絶望の物語の作り方   作:羽織の夢

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白金の輝き

 火炎が地を焼き尽くし、稲妻が天を切り裂く。

 氷雪が体の自由を奪い、暴風が全てを吹き飛ばす。

 

 ユエとミレディ。

 魔法の極地へと至った二人から繰り出される魔法の嵐は、既に人の身で起こせる規模を大きく越え、天災と呼ぶに相応しい惨状を生み出していた。

 

「“緋槍“、“雷槍“、“凍雨“、“天灼“、“天翔閃“」

『“光牙“、“氷刃“、“穿炎“、“崩岩“、“劫火狼“』

 

 小さな吸血姫と大きなゴーレムから放たれる魔法。

 一発一発全てが災害と大差ない破壊力が秘められたそれは、まさしく敵対者に絶対の死を齎す豪雨であった。

 

 シア達は四方に散らばることでそれらを回避する。足を止めれば一瞬で物量で押し潰される。被弾を少しでも抑えるために、彼らは言葉を交わすことなく、ユエとミレディを包囲する形へと陣形を変える。

 

『やってくれるのっ!!』

 

 黒竜へと姿を変えたティオのブレスが空を引き裂きながらユエとミレディ目掛けて突き進むが、二人を覆うように展開した障壁が防ぎ切る。

 だが、防がれるのは折り込み済み。戦塵で視界が奪われるユエの耳が聞き慣れた声を捉えた。

 

「どりゃああああ!!」

 

 煙を突き破って現れたシアの一撃が振り落とされるが、それもあっさりと防がれる。

 

「……シア」

「どうもユエさん!! この前は色々やってくれましたね!!」

「やっぱりシアは強いね」

「今は嫌味にしか聞こえないんですけど……ね!!」

 

 ドリュッケンから手を放したシアは、そのまま体を捻り、頭上から踵を振り落とす。

 

(? ドリュッケンでも突破出来なかったのに何を……?)

 

 一瞬の疑問。すぐに驚愕。

 障壁がまるでガラス細工のように粉々に砕け散った。

 キラキラと光の粒が舞う中、ユエの視界の隅に写り込んだ黒銀の羽。

 

「分解ッ!? 香織……!!」

 

 ノイントの肉体を扱う香織は、当然肉体スペックだけでなく、固有能力も受け継いでいる。

 

「とりあえず一発殴ります!! 話はそれからです!!」

 

 障壁を突破したシアはドリュッケンを器用にキャッチし、そのまま振り上げる。

 

『ユエちゃんばっかで妬いちゃうなぁ♪』

 

 その時、シアの鼓膜を震わす音声。

 ユエの背後現れたミレディが、シア目掛けてヒートナックルを振り下ろしていた。

 回避は間に合わない。振り上げたドリュッケンを戻すよりも前にミレディの拳が直撃する。

 

 そんな未来が訪れないことをシアは分かっていた。

 

 ギャイン、という甲高い音と共に、ミレディの拳が弾かれた。

 

(これは……拳大の小さな障壁)

 

 人の拳程の大きさの障壁。一見頼りないそれは、限界まで凝縮された鈴による最硬の“聖絶“。

 

(でも……まだ甘い)

 

 間髪入れず、既に振られていたモーニングスターが視界を上に固定されたシアを下から狙っていた。

 隙をついたとは言え、真正面からの攻撃。ミレディは防がれることを前提に動いていた。

 

(最初はシアちゃん。次は竜人族の子。最後に使徒の体を使ってる女の子。それで終わりだ)

 

 情報源はユエ。

 万が一にも自分達を突破する可能性が1%でも秘めている逸脱者達。逆に言えば彼女らさえ抑えてしまえば、後のメンバーはどうとでもなる。

 

 しかし、ユエから自分達の情報が漏れていることなど百も承知。だからこそ、読めていた。

 

「「“八重樫流抜刀術 水月・漣“!!」」

 

 迫るモーニングスターの前に躍り出る二人の剣士。

 光輝と雫は互いに背中を合わせる形で八重樫流の剣を放つ。

 二条の剣閃により四つに分割されたモーニングスターは彼らを掠めてあらぬ方向へと散らばっていく。

 

