「……それは事実なのですか、ガハルド陛下」
「こんなつまらん嘘をつくか」
ハイリヒ王国。王城内の一室にて、リリアーナはガハルドからもたらされた情報に顔を青褪めていた。
「帝国の南。ちょうど魔人族の領土との境界線あたりか。そこに正体不明の巨像が出現した。付近に居た兵士達は全滅。偵察に何人か向かわせたが、道中で殆どがイカれちまった」
突如出現した輝く巨像。その正体を確かめるために既にガハルドはいくつかの偵察部隊を派遣したが、巨像から聞こえる歌には精神に作用する力が働いているらしく、正気を保ちながら巨像にたどり着くことは不可能だった。
「しかも歌声が聞こえる範囲は少しずつ広がっているようでな、ついに帝国にまで届くようになっちまった」
「なるほど。それで王都に」
「ああ。幸い、歌声の届く範囲が広がるのはそこまで早くねぇ。まだ正気を保ってる奴らだけでも何とかな。それでも数はかなり減っちまったが」
苛立ちを見せながらガハルドはリリアーナから視線を外して、事の成り行きを見守っていた二人の女声に目を向けた。
「あれがお前達の言っていたエルフェウスとやらの襲撃と考えて良いのか?」
ガハルドに問いかけられた二人──ティオと雫は、一瞬顔を見合わせた後、頷いてみせた。
「その巨像とやらの側には使徒が居たのじゃろう? ならば間違いないの」
「ええ。今使徒を動かせるのはエル……エルフェウスだけだと思うので」
二人の答えを聞いたガハルドは腰掛けに背中を持たれながら大きく息を吐いた。
「ま、だろうな。これで別勢力でした、なんて言われるよか何倍もマシか」
「被害の数はどの程度なのでしょうか?」
「ざっとだが、国民の半数は失ったと見て良いだろう」
「ッ!? そう、ですか……」
国民の半数。そのようなとてつもない人数の人達の命が同時に失われたことにリリアーナは表情を歪ませる。歌声は今この瞬間も有効範囲を広げつつある。このままでは王都の住民も帝国の二の舞いになるかもしれないという恐怖がリリアーナを襲った。
「ああ、勘違いすんな。
「「「え?」」」
しかし、続く言葉で三人が目を丸くした。
「え、ど、どういうことですか!?」
「偵察を送ったと言っただろ? 部隊の何人かが正気を失って倒れたが、どうも死んだわけじゃなくて寝ているだけらしい」
「寝ている……?」
「ああ。ここに来る道中も数人ぶっ倒れる奴らが居たんだが、国内ならともかく、道端に放り出すのはマズい。だからここまで運び込んだんだが……そいつらも命に別状は無く、ただ寝ているだけだった」
その後「ま、何しても起きねぇからただ寝ているだけとは少し違うか」と呟くガハルドにリリアーナ達は訝しげに首を傾げる。全く持って意味が分からない。なによりも……
「そもそも、なぜ奴らはこのような手の掛かる手段を使うのじゃ?」
「そうね。正面から世界を滅ぼせる戦力があるのに何で……」
「俺もそれが引っかかってた。奴らはお前らを簡単に蹴散らすような化け物ばっかなんだろ? 俺が奴らの立場ならそのまま戦力差で押しつぶすぞ?」
それが一番の疑問だった。ガハルドも帝国が手も足も出なかったハジメ達(正確にはハウリア族だが)を歯牙にもかけない強さと聞いていただけにそこが分からなかった。
「最初は俺達がジワジワとなぶり殺しになる光景を見て楽しんでんのか思ったが……」
「いや、それはないの。あそこまで用意周到な奴がそんなことをするとは思えん」
「そりゃそうか。あのユエとかいう嬢ちゃんもずっとお前らに気取られずに潜んでいたくらいだからな」
「「……」」
「ガハルド陛下」
「あ、あ〜、悪かったよ」
ユエの名前が出たことに黙り込むティオと雫の姿に、リリアーナが咎めるような視線を向けると、ガハルドも少し居心地悪そうにしながら謝罪する。
「とにかく、今は情報が欲しい」
「情報と言っても、調査すらままならない現状ではどうすることも……」
「……むっ?」
頭を抱えるリリアーナとガハルドだったが、その時ティオが何かに気付いたように顔を上げた。
「皇帝陛下。一つ聞きたいのじゃが……」
「あ? 何だよ?」
「なぜ皇帝陛下は……いや、
「あん? そりゃどういう意味だ?」
