絶望の物語の作り方   作:羽織の夢

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再び神山へ

「ここに来るのも随分と久しぶりに感じるな」

「うむ。実際はまだ一月と経っていないが……」

 

 目の前に広がる瓦礫の山。

 それを前にしてハジメは感慨深そうに呟いた。

 

 神山・聖教教会跡地。そこにハジメ達の姿があった。彼らの前に広がる光景は一面瓦礫の山だ。

 愛子とティオによって爆散した聖教教会本部は、標高八千メートル以上の高さを誇る神山の頂上に建設されていた。リフトが無い状態では人の行き来も満足に出来ず、何よりも王都の復興を優先していたために手つかずのまま放置されていた。

 

「あの時はユエさんも一緒に……ユエさんも、一緒に……」

「シアシアがブルーな気持ちに!?」

「ほ、ほら! 元気だしてシア!」

「大丈夫よ。またきっと会える。そのために来たんでしょ?」

「雫さん……はい!」

「オカンだな」

「そこ! 聞こえてるわよ!!」

 

 自分で出したユエの名前にずーんと落ち込むシアに鈴と香織が慌てるが、雫が優しくフォローを入れる。ハジメがボソリと何かを呟いたが、雫の地獄耳は聞き逃さなかったようだ。

 

「それで、この辺りなのか南雲?」

「ああ、確かこの辺に……ああ、その瓦礫どかしてくれ」

「おっしゃ、任しとけ!」

 

 光輝の問いに周囲を見回したハジメは一つの大きな瓦礫に目をつけ、側に居た龍太郎がその瓦礫を持ち上げる。すると、その下から一つの魔法陣が姿を現した。

 

「これが大迷宮の入り口か」

「ああ、ここから俺達は大迷宮の最奥に転移した」

「でも大丈夫なのかよ。お前らはともかく、俺達はまだ試練を受けたわけじゃないぞ?」

「神山のコンセプトは神に靡かない意志を持つことだ。この世界の住人ならともかく、異世界から来た俺達からすればあくびしても通れる」

 

 そう言いながらハジメは魔法陣へと足を進める。

 彼らが今更この場所を訪れる理由。それは愛子のある一言が原因だった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「肖像画の女性?」

「はい。南雲君は覚えていますか?」

 

 光輝との決闘から一日置いた翌日。

 シアと共に今まで摂らなかった栄養を補給するかのように食料を胃に詰め込んでいたハジメに愛子が問いかけた。

 

「そりゃ覚えてるが……」

「似てると思いませんか? エルフェウスという少女と」

「「……あ」」

 

 少し考え込んだ後、ハジメとティオの声が重なった。

 

「初めて見た時からずっとどこか既視感を感じていたんです」

 

 愛子がエルフェウスの姿を見たのは魔国ガーランドが初めてだった。にも関わらず、何故か少女の姿にどこか既視感を感じていた。

 最初は王都で偶然見かけていた可能性を考えていたが、先日ようやくその既視感の原因に気付いた。

 

「ミルザム・バーン」

「確か、解放者ラウス・バーンの祖先じゃったな」

「はい。そして、彼の手記によると彼女には生前子供が居たそうです。もしかしたら……」

「……その子供が、エルフェウス」

 

 ハジメの脳裏にエルフェウスとエヒトの会話が蘇る。

 

「……そうだ。あの時はそれどころじゃなかったが、確かにあいつは母親のことを口にしてた」

「エヒトもそのようなことを言っておった。間違いないじゃろ」

「ちょ、ちょっと待って。一体何の話?」

 

 完全に三人だけで進んでいた話に思わず雫が話に割り込む。周囲の面々も何のことだか分からず首を傾げている

 

「あ……す、すみません!? えっとですね、私達が魂魄魔法を手に入れた時なんですが──……」

 

 愛子の話を聞いた雫達は「なるほど」と深く頷いた。

 

「エルスの……お母さん」

「あの子、エヒトに母親を……」

「じゃあ、お母さんの仇を討つために……?」

「何か、やるせねぇな」

 

 数千年前の人間であるラウスが祖先と称するくらいだ。当然、エルフェウスとミルザムはそれ以上昔に生まれた人間ということになる。

 そんな遥か古代からエルフェウスはエヒトに仕えていた。復讐の為とは言え、その仇の男に仕え続けるなど並の胆力では出来ないだろう。

 エルフェウスの今までの苦悩を想像し、香織達は表情を曇らせた。

 

「……南雲。もしかして」

「ああ。可能性はあるな」

 

 一人考え込んでいた光輝がハジメに問いかけると、ハジメも同意するように頷いた。

 

「神山に行くぞ」

 

 エルフェウスに立ち向かうことを決意した彼らだったが、無策で突っ込んで勝てる相手だとは微塵も考えていない。だが、エルフェウスという存在について何も分からないことには作戦の立てようもない。

 エルフェウスが本当にミルザム・バーンの娘ならば何か記述が残っている可能性がある。それが小さなものでも今のハジメ達には状況を打破するキッカケになり得る。

 

