絶望の物語の作り方   作:羽織の夢

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ようし、一週間以内に間に合ったぞ。


滲み出す元凶

「……何をした」

 

 構えたドンナーとシュラークは、銃口をエルフェウスに向けたまま沈黙を貫いている。

 隙が無かった訳じゃない。エルフェウスはハジメの予想通り、迎撃を持って“グリムリーパー“の対処に当たった。

 撃とうと思えば撃てた。いや、撃つべきだった。仮に仕留めきれるものでは無かったとしても、百を超える軍勢を犠牲に、ハジメはただ呆然と()()()()()()()()()()()()を見上げることしか出来なかった。

 

神の使徒(わたしたち)の固有魔法をお忘れですか?」

「分解、しただと?」

 

 神の使徒の固有魔法“分解“。

 

 それは武器や魔法に付与することで対象を分子レベルまで粉々にする魔法だが、エルフェウスは“グリムリーパー“達に触れるどころか魔法を放ってすらいない。

 

「触れましたよ? ()()()()()()()()

 

 これ見よがしに翳して手のひらを見せてくるエルフェウスに、ハジメは眉をひそめた。

 

 “グリムリーパー“を一瞬で全滅させる力だけでなく、転移した瞬間には攻撃が終わっているという規格外な能力と、どんな傷や病も一瞬で完治させる不死の霊薬とも呼ばれる神水を無効化する力。

 

 それは一つの神代魔法で表現できるレベルを大きく超えている。

 

「概念魔法か……」

 

 そう考えれば辻褄は合う。しかし、概念魔法は“極限の意思“という酷く曖昧なものを原料とし、複雑怪奇なプロセスを踏まなければいけない為、全く同じ性質を持つものを発現するのはほぼ不可能だ。

 

(概念魔法が付与されたアーティファクト。そいつがあの大剣かと思ったんだが、アテが外れたか? それに“グリムリーパー“を全滅させた手段も分からねえ。まさかと思うが概念魔法を三つ同時に使ってるとか言わねぇよな)

 

 概念魔法は魔法の極地とも呼ぶべき強大な力を秘めているが、現実の理を書き換えるだけの極限の意思が必要である以上、その力が多様化することは絶対にありえない。

 

 超速転移。回復阻害。“分解“の広域化。

 

 どれにも共通点は無く、全く別々の方向に特化された能力と言える。

 

「で? 教えてはくれねぇのか?」

「嫌ですよ。何で敵にベラベラと自分の手の内を明かさないといけないんですか」

「そりゃごもっとも……でっ!!」

 

 地面を踏み込み、エルフェウス目掛けて疾走する。

 爆発的な加速に、周りの景色が遅く感じる中、ハジメはエルフェウスの動きを注視していた。

 

(……縦っ!)

 

 エルフェウスの手刀が縦に切られたタイミングに合わせて直角の切り返し。

 瞬間、ハジメのすぐ横を大剣が斬り裂いた。

 

(背後からの突き。下からの斬り上げ。頭上からのかち割り)

 

 避ける。避ける。避ける。

 

 エルフェウスの一挙手一投足に合わせて、ハジメは大剣の転移先を読む。

 シアの“未来視“による予知とは違う。今までの死と隣り合わせの戦いの中で培われてきた経験則による予測。

 

 五十メートルは離れていた距離が二十メートルまで縮む。

 エルフェウスは大きく右腕を左に振りかぶった。

 

(右からの斬り払い……!)

 

 ハジメは僅かにしゃがみ込むと地面を踏み砕き──

 

(と、見せかけた振り下ろし!)

「ッ!」

 

 半身ずらすだけの小さなステップ。

 ハジメの頬を風が撫で、その側を一直線の剣戟が通過した。

 エルフェウスの動作とは違った軌道で転移した大剣。それをハジメは難なく躱してみせた。

 

 反らした半身の影からドンナーの銃口がエルフェウスに向けられる。

 

(この距離なら──ッ!?)

 

 その引き金が引かれる寸前、地面から交差するように突き出した大剣がハジメの体を貫いた。

 

「ぐぅッ!!」

 

 反射的に“金剛“を発動。その判断が一瞬でも遅れていたら、完全に両断され命は無かっただろう。

 

(下……いや、地中からの転移かッ!?)

