絶望の物語の作り方   作:羽織の夢

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舞い降りちゃった女神

 ミレディとの対話を終えたハジメ達は、念のため大迷宮の最奥を手当たり次第に調べ回った。

 少しでもエルフェウスやミルザムの情報が得られれば儲けものと考えていたが、残念ながらそれらしい記述は見つからなかった。

 

 ミルザムは世間的には神に反逆したとしてバーン家から追放されている。ラウス・バーンの手記にも書かれていたが、ミルザム関連のものはまとめて処分されてしまっているのだろう。同様にその娘のエルフェウスの記録が無いのも仕方がないことだった。

 

 とは言え、ミレディからもたらされた情報があるだけマシだ。対抗策や弱点が分かった訳ではないが、用途も効果も不明だった巨像の情報が知れただけでも十分な収穫だ。

 ひとまずここでやれることはもう無いと全員が迷宮の最奥から転移陣で神山へと戻って来た時だった。

 

「……ん? 先生か?」

 

 神山の大地へと足をついたハジメが首を傾げながらどこかに意識を集中している様子に、愛子と念話石を通じて会話をしているのだろうと誰もが気にせずに下山を始める。

 しかし、続く言葉に全員の足が止まった。

 

「何だと? 魔人族が王都に現れた?」

「「「ッ!?」」」

「……ああ、分かった。すぐに向かう。先生は近づくなよ?」

 

 念話を切ったハジメが周囲を見渡すと、案の定誰もが説明を求めていた。

 

「王都の前。守護結界の外に魔人族の大群が現れたみたいだな」

「魔人族……あの白竜の乗り手の男かの?」

「先生が大群って言うならあいつの空間魔法だろうな。確実に居るぞ」

 

 大群と付ける程の規模の人員を動かすにはそれなりの時間と手間が掛かる。何よりも、現在大陸の北と南は“熾天使の唄(ララバイ)“によって分断されている。大陸南部に位置する魔都から大陸北部の王都まで来るには空間魔法による転移をする他ない。

 

「転移用の魔法陣を他にも仕掛けてたのか。抜け目のない奴だな」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろう!? 早く増援に向かわないと!!」

 

 大規模転移用の魔法陣は既に除去されているが、万が一のことも考え、他にも人間領のどこかに魔法陣を設置していたのだろう。用意周到な相手にハジメが関心するように頷いていると、光輝が慌てて声を上げる。

 

「落ち着け。今魔人族と争ってる暇なんかねぇだろ」

「でも見過ごせないだろ! もしまた王都に入られたら……!!」

「それはない」

「……え?」

 

 光輝の考える最悪の事態を一も二もなく否定するハジメの姿に光輝だけじゃなく、龍太郎や鈴も目を丸くする。

 

「あの時は中村が大結界に細工したから突破されたんだろ? 奴は今牢屋だ。それに大結界は俺が完璧に修繕した。あの野郎程度に破られるわけねぇだろ」

「そ、そうなのか? まぁ、南雲がそう言うなら……」

「それに、奴らとて今が戦争を続けてる場合じゃ無いのは分かってるはずだ。あいつはあの場に居たわけだしな」

「じゃあ、何が目的で……」

「自分達だけじゃ対処出来ないと踏んだんだろうよ」

「それって……!!」

「ま、いずれにせよ向こうの出方次第だな」

 

 ある可能性を口にしたハジメに全員が「まさか……!」と驚愕してる間に、ハジメはひょいひょいと瓦礫の山を下り始める。

 

「とりあえず、早いに越したことはない。すぐに下りるぞ」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「──では、そちらに交戦の意思はないと?」

「ああ、そのとおりだ」

 

 王都を覆う大結界の外。そこでは人間族の女と魔人族の男が互いに5メートル程離れた位置で対面していた。

 大結界の内側ではいつでも加勢が出来るように多くの兵士が固唾を呑み、反対に魔人族側も少し離れた位置で成り行きを見守っていた。しかし、両者の瞳からは隠しきれない怨恨の思いがにじみ出ている。

 騎士団員を数名引き連れた女性騎士──クゼリー・レイルは魔人族の男──フリードの背後に佇む軍勢に目をやるとあからさまに眉を潜めた。

 

