絶望の物語の作り方   作:羽織の夢

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抜殻の子守唄

 ハイリヒ王国。その城下町の治療院にて一人の少女が若い男の腕を取り、淡い光を浴びせていた。

 

「……はい、もう大丈夫ですよ」

「おお! ありがとうございます!」

 

 傷が完全に癒えきった腕を見て、男は腕をブンブンと振りながら少女──香織に感謝を告げた。

 

「これで俺も王都の復興に力が出せるってもんです」

「まだ病み上がりなのですから、無理はしないでくださいね?」

「お気遣いありがとうございます。ですが、怪我のせいでずっと皆に迷惑をかけてたんですから、少しでも取り返さないと」

 

 もう一度香織に頭を下げて感謝の言葉を口にした男はそのまま部屋を後にしていった。

 それを確認した香織の側に居た妙齢の女性が香織に声を掛ける。

 

「香織様。そろそろご休憩されてどうですか?」

「……いえ、私は大丈夫です。怪我人はまだ居るんですよね?」

「確かに居ますが……香織様は朝から休み無く働いているではありませんか」

「傷を治すのが、治癒師としての私の役目ですので」

「私共としては大変助かりますが、それで貴方様がお倒れになられたらエヒト神へ顔が向けられません」

「……エヒト神、ですか」

「? どうかしましたか?」

「いえ、何でもありません。やっぱり疲れが溜まっているのかもしれませんね。少し外の空気を吸ってきます」

 

 誤魔化すように愛想笑いを浮かべた香織は、女性の「ごゆっくりなさってください」という言葉を背に受けながら部屋を出た。

 建物の外に出た香織を燦々と降り注ぐ日の光と雲ひとつ無い青空が出迎える。

 

 エルフェウス、ユエ、ミレディ。

 三人が姿を消してから、既に一週間が経過した。

 

「……今日もいい天気」

 

 世界は未だに平穏を保っていた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 私が目を覚ましたとき、既に何もかもが終わった後だった。

 空へ向かって泣き叫ぶハジメ君。俯きながらブツブツと呟き続けるシア。歯を食いしばりながら空を睨みつけるティオ。他の面々も茫然自失と言った表情で腰を落としていた。

 

 しかし、その中に一人の少女が居ないことに気付いた私はハジメ君へと向き直り──

 

『ハジメ君!! ユエはど──』

 

 ユエはどこに行ったのか。まさか連れ去られてしまったのか。それならすぐに助けないと。そう告げる筈だった言葉は半ばで途切れた。

 

『……雫ちゃん?』

『香織、お願い。今は……』

 

 今にも泣きそうな表情で、私の口に手を当てている雫ちゃんの姿があった。

 何かがあった。私が眠っている間に何かとんでもないことが起きた。そう察するには十分だった。

 それから落ち着きを取り戻した雫ちゃんの口から語られたのは、私の想像を絶する内容だった。

 

 エルスの正体が神の使徒だったこと。そのエルスにエヒトが殺されたこと。エルスの目的が人類の滅亡だということ。かつて神に抗った解放者と呼ばれる人が敵に回ったこと。

 

 

 そして、ユエが裏切ったこと。

 

 

 それを聞いて私は「何で?」という疑問よりも先に「そっか」という納得が先に来てしまった。

 ハジメ君とシアがあのような惨状になっていることが腑に落ちてしまった。

 

 ハジメ君の旅に同行するようになって、二人がユエをどれだけ信頼をしているかは痛いほど知っていた。二人よりも付き合いの短い私だって彼女を心の底から信じていたし、特にユエとシアの二人はまるで姉妹と思える程仲が良かった。それがいきなり裏切られたんだ。直接目の当たりにしたシアのショックは計り知れない。

 

 そしてハジメ君はそれに加えて好意を抱いていた女性に裏切られた。彼が本気でエルスに惚れていたことは道中の旅路や王都での一件で言うまでも無いだろう。

 

