ凡夫から万能な器になるのではないかと考えたエヒトによって生み出された存在だった。
「つまり、この世界に『人間』は既に存在しないんですよ」
数万年にも及ぶ歳月がトータスから原初の『人間』を絶滅させ、世界の在り方を歪ませた。
「人間族も、魔人族も、亜人族も、竜人族も、吸血鬼族も。そしてこの世界に住まう魔物や動植物全て……エヒトによって生み出された
「だから、滅ぼすと……!」
「この世界はエヒトによって狂わされた。だからこそ、欠片もその存在を残しておくわけにはいきません」
だから滅ぼすんだと告げるエルフェウスに全員が絶句する。
そんな中、一人冷静に状況を見定めていたティオが声を上げた。
「お主の主張は分かったのじゃ。しかし、それでは神の使徒であるお主らも同様ではないのか?」
「もちろんです。果たすべき使命が終われば、私達の存在も抹消します」
「では、この世界から完全に生物が居なくなることになるの。お主は言ったな? 世界を平和に導く為に。輝かしい未来を築き上げる為に、と。お主のそれが平和な未来へと繋がるとは妾は到底思えん」
人が居なければ争いは起こらないし、悲しみや憎しみは生み出されない。だが、人類どころか全ての生き物が居なくなってしまえば、世界は崩壊の一手を辿るだろう。それでは本末転倒だ。
「平和とは、未来とは、それを享受する者が居て初めて成り立つもの。お主のそれはただの独りよがりに過ぎん」
堂々と言いきったティオに周りの者が目を見開いて驚愕する。特にティオの残念な部分しか知らない面々は声に出さなくとも「誰だお前」と顔にありありと書かれている。
「そんなこと言われなくても分かってますよ。だから言ったじゃないですか。
「……何じゃと?」
まるで聞き分けの無い子供に言い聞かせるようにエルフェウスは語る。
「この世界の『人間』は間違えた。数万年以上前から致命的な間違いを犯した。多くの犠牲を払いながら、得たものは何の得にもならない仮初のハリボテだった。既に世界と言う名のキャンパスは真っ黒に染まってしまったんです。白く戻すには一度破り捨てて、新しいキャンパスを用意するしかない」
「さっきから何を言って……」
「生み直すんですよ。一から……『人間』を」
数秒、時が止まった。
誰もが意味をすぐに理解できなかった。
彼女のやろうとしていることはすなわち新たな人類の創造。それは“神“にしか許されない御業だ。
「……神にでもなるつもりか?」
「まさか! 私はあくまで今の世界の代弁者。内側から滲み出る葛藤や想いを汲み取るための機構の一つに過ぎません」
「人類創造。それは人では決して踏み込むことが出来ない領域じゃ。たとえエヒトの力を奪ったとしてもな」
「道理ですね。人である以上、いき過ぎた野心は薄汚れた欲望に飲み込まれるのが必然。だからこそ、私達にはそれを正す神様が必要なんです」
「……神様、か。ならば今この瞬間も優雅に妾達を見下ろす神様とやらに願ってみるかの?」
そう言いながら天井を見上げるティオに対して、エルフェウスは反対に床をつま先でコツコツと叩く。
「神とは必ずしも天に存在するとは限りません。それは貴方達の固定観念が生み出したもの。神とは『
トータスのみならず、多くの世界にとって“神“とは唯一絶対の個を表す。
しかし、エルフェウスはこの考えに異を唱える。