 そして光輝と雫の背後より飛び出す一人の男。

 

「おっしゃああああああああああっ!!!」

「ぶっ飛べぇえええええええええっ!!!」

 

 龍太郎とシアの一撃がユエとミレディを真逆の方向へと吹き飛ばした。

 

「──っ!」

 

 空中で態勢を立て直そうとしたユエだったが、その体に黒竜の巨体が激突し、更に遠方へと突き進んでいく。

 その後をシアが空を駆けながら追っていく。

 

「……なるほど、私とミレディを分断するのが目的」

「悪いが妾達と一緒に着いてきてもらおうかの!」

「……」

 

 自分の身体をがっしりと掴んで離さないティオと追従するシアを一瞥したユエは、俯瞰するように目を閉じてその流れに身を任せた。

 

「……」

 

 地面に激突したミレディが体を起こした頃には、既にシア達の姿は影も形も無くなっていた。

 その眼前に並ぶのは、四人の少年少女達。

 

『うんうん。敵の分断は戦略の定石だね。皆良く動けてるよ』

 

 良いようにやられたというのに、ミレディは気楽に軽口を叩く。

 単純に分断されたところで何の問題も無いと判断しているというのもあるが、それ以上にミレディやユエにとってこの状況は好機では無いが、特別不利でもなかったからだ。

 

「余裕そうですね」

『実際余裕だからね』

「あの反応。やっぱり私達が分断を狙っているのも気付かれてたようね」

「ああ。というか、離されようが離されまいがどっちでも変わらないんだろう」

 

 香織の追求にも何でも無いように応えるミレディに、雫と光輝は肩をすくめる。

 

『へぇ、気付いたんだ?』

「ユエと貴方を離すためにもっと仕込んでいたのに、こんなに簡単に思うように進んでくれれば嫌でも気付きますよ」

『私もユエちゃんも戦闘スタイルが似てるからね。あんまり近いと正直気を張るんだよ』

 

 ユエもミレディも魔力の高さを活かした広範囲殲滅を得意としている。近接職や後方支援職との連携ならともかく、二人で戦うとどうしても先程のような遠距離からの魔法の乱れ打ちが主となる戦闘方法となってしまう。

 

『連携が出来ないわけじゃないけど、ぶっちゃけそれが効率良いしね。君達が私達を分断しようとするなら別に各自撃破してけばいいやってユエちゃんとも話してたの』

 

 それはそれとして、とミレディが光輝達四人を視界に入れながら言葉を紡ぐ。

 

『君達は私を舐めてるのかな?』

「──ッ!?」

 

 まるで肌に直接突き刺さるような濃厚な殺気。

 全員が反射的に魂魄魔法で心を落ち着かせるが、それが無ければ戦意を失ってしまったかもしれないと思える程の圧力。

 

『白崎香織ちゃん。八重樫雫ちゃん。谷口鈴ちゃん。天之河光輝くん。坂上龍太郎くん。君達のことは知ってるよ。戦いとは縁もゆかり無かった君達が今この場に辿り着いた……うん、そのことは素直に称賛するよ? 南雲ハジメくんのサポートがあったとは言え、よく頑張ってると思う』

 

 かつて神に立ち向かった解放者のリーダー。その振る舞いはともかく、実力は本物だ。そんな人物に正面から称賛されれば、多少は気持ちが浮ついたかもしれないが、今なお突き刺さる殺気がそれを押し殺す。

 

『でもさ、君達だけで私をどうにか出来ると思ってるのなら大間違いだよ?』

 

 シアが居ないのは理解できる。彼女はあの中で一番ユエとの因縁が深く、何よりも純粋な身体能力はユエなど足元にも及ばない正真正銘バグ兎だ。

 魔法では他を寄せ付けないユエを倒せる可能性などシア以外には無いと断言できる。

 

 だが、ティオもユエに当てたのはミレディを舐めていると言わざるを得ない。

 

『勝てると思ってるの? ずっと彼らに着いてきただけの君達だけで……私に? 役者不足もいいとこだよ?』

 