 私に出来たのは、無防備な皆を安全な場所まで守ることだけだった。

 といっても、王都までの道中で何か危険があった訳では無い。その場に残っているのは私達を除けば、魔人族の男性と恵里、そして操られている光輝君だけだった。しかし、魔人族の男性はすぐさま竜に乗ってどこかへ飛び去ってしまった。

 

 残るは恵里と光輝君だったが、まだ余力の残っていた私、そして雫ちゃん達のサポートもあり、何とか無力化に成功した。光輝君も最初は酷く抵抗したが、洗脳されてからそこまで時間が経っていなかったおかげか、恵里と引き離すと自然と恵里の言葉の矛盾に気づいて我を取り戻した。

 

 今、恵里は魔力を封じられた状態で王都の地下牢に投獄されている。恵里のやったことを考えれば即刻死刑もありえたが、王都の復興が終わっていないことと、私達が持ち帰った情報の対策など優先しなくてはならないことが多く、罪人に時間を割く余裕が無いらしい。

 とりあえず今すぐ処刑されることがないことに安堵の息を吐いた私達だったが、恵里のやったことを考えればどのみち結果は変わらないだろう。

 

 そして、王都復興に力を注いでいる一方、リリィを含む王国の上位陣と私達異世界組の頭を悩ませているのがエルスの動向だ。

 

 彼女は人類を滅ぼすと明言した。勿論それを聞いたリリィはすぐさま行動を開始した。エヒトの力を奪い取ったエルスに解放者のリーダー、ミレディ・ライセン。そして、ユエ。それらがエヒトの保有している戦力を携えてやってくるのだ。焦るなという方が無理がある。

 だが、来ると分かっているとは言え、明確な対策が立てられた訳では無い。原因は大きく3つある。

 

 まず1つは単純に戦力差がありすぎる。

 

 ハッキリ言って、エルス、ミレディ、ユエの三人の内誰か一人だけでも世界を相手取れる力を有しているのだ。さらに従えている神の使徒は単騎で並の兵士を大きく上回る。例えトータス全土の戦力を掻き集めたとしても対抗できるとは断言できなかった。

 

 そして2つ目は目的達成の為の過程が全く不明であることだ。

 

 人類を滅ぼそうとしているのは分かったが、いつ、どこで、どのように攻撃を仕掛けてくるのかが一切分からない。戦力を集めようにも、集めた場所に素直に現れてくれる保証などどこにもない。だからこそ、周辺国家や街に使いを走らせ、各々警戒を強化する程度のことしか出来ていなかった。

 情報源が私達だと言うことから誰もが疑わずに従ってくれたのだけは幸いだった。

 

 そして3つ目。これが最大の原因……それが()()()()()()()()()()()()

 

 王都に戻って来てから、二人は部屋に閉じこもったまま一度も出てこようとしない。シアは布団に包まったまま泣き続け、ハジメ君は部屋の扉を錬成で消すまでの徹底ぶりだ。最高戦力の二人。特にハジメ君が居ないことは私を含めたクラスメイトに大きな不安をもたらしていた。

 

 誰も口にすることは無かったが、誰もが心の底では諦めていた。

 エルス達の侵攻が始まれば、人類は為す術もなく蹂躙されるだろうと。

 

 でも、その予想に反してエルスがこの世界に姿を見せることは無かった。

 あれから七日。人類を滅ぼすのが目的ならばとっくに侵攻が始まってもおかしくはないのに、未だに不気味なまでの沈黙を保っている。

 

 明日か、明後日か。先の見えない恐怖がじわじわと私達を苦しめる。

 

「……何を考えているの、エルス」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 神域・最奥の間。

 

 かつてはエヒトが鎮座していた玉座にエルフェウスの姿があった。

 その周りを神の使徒達が控え、エルフェウスの横にはユエの姿が。少し離れたところには背中を壁に預けた小さなゴーレム姿のミレディが居た。

 

「アレーティア。首尾は?」

「ん、問題ない。もう稼働できるよ」

「話には聞いてたけど、本当にあんなものを一週間足らずで造るなんてね」

「外殻は既に用意してました。足りないのはそれを実現するだけの魔力だけでしたから、魔力を手に入れてしまえば後はそこまで時間は掛かりませんよ」

 

