「お腹……空いたな」
真っ暗な部屋の中心で、水晶に囚われた私は一人呟いた。
ここに封じられてどのくらいの時間がたっただろうか。光一つない移り映えの無い景色は感覚を狂わせ、時間という概念を感じることが出来なかった。
ある日、突然信頼していた叔父に裏切られた。
反撃しようと思えばいくらでも出来た。でも、優しかった叔父に裏切られたショックで思考が回らず、呆然と流れに身を任すことしか出来なかった。
いくつもの刃が私の身体を貫いた。山のような魔法が私の体を焼いた。でも、私の持つ“自動再生“によって私は何度死んでも生き返り続ける。それを見ていた叔父は、私を殺すことを諦め、この地下深くへと封印することにしたらしい。
必死に助けを乞う私に振り向きもせず、その重厚な扉が閉まるのを見ていることしか出来なかった。
最初の数日間はとにかく泣き続けた。
助けて。ここから出して。
誰かに届くわけでもないのに、必死に声を上げ続けた。そうでもしないと気が狂ってしまいそうだったから。
しばらくすると、ふつふつとした怒りが湧いてきた。
何故こんな目に合わなければならないんだ。私が何をしたんだ。
あれだけ大好きだった叔父を殺してやりたいとすら思い始めていた。
次第に行き場のない怒りも収まり、突然の空腹を感じ始めていた。
こんな時でもお腹は空くのかと思わず自分に呆れてしまう。
そんな時だった。
──ガタンッ。
久しぶりに自分の発声以外の音を聞いた。
呆然として私だったが、目の前の扉から微かに光が漏れ始めたことでようやく状況を理解した。
誰かが……居る。
「助け──ッ!!」
すぐに助けを乞おうとしたが、すんでのところで言葉を呑み込んだ。
もしかしたら叔父が戻ってきたのかもしれない。そうじゃなくとも、私に剣を向けた吸血鬼族の誰かかもしれない。だって、ここに自分が封印されていることを知っているのは叔父とその関係者くらいだから。
もしかしたら気が変わって助けてくれるかも知れない。そんな淡い希望を抱く余裕など既に無く、今度は身体を拘束された状態で殺され続けるかもしれないと恐怖に身体が震えるのを感じる。
そして視界に入ったのは見慣れた金色……では無く、色素の薄い淡い水色だった。
吸血鬼族としてはあまり見ない色にとりあえず警戒が緩む。
「あの……こんにちは」
おずおずと言った面持ちでゆっくり扉から顔を覗かせたのは、まだ十代前半と思われる容姿をした少女だった。
「……こんにち、は?」
そんな少女に私も何となく挨拶を返してしまう。本当なら真っ先に助けを乞わなければいけない筈だったが、「今って昼なんだ」とどうでもいいことを思い浮かべていた。
すると少女はビクビクとしながら辺りをキョロキョロと見回した後、すすすっと部屋の中に足を踏み入れ……
「えっ、と……パン、食べます?」
懐からにゅっと取り出したパンを差し出してきた。
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………食べる」
それが私とエルフェウスの最初の出会いだった。
◇ ◇ ◇
「ユエ、さん……?」
「ありがとうシア。もう大丈夫だから」
ゆっくりと身体を起こしたユエはシアに礼を告げるとそのまま歩いていく。ハジメ達に背を向け、エルフェウス達の方へと。
「先程はナイスアシストでした。お陰で楽にエヒトを抑え込めましたよ」
「ん、私は言われた通りやっただけ」
「身体は大丈夫ですか? どこか不調があったりは?」