仮にトータスを生み出した神が存在するとして、それならば何故エヒトの蛮行を神は黙認しているんだと。個としての意志を持ち合わせているのなら、自身の箱庭を悪戯に汚されることに対してのリアクションが無さすぎると。
考えて考えて考えて……そして一つの結論に至った。
それすなわち、“神“とは個を表す言葉ではないのだと。
世界中の人々の意志を汲み取り、より良い方向へと向かう軌道を生み出す流れの因子。
人の感情を秤に乗せることで物事を裁定する人類の意思決定機構。
その秤がエヒトという異分子が混ざり込んだせいでバランスを崩してしまっている。
エヒトへの強い信仰心は人々の意志を大きく捻じ曲げてしまった。因子の流れが淀み、腐り、正常な判決を下せなくなってしまった。だからこそ……
「一度リセットする必要がある。この世界の意志を再び一つに統合させる為に」
「馬鹿を言うな! そのような現実味もない計画を本気で実行しようとしておるのか!!」
仮にだ。仮にそれで神と呼ばれる存在が誕生したとしよう。だが、果たしてその神とやらが本当に人類を創造すると言い切れるだろうか。
「お主の言っていることは突拍子もない狂気の沙汰じゃ! お主の言う神とやらが間違った選択をしないとどうして言い切れる!!」
「何が正義で何が悪なのか。それは所詮、個人の解釈の違いでしかありません。それに判決を下すのが神の役割であり、神の判決こそが、『人間』の総意なのです」
「〜〜っ!! これ以上の問答は最早無意味のようじゃな。ならば力ずくで止めるのみ!!』
硬直から戻らない周囲の面々を置いて、竜へと姿を変えたティオはエルフェウスへと飛び出した。
自分がやらなくてはならない。ティオは内心そう考えていた。
ハジメがどれだけエルフェウスを想っていたかはよく知っている。だからこそ、その役目を任せたくは無かった。
ハジメは自身の敵となった者には決して容赦しない。それは近くでよく見てきたティオ自身がよく分かっている。そして、恐らくエルフェウスは言葉で止まることはないだろうということも今の問答で良く分かった。
自分達よりも遥か古代から彼女は試行錯誤を繰り返したのだろう。その果てに行き着いたのが人類滅亡。馬鹿馬鹿しくも命に変えても譲らないという信念を感じた。
同時に、エルフェウスを止めるには──もう殺すしか道はないことも察した。
だからこそ、自分がその役目を担う。例えそれでハジメに恨まれようが構わなかった。もしハジメにエルフェウスの介錯を任せてしまえば、きっと彼は二度と元には戻れないと彼女の本能が告げていた。
(頼む! どうかここで終わってくれ! これ以上、ご主人様が壊れてしまう前に……!)
そんな一人の
「──“壊劫“」
『ぐぅううう!! これ、は……重力魔法じゃと……!!』
神代魔法を会得したことで強化された自身の身体がピクリとも動かない。まるで地に縫い付けられたのかと錯覚するような重圧は、まさに魔法の麒麟児であるユエに匹敵する練度だ。
「……おい」
「……何、してるんですか……」
いくら手傷を負っているとは言え、竜と化したティオをあっさりと押さえつける力にほとんどの者が驚愕する中、下手人の姿を捉えたハジメとシアが言葉を失った。
「やっほー、久しぶりだね二人共」
空から聞こえた声に全員がばっと上を見上げた。
ゆっくりと降下してきたのは甲冑を纏った全長20メートルはある騎士人形だった。
その姿を二人は知っている。
その声を二人は覚えている。
「何で……何でてめぇがそっちに居るんだ!!
