『“星天・氷嵐刃“』
氷柱と風の刃が雨のように降り注ぐ。
「皆、私の後ろに!! “聖絶・散“!!」
鈴の発動した“聖絶“が受けた衝撃を分散させながら全ての刃から仲間を守る。
『”轟天・石嵐礫”』
今度は鋭く尖った石の礫だ。
鈴が再び展開した“聖絶“で防ごうと魔力を注ぎ込むが──
「えっ!? 曲がった!?」
石の礫はまるで意志を持つかのように“聖絶“を避けて背後の光輝達に襲いかかった。
それならばと、脇を固めていた光輝と雫が石の礫を斬り落とす。
「うぐっ!!」
「ぐうぅ!!」
それでも決して無傷とはいかなかった。防ぎきれなかった石の礫が光輝と雫の体に突き刺さり鮮血を散らす。
「光輝くん!! 雫ちゃん!!」
傷を癒やすべく香織が再生魔法を二人に掛けるが、そんな隙をミレディが待っているはずもない。
『極大・雷炎槍』
渦巻く炎と雷が槍の形に形成され、四人目掛けて空を走る。
防御が間に合わない。本能的にそう感じ取った鈴が顔を青褪めると、その脇を通り抜けて龍太郎が前に躍り出た。
「ぐぅうううううううう!!」
「龍太郎!!」
変成魔法で強化した“金剛“で槍を正面から受け止めるが、その鋼の如く頑丈な体を雷が貫き、炎が焼き焦がす。
(やっぱり、強い……!!)
一撃一撃が天を衝き、地を割る程の威力。それが豪雨のように襲いかかってくる。さらにそれだけの魔法を連発していながら、魔力が切れる様子が一切ない。
(この人も使徒と同じで魔力を……?)
神の使徒達は神域から無限に等しい魔力の補充を受けている。それがミレディも含まれるものだと仮定すれば、攻撃を耐え凌いで敵の魔力切れを待つ方法が強制的に排除される。
(長期戦はこっちの不利にしかならない……私がやらなきゃ!!)
香織はその手に持つ二本の大剣を構え、ミレディに向けて飛び出した。
「私が引き付ける!! 皆は援護をお願い!!」
『気持ちは分からなくはないけど、
香織はこのパーティの生命線だ。香織が倒されれば戦況は一気に瓦解する。だからこそ、ミレディの攻撃は常に香織を狙ったもので、それを分かっているからこそ鈴達もそれを必死で防いでいた。
(キミが彼らから離れたら傷の回復が……これは……)
香織を迎撃しようと魔力を込めた時に感じた僅かな違和感。練り上げた魔力が体から吸い取られるかのようなそんな不快感。
「──“襲奪の聖装“」
香織が振り上げた大剣をミレディが拳で迎撃すると、接触部分からごっそりと魔力が吸い取られていく。それに比例して、香織の魔力が増大する。
『へぇ、周囲の魔力を吸い取って自らに還元してるのか……でも』
「──おもっ!?」
『君と私でもそもそもの地力が違う』
攻撃が拮抗していたのは一瞬。圧を増したミレディの一撃に、香織はあっさりと吹き飛ばされた。
「ッ!?」
吹き飛ぶ香織に向けてミレディは右手を腰に構えた。背中に氷柱を突っ込まれたような悪寒に、香織は直感で首をそらした。
背後で爆音が響いた。どうやら繰り出した拳の延長線上の地面が爆散したようだ。一瞬でも判断が遅れていれば、今頃香織の首から上は千切れ跳んでいたかもしれない。
追撃を仕掛けようとしたミレディだったが、背後から感じた気配に、振り向きながら魔法を放つ。
「“天翔閃“!!」
『“天翔閃“』