「……それにしては、いささか武装が目立つように感じますが?」

 

 フリードの背後に控える兵士達。そしてその後ろに並ぶ軍隊が身につける装備は王国のものと比べても見劣りしないレベルのものばかりだ。

 

「仮にも敵対国の前だ。必要最低限の処置と判断して頂きたい」

 

 これでもフリードなりに便宜は図ったつもりだった。敵意を持って侵略する気はないと言っても、相手がいきなりこちらに危害を加えてこないとも限らない。この場に魔物を呼び出していないのも必要以上の圧を人間族に与えない為の配慮だ。

 

「そちらの要求は何でしょう? 私から上へと通させて頂きます」

「我々魔人族が求めることは二つ。一つ、我々は人間族との一時停戦を申し出る」

 

 フリードの要求に人間族側が大きくざわつく。

 

「……理由は?」

「そちらも大陸中央での現象は知っているはずだ。争いを続けている暇などない」

「それについては同意します」

 

 現在、人間族は“熾天使の唄(ララバイ)“の対処でとてもじゃないが魔人族と争っている場合ではない。判断をするのは自分では無い為この場ですぐに解答は出来ないが、リリアーナの元近衛騎士として彼女の側に居たクゼリーは、リリアーナがこの要求を跳ね除けることは無いだろうと考えていた。

 

「では、もう一つは?」

「大陸中央で起きている未曾有の現象。我々はこれを世界共通の危機と捉えている。既に一種族、一団体で解決出来るものではない」

「……まさか!?」

 

 黙って要求を聞いていたクゼリーだったが、続く言葉を察したのか、その目を見開いて驚愕の表情を浮かべる。

 

「二つ目は()()()()()()()()()()()()()()()

 

 フリードの口から飛び出した衝撃の提案に、人間族側から動揺の声が上がる。

 

「ば、馬鹿な!? 貴殿は自分が何を言っているのか分かっているのか!?」

「無論だ。全てを理解した上でこの場に立っている」

「我々が今までどれだけの仲間を奪われてきたと思っている!!」

「それはこちらとて同じこと。だが、今は過去の遺恨に囚われている場合ではない」

「それは……!? そうだが……!」

 

 フリードの言い分も十分理解できる。だが、これは理屈どうこうで割り切れるものではない。それだけ人間族と魔人族の溝は広く、深いのだ。懐に入れた途端、両種族の一部が暴走して殺し合いに発展してもおかしくない。

 

(やはり、ここはリリアーナ様に一度意見を仰がねば……!)

 

 クゼリーは亡きメルドの後釜として騎士団団長の座に就任したばかりだ。前任のメルド程の影響力を持たない彼女では下手な発言は兵士達の間に亀裂を生む危険性がある。さらに怨敵を目の前に今にも襲いかかりそうなまでに兵士達が殺気立っている。ここは一度情報を王宮へと持ち帰り、リリアーナ達上層部の意見を求めるべきだと判断した。

 

「私個人では判断が出来ない。一度──」

「ふざけんじゃねえ!!」

 

 しかし、そんなクゼリーの声は、背後からの怒声に掻き消された。

 クゼリーや側に控えていた騎士達が背後を振り向くと、一人の若い兵士が怒りに震えながら結界の外へと足を踏み出していた。

 

「同盟だと!? 今更どの面下げてそんなこと言ってやがる!! 俺の弟はお前達に殺されたんだぞ!!」

「……そうだ。俺も母さんを……」

「僕も友達を……」

「私も……」

「俺も……」

 

 一人の若い兵士の言葉を皮切りに、ボツボツと周りの兵士達も声を上げ、次第にその目を吊り上げていく。

 

(マズイ!!)