「シア。お前はしばらく体を休めて──」

「着いていきます」

 

 病み上がり、という訳ではないが、先日まで精神的に疲弊していたシアの体調を考慮して残るように伝えたハジメだったが、シアはその言葉を遮って自分も着いていく旨を伝えた。

 

「私のことを気遣ってくれるのは嬉しいです。でも、大丈夫です。もう覚悟は出来てますから」

「……そうか」

 

 その顔つきからシアの決意を感じたハジメは「無駄な気遣いだったな」と笑みを浮かべた。

 

「つーわけだ。俺達は神山へ向かう。先生は女神の威光を利用して民衆を騙しまくれ」

「言い方!? 言い方が悪いです!! それじゃ私が悪人みたいじゃないですか!!」

「良いんだよ。どうせこのままじゃ人類は滅亡する。嘘だろうが何だろうがそれが結果的に奴らの生存に繋がるんだ。マニュアルは渡したろ? 盛大にやってくれ」

「うぅ〜。分かってますよぉ」

 

 自分が扇動するだけで人類が団結し、エルフェウスの野望を打ち砕くハジメ達の手助けになるのなら文句も言えない。

 

「天之河、お前らも着いてこい。魂魄魔法を会得しておけば少しくらい戦力の足しになるだろ」

「ッ! いいのか?」

「てめぇが最初に焚き付けたんだろうが。良いからついて来い」

「……ああ!」

 

 光輝に続いて頷いた龍太郎達の姿を確認した後、ハジメは残った料理をあっという間に平らげるとがたりと立ち上がった。

 

「例の歌声は今この瞬間も広がりを続けている。おそらく王都も数日と保たないだろう」

 

 既にハジメは即席でドローンを錬成し、話に聞いた巨像とやらの偵察を行っていた。すると確かに聞いた通りの不可思議な見た目をした巨像とその周囲を飛び回る使徒の姿を発見した。

 下手に刺激するのは危険と判断してそれ以上の接近は避けたが、猶予がそこまでないことは断言できる。

 

「時間が惜しい。すぐに向かうぞ」

 

 ハジメの言葉に全員が頷いた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 周囲を飲み込む閃光が収まると、そこは光輝達にとっては新鮮で、ハジメ達には見覚えのある光景だった。

 

「良し。全員いるな?」

「ああ、本当にあっさりと最奥に入れたな」

 

 七大迷宮の恐ろしさを体験している光輝はあっさりと迷宮の最奥へと足を踏み入れられたことに、ほんの少しだけ肩透かしを食らった気分になる。

 

「私がユエさんと来たときはもう少しあったんですが……」

「もしや、エヒトの死を目撃していることが何か関係しているのかもしれんの」

「それならそれで好都合だ。とりあえず、全員魔法陣乗っとけ」

 

 ハジメの指差す方向。中央に描かれている魔法陣を目にした魂魄魔法を会得していない面々は顔を見合わせた後、全員がその中へと足を踏み入れた。

 

 頭の中に何かが入り込んでいる不快感に全員が顔色を悪くするも、すぐに表情の色が戻る。どうやら無事全員が魂魄魔法を会得できたようだ。

 それを確認したハジメは「それじゃあ」と彼らに背を向けてある方向に視線を向ける。そこにあるのは一枚の肖像画。しかし、ハジメが注目しているのはそこでなくその隣。

 

「ティオ。あれに見覚えはあるか?」

「いいや、妾の記憶にはないの」

 

 そこには小さな魔法陣が描かれていた。ハジメ達の記憶ではそんなところで魔法陣を見た覚えはない。つまり、ハジメ達が訪れた後にここに来た何者かによるものだと考えるのが妥当だ。

 

「俺が触れる。全員下がってろ」

「待ってくださいハジメさん。罠の可能性も……!」

「それならここに入った時点で全員やられてる」

 

 その魔法陣がエルフェウスが仕掛けた罠である可能性をシアが忠告するも、ハジメは構わず魔法陣に手を伸ばす。

 仮にこれが侵入者を撃退する為の仕掛けだったとしても、そもそもが最奥に入れないように転移の魔法陣を消せば済んだ話なのだ。無論わざと招き入れて仕留める意図も考えられるが、どのみちこの場所がエルフェウスに繋がる唯一の情報源なのだ。危険だからと簡単に退くことも出来ない。

 

「さてと、鬼が出るか蛇が出るか……」

 

 全員が固唾を呑む中、ハジメの手が魔法陣へと触れ──

 

『やあやあやあ! みんな大好きミレディさんだよ! いえーい!! 見てるぅ〜♪』

 

「「「……は?」」」

 

 ハジメの隣。ちょうど肖像画の前付近に現れた半透明な小さなゴーレムに目を見開いた。

 

『もしかして罠だと思った? どんな攻撃が飛んでくるかビクビクしてた? 残念でした! 正解は皆のアイドルミレディさんでしたぁ〜♪ あれ? あれれ? もしかしてビビった? ビビっちゃった? プギャーーーッ!!』