光輝が放った“天翔閃“とミレディの“天翔閃“が激突し、一瞬の均衡の後、光輝の“天翔閃“が吹き飛ぶ。
『……』
僅かに感じた違和感にミレディは僅かに目を細める。
そのまま光の斬撃が光輝を両断するべく迫っていたが、光輝の背後から現れた雫が、背を踏み台にして飛び上がることで光輝を斬撃の軌道からずらす。
雫が黒刀を水平に持ち上げ、刺突の構えをとった。
繰り出されるのは神速の三段突き。ミレディは特に危機感を抱くこと無く、“聖絶“を発動させる。
正確無比に放たれた三つの黒閃は一ミリの誤差も無く結界の中心を穿ち、僅かな亀裂を作り出した。
『これは……』
感じた違和感は疑惑へと変わる。
その疑惑を払拭する間も無く、追撃は放たれる。
ミレディの巨体に小さな影が映る。攻撃はミレディが上空を見上げると同時に放たれた。
「おらぁああ!!」
上空より叩きつけられた龍太郎の拳が、結界の亀裂に叩き込まれ、“聖絶“を砕き割った。
その事実に一つ確信したミレディはそのまま落下してくる龍太郎目掛けて拳を振るった。
「鈴!!」
「“聖絶“!!」
しかし、突如両者の間に展開された“聖絶“。ミレディは“聖絶“ごと押し潰さんと構わず拳を振るったが、結果に触れた瞬間、ミレディの姿を呑みこむほどの大爆発を起こした。
“聖絶・爆“
展開した障壁に対象が触れた瞬間、爆発する鈴の魔法だ。本来はミレディの体を呑みこむ程の規模の魔法ではないのだが、ある要因によって著しく強化されていた。
「「「……」」」
全員が固唾をのんで爆破によって空を覆い隠す黒煙を見つめる。
これで終わったなんて微塵も考えていない。腕の一本でも奪えていれば運の良い方だろう。
モクモクと黒煙が吹き上がる中、中心より吹き荒れる突風により黒煙が切り払われる。現れるのは五体満足なミレディゴーレムの姿。
『……なるほど。私から奪った力を他者へ譲渡したんだね』
ミレディが右腕を掲げてみせると、その腕には小さな罅が刻まれていた。
光輝の放った“天翔閃“が僅かな時間だが、自らの放った“天翔閃“と拮抗した。
雫の放った神速の突きと龍太郎の拳が“聖絶“を打ち砕いた。
鈴の放った魔法が、ゴーレムの体に傷を刻んだ。
全て、今までの彼らの力量では絶対に成し得ることの出来ない偉業だった。
「まだまだっ!!」
『……ッ!?』
大剣を構えた香織がミレディへと再び突貫する。今度は魔法を放つことで迎撃しようとしたミレディだったが、魔法を放つ直前、香織の姿が霞のように一瞬で消える。
「──“神速“」
衝撃は背後から。ミレディが振り向く頃には既に香織の姿はそこには無く、今度は右肩部を切り裂かれる。
(これは、空間魔法……いや、再生魔法か)
ミレディは香織の瞬間移動の原理を瞬時に理解する。
再生魔法の根源は、時に干渉する力だ。香織は自らの行動時間を短縮することで瞬間移動とも取れる高速戦闘を可能としていた。
更に針の穴を通すかのように、光輝達の追撃がミレディへと殺到する。そちらを対処しようとすれば、香織に対して絶対的に隙を晒してしまう。
(一度でも流れを止められたら、きっともう押し返せない!!)
(目を凝らせ!! このまま押し切るんだ!!)
(狙うは関節部!! そこなら刃が通る!!)
(焦んな!! 俺が出来るのは一撃に全力を込めるだけ!!)
(集中しろ!! 皆を守るんだ!!)