 

 ここでクゼリーが状況が悪い方向に流れていることに気付くが、既に種火はばら撒かれ、到底一人では抑えられるものではなくなっていた。

 

「てめぇらのような魔物モドキと手を組むなんてありえねぇ!!」

「どうせ何か企んでるんだろ!!」

「人殺しが! ぬけぬけと良く顔を見せれたな!!」

 

 一人が口に出してしまえばもう止められない。まるで雪崩のように次々と魔人族への怒りや憎しみが押し寄せる。

 そして、それを黙って見ていられる程、魔人族も寛容では無かった。

 

「何だと!? こちらが下手に出てればいい気になりやがって!!」

「満足に話も聞けないとは。所詮猿以下の蛮族か……!」

「フリード様!! やはりこのような低能な連中との会話など時間の無駄です!!」

 

 魔人族も国の英雄であるフリードの考えだからこそ、不満を抑えていたのだろう。だが、こうも正面から罵倒されては黙ってもいられない。

 ただでさえ殺気立って居た両者の不満が爆発し、武器に手を掛けるものも出始める。

 

(しまった……! 判断が遅かった!!)

 

 その光景にクゼリーは表情を歪ませる。両者の罵り合いは段々とヒートアップし、最早まともな手段では止められない程まで大きくなってしまった。

 もしここでどちらかが手を出してしまえば、それをキッカケに本格的な殺し合いが始まってもおかしくない。先程も言ったが、今は魔人族と事を荒立てている場合ではない。こんなことで戦力を削ってしまうなど、自らの首を締めているようなものだ。

 

(最悪、一人二人を無理矢理にでも抑え込むしか……!!)

 

 先陣を切った兵士達を自らで抑え込む。下手をすれば魔人族を庇う形に捉えられてしまいさらなる暴走の危険があるが、既に言葉で止められる段階を過ぎた以上致し方ない、とクゼリーは腰の剣に手を添えた。

 

 

 その時だった。

 

 

──パァーーンッ!!

 

 

 まるで空気が破裂したかのような爆音が周囲に響き渡った。

 殺気立って居た面々はその爆音に思わず耳を塞ぎ、表情を歪める。

 

 クゼリーも突然の爆音に驚いてはいたが、他とは違い、その原因に気付いていた。

 

(今のは、あの魔人族の将校の仕業か……!)

 

 彼女はハッキリと目撃していた。

 フリードが何かを口ずさんだ後、両手を合わせたと思ったらその爆音が周囲に響き渡った瞬間を。

 

 フリードが行ったのは至極単純。掌を叩き合わせた時に生じる音を増幅しただけだ。音自体に魔力は込められていない為、人体にダメージを負わせるレベルではないが、喧騒に満ちた場を収める効果はあったようだ。

 僅かな静寂が訪れると、フリードは徐ろに背後に視線を向けた。

 

「交渉中、何があっても口を挟むなと周知させたはずだが?」

「し、しかし! 奴らの態度は度が過ぎています!! このままでは魔人族の威厳が……!!」

「その威厳とやらで民の命は救われるのか?」

「そ、それは……」

「忘れるな。我らの手に魔人族の未来が掛かっているのだ」

 

 黙り込む魔人族の若い兵士を見やった後、ぐるりと視線を巡らせたフリードは目を鋭くさせながらそう告げた。

 そのフリードの姿に他の魔人族の兵士達もばつが悪そうに視線をそらす。

 深くため息をついた後、フリードは最初に怒声を上げた若い人間族の兵士に顔を向けた。

 

「君は弟を我らの同胞に奪われたのだったな」

「そ、そうだ! お前達に弟は殺されたんだ! そんな奴らと同盟なんか組めるか!!」

「そうか……悪いが、そのことを謝罪するつもりはない。私は軍を指揮する立場にある。私が頭を下げてしまえば、それは命を掛けて戦った同胞への裏切りになる」

「〜〜ッ!! 結局自分達に都合が良いように言い訳してるだけじゃねえか!!」

 

 怒りに任せ、若い兵士はついに鞘から剣を引き抜こうとする。

 その姿に最早躊躇はしてられないとクゼリーが実力行使に出ようとし──

 

「止めなさい!!」

 

 凛とした声が響き渡り、思わず兵士は抜きかけた剣の柄から手を離した。その人物を捉えたクゼリーは驚きに目を見開く。

 