 呆れたような物言いのミレディに対して、エルフェウスは何でもないように答える。

 

「それで、アレーティア。準備は万全ですか?」

「? さっき問題ないって……」

「あれのことではありません。貴女自身のことです」

「──っ!」

「人類を滅ぼすことは私の中では確定事項です。どんなことがあろうと必ず成し遂げます。ですが、最後を強制するつもりはありません」

 

 人類滅亡。それはエルフェウスにとって必ず果たすべき使命だ。それを阻むのなら誰であろうと容赦するつもりは無い。だが、その考えが今を生きる者にとって受け入れがたいものであることも理解していた。だからこそ、抵抗も許容も強制するつもりは無かった。

 諦めるのならそれで良し。抗うというのなら叩き潰す。それだけだ。

 

「私はハジメ達と居たのは、エルフェウスの指示があったからだけで……」

「きっかけはそうかもしれません。ですが、私が指示したのはあくまで彼らの大迷宮攻略のサポートです」

「だから言われた通りに──」

「“クリスタルキー“」

「──ッ!?」

 

 全ての概念魔法を集めたハジメとユエによって生み出されたアーティファクト。その存在をエルフェウスも勿論把握していた。

 

「概念魔法は発動に必要な魔力量もさることながら、最大の課題は使用者の意志の大きさ」

 

 “望んだ場所への扉を開く“という概念から生まれたこの力は、元を正せば故郷に帰りたいという思いから来るものだ。それは大部分がハジメの意志によるものだろう。話を聞いただけのユエでは明確に『帰る』という意志を持てるはずも無い。必然的にユエ自身もその世界に行きたいという意志を持っていたということになる。

 

「私は彼らの帰還の手助けをするよう指示した覚えはありませんよ?」

「そ、れは……あの場で手を抜けば誰かに不信感を覚えられるかもしれないし……」

「その程度で壊れるようなやわな関係じゃないでしょう。何よりも概念魔法は未だに未知の部分が多い。失敗して当たり前なんですよ」

 

 そもそも概念魔法は極限の意志なんていう目で見えない曖昧なもので発現するものなのだ。失敗したところで誰も到達したことのない未知なのだから疑われる訳がない。

 

「別に責めている訳ではありません。帰還の方法を見つけたからといって、彼らがすぐに帰ることは無いと確信していましたし、後で壊せばいい話でした」

 

 そう言いながらエルフェウスは玉座に背を預け「まあ、そうする前にエヒトが全部壊しちゃいましたけど」と呟いた。

 

 ハジメ達は正確にはエヒトによって作られた存在では無いが、この世界に転移した時にエヒトの力を植え付けられている。今では完全に定着している為、力だけ剥がすというのは不可能だった。

 だからエルフェウスも彼らを帰還させるつもりは無かった。

 

「貴女は最後の時を彼らの仲間として迎えることも出来たはずです。裏切り者の“アレーティア“では無く、大切な仲間の“ユエ“として」

 

 本気でハジメ達を裏切るつもりなら、“クリスタルキー“の製作など適当に投げてしまえば良かった。本気で地球に行きたいと思ったのなら、ハジメ達ではなくエルフェウスを裏切れば良かった。

 

「ハジメ様は貴女が裏切ったショックで気付いていませんでしたが、雫様辺りなら後から勘付くかもしれませんね。ああ、後あの竜人族の姫君。彼女も意外と察しが良さそうです」

「……ごめん、中途半端なことして」

「だから別に怒ってないですって。それに気付いたところでどうにかなる訳でもないですし。それで、もう一度聞きますが……準備は良いですか?」

 

 再び問いかけるエルフェウスに、ユエは一拍おいた後、エルフェウスに視線を向けた。

 

「問題ない。もう覚悟は出来てる」

「……よろしい」

 

 その目をじっと見つめていたエルフェウスは一つ頷くと視線を前へと戻した。

 