 ミレディは振り上げた両腕を床に叩きつける。砕けた地面が重力に逆らうようにミレディの体に纏わりつき、純白の体を作り上げる。

 その名に恥じない威圧感を放つミレディを前にして光輝は聖剣を構えた。

 

「貴方のような偉大な人を相手にするには、確かに俺だけじゃ話にもならないだろう。でも、俺は一人じゃない」

「ええ。魔力の大きさや力の強さが全てじゃないってところを見せてあげましょう」

「悪いが、俺の辞書は諦めるって言葉が無いんだよ!」

「鈴だって、誰かを守ることなら誰にも負けないよ!」

 

 ミレディの殺気を受けながらも、光輝達は一切物怖じせずに臨戦態勢を取る。

 その頭上にて、香織が黒銀の翼を広げた。

 

「皆が繋いでくれた希望。ここで閉ざすわけにはいかない! たとえ、相手がこの世界の希望だった貴方だとしても!!」

 

 その姿に、その光景に。ミレディは眩しいものを見るかのように目を細める。

 

 ああ、ほんとに止めてほしい。

 どんな危機的状況でも諦めない。最後の最後まで足掻き続ける。

 誰かを救う為。世界を守る為。その為だけに命を掛ける彼らの姿は、まるでかつての自分達の生き写しだった。

 

(今の私を見たら、皆にも軽蔑されるかもね)

 

 仲間を募るために世界中を旅した。簡単に事が運んだことなど無かった。常に断崖絶壁に掛けられた綱を渡っているような危険な旅。そんな自分の元に集ってくれた仲間達。

 自分達の代はエヒトを倒すことが不可能と思い知らされ、それでも次代へと力を残すことを選んだ。

 

 自分の選択は、彼らの想いを踏みにじる行為だ。

 

 最高の結果を求め続けた彼らを裏切り、最善の結果に落ち着こうとしている自分。決して許されることでは無い。

 

(それでも私は決めたんだ。この世界を……皆が生きた証が残るこの地を滅ぼさせやしない。それが、今を生きる人達を見捨てる行為だったとしても)

 

 いつの間にかミレディの体から振りまかれていた殺気は収まり、今度はピンと弓引くような細く鋭い戦意が周囲の空気を満たし始める。

 漂う緊張感に光輝の頬を一筋の汗が伝い、顎からポタリと地面に落ちた。

 

「皆、いく──ッ!? 何だ!?」

 

 光輝の号令を掻き消すような轟音。そして、辺りを照らす()()()()()

 思わず音の発生源に目を向けると、そこには天高くまで伸びる銀色の光の柱がそびえ立っていた。

 

「ま、さか……!?」

 

 その銀色の光に交じる魔力を感じた香織は大きく目を見開いた。

 香織の脳裏に浮かんだのは一つの後悔。予測しておくべきだった。対策しておくべきだった。時間が無くとも、最低限の情報共有だけでもしておくべきだった。

 

 下界で見た黄金に輝く光。その光を纏った白銀の使徒達。

 あれは間違いなくユエの魔力だった。ユエの魔力を使徒に分け与えることで能力を飛躍的に向上させた個体。ただ魔力を上乗せしただけじゃない。エヒトの器に相応しいユエだからこそ、拒絶されることなく混じり合うことが出来たのだろう。

 

 

 ならば、()()()()()()()()と考えるべきだった。

 

 

 呆然とする彼らに、ミレディは悲しそうに事実を伝える。

 

『シアちゃんとティオ・クラルスちゃんは確かに強い。二人でかかればユエちゃんでも厳しい戦いになっただろうね』

 

 でも、と言葉を続ける。

 

『それはユエちゃんが君達の知るユエちゃんのままだったら、の話だよね?』

 

 

 

 ◇

 

 

 

 世界を無理やり塗り変えるような白銀の魔力。それを前にシアとティオは唖然したまま動くことが出来なかった。

 銀の柱の中心部。火が灯るように輝く黄金の輝きが、銀色に混じり合っていく。

 