香織が、光輝が、雫が、龍太郎が、鈴が。
自然と全員が同じ判断を下した。
──ここで決める、と。
元々勝ち目の薄い戦いだった。正面からのジリ貧になれば、必ず地力の差が出てしまう。つい数ヶ月前まで戦いと無縁だった彼らと、幾度となく命がけの戦いを経てエヒトを討ち果たす為に全てを捧げてきたミレディでは文字通り格が違う。
だからこそ、ミレディがこちらの手札を完全に見切る前に初見殺しの畳がけで押し潰す。それが香織達が想定していたミレディを打ち倒す唯一の可能性だった。
“神速“にてミレディの背後に回り込んだ香織が体を捻り、大剣を後方に引き絞る。
狙うは胸部に埋め込まれたゴーレムの心臓部である核。ミレディは香織の動きを追い切れていない。今なら差せる。
香織の姿が再び掻き消える。一瞬で幾つもの多角的な軌道を描きながらミレディの元へと飛び込んだ。
ミレディが状況を知覚した瞬間にはゴーレムの核が大剣によって貫かれる──筈だった。
「……え?」
疑問の声を上げたのは香織だ。目の前に広がっていた真っ白なキャンバスのような世界。そこに一滴の赤い淀みが生まれ、瞬く間に世界を赤く塗り潰していく。
(これ……ち、がう。わたしのし、かいが、まっか……)
美しかった碧眼は見る影もなく、眼球は真っ赤に染まり、目尻、鼻、耳からは鮮血が撒き散らされる。
(力を得たとしても、まだまだ子供だね)
香織が“神速“を発動して視界から消えた瞬間、ミレディは自身の周囲に重力魔法で擬似的な無重力空間を展開していた。香織の“神速“は傍目から見れば高速で移動しているように見えるが、あくまで時間を短縮しているだけで、実際に移動速度が上がっている訳でも、時間を停止している訳でも無い。
短縮と停止。
同じようで意味合いは全く異なる。
停止とは異なり、短縮は時間を凝縮して限りなく短くしているだけで、その時間分の経験が確かに存在している。
つまり、一見香織はミレディの展開した無重力空間を一瞬で翔け抜けているように見えるが、その体は凝縮した時間分の影響をしっかりと受けていることになる。
体感時間はコンマ一秒にも満たなくとも、香織は無重力下の中で上下左右に軌道を描いた。
そうすることで、香織は擬似的な体液シフトを起こしてしまっていた。
それは無重力下で全身を巡る血液などの水分約1〜2リットルの液体が上半身に過剰に集まってしまう現象。
本来は命の危機に陥るものではないが、その状態で縦横無尽に飛び回ったせいで血液が体中を激しく回り、過剰に流れ込んだ髄液が香織の眼球を押し潰してしまった。
(……恨んでくれて良い。許さなくても良い)
落下していく香織に向けて、ミレディは掌を向けた。その身から溢れ出す魔力に雫達が慌てて向かうが、到底間に合う距離ではない。
(世界を存続させる為に、私は君を殺す。何の罪もない、帰りを願ってくれている人が居る君を殺す)
彼らは何も悪くない。元を正せば、自分達が終わらせていれば何かが変わったかもしれない。エルフェウスによる世界改変は止められなくとも、何の関係も無い異世界で平和に暮らしていた彼らを巻き込むことは避けられたかもしれない。
この子達は自分が不甲斐なかったせいで死ぬ。
(ま、ずい。からだ……うごか、な……)
避けなければいけない。無防備であれを受ければ再生魔法も間に合わずに体は塵となる。しかし、その意志に反して、香織は指一つ満足に動かすことが出来ない。
──“黒天窮“
ミレディから放たれた漆黒の球体が香織を呑み込まんと一直線に迫る。
「逃げろ香織!!」
「よせぇえええ!!」
「だめぇえええ!!」
光輝達の悲鳴が木霊するが、そんなもので現実は変わらない。
いつの時代も、弱者の声には何の力も宿らない。
「香織ぃいいいいい!!」
『──ごめんね』
無情にも、漆黒の球体は香織の体を呑み込み……──“黒天窮“が粉々に弾け飛んだ。
「「「え?」」」
『……は?』
“黒天窮“を“分解“で粉々に吹き飛ばした香織は、そのまま何事も無かったかのようにふわりと態勢を立て直した。体からは淡い光が漏れ出し、瞬く間に傷を再生していく。
「……………