「──各員、配置へ」

 

 その指示に神の使徒達が翼を広げ、一気に飛び立っていく。

 

「これより、計画を最終段階へと進めます」

 

 地上へと繋がるゲートが開き、それが投入される。

 

「──熾天使の唄(ララバイ)、起動」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 人間族が暮らす北大陸。魔人族が暮らす南大陸。その境界を示すように大陸を横断するライセン大峡谷。

 両種族がお互いの動向を監視するために等間隔で監視塔が立ち並び、常に兵士が24時間態勢で監視が行われている。だが、今に限って言えばその人員を増設し、監視レベルを最大まで引き上げていた。

 

 リリアーナより通達された内容は、一部の上層部以外には詳細は明かされず、ただ魔人族の侵攻の危険性が高まっているとだけ伝えられていた。

 エヒトの真実を下手に公表してしまえば、国民がパニックに陥り二次災害に繋がる危険性があると考えたためだ。

 

 その命令通りに監視を強化して既に七日。最初こそ小競り合いではなく、再び本格的な争いが始まるかもしれないことに緊張感を持って職務に当たっていた彼らだったが、いつまで経っても変わらない現状に少しずつ余裕が見え始めていた。

 

 そんな時だった。

 

「──ッ! おい、あれ見ろ!!」

 

 一人の男が空を指さしながら声を上げた。男の声に周りの面々がそちらに目を向ける。

 

 

──ピチョン、と。

 

 

 ライセン大峡谷の上空が波打った。

 水面に水滴が垂れたように波紋が空に広がっていく。その神秘的な光景に兵士達が戸惑っていると、その波紋を突き破るようにいくつもの白い物体が飛び出した。

 

「あれは……天使様?」

 

 その正体は白銀の翼を羽ばたかせ、優雅に空を飛翔する神の使徒達だった。その数は尋常ではなく、遠目からでは白のベールで空を包み込んだかと錯覚するほどだ。

 

「何が起こっているんだ? あれは一体……?」

「……っ、まだ何か出てくるぞ!」

 

 呆然と空を見上げていた兵士達だったが、波紋の中から新たに何かが出てこようとしていることに気付く。

 それを一言で表すならば、燃えるように輝く逆さの巨像だった。

 

 三対六枚の翼を生やし、その内の二枚で顔を、二枚で足を覆い隠し、残りの二枚は存在を主張するかのように大きく広げている。前に掲げる手には大きな天秤が握られており、吊るされた秤は重力に反するようにまっすぐ上に伸びている。頭部から落ちるように姿を表した逆さの巨像は、まるで世界を見上げているようにも見える。

 その巨像の周囲を神の使徒達はまるで踊るかのように飛び交う。

 

「……なんて、荘厳な光景だ……」

 

 まるで神話に伝え聞くような光景に、兵士達が伝令を出すことも忘れてその姿に見惚れる。

 

『〜〜〜♫〜〜〜♫』

 

 すると、巨像から美しい歌声が流れ始めた。それは聞いた者全員に言葉に出来ないほどの多幸感を与え、まるで空に浮かび上がったような浮遊感と全身にみなぎる全能感を感じさせる。

 

「……そうか、これが神のご意思」

「ああ、俺達は何も抗う必要なんてなかったんだ」

「皆で……一緒に……」

 

 その歌声を聞いた者は一人の例外も無くその場に跪き、巨像に向かって祈りを捧げる。

 

『〜〜〜♫〜〜〜♫』

 

 気づけば、この地に居た兵士達は一人残らずその場に倒れ伏していた。しかし、その表情に苦痛や恐怖といった負の感情は感じさせず、ただただ幸せな表情を浮かべていた。

 

 神の使徒以外居なくなった地で、巨像は歌い続ける。その歌声はまるで空気に浸透していくかのようにジワジワと範囲を広げていく。

 

 

 

 

 

 人類滅亡へのカウントダウンが始まった。

 

 

 

 




>熾天使の唄と書いてララバイ。

 歌では無く唄ってところがこだわり(どうでもいい)
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