神に反旗を翻した解放者のリーダー、ミレディ・ライセンがエルフェウスに隣に現れた。
そのゴーレムの姿をじっと見つめていたエルフェウスは次第に面白そうに笑みを浮かべた。
「へぇ、貴女は
「……文句でもあるの?」
「いえ? 歓迎しますよ。昨日の敵は今日の友って言いますし」
裏切りはしたものの、神の使徒として長年エヒトに仕えてきたエルフェウス。
反逆者として汚名を着せられながらも、身体を捨ててまで神に抵抗を続けたミレディ。
その二人が隣り合って肩を並べるというあり得ない光景に二人は言葉を失う。
「やあやあ、黙り込んじゃってどうしたのさ! 皆のアイドル、ミレディちゃんだよ? もっとキャーキャー騒いでいいんだよ?」
「ふ、ふざけないで下さい!! どうしてミレディがそちらに居るんですか!! 貴女はエヒト打倒の為に──」
「うん、そうだね。でも、もうエヒト死んじゃったし。お礼に殺してくれたこいつの手伝いの一つでもしてあげようかなってね」
「何言ってるんですか!? その人は人類を滅ぼそうとしてるんですよ!!」
「そうらしいね……で? 何か勘違いしてるみたいだけど、人類が滅びようとも私はどうでもいいよ」
「「「なっ!?」」」
その言葉はハジメやシアだけでなく、その場に居た全員を驚愕させた。
ハジメやシアは言わずもがな、ティオや雫達もユエを含めた三人からミレディのことをある程度のことは聞いていた
かつて反逆者という汚名を着せられながらも、エヒト討伐の為に立ち上がった解放者。そのリーダーであり、数千年もの間をゴーレムの肉体で生き続けてきた生きる英雄。
その口から語られたのは、人類に対する無関心だった。
「いや、そりゃそうでしょ。最初こそ世界の為とか人類の為とか思ってたよ。でもさ、私の守りたかった世界も人も、もう居ないんだよね。それにさ、普通自分達を迫害した連中を助けたいと思う?」
「そ、れは……」
言葉にされて改めて気付く。
ミレディ達はエヒトに戦いを挑むも、殺すどころか目の前に辿り着くことすら出来なかった。それはひとえにエヒトによって良いように利用された人々が原因だ。
操られていたから仕方がない。そう断言できるのは、それこそ聖人君子くらいなものだろう。
「別に滅ぼしたいとか仕返ししたいとか思ってるわけじゃないよ。でもさ、わざわざ助けようとも思ってないんだ。私はあのクソ野郎さえ殺せたならどうでもいいんだよ」
ミレディに人類をどうこうしようとする意志は無い。しかし、仲間の仇を討ってくれる形となったエルフェウスがそれを望んでいる。彼女はただそれを手助けするだけ。
エヒトの力を手にしたエルフェウスだけでなく、解放者一人のミレディまで敵に回るという最悪の状況。誰もが状況を理解できず行動に移せないでいる中、たった一人だけ動き出した男が居た。
「──“緋槍“!!」
突如出現する渦巻く炎の槍。その発生源に居たのはこの場で唯一の魔人族、フリード・バクアー。
エルフェウスの視線がティオ達に向いている最中、密かに詠唱を済ませたフリードはミレディの出現で完全に自身への警戒が外れた瞬間に魔法を発動させた。
紅蓮の炎を纏った紅き槍は、音を置き去りにしながら対象へと突き進んでいく。
その狙いを悟ったハジメが声を上げた。
「避けろシアッ!!」
「──ぐっ!?」
炎槍の向かう先はエルフェウスとミレディ──では無く、ユエを庇いながらもミレディの真実に硬直するシアであった。
ハジメの言葉にはっとしたシアは、ユエを抱きかかえながら転がるように横に飛び出した。一瞬遅れ、“緋槍“がシアの頬を掠め、その熱量に思わず顔を歪ませる。
「いきなり何をするんですか!!」
いくら敵同士と言えどもこのタイミングで攻撃を仕掛けてきたフリードにシアが憤慨するが、何よりも彼女が怒りをあらわにしている理由が……
「今、ユエさんを狙いましたね!!」
放たれた“緋槍“の狙いがユエであったことだろう。
「黙れ! 邪魔をするな!!」
「今はそれどころでは無いでしょう!! あちらをどうにかしなければ貴方達だって──」
「
即座に否定するフリードにシアが訝しげに眉を潜める。
この時、フリードはこの場に居る者の中でもっとも冷静であった。