 一瞬の閃光の後、現れるのは白金の輝きを纏った妙齢の女性。

 名付けの由来となった黄金に輝く金髪は、白銀の光が混じり合い、まるで月の光そのものだった。

 その身に纏う衣服は以前までの白衣の丈を大きくしただけの酷似したものだが、今のユエの輝きを前にすればまるで純白のドレスのように幻視してしまう。

 

「それは……エヒトの……!!」

『……何じゃ。随分成長したの、ユエ。それでご主人様を誘惑でもするつもりかの?』

 

 動揺するシアの代わりにティオが戯けたように言葉を発するが、動揺が声の震えから隠し切れていない。

 

「魔力が大きすぎて前の小さな身体じゃ収まらなくて、大きくしてみた」

「大きくしてみた、じゃないですよ……!! エヒトはユエさんの人生を狂わせたんですよ!! そんな奴の力を……!!」

「関係ない。私の目的はエルフェウスの悲願を手助けすること。その為なら叔父様の敵でも利用する」

「どうして……どうしてあの人の為にそこまで……!!」

 

 表情を悲痛に歪めながらシアは問いかける。

 なぜそこまでするのか。なぜそうまでしてエルフェウスの肩を持つのか。

 二人のこれまでを知らないシアは込み上げてくる想いをそのまま吐き出すことしか出来ない。

 

「……シアにとって私とハジメはどんな存在?」

「……私の運命を変えてくれた。誰よりも大切で大好きな人です。お二人のためなら命をかけても──」

「同じなんだ」

「……え?」

 

 その時のユエの表情は、振りまく妖艶な雰囲気に似合わず、まるで今にも泣き出しそうな迷子の子供のようだった。

 

「私が封印されたのは三百年も前。その間、ずっと一人だったと思う? ハジメと出会うまで、誰とも関わらずに生きて来られたと思う?」

「もしかして、その時に……」

「あの子はエヒトの目を盗んで私に会いに来てくれた。外には出れなかったけど、隣に居てくれた。それだけで私がどれだけ救われたか、エルフェウスは知らないだろうね」

 

 もしエルフェウスが自分を見つけてくれなかったら、ハジメが現れる三百年間を一人で過ごす羽目になっていた。いや、ハジメが現れたのもエルフェウスの“誘導“があったからだ。もしかしたら今もまだ地下深くで一人ぼっちだったかもしれない。

 

 そう考えた時の恐怖は想像を絶する。

 ディンリードはエヒトの魔の手からユエを逃がすために封印という強引な手段を取った。

 ユエの“自動再生“があれば死ぬことはない。生き続ければ必ず希望は現れる。そう願ったディンリードだったが、神の器として見出されるユエの才能の前に、彼は判断を間違えてしまった。

 

 いくら不死身の肉体を持っていようとも、いくら魔法の才を与えられていようとも、中身は成人したばかりの少女だったのだ。それも、神の器に選ばれたばかりに親からの愛情を満足に受けられなかった幼少期を過ごしたユエは、常に誰かとの繋がりに飢えていた。

 

 そんな状況で、唯一の家族だったディンリードに裏切られたと思い込み、たった一人で暗闇に閉じ込められたユエの心の傷は大きかった。もしかしたらエルフェウスが現れなかったら、三百年など待つこと無く心が死んでしまったかもしれない。

 

「エルフェウスが居なかったら今の私は居ない。シアやハジメに会うことも無く、一人静かに消えてしまってた。あの子は私の恩人なの。ボロボロだった心を繋ぎ止めてくれた大切な人」

「だからと言って、こんなことに手を貸すなんて……!!」

「……最初から二人には分かってもらえるとは思ってない。それでも、邪魔するなら容赦しない」

「ユエさん!!」

『ユエ!!』

 

 シアとティオの悲痛な叫びに耳を貸さず、ユエは両手を軽く広げた。

 その身から溢れ出る魔力が後光のようにユエの姿を照らし出す。

 

「構えて、二人共。もし、私を説得できるとでも思ってるのなら……」

 

 

 

──あっという間に死ぬよ?

 

 

 

 白金の光が降り注いだ。

 

 

 

 

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