「一つ、聞きたいことがあるのですが……」

 

 串刺しの状態で吊られる形のハジメに、エルフェウスはスタスタと近付いてくる。一見無警戒に近付いているように見えるが、その視線からは少しの隙も感じられない。だからこそ、ハジメも下手に動くことが出来なかった。

 

「最初にも尋ねましたが、ハジメ様の目的は何ですか?」

「……んだよ。俺の目的なんぞはどうでもいいんじゃなかったのか?」

「別に興味が無いわけじゃないですよ。どうせ元の世界に帰りたいとかそんな理由かと思ってただけです」

 

 ハジメの性格を考えるに『世界を守る為』や『人類を救う為』に行動するような性分ではないだろう。彼がいついかなる時も己の目的を果たす為に行動してきたことは知っている。誰かを救うのも、その延長線上だっただけに過ぎない。

 

 だからこそ、今回もあくまで『地球への帰還』を果たす為に戦いを挑んできたものとエルフェウスは考えていた。

 

「でも、それにしては何だか違和感があるんですよねぇ」

 

 不思議そうに首を傾げたエルフェウスは、顔をずいっとハジメに寄せる。

 

「どうも私に仕返しに来た、という訳でもなさそうですし?」

「……」

「ふむ……ねぇ、ハジメ様。ハジメ様は平和とは何だと思いますか?」

「何の話だ」

「戦争が起こらないこと? それとも大切な誰かが幸せなこと? これまでも多くの識者達が議論を重ねてきました」

「水掛け論だな。そんなものに正解がある訳が無い」

「そう言い切れる根拠は?」

「平和は見えない。聞こえない。人間が正しく感じることが出来ない事象だ。誰も知らないから建前を元に持論を持ち出すことしか出来ない。お前もそうだ」

 

 ハジメの物言いにエルフェウスは目を細める。

 

「誰も幸せになれなければ誰も不幸になれない? それはお前個人の答えだろ」

「私の出した結論が間違っていると?」

「少なくとも人間ってのは群れで生きる生き物だ。同じ思想や信念を持つ者が集まり、国を成して秩序を作る。そうすることで生き抜いてきた」

「……だから?」

「お前の考えに、誰か賛同したのかよ」

 

 エルフェウス側についたのはユエとミレディの二人だけだ。その二人もエルフェウスの思想に賛成しているとは言い難い。

 ミレディはそれ以外の選択肢が無かっただけ。唯一ユエだけは傍目から見ればエルフェウスに共感しているように見えるが──

 

「あの時のユエにずっと既視感があってな。ありゃ、天之川達の世話を焼いてる時の八重樫の表情とそっくりだ」

 

 心の内では間違っていると言いつつも、自分が否定してしまえば何かが変わってしまうかもしれない。だからせめて側に居続けた。

 

「まあ、天之川と比べると天と地くらい差はあるが、似たようなもんだろ。ユエはお前を一人にしたくなかったんだ。ただそれだけの為にお前についた。お前だってそれくらい分かってんだろ」

 

 体に刃が食い込み、激痛が走るが、ハジメは無理やり大剣の拘束から抜けだそうと足掻く。

 

「一人で勝手に背負って、一人で勝手に完結してんじゃねぇよ。今この瞬間、大勢の人間が歯を食いしばって抵抗してんだ。誰もが泣けない世界の実現だ? 寝言は寝て言え! 誰よりもお前を側で見てきた奴が、すぐ側で泣いてんだろうが!!」

 

 拘束する刃を破壊し、ハジメがエルフェウスに手を伸ばす──前に、エルフェウスによって地に叩き伏せられた。

 

「笑わせるな」

 

 倒れ伏したハジメの頭上からエルフェウスは苛立ちを隠さずに吐き捨てる。

 

「努力が必ず報われるとでも? 力を合わせれば物事が良い方に進むとでも? 人間(おまえら)はいつもそうだ。何の根拠も実力も無いくせに、自分達なら必ず成し遂げれると威勢だけは良い。いい加減、うんざりなんだよ」

 

 苛立ちをぶつけるように振り降ろした足がハジメに突き刺さる。凄まじい衝撃で地面がひび割れる。

 