「王都へと避難する最中、倒れる者もおったのじゃろう? それはつまり、僅かでも皇帝陛下の周辺まで歌声の影響があった事実に他ならん。じゃが、実際に倒れたのは一部の者のみ。皇帝陛下を含めた他の者達には影響が無かった。そうじゃな?」
ティオの言葉に「確かに」とリリアーナと雫も同意する。そもそも偵察部隊の話もそうだ。歌が聞こえた時点で正気を失うのなら、そもそも部隊が全滅してなくてはおかしいのだ。
しかし、実際には生き残りが帰還し、巨像が出現したという情報を国に持ち帰っている。
「……つまり、歌声の影響には個人差があるってことか?」
「恐らくそうであろう……帝国で失ったという半数、もしや兵士ではなく戦えない一般人が多かったのではないか?」
「ああ、そうだが……何で分か──」
帝国での被害状況を言い当てたティオにガハルドがなぜ分かったのか聞こうとした瞬間、ガハルドにもある可能性が過ぎった。
「
「……なるほど、その人の持つ魔力量に比例してたのね」
そう考えれば辻褄が合う。ガハルドなどの兵士達は日々の鍛錬で自然と魔力が高い。故にガハルド達兵士が多く生き残り、戦いとは無縁の一般人の多くが眠りについてしまったのだろう。
「その歌声は魔力量が低い者程強く効果を表し、歌声の影響力が大きければ大きい程……つまり巨像に近づくほどその力を増していくという性質と見て間違いないの」
しかも、今なお歌声の有効範囲は広がりつつあり、中心の濃度もそれだけ大きくなっている。
「恐らく、フェアベルゲンに住まう亜人族は全滅じゃろうな」
「そんな……!?」
「……詰んでねぇか?」
「言わないでもらえます? 誰もあえて口にしなかったんですから」
ハッキリと断言するガハルドに雫が大きくため息をついた。
彼らの推測が正しければ、今この瞬間も巨像から発する歌声の影響力、範囲、共に高まり続けている。かといって、歌声の影響がどの程度か分からない以上下手に戦力は動かせない。
雫やティオといった魔力が高い実力者が一か八かの特攻を仕掛け、仮に巨像まで到達できたとしても、そこに待ち受けるのは神の使徒の軍勢だ。歌声から来る精神攻撃に抵抗しつつ戦うにはあまりにも無謀すぎる。
「そういや、南雲ハジメはどうした? 奴の持つアーティファクトの中に精神防護系統のものは無いのか?」
そこで多種多様なアーティファクトを持つハジメのことを思い出したガハルドは、精神支配に有効なアーティファクトは無いのかと尋ねる。その効力次第では巨像にたどり着くことも可能ではないかと考えた為だ。
「いや、ご主人様は……」
「あん? 何だよ?」
しかし、ティオから返ってきた歯切れの悪い返答に、訝しげに眉を潜める。雫とリリアーナも表情を暗くする姿に、ガハルドもようやくハジメに何かあったことに気付いた。
「おい、あいつに何か──」
──ドガァアアアアアアンッ!!
「ッ!? 何だ!?」
何かあったのか? そう尋ねようとしたガハルドの問いかけは、部屋を揺らす程の轟音により途切れざるを得なかった。
まさかエルフェウス達が直接攻撃を仕掛けてきたのかと最悪の可能性が四人の頭を過る。その時、バンッと扉が乱暴に開かれ、見知った女性が部屋に飛び込んできた。
「八重樫さん! ティオさん! お願いします、手を貸して下さい!!」
「先生殿!? 一体何があったのじゃ!?」
「まさか、エルフェウス達が攻めてきて……!!」
「違います!! 南雲君が……! 南雲君が……!」
「ハジメ? 彼が出てきたんですか!?」
一週間食事も摂らずに部屋にこもったまま出てこなかったハジメの名が出たことに、一瞬ティオ、雫、リリアーナの表情が明るくなるが、すぐに愛子の様子からあまり良い状態ではないこと察する。
「南雲君を止めて下さい!! このままじゃ、
「「「……………は?」」」
◇
王城に設置された広大な中庭。
そこは王城で職務に励む者達の憩いの場であると同時に、広大な面積を利用し、兵士の自主トレーニングにも活用されることも多い。
専属の庭師によって常に完璧な手入れが施され、見るものに自然の癒やしを与える空間は……今や見る影も無くなっていた。