「少し倦怠感があるくらいで問題ないよ」
「ふむ……ただでさえ膨大な魔力を持つ身体にエヒトの魔力も取り込んだことで、一時的に脳がオーバーヒートしているのでしょう」
誰もが言葉を失う中、エルフェウスとユエの二人だけの会話が周囲に響き渡る。直接接点は無かった筈の二人の雰囲気はどうみてもお互いを良く知る中のそれで……
「ユエ……さん?」
顔を真っ青にしながら、シアは震える手足に力を入れて立ち上がった。
「……何を、してるんですか?」
「……」
「あ、もしかしてその人に何かされたんですか!」
「……」
「そうですよね! そうに決まってますよね!!」
「……」
「待ってて下さい!! すぐにその人を倒して今度こそ助けますから!!」
「……」
「これ以上ユエさんの身体で勝手なことはさせません!! 今すぐぶっ潰してやります!!」
声を張り上げながらシアはエルフェウスをキッと睨みつける。それはまるで見たくないものから目を遠ざけているようで……
「……シア」
「……──れ」
「聞いてシア」
「……──まれ」
「シア、私は──」
「だまれぇええええええええええ!!」
ユエの呼びかけにシアの怒声が木霊した。
それを正面から受けたユエは、表情を変えること無くシアをじっと見つめている。
その声で名前を呼ばれるのが好きだった。
シアはハジメのことが大好きだ。そして同じくらいユエのことも大好きだ。
出会いこそ色々と酷い扱いもされたけど、同じ男性を好きになったことによる親近感を持った。ハジメの側に居れるまで鍛えてくれて強い感謝の気持ちを持った。そして、一緒に旅する内に自分に姉がいたらこんな感じだろうかと思うようになった。
『よく頑張りました』
自分の努力を見ていてくれた。
『……よしよし』
抱きしめて、頭を撫でてくれた。
『……シア』
名前を呼ばれるだけで、心が暖かくなった。
「お、願いしま……す。これ以上……名前を、呼ばないで。お願い……だから……」
ボロボロと涙を流しながらシアは懇願する。
黙っていてくれればまだ信じていられる。もしかしたら操られているだけなのかもしれないと希望を抱いていられる。
そうすれば、まだ自分は戦える、と。
そんなシアに、ユエは今まで同じように。
「……………ごめんね、シア」
名前を、呼んだ。
「あ……」
それが限界だった。
「ああ……あああ……」
ライセン大峡谷からの今までの思い出にピシリと亀裂が奔る。
「あああ、あああああ、あああああ……!」
少女の懇願は、今までと変わらない包み込むような優しさによって……拒絶された。
「ユエッ!!」
一人の少女が壊れる姿に、ティオの咆哮が上がる。
既に“竜化“を維持することも出来ず、人の姿でミレディの“壊劫“のダメージから倒れ伏したままのティオは目を血走らせながら叫ぶことしか出来ない。
「ずっと妾達を騙しておったのか!! 最初から裏切るつもりであったのか!!」
「……私の目的はハジメをサポートして七大迷宮を無事攻略させること。そして、神代魔法を会得したこの身体にエヒトを降臨させること」
「いくら肉体を得たばかりと言っても油断は出来ませんからね。肉体の内と外。両方から抑え込む必要があったんです」
「──ッ!?」
エルフェウスの補足に、ティオは最後のエルフェウスとエヒトの会話を思い出した。
『ま、さか……
『ようやく気付いたんですか。相変わらず無能ですねぇ………』
(あれはそういう意味か!!)
