時間が経つのは早いですなぁ。
……え? 一年の間に同作品で3作も出してるの?
「所詮は下等な人間。元々期待はしていませんでしたが、まさかここまで愚かだとは」
目の前の光景を見て、ノイントは言葉を吐き出した。
彼女の瞳には、エルフェウスによって発動した魔法によってトータスに呼び出された者たちの滑稽な姿が写っていた。
突然の転移に困惑する彼らをイシュタルが別室に移動させ、落ち着いた頃合いを見計らって今の状況を説明した。話を続ける中で、帰還する方法が無いことを知った彼らは、イシュタルに向けて不満をぶつけた。
『皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味が無い……俺は戦おうと思う』
しかし、転移者の一人──天之河光輝の一言によって、喧騒は瞬く間に収束していった。
戦争に参加することを表明した彼に続くように、あれよあれよとクラスで団結して戦う流れが出来、教師の愛子の言葉も既に届かなかった。
「貴方に話しているのですよ、エルフェウス」
「〜〜ッ!!」
ギロッとノイントが睨みつける先には、両手で口元を覆い、ピクピクと震える妹の姿。
どう見ても笑いを全力で堪えているようにしか見えない。
「何の根拠も情報も無しに、安易に話を真実と決めつける愚者。他人に意思決定を擦り付ける雑種。このような下等な連中があの方の役に立つと?」
「……ふう、自分の意思を持たないのはノイント姉様たちも同じじゃないですか?」
「……」
「冗談ですって。そんな怖い顔しないで下さいよ」
目を細めたノイントの姿に、エルフェウスも流石におちょくりすぎたかと話を戻す。
「で、あれが役に立つかですよね? 立ちますよ? 間違いなく」
「あんな子供がですか……?」
改めてノイントは呼び出された彼らの姿を凝視する。
何人か武術をかじっている雰囲気を纏う者はいるが、所詮子供のチャンバラレベルだ。エヒト様に力を与えられていると言っても、今の自分でも問題なく殲滅できるだろう。
精神面に関しては論外だ。自分たちの状況を全く理解しておらず、根拠もなく何とかなると信じている。
「分かってませんね、ノイント姉様。力なんてものは最初から期待してませんよ。どうせ、どんな雑魚でも主様に力を貰えばそれなりに落ち着くんですから」
「では、あの者たちを選んだ理由は?」
「
特に、あの天之川光輝という子供は最高ですよ? と、続けるエルフェウスに、ノイントは転移者をまとめている少年に目を向ける。
「愚かな人間ほど駒として利用するには最適なんです。あまり優秀過ぎても処分する手間が増えてしまうかもしれませんし、せっかく連れてきたのに勿体ないでしょ?」
加えて、彼らはまだ学校という箱庭の外に出たことが無く、責任感や社会性が育ち切っていない。特に光輝はどう育てればこんな人間が出来るのかとエルフェウスが本気で首を傾げるほどの自信過剰とご都合主義を併せ持っている。
「あのお馬鹿さんを言い包めるだけで他が勝手に着いてくるんですから、こんな簡単な事はないですよ」
「……なるほど」
エルフェウスの言葉に納得したノイントは話を打ち切り、ただ黙ってイシュタル達のやり取りを眺め始める。
(逆に言えば、この場で他者に流されず、常に状況を把握しようとする者が居れば、それが要注意人物になりえるということ)
エルフェウスの視線が
(同じ趣味を持つ者同士、名前だけは知っていましたが……ふふ、興味深いですね)
◇ ◇ ◇
異世界から勇者たちが召喚された日から一週間が経過した。
ほとんどの者が修練所で訓練に明け暮れる中、一人、休憩時間を利用して王立図書館で調べ物をしている少年が居た。
少年の名は南雲ハジメ。漫画やアニメ、ゲームをこよなく愛する自他ともに認めるオタクであり、勇者一行の中でありふれた非戦闘職である“錬成師“を与えられた少年だ。
本来は現地の人間と比べても隔絶したステータスを誇る勇者一行の中でも、平均以下のステータスによって無能のレッテルを張られてしまった哀れな存在。
力でダメならば知識で周りとの差を埋められないかと試行錯誤するも、結果は乏しいものだった。
「はぁ、いっそのこと旅でもでようかなぁ」
「どこに行きたいのですか?」
「うわぁああ!?」