 

 ビキッという七つの不穏な音が室内に響く。もれなく全員のこめかみに血管が浮かび上がっていた。

 

「消し飛ばす」

「落ち着け南雲。気持ちは分かる。痛いほど分かる」

 

 バチッと紅いスパークを纏わせた拳を振り上げるハジメを光輝が止める。あのお人好しの極みのような光輝を持ってしてもミレディのウザさには耐えきれなかったらしい。

 

「これは記録映像か? 俺達がここに来ることを読んでやがったな」

「この声、あの時の騎士ゴーレムと同じ?」

「と言うことは、この小さなゴーレムは……」

「はい、ミレディ本人です。間違いありません」

 

 香織や雫を始めとした面々はこの形態のミレディを知らなかったが、その声色とシアの肯定の言葉で改めて気を引き締めた。記録映像ということはこのミレディの姿は過去のもの。今の自分達に干渉することなど出来ないが、それでも敵に回った彼女の存在に警戒するなという方が無理な話だ。

 

「……どういうつもりだ」

『どういうつもりだ。多分、君はこう聞いたんじゃないかな? 南雲ハジメくん』

 

 過去の映像である筈のミレディは、まるでハジメの問いかけが聞こえていたかのように言葉を返した。その声色には少し前までの軽薄な印象は微塵も感じず、あまりの切り替えの速さに全員が思わず動揺する

 

『この映像を君達が見てる時には既に、私とユエちゃんはエルフェウス側について、君達と敵対してるんだと思う。それでもここに来たってことは君達は立ち上がったんだね……ホント、凄いと思うよ。全部諦めた私とは大違いだ』

「ミレディ?」

 

 以前までならミレディの感情を現すかのように様々な表情に変化していたゴーレムの顔部分に描かれているのニコちゃんマークは不気味なほど微動だにしない。

 

『私は自分の選択が間違ってるとは思わない。これがきっと、最悪の中の最善だと信じてる。それでも、君達からすれば私の選択はれっきとした裏切りだろう。納得がいかないと思う。疑問も尽きないと思う』

 

 過去の映像に言葉を返しても意味が無いが、自然と全員が頷いていた。

 彼らは何も分からない。エルフェウスの思惑も。ユエの真意も。ミレディの覚悟も。

 与えられたピースだけでは到底数が足りず、どちらが前かも分からない真っ暗な闇の中を彷徨っているようなものだ。

 

『だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()

「「「──ッ!?」」」

 

 だからこそ、突然もたらされた一筋の光明に驚愕する。

 

『でも、勘違いしないで欲しい。私が教えられるのは今世界で起きてるであろう事実だけ。対策だとか、解決方法を教えられる訳じゃない。そんなのあったら私が教えて欲しいくらいだよ』

「それだけでも今の俺達には十分有用だ」

「でも、何でミレディはそんなことを……」

『信じて欲しいなんて今更言う資格がないことは分かってる。これは私のただの我儘だ。でも、聞いて欲しい。知って欲しい。それを踏まえた上で、君達の答えを聞かせて欲しい』

 

 半透明のゴーレムの後ろに薄っすらと浮かび上がる蒼穹の瞳を宿した少女に全員が息を呑む。

 しばらく置いた後、ミレディはゆっくりと語りだした。

 

『今、下界には巨大な天使像が現れてると思う。あれの正式名称は“熾天使の唄(ララバイ)“。エルフェウスの目的を達成する上でキーとなるアーティファクトで、その用途は……()()()()だ』

「魂の、収容?」

『あれは歌声を聞いた者を眠りにつかせるなんてチャチなものじゃない。音で魅了した者を“誘導“し、魂を天使像の核へと取り込む超広範囲洗脳捕獲鹵だよ』

 

 歌声を聞いた者が決して目覚めない眠りに付いていることは聞いていたが、それが魂の抜き取られている弊害だとは思いもしなかった彼らは言葉を失う。

 

『そして、集められた魂に宿る人の意志。それらの感情や記憶を汲み取り、統合し、相対的な意思決定機関を生み出す……つまり、この世界を統べる為の“神“を顕現させる。“熾天使の唄(ララバイ)“はその神を降臨させる器という訳さ』

 

 誰もが何も発せない中、ハジメやティオといった一部の者だけは、その事実がエルフェウスの語った内容と一致することに気付いた。

 

 世界の意志を統合させる。物事を裁定する意思決定機関。そして、人間の意志の結合体を神と呼んだエルフェウス。

 到底理解できない荒唐無稽な話だったが、エルフェウスはそれを本気で実行する気らしい。

 

『そして、最終的なエルフェウスの目的。それが……』

 

 だが、続く言葉に誰しもが意味を理解できずに首を傾げた。

 

 

 

──誰もが泣けない世界の実現。

 

 

 

 それは一見夢見がちな子供のような夢で、同時に絶対にありえてはならない悪夢のような野望だった。

 

 

 

 




泣かないではなく泣けない。
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