恐らくエルフェウスに力を奪われる間際に、自身の内側からそれを後押しするような力の流れを感じたのだろう。流石のエヒトも魂を拘束された状態で内と外の両方から抑え込まれては打つ手が無かった。
「──ッ! シア!! 気を強く持つのじゃ!! 聞こえておるか、シア!!」
言いたいことは山程あるが、俯いたまま「嘘です嘘です嘘です」とうわ言のように呟き続けるシアの姿に、彼女が危うい状態であると判断したティオがハジメにシアのサポートを頼もうとする
「ッ! ご主人様! シアがマズいのじゃ!! 早く──!!」
「……………」
「……ご主人様? 聞こえておるかご主人様!!」
しかし、ティオの叫びにハジメは全く動こうとしない。目を見開き、目の前の現状に呆然としたまま固まっている。
未だにエヒトによって受けた傷は癒え切っていないが、それ以上に二人の精神への傷が深いことを悟ったティオはこの状況をどう切り抜けるべきか必死に頭を回すが、はっきり言ってもう詰みに近い……そんな時だった。
「お姉さん!!」
この場に似つかわしくない声が聞こえたのは。
てってってっとエメラルドグリーンの髪を振り乱しながら駆けてきたのは、離れた場所で事の成り行きを見守っていたミュウだった。
「ミュウ!? だめ! 早く戻って来て!!」
「ちょ、落ち着いて下さい!!」
続いて聞こえた悲鳴に、ハジメとシア以外がその声の発生源に顔を向けると、慌てて駆け出そうとするレミアを愛子が必死に引き止めていた。
どうやら一瞬目を離した隙に飛び出してしまったらしい。
それを見ていた者達の表情が一斉に強ばる。すぐにでも連れ戻したいが、すでにミュウはエルフェウス達の前にたどり着いてしまっており、下手に近づくことが出来ない。
「……ユエお姉ちゃん?」
「……」
エルフェウスの正面で立ち止まったミュウは、悲しそうに眉を下げながらユエに視線を向けるが、ユエは黙って視線を外してしまう。その姿に泣きそうになるのを堪えながらミュウは今度はエルフェウスに目を向けた。
「お姉さん、エルフェウスって言うお名前なの?」
「……ええ、そうですよ」
「エルフェウス……エルフェウスお姉さん………あの、あのね……」
何度かエルフェウスの名前を声に出して反復したミュウは、彼女の天真爛漫な性格に似合わず、言葉に吃りながらも何かを必死に伝えようとする。
「えっと……その……」
「……会えましたか?」
するとそんなミュウの言葉を遮り、エルフェウスがミュウに問いかけた。
「え?」
「ママには、会えましたか?」
「あ……うん! パパが連れて行ってくれたの!」
エルフェウスが「あそこに居るよ」とミュウの指差す方向に顔を向けると、エルフェウスが自分を見ていることに気付いたレミアの肩がビクッと跳ねる。
エルフェウスの視線に怯えながらも、その必死な表情からはミュウを心配し、心から愛していることが良く伝わった。
レミアから視線を外したエルフェウスは徐ろにミュウの元まで近づくと、その手をミュウへと伸ばした。
「──ッ!!」
ギュッと目をつぶるミュウに、まだ動ける面々が一か八か特攻を仕掛けるべく動き出そうとし──
「「「……へ?」」」
そのまま頭を優しく撫で始めた姿に自身の目を疑った。
「みゅ? エルフェウスお姉さん?」
「……良かったですね。ママと会えて」
「……うん!」
「でも、勝手に飛び出したらダメですよ? ママさんが凄い心配してます」
「え?」
ほら、とエルフェウスがミュウの肩を押し、レミアの方を向かせる。
「ミュウ!!」
「──ッ!! ママ!!」
そこでようやくレミアが涙を流していることに気付いたミュウが、慌ててレミアの元へ戻っていく。
「ああ! 良かった無事で!!」
「ママ、急に飛び出してごめんなさいなの」
「ママもごめんなさい! 私がちゃんと見てないといけなかったのに!」
抱き合ってお互いに謝罪を口にする親子の姿に、エルフェウスは眩しいものを見るかのように目を細める。
エルフェウスの足が僅かに二人の元へと向かいかけるが、何かに気付いた後、自重するような笑みを浮かべてそのまま二人に背を向けた。その姿に気付いたミュウが慌てて声を上げる。
「ママ!! エルフェウスお姉さんを止めてなの!!」
「……え?」
突然のことにレミアだけでなく周りの面々も顔を見合わせる。
「行かせちゃダメなの! お願い! エルフェウスお姉さんを助けてあげてなの!!」