声質は変わらない。だが、声色と口調が香織のものとは明らかに異なっていた。
「……違う。香織じゃ、無い……!」
親友の無事に笑みを浮かべかけていた雫が目を見開いて驚愕した。
姿形が変わったとしても、香織に気付いてみせた雫が気付かない訳が無かった。
『……お前は』
「まあ、結果としてこうして出てこれた訳なので良しとしましょう」
香織は懐から変装用のアーティファクトを取り出すと、そのまま握りつぶした。アーティファクトの効果によって変えられていた黒髪と黒銀の翼が元の色を取り戻していく。
雫は神々しいその姿と人形のように表情一つ動かない様を見て、嫌な予想が的中したことを悟った。
香織──否。ノイントは周囲を見回した後、感触を確かめるように大剣を一振した。
「貴方まさか……香織は!? 香織はどうしたの!?」
「死にました……──死んでないよ!!」
端的に告げられた言葉に雫達が表情を青褪めた瞬間、当の本人から否定の言葉が吐き出された。
「勝手に割り込まないでください。──それはこっちのセリフだよ!? いきなり体を奪ったのは貴方だよね!?──おかげで命拾いしたんですから感謝してください。──それはそうだけど!? そうなんだけどさぁ!?」
傍目から見れば一人漫才をしているような滑稽な姿に、一瞬だけ訪れたシリアスな空気が霧散して何とも言えない空気が流れた。
「そもそも貴方はハジメくんに殺されたんじゃ……!──奇しくも貴方と同じです。死の間際、魂魄魔法で魂を固定したんですよ」
ハジメに殺されたと思われていたノイントだったが、死の間際に記憶を取り戻したことで、かつて習得していた力を取り戻すことが出来ていた。
行ったことは完全に香織の命を繋ぎ止めた方法と同じだ。魂魄魔法で魂を固定することで死後、魂が霧散・劣化しないように保存をした。
熟達した魂魄魔法の使い手は肉体がない状態でもある程度の力の行使が出来る。時間は掛かるが、少しずつ肉体を再生し、完全に回復させてから魂を定着させる予定だったのだが、そこである予想外なことが起こった。
「まさか、私の肉体を貴女の器にあてがわれるとは思いませんでしたが……」
結果的に肉体の再生は叶った訳だが、ハジメがノイントの存在に気付けば排除しようとすることは明白。いくら記憶が蘇り、過去の経験を取り戻したとて、ハジメ達実力者を纏めて相手取れる程ノイントは自らの力を過信していなかった。
それでも、魂魄魔法を手に入れたばかりのハジメの目を欺く程度なら容易であった。
「エルフェウスがイレギュラーを連れて姿を消してしまったのは想定外でしたが……まだ十分間に合う筈です」
『間に合う? 裏切った奴らといい、お前達は何を考えてる』
ミレディの言葉には確かな殺気が混じっていた。香織達に対しては巻き込んでしまった負い目があるが、今目の前で言葉を発しているのはその元凶の一角だ。こんな状況でなければ真っ先に殺しに掛かっていたかもしれない。
「ミレディ・ライセン。一つ、取引をしませんか?」
『何だと?』
「状況は理解しています。貴女がエルフェウスに従っているのはこの世界を存続させる為ですね?」
ミレディがエルフェウスに協力する理由は、ただ一つ。仲間達が生きたこの世界を守る為。
エルフェウスはもう止められない。たとえ世界中の戦力を集結させたとしても。それこそ、ミレディとユエがエルフェウスに敵対したとしてもその可能性は
つまり、僅かな希望があるとも言い替えられる。
これを良しと捉えるかはどうかは人によるが、少なくともミレディは首を横に振るだろう。
少なくない月日をエルフェウスと共に居たミレディだったが、その中で確信したことがある。
一見すると、飄々としながらも未来を先見しているかのような軍師さながらの行動の正確性に敵ながら舌を巻かざるを得ないが、よくよく観察すれば、その内面の異常性に気付く。
本人は気付いていないようだが、一定の間隔で訪れるある種発作のような症状。
綿密な計画を立てておきながら、自ら揃った盤上を粉々にしてしまいそうな凶暴性。
『ラーちゃんの……仲間の話を思い出してようやく納得した。あいつはこの世界を滅ぼしてもおかしくない過去を背負ってる』