意図せず口からこぼれた独り言だったのだが、まさか返事が返ってくるとは思わなかった。
椅子を蹴飛ばしながら飛び上がったハジメが慌てて声のした方を振り向くと、そこには修道服を着た薄水色の髪の儚げな少女が佇んでいた。
「いっ!? あ、な、待っ!?」
修道服を着ていることから、聖教教会に務める修道女だということは分かるのだが、問題はその容姿だ。
この世界に来てから、地球のエセメイドとは格が違う本物のメイドを見て、それなりに美女美少女に耐性があったハジメでも言葉に詰まるほどにその少女は美しすぎた。動揺するハジメに首を傾げた少女の動きに合わせて流れる、絹糸のような髪と、僅かに覗く首元に、無意識の内にゴクリと唾を飲み込む。
そのまま硬直してしまったハジメだったが、ちょいちょいと少女がハジメの後方を指差す姿に、無意識に後ろを振り向くと……
「……」
偶然通りかかった司書が物凄い形相でハジメを睨んでいた。
必死に頭を下げるハジメに「館内ではお静かに」と、無駄にドスの効いた注意勧告を受けることで何とか見逃してもらえることとなった。
「はぁああ」
「災難でしたね?」
「君のせいでもあるんだけどね」
他人事のように語りかけてくる少女に、流石のハジメもジト目で返事を返した。
「ふふ、すみません。まさかお声を掛けただけであそこまで驚かれるとは思わなかったもので」
「うっ……それは、まあ……」
言われてみると確かにそうだ。いきなりではあるが、彼女はただ声を掛けただけで、自分が必要以上に騒いでしまっただけなのだ。
「ところで、貴方様は神の使徒様ではありませんか?」
「え? ああ、そうですけど……」
この時、ハジメには一つの嫌な予感が過ぎった。
異世界に転移してから既に二週間が経過した。ハジメが無能だという話はどこからか漏れてしまったようで、城内の兵士やメイドから侮蔑の視線を貰うことが多くなってきたのだ。中にはわざとハジメに聞こえるように陰口を叩く者も居る。
彼らからすれば、エヒト神の力を授かっておきながら、その無様はどういうことだ。といった思いがあるのだろう。無論、ハジメからすれば酷く自分勝手な理由だ。しかし、仮にも神の使徒の一員であるということが幸いしたのか、直接面と向かって伝えてくる者は居なかった……これまでは。
(ああ、いつか来るとは思ってたけど、最初がこんな美人の女の子なのは少しキツイな)
訓練開始の時間まではまだあるが、適当に切り上げて先に向かってしまおうかと考え始めるハジメ。
「やっぱり! もしよろしければ、使徒様の世界のことをお教えくださいませんか?」
「……え?」
しかし、少女の口から飛び出したのは、予想したような糾弾の言葉では無く、自分たちの世界を知りたいという好奇心に満ちたもの。
そのことに一瞬呆気に取られるハジメを置いて、少女は興奮するように語り続ける。
「だって異世界ですよ! どんな人が居るのか、どんな文明が築かれているのか、どんな世界が広がっているのか。知りたいじゃないですか!!」
頬を赤く染めながら迫る少女の圧に思わず圧倒される。どうやら儚げな見た目と違い、かなり好奇心旺盛な性格をしているようだ。
だが、ハジメにも彼女の気持ちはよく分かった。自分とて、もし旅に出るのなら、どこに行こうかと妄想に胸を膨らませていたくらいだ。それに、彼女なら本に記載されていない現地人としての話を聞けるかもしれない。
「えっと、訓練があるから長くは話せないけど……僕で良かったら話そうか?」
「いいんですか!?」
「うん。その代わりと言ったらなんだけど、この世界のことを僕に教えてほしいんだ」
「私が知っている範囲でよければ喜んで!!」
そう言うと同時に、近場の椅子を持ってきた彼女は、ハジメの隣に腰を下ろした。
ナチュナルに隣に座ってきたことに驚きはしたものの、キラキラと目を輝かせる少女の姿に苦笑を浮かべたハジメは、自らの世界について語り始めた。
◇ ◇ ◇
「へぇ〜、魔法が存在しなくて科学という文明が栄えた世界ですか。いまいち想像出来ませんねぇ」
「僕からすれば魔法が普通に存在するこの世界の方がびっくりするけどね」
あれから数十分。
ハジメが地球の話を一つする度に、少女がトータスの話を一つする。