整えられた芝生はひび割れ、木々はなぎ倒され、所々の外壁も崩れていた。
その下手人の一人──南雲ハジメは、騒ぎを聞きつけ集まってきた者達には目もくれず、壁に背を預けたまま座り込む一人の少年に絶対零度の視線を向けていた。
「……で? 好き放題言って結局その程度か?」
「う、ぐ……」
少年──天之河光輝は血反吐を吐きながらもふらふらとした足取りで立ち上がる。
「何度だって、言ってやる……」
「……」
「今のお前は、俺よりも……弱い」
「──ッ!!」
その言葉に目を吊り上げたハジメは光輝に急接近し、その体を蹴り上げ、浮き上がった光輝の足を掴むと乱暴に投げ飛ばした。
受け身もまともに取れず、光輝の体は地面を何度もバウンドしながら崩れた外壁の一部に激突する。
「〜〜ッ」
「どうした? 立てよ。お前は俺よりも強いんだろう?」
「もう止せ、南雲!!」
「これ以上は光輝君が死んじゃうよ!!」
最早冗談では済まされない事態に、龍太郎と鈴が慌てて二人の間に割り込む。
「どけ」
「どかねぇよ!!」
「南雲君、少し落ち着こうよ!!」
「俺は最初から落ち着いてる。そこの馬鹿が勝手に喧嘩売ってきたんだろうが」
尋常でない殺気を放つハジメにそれを正面から受けた龍太郎の腰が引けるが、ここで退くわけにはいかなかった。元々光輝のことを邪険にしていたハジメだったが、結局は無視するか、軽い制裁を与える程度にしか相手にしていなかった。しかし、今のハジメの精神状態では何をするか分かったものではない。
「……龍太郎、鈴、どいててくれ」
「なっ!? ふざけんじゃねぇ!! お前まじで殺されるぞ!!」
「そうだよ! それにこんな時に仲間同士で戦うなんて……!」
「仲間……? 馬鹿言うなよ谷口。いつ俺がお前らと仲間になんてなった」
「……え? でも、大迷宮だって一緒に……」
「お前らが勝手に付いてきただけだろ。勝手に仲間なんて呼ぶな」
酷く表情を歪めながらハジメはそう吐き捨てた。
「てめぇ南雲!! よくそんな事言えたな!!」
「ふん、寄生しないと神代魔法の一つ手に入れることすら出来ねえくせに口だけは達者だな」
「なんだとっ!!」
「ちょ、龍太郎が怒ってどうするの!!」
止める側の龍太郎がハジメの罵倒に青筋を浮かべながら掴みかかろうとする姿に、鈴が必死に引き止める。これで龍太郎までそちら側に行ってしまえば鈴一人ではとても収拾がつかない。
腕を掴んで必死に引き止める鈴と殴りかかろうとする龍太郎の姿を尻目に、ハジメは苛立ちげに舌を打った。
彼とて部屋から出てくる気など全く無かった。
人類がどうなろうと。世界がどうなろうと、ハジメにはもうどうでも良かった。
信じてたものに裏切られ、支えとしていたものに裏切られ、託されたものに裏切られた。
エルフェウスが人類を滅ぼすのならちょうど良いとさえ思っていた。
神の使徒単騎でさえ国を一つ滅ぼせるほどの力を秘めているのだ。それにエルフェウス達が加われば結果は明らか。どうせ数日の命なのだと無気力に毎日を過ごしていた。
だが、待てど暮らせど世界は安寧を崩さなかった。まだ終われないのかと少しの苛立ちを感じていた時だった。
光輝がハジメの前に現れたのは。
扉を消していた部屋を聖剣で無理矢理斬り裂くという強引な方法で侵入してきた光輝は、開口一番こういった。
『出て来い。一緒に人類を救うんだ』
ああ、またか。そう思った。
いつだってそうだった。
自分の言葉が正しいと信じて疑わない。自身の中だけで完結した情報を正解と思い込む。
光輝には、その解答にたどり着くまでの過程が無い。そんな安っぽい男の言葉が響くわけがなかった。
だからハジメは光輝を徹底的に無視した。以前のように反論する気すら無かった。
背を向けたまま、沈黙を貫いていればどうせ諦めるだろうと思っていた。
すると光輝は反応の無いハジメに何を思ったのか、それまでの催促するような勢いから一転、語りかけるように問いかけた。
『……お前がそうなったのはエルフェウスさんに裏切られたからか?』
その名前に、ハジメの肩がピクリと揺れる。
その反応が答えのようなものだった。「そうか……」と一人頷いた後、光輝は何やら躊躇うような表情を浮かべた後、意を決してハジメに視線を向けた。