神の器として育てられ、母を失い、姉を失い、終いには救うべき人々に蔑まれた。死ぬことも許されず、神の人形として良いように扱われ続けた。
そんな悲惨な経験をしたエルフェウスがエヒトだけじゃ無く、人々に恨みを抱いていても不思議ではない。
それでも世界を救済しようとするのは、娘の為、何よりもこの世界を守る為に戦った母親の信念を受け継ぐ為だろう。
『残酷な話だよ。娘を守る為に命を散らした母親の意志が、その娘を縛る呪いになってるなんて……』
エヒトは殺す。それがエルフェウスの願いであり、母の敵でもあるから。
世界は守る。たとえ全てを壊し尽くしたくとも、それが母の願いであったから。
その矛盾が、エルフェウスの性格に大きな歪みを齎した。
だからこそ、希望が僅かでもあるというのは危険極まりない状況となる。
ただでさえ世界を壊したという衝動を抑え込んでいるエルフェウスが、万が一追い込まれることになれば、エルフェウスがどんな行動に出るか分からない。
1%未満の最高の未来と99%以上の最善の未来。
『もう私には最高の可能性に掛ける程の余裕も時間も残されてない』
「私は世界なんてどうだって良い。ですがミレディ・ライセン、貴女は違う。その願いを叶えたいのなら、私に協力しなさい。──ええ!?──貴女は黙っていなさい」
『……ふざけてるのか?』
「私は真面目です。その代価が世界の存続ならば安いものです」
『バカバカしい。エルフェウスに協力することが私の目的を果たす最善の道で──』
「叶いませんよ。貴女の目的は」
自身の言葉を遮ったノイントをミレディはギロリと睨みつけた。
『何だと?』
「今のあの子に従ったとしても、貴女の望む未来は訪れないと言っているのです」
「何を言って……!」
「あの子がそれで幸せになれるのなら構わなかった。そうでなくとも少しでも気が晴れればそれで良かった。でも、このままじゃあの子は不幸にしかならない。そんな未来、私は認めません……それともう一つ」
香織が出ていない時は能面のような表情を崩さなかったノイントの表情が明らかに歪んだ。ミレディに対して嫌悪感すら滲むその表情に思わずミレディが気圧される。
「あの子がどれだけ気の遠くなるくらいの年月を耐えてきたと思っているのですか。数千年しか生きていない小娘が……! あの子を分かったように語るな……!!」
『ッ!? だからさっきからお前は何を言ってるんだよ!! 実際にあいつがおかしくなってる所を私は見てるんだ!! 適当なことを言って私を利用しようと──」
「いえ、ミレディさん。この人、多分嘘はついてません」
ノイントに怯んでしまったことを隠すように言い返したミレディだったが、すぐに香織によって遮られた。
「同じ体だからなのかな。何となく分かるんです。この人は嘘をついてないって」
『〜〜ッ!! じゃあ何だ!? 1%も無い希望にかけて全員であいつを止めろっていうのか!?』
「そもそも、貴女の前提が違います。先程言った通り、このままエルフェウスがイレギュラーとその一味を問題なく鎮圧したとしても、訪れるのは最善の未来などではありません。絶望に塗れた最悪な未来です。世界の滅亡と言っても過言では無いほどに」
『なっ!?』
「ちょ、ちょっと待って香織……じゃなかった。えっと……」
「ノイントさんって言うらしいよ。──勝手に人の名を」
「ノイントさん! それ、どういう意味ですか!?」
ミレディから聞いたエルフェウスの目的はこの世界を『泣けない世界』にすること。その内容は人々の在り方を書き換え、世界の常識を改変することだ。世界そのものを滅ぼしてしまう行為はエルフェウスの目的にはそぐわない。
「そのままの意味です」
「だって、エルスは人類をもう一度生み直すって……」
「エルフェウスは世界を滅ぼそうとはしていません。ですが、エルフェウスの意思とは関係なく、このままでは世界が滅びると言っているのです」
「それってどういう……」
「……あくまで私の憶測に過ぎません。ですが、確信を持って言えます……奴は必ず居る。
──正真正銘のクソ外道が。
そう告げるノイントの瞳の奥には、悍ましい程の憎悪の炎が燃えていた。