愛娘からのお願いに、レミアは表情に困惑を浮かべる。。
行かせちゃダメというのは分かる。このまま放っておくと人類が滅ぼされるとなれば当たり前だろう。しかし、助けてあげてとはどういう意味なのだろうか。
そんな逡巡はパンッとエルフェウスが掌を合わせた音で中断された。
「さて、帰りますか!」
その瞬間、エルフェウスから光の粒子が立ち昇り、天井の一部を円形状に消し去った。その光はエルフェウスを中心に広がっていき、ユエとミレディも包み込んでいく。
次第にふわりと三人の身体が浮き上がり、周囲を牽制していた神の使徒達が付随するように飛翔する。
「……ま、待ちなさい!!」
そんな彼女達に雫が待ったをかけた。
「何ですか?」
「……何を考えてるの?」
雫の疑問はこの場に居る全員の総意でもあった。
エルフェウスの目的が人類の滅亡ならば、今ここに居る面々を見逃す理由が無い。はっきり言って戦力差は絶望的だ。その上で、この場に居るハジメやシア、ティオを殺してしまえば、もう彼女達を止められる者は居なくなるだろう。
舐められている、とは考えづらい。エルフェウスの全てを知ったわけではないが、ここまで綿密に計画を立てた人物が最後の最後にそんな傲慢とも取れる余裕を見せるとは思えなかった。
「何で私達を殺さないの?」
「何で、と言われても、こっちにも準備があるんですよ」
「準備?」
「人類は滅ぼします。ですが、
それだけ告げると、エルフェウスは完全に雫達に背を向けた。
エルフェウスの言葉に訝しげに眉を顰める者や、今殺されないことの安堵に腰を落とす者がいる中、ふらふらとハジメが立ち上がって三人を見上げた。
「全部、嘘だったのか……?」
これまでの強気な表情は鳴りを潜め、まるで奈落に落ちる前のような顔つきでハジメは問いかける。
「なあ、ユエ。俺はお前に何度も助けられた」
エルスからの告白の返事を優先し、想いに応えられなかった少女。だが、仲間として、相棒として誰よりも信頼していた。背中を任せられる唯一無二の存在だと思っていた。
「あれは……全部嘘だったのか?」
親に縋り付く子供のように瞳の揺れるハジメの姿に、ユエはしばらく目を閉じた後──
「……そうするよう、エルフェウスに言われてたから」
「ッ!?」
そう突き放した。
「……エルス」
本人も無意識なのだろう。呼び方が元に戻っていた。
「俺がオルクス大迷宮に向かう前のこと、覚えてるか?」
「……」
エルフェウスは背を向けたまま答えない。
「あの時は驚いた。なんで自分なんかをってまじで思ったよ」
それでもハジメは言葉を続ける。もう自分でも止められなかった。
「それでも、エルスに卑下するなって言われて……自分が思ってるよりも素敵な男性だって言われて……少しは自分に自信が持てたんだ」
首元に下げていた翡翠色のネックレスをハジメは取り出した。
「あの時の言葉も……全部、嘘だったのか……?」
ハジメの言葉は不自然に震え、ネックレスを持つ手に無意識に力がこもる。
問いかける、というよりかは懇願するかのようなハジメの言葉に、ようやくエルフェウスはハジメに振り向いた。
「私の名前はエルフェウスです」
それが答えだった。
「貴方の知るエルスはもう居ません」
その言葉を最後に、エルフェウスを含む全員が溶けるように光の中へと姿を消した。
静寂が謁見の間を包み込む。
誰も言葉を発せず、呆然と空を見上げるしか出来なかった。
「何だよ、これ」
そんな中、ハジメの呟きが嫌に広場に響いた。
「何なんだよ、これは……」
ガツンッと頭を地面に打ちつける。額が切れたのかダラダラと血が流れる。
「うう……」
「うううう……」
「うああああ……」
「うああああああ……」
全て、偽りだった。
「うわァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
誰も居なくなった空に、ハジメの悲鳴が虚しく響き渡った。
>エルフェウス側の戦力。
・エルフェウス(エヒトの力を強奪)
・ユエ
・ミレディ
・神の使徒の軍勢
>ハジメ側の戦力。
・原作での最終戦のメンバー(ただしハジメとシアの精神に大ダメージ)
>第3勢力。
・フリード率いる魔人族
・恵里(光輝付き)
ちなみにこの後、概念魔法を発動してハジメが世界をぶっ壊す騒動は起きません。そんなことを考える余裕も無くなってます。