それを繰り返す内に、段々とハジメの固さも抜けていき、今では当たり障りなく普通に接することが出来るようになっていた。
(慣れてきたのもあるけど、この娘が凄い聞き上手なんだよなぁ)
ハジメはそこまで話が得意な方ではない。それに、興味のあること以外は全く関心を寄せてこなかったために、いざ地球のことを話して欲しいと言われても、上辺だけで簡単な説明しか出来なかった。流石にいきなりオタク文化を話すのも憚れた。
それでも、彼女はハジメの話に一喜一憂してくれるため、話す側としてもとても話しやすかったのだ。
そして彼女から聞くトータスの話はとても有意義なものばかりだった。
本ではその国の歴史や文化を知ることは出来ても、現状を知ることは出来ない。地球のようにインターネットなどという情報が更新されるような便利な物も無いのだ。彼女は同僚や神官たちから各国の話を聞く機会がよくあったらしく、直接現場に赴いたことこそないが、トータスに住まう種族や国の在り方についてかなり博識だった。
だが、楽しい時間とはあっという間に過ぎ去るものだ。
「──って、やばっ!? もうこんな時間!?」
ふと、ハジメが壁に書けられている時計を目にし、訓練の時間が迫っていることに気付く。
「ごめんっ! 僕もう行かなきゃ!!」
「あ、そういえば訓練があるんでしたね。すみません話に夢中で気付けず」
「いやいや、僕がうっかりしてただけだから!」
慌てて立ち上がり、すぐに机に広げていた本を棚に戻そうとするが、その手を少女に止められた。
「急いでいるのですよね? ここは私が片付けておきますよ」
「ええ!? でも、元々僕が持ってきたもので……」
「このくらい何てことないですよ」
私、今暇ですし。そう言って微笑む少女に、ハジメはどうしようかと悩むが、こうしている間にも刻一刻と訓練の時間が迫ってきている。
「じゃ、じゃあ、お願いしていいかな……えっと……」
譲る様子の無い少女に礼を言って立ち去ろうとするも、まだ名前すら聞いていなかったことにようやく気付いた。
そんなハジメにクスクスと笑いを溢した少女は、改めてハジメに向き直り──
「
「あ……僕は南雲ハジメです。その、出来れば使徒様はやめて欲しいかな」
「分かりました、ハジメ様」
「様も要らないんだけどなぁ」
「ふふ、それは私の立場上お許しください」
様付けされることに慣れてないハジメは、何となくむず痒い気分になったが、エルスが聖教教会に所属する修道女である以上、神の使徒相手に敬称を取ることは色々と問題があるのだろう。彼女に迷惑をかけるわけにもいかないため、仕方なく受け入れることにした。
「私はよく
「う、うん……じゃあ、また……」
まだ片付けもあるというのに、王立図書館の入り口まで来て、激励の言葉を送ってくれるエルスに背を向け、ハジメは訓練所に向かって走る。
いつもならこれから始まる憂鬱な時間に気分がどん底に落ち込むのだが、美少女に応援の声を掛けられただけで気分が高揚するチョロい自分に苦笑しながらも、ハジメは駆けていく。
(まぁでも……僕なりに少しは頑張ってみようかな)
そうして曲がり角を曲がろうとした瞬間──
「──ッ!?」
ゾクッとハジメの背中を悪寒が襲いかかった。
まるで氷柱を背中に突っ込まれたかのような寒気に、全身に鳥肌が浮かび上がる。
バッと後ろを振り向くと、そこには手を振ったままの体勢で、不思議そうに首を傾げたエルスの姿が。
(……き、気のせいかな)
周囲を見回しても特に何もおかしな点は見当たらない。
(疲れが溜まってるのかな?)
休みとか貰えないかなぁ、と思いながら、ハジメは妙な寒気を勘違いか、自身の疲労からだろうと結論づけて先を急いだ。
「……」
ハジメが角を曲がり、姿を消した後、エルスは振り続けていた手をスッと下ろした。
「いけませんね。ついつい楽しすぎて洩れてしまいました」
一人その場で頬を挟み、ムニムニとこねくりまわす。しばらくそれを続けた後、だらんと腕を下に垂らし──
「…………あはっ」
その口元には、三日月のような笑みが浮かんでいた。
>南雲ハジメ(魔王化前)
何だかんだ三作目にして初めて魔王化前のハジメを書きました。改めて自分の作品は異質だなぁと感じました。
>エルス・フェウ
一体誰なんだぁあああ(棒読み)