元々エルフェウスとミレディと繋がりが無かったからという理由もあるが、何よりも彼を冷静にさせた要因はアルヴの死であった。
仕える主をエルフェウスに殺されたフリードはそのことに怒りを感じるどころか、頭の中の霧が晴れていくような爽快感を感じていた。まるで長年自分を雁字搦めにしていた鎖から解き放たれたかのような開放感だった。
だからこそ、魔人族が元々存在しなかったという事実には困惑したものの、水面下で反撃の糸口を探る程度の冷静さを取り戻していたのだ。
だが、その場にミレディが現れたことで状況は一変した。
フリードは悟ったのだ。自分一人ではもうどうすることも出来ないと。
自身では手も足も出ない強者が二人。戦って勝利する可能性は万に一つも無くなった、と。
だからこそ、卑怯と理解しつつも躊躇いはなかった。
なぜ王国で接触してきた彼女がエヒトに敵対するのか疑問ではあったが、今となってようやく腑に落ちた。彼女はエヒトではなく、エルフェウスについていたのだと。故に……
エルフェウス達がそれだけで止まる可能性は著しく低いが、もうそのような博打でしか魔人族が生き残る術は残っていなかった。
その判断は半分正解。半分失敗であった。
単純にエルフェウスとフリードでは持ちうる戦力が違いすぎる。フリードどころか、魔人族全員が束になったところで彼女は歯牙にもかけないだろう。その手が通用するかは置いておいて、正面からぶつからなかったのはある意味正解ではあった。
しかし、その判断をハジメ達が居る前で下すのは間違いであった。なぜならば、フリードにとってはどうでも良い存在であったとしても、彼らにとって苦楽を共にした大切な仲間だったのだから。
「いいかよく聞け!! その女は──」
声を張り上げるフリードを見て、ミレディは目を伏せた。
(そっか。彼は知ってるんだね)
数ヶ月前、ようやく待ち望んだ迷宮への挑戦者が現れた。
四苦八苦しながらも、自分が作り上げたトラップを乗り越え、ついに自身すら打倒してみせた次代の子供達。まだまだ拙い部分もあるが、仲間達の残した試練を乗り越えていけば……彼らならもしかして……本気でそう信じていた。
確かにエヒトを殺すという悲願は果たされた。
だが、世界の終焉もまた避けられないものだと理解した。
もし、エルフェウスがエヒトのように自身の快楽の為だけに人類を滅ぼそうとしているのなら、ミレディも最後まで抗う道を選んだかもしれない。だが、エルフェウスの目的を聞き、ある危険性に気付いた今となっては、それを受け入れることが訪れる未来で一番マシだと理解してしまった。
無論、この選択が最善だとは思わない。それどころか最低最悪な部類に当たるだろう。それでも従うしか道は無い。下手に抵抗して万が一
悲壮感に目を伏せていたミレディは徐ろに一人の少女に目を向けた。
それでも、彼女は違う。彼女は自分とは根本的に何か違う理由を持っている。それが何なのかまでは分からないが……
(君は今までどんな気持ちだったんだい? 彼らと笑い合っていた姿は嘘だったのかい? ねえ──)
「その女は奴らの仲間だ!!」
(──
───ごめんね。
>ミレディ戦での伏線回収。
エルフェウス「ユエちゃんは最初からこっち側ですよ?」
ミレディの中では、エヒト打倒の為に力を託した者の中に神側の息のかかった存在が居て、今もハジメ達と行動を共にしている時点で詰み。なんなら一番適性があるのがユエだった分ショックが大きかった。
>ある日の魔人城でのやり取り。
フリード「アルヴ様、人間族に与する女がアルヴ様の正体を知っている素振りを見せました。奴は一体……」
アルヴ「……(ああ、恐らくエルフェウスのことか)問題ない。奴は我らの下僕だ。貴様は知らぬ存ぜぬで通しておけ」
フリード「はっ!(なるほど。神代魔法を集める危険分子を何故放置するのか疑問だったが、あのユエと呼ばれていた少女を送り込むことで手は打っていたというわけか)」
少しネタバラシすると、ユエはエルフェウスと関係があった。で、エルフェウスは“魂魄魔法“の使い手。十八番は“誘導“。
>ミレディとユエ
前回の話の時点で「これ、ハジメ勝てるのか?」という感想をいくつか頂きました。それを見ながら「やべぇ、もっと難易度上げるつもりなんだけど……」とドキドキしてました。
難易度:ベリーハード→ルナティック