「私だって信じようとした!! 立ち上がる人間達を見て、影からサポートしたことだってあった!! でも、一度だって私の望みが叶ったことは無かった!! それなのに、人間(おまえら)はいつも笑ってこう言うんだ!! でも、精一杯やったよなって!!」

 

 意味が解らなかった。何度も負けた。何人も死んだ。それなのに、何でお前らは諦められるんだ。

 

「負けたら何の意味も無いんだよ!! 死んだら何も残らないんだよ!! 信念!? 忠義!? 愛情!? そんなもので得られるのは当人の自己満足だけだ!! 仕方ないって諦められる程度の覚悟なら最初から歯向かうな!! 現状に満足して偉そうに上から説教垂れたいなら勝手にやってろよッッ!!!」

 

 世界を救う。人類を守る。

 言うだけならば簡単だ。誰だって出来る。

 その言葉の責任を、重さを、誰しもが理解できていない。

 

「側に居る人を救えって? 一人を救えない奴が世界を救うことなんて出来ないって? 馬ッッッ鹿じゃないの!? 世界そのものが壊れたらその一人だって死ぬんだ!! 解れよ!? 悪者を倒して全員無事なハッピーエンドなんてフィクションの中だけの話なんだよ!!」 

 

 英雄が魔王を倒し、世界に平和が訪れる。英雄譚の物語としてはありふれた結末だ。だが、そのどれもが平和になった後の話が描かれることは無い。

 共通の敵が居ないからこそ浮き彫りになるどす黒い人間の欲望。人間の悍ましさを見てきたエルフェウスにとってそんな都合が良すぎる結末は……

 

「そんなものは何も知らない無知な子供に、現実と理想の違いを突きつけるだけの──“絶望(さいっってい)の物語“だッッ!!!」

 

 誰かから理解されるとは思っていない。

 そもそも幾万年続いてきた人間の歴史を直接見てきた自分と共通の価値観を持てという方が無理な話だ。

 

「……もう終わらせましょう、ハジメ様。最初から英雄はいない。魔王もいない」

 

 浮遊する大剣をその手で握りしめ、ハジメの頭蓋を前に大きく振りかぶる。

 それはさながら断頭台に押さえつけられた罪人の処刑を彷彿とさせるような光景だ。

 

「あるのは、酷く薄汚れた人の業だけです」

 

 死神の刃がハジメの首を落とさんと振り下ろされ──

 

 

 

「ハジメッッ!!!」

 

 

 

──る前に、横殴りの衝撃にハジメの体が吹き飛んだ。

 

「て、めぇ……ユエ! 殺す気か!?」

「う……!? い、や……その、思わず……ごめん」

 

 突然吹き飛んだハジメの姿を目で追ったエルフェウスの先には、脇を押さえて青褪めるハジメと申し訳なさそうにアワアワと狼狽える吸血姫の姿があった。

 

「ハジメ……その……」

「……分かっちゃいたが、やっぱり一筋縄にはいかねぇんだわ」

「え?」

「背中、頼むぞ」

「ッ! う、うん!!」

 

 決意こそ固めたが、どう言葉をかければいいかと口籠るユエにハジメはあっさりと背中を向けた。

 その背中に強く頷いたユエが立ち上がり、エルフェウスに視線を向ける。

 

「やあ、アレーティア。随分と吹っ切れた表情じゃないですか」

「そう、かな……? うん、そうかも……何も言わないの?」

「言ったでしょ? 最後をどうするかは貴女の自由だと。それが自ら選んだ選択ならば、私はそれを尊重します、ですが、二人では状況は好転しませんよ」

「……ううん。二人じゃない。みんなで止めるんだ」

「そういうことですぅ!!」

 

 空から溌剌とした声が響き、続々とハジメとユエの周りに集まってくる。

 

「ぞろぞろと皆さんお揃いで。戦って心でも通じ合いましたか? 私だけ除け者なんて酷い話です」

『何だい仲間に入りたいのかい? 絶世の美少女ミレディさんの下僕にならせてくださいって懇願するなら仲間に入れてやってもいいよぉ?』

「うわぁ、つい先程まで湿っぽい顔しかしてなかったくせに生意気。友達と一緒なら強気に出れるタイプですか?」

『ああ、君友達居ないんだっけ? それじゃあ分からないよねぇ。かわいそうに〜』

「? エルフェウスの友達なら私が──」

『ユエちゃん、空気読んでくれるかな?』

 