『い、一度女性に振られただけで引きこもるなんて、ダ、ダサい……な?』
『──ッ!!!!』
何やら疑問形だったが、ハジメにそれを認識する余裕は微塵も無かった。
全身の血が沸騰したかのような激情が溢れ、怒りに身を任せるままに光輝に殴りかかった。間一髪で聖剣を盾にすることで直撃は避けられたものの、勢いまでは殺しきれず、そのまま城壁を何枚も突き破りながら中庭まで吹き飛ばされた。仮にエヒトに武装を全て破壊されていなければ、その時点で光輝は死んでいただろう。
血を吐きながらも、突き破られた城壁から光輝の前まで飛び降りてくるハジメの姿に、光輝は小さく笑みを浮かべた。
『ぐっ……ようやく出てきたな』
『調子に乗るなよ、ハリボテの勇者ごときが』
『ハリボテの勇者か……俺がそうなら、今のお前は傷心の魔王ってところか?』
『ア゛ア゛ッ!!』
『南雲……今のお前は、俺よりも弱いよ』
そこからは一方的だった。いくらハジメが武器を持っていないからといって光輝では手も足も出ないことは明白だ。何とか急所は避けているが、振り下ろされるハジメの拳は容易く光輝の体を破壊する。
そうして今の状況があるわけだが、龍太郎や鈴が騒動に気づき、慌てて駆けつけてもハジメの怒りは収まらない。
「もういい。邪魔するならてめぇらもまとめて潰す」
爆発的な加速で三人に急接近したハジメはその拳を振り上げ──
「──“聖絶“!!」
光り輝く障壁によって阻まれた。
「ハジメ君!! みんな!!」
「香織! 助かった!!」
「カオリン!!」
間一髪“聖絶“にてハジメを止めた香織は慌てて両者の間に入った。
「落ち着くのじゃご主人様!!」
「ハジメ! 貴方何してるの!!」
「南雲君! もう止めて下さい!!」
「ハジメ様!? 一体何を……!」
「おいおい、どうなってんだこりゃあ?」
続いて雫、愛子、リリアーナが姿を現す。困惑する三人の後ろからガハルドも姿を見せ、武器を抜くまではしないが、いつでも飛び出せる態勢でハジメの姿を観察する。
「南雲? 部屋から出てきたのか!」
「この状況は……? 一体何がどうなって……」
更には騒ぎを聞きつけて他のクラスメイト達も続々と集まってくる。
自分に向けられる様々な感情が乗った視線を煩わしく思いながらハジメは光輝達を睨みつけた。
「……ああ、もうめんどくせぇな」
──いっそのこと、俺が全部ぶっ壊してやろうか?
その言葉と同時に全方位に向けて放たれる殺気に、偶然居合わせてしまった王城に勤務するメイドや衛兵達が泡を吹いて倒れ、クラスメイト達も恐怖に腰を抜かす。
ティオや香織は冷や汗を流す程度で耐えているが、雫達は立っているので精一杯のようだ。それだけでハジメの言葉が嘘偽りの無いものだと本能が告げてくる。
「待て南雲。お前の相手は俺だろう」
空間すら軋んでいると錯覚しそうなプレッシャーの中、光輝が一人ハジメの前に歩み出た。
その姿に香織が慌てて止めようとするが。
「ま、待って光輝君!? 今は──」
「香織。やっぱり君は優しいな……でもごめん。
「……え?」
光輝が自分をハッキリと拒絶したことに思わず言葉に詰まった。
今までもご都合主義で見当違いなことを話し出す光輝を止めようとし、勝手な思い込みから勘違いされたことは多々ある。だが、今のは何かが違った。何か譲れない確固たる意志を光輝の中に感じた。
「……お前」
その姿にハジメもようやく光輝がいつもと様子が違うことに気付く。
ハジメの前に立ち塞がった光輝は、その手に持つ聖剣を地面に突き立てるとビシッとハジメに向けて指を差した。
「南雲ハジメ! 俺と決闘しろ! お互い素手で勝負だ!!」
それはまるでかつてのオルクスでのやり取りの再現。しかし、それを宣言した男の目には譲れない決意の炎が宿っていた。
「俺が勝ったら、俺に協力してもらう!!」
>熾天使の唄の追加情報。
・歌声の聞こえる範囲は時間と共に拡大中。
・魔力が低いものは抵抗出来ずあっさり落ちる。
・亜人族が全滅。
・でもまだ死傷者ゼロ。←ここ重要。
>勇者爆誕。
彼が勇者に相応しい行動に映るのか、それとも文字通り爆発するのか……乞うご期待!!