「リリアーナ様!? どうしてここに!?」

「国王であるお父様亡き今、私が矢面に立つのは当然です」

「そうではありません!! まだ彼らが安全と決まったわけでは……!」

「危険は承知です。しかし、彼らもそれを理解してここに来ているのでしょう。ならば、私も相応の覚悟を見せる必要があります」

「ですが……!!」

「大丈夫です。これでも政にはそれなりに関わってきたつもりです。彼が嘘をついていないことぐらいは分かります」

 

 リリアーナの登場に困惑していたクゼリーだったが、説得は無理と判断したのか、万が一の時はリリアーナだけでも逃がせるように彼女の側に立つ。その様子に申し訳無さそうに眉を下げた後、リリアーナはフリードと正面から向き合った。

 

「お初にお目にかかります。ハイリア王国王女、リリアーナ・S・B・ハイリヒと申します。一時的ではありますが、国王の代理を勤めさせて頂いております」

「フリード・バグアーだ。将軍の地位についている。まさか、王女自らお越し頂けるとはな」

「それだけこちらも事態を重く見ているということです」

「では、こちらの要求を呑んで頂けるだろうか?」

「……()()()には今すぐにでも受け入れたいと思っております」

()()()には、か……」

 

 ハジメ達が居るとはいえ、エルフェウスに対抗する戦力は多いに越したことはない。しかし、それが魔人族となれば話は変わる。国を守るためならば宿敵と手を組むくらいの覚悟をリリアーナは持っているが、それを国民が受け入れられるかはまた別だ。

 

「この国を守る為ならば貴方方と肩を並べるのが最善でしょう。ですが、事はそう簡単ではありません」

 

 たとえフリードとリリアーナという国の最高位に就く二人が協力関係を築き、戦力を合わせた所でそれは結局形だけのものに過ぎない。

 下手をすれば連携に軋みが生まれ、戦力は低下、最悪味方同士での潰し合いに発展しかねない。

 

「それだけ人間族(わたしたち)魔人族(あなたがた)の溝は深く大きいのです」

「それでも、やらねば我らは滅びる。敵はそれだけ強大なのだ」

 

 届かない理想に苦しむリリアーナとハッキリと現実を告げるフリード。クゼリー達一部の騎士団やフリードに近しい者達は不安げな表情で各々のトップの判断を待っているが、それ以外の殆どの者は未だに宿敵に向けて殺意をぶつけ合っている。

 

 そんな時、一人の人間族の兵士が気付いた。

 

「……ん? もしや、“豊穣の女神“様では?」

「ッ!?」

 

 結界の内側。魔人族が視界に入るギリギリの壁に隠れるように頭を覗かせていた愛子は自身の呼び名を呼ばれたことに盛大に肩を跳ね上げた。

 

「おお! もしや野蛮な魔人族共に裁きを下そうといらしたのですか!!」

「え!? いや、私は──」

「流石は“豊穣の女神“様!! 貴方様が居れば魔人族共の手など借りなくとも我らだけで危機を乗り越えられましょう!!」

「ささ!! どうぞその御威光を奴らに見せつけましょうぞ!!」

「だからそうじゃなくて──」

 

 ハジメに近づくなと言われていた愛子だったが、お供の制止を振り切って飛び出したリリアーナが心配で後を付いてきていた。リリアーナがフリードの前に出てからは物陰からハラハラしながら見守っていた彼女だったが、そのせいで周囲の警戒が散漫になり、その存在が知れ渡ってしまった。

 

 既に“豊穣の女神“として国民に信仰されていた愛子は「違うんです!? 心配で覗いてただけなんですぅ!?」という言葉も虚しく王国の兵士達によってあれよあれよと連れ出されしまった。

 

「ちょ、待って……! 私の話を──ふぎゅ!!」

 

 人の波に晒され、足元がおぼつかない愛子は、そのままバランスを崩して前のめりに倒れてしまった。

 慌てて顔を上げると──

 

「あ、愛子さん?」

「む? 誰だ?」

 

 両サイドから自分を見下ろす王国のトップ(リリアーナ)魔国のトップ(フリード)

 人間族側からは期待の眼差しを向けられ、魔人族側からは訝しげな表情を向けられている。

 

(どどどどどどどど、どうしましょう!?)

 

 怨嗟響めくその渦中に、25歳社会科教師が飛び込んだ。

 

 

 

 




愛子 in 爆心地
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