 それまでの相手を苛つかせるような声色から真剣な声色に戻ったミレディにユエが首を傾げる。

 その二人を無視して、銀髪の少女が間に割り込んできた。

 

「あれ? 香織様はその姿どうしたんですか? その体、実は私の姉のものでして、こうして見るとまるで姉が蘇ったよう、な……」

 

 香織の姿を何でも無いように見ていたエルフェウスの目がこれでもかと見開かれた。

 彼らが集まってきていることはとっくに把握していた。ユエとミレディがあちら側に付く可能性も想定していた。全ては想定の範囲内。何も問題は無い……その筈だった。

 

「……なんで」

 

 エルフェウスの瞳に映るのは、何故か銀髪と銀翼に戻っている香織の姿。見た目こそかつての姉そのものだが、見目が同じだけで動揺する訳もない。エルフェウスが見ているのはその内側。

 

 そんな馬鹿なと自身の目を疑う。ありえないとその可能性を否定する。

 

 だって姉は過去を思い出してはいなかったのだから。

 あの時の姉にあの状況を乗り切れる手段は無かったのだから。

 

 それでも見間違うわけがない。たった一人の家族のことが分からない筈がなかった。

 

「エルフェウス」

「ノイント、お姉、ちゃん?」

 

 言葉を失うエルフェウスを尻目に、雫がハジメに近付いて何かを耳打ちする。しばらくした後、ハジメもエルフェウスと同様に目を見開く。ノイントの肉体は香織にあてがうこともあり、十全に準備を整えた筈だった。その上で自分の目から隠れきったことにハジメは驚愕していた。

 

「なん、で……?」

「死の直前、全てを思い出しました。魂魄魔法(この力)に助けられたことは忌々しいですが……」

「……え?」

 

 言葉の意味が解らず、困惑するエルフェウスに対し、ノイントは手を伸ばした。

 

「エルフェウス、戻ってきなさい。人類の為に貴女が犠牲になる必要はありません」

「何を、言って……」

()()()()()()()()は早く止めなさいと言っているのです」

「なッ!?」

 

 ノイントの発言にエルフェウスは言葉を失った。

 エルフェウスからすれば目の前の姉が偽物かと判断しかねないような暴言。それでも、理性も直感も目の前の女性が間違いなく姉であると訴えかけてくる。

 

「何を言っているのですか!? 間違った道に進んだ人類を救い、導くこと! それがお母さんの望みだった!! ノイントお姉ちゃんが知らないはずが──」

「違います」

 

 激昂するエルフェウスの言葉をノイントが遮る。

 

 

「母がそのようなことを望んだことは一度もありません」

 

 

「…………………………え?」

 

 エルフェウスは今度こそ頭が真っ白になった。

 望んでない? お母さんが? そんな筈は無い。だって私はその願いを叶えるために……

 

「思い出しなさいエルフェウス」

「思い、だす?」

「母は貴女を救う為に犠牲となった。ただ貴女を救いたい一心で、です」

「そ、んなことは知ってます! だから私は……!!」

「それは貴女と人類を天秤に掛け、()()()()()()ということです」

 

 母はエヒトの器になる娘の運命を憂い、それを覆す為にたった一人で神に、世界に立ち向かった。

 世界の神たるエヒトに逆らい、その器の可能性を潰す。このことは間違いなくエヒトの怒りを買い、下手をすれば何人もの罪もない人々が犠牲になる危険性があった。

 

 エヒトの性格を知る人物がその可能性に気付いていない訳がない。つまり、それだけの罪なき人々を犠牲にすることになろうとも、娘を助ける選択をした、ということになる。

 

 

 

──そんな人物が娘の一生を犠牲にしてまでも人類の救済を願うだろうか?

 

 

 

「……え? だって……わたし、は……」

 

 母が自分を救う為にエヒトに立ち向かったことはエルフェウスとて知っている。知っているからこそ、否定することは出来ない。

 

 何よりも……

 

「なんで、わたしは……そんなことに、気付かな……」

 

 自分を救う為に人類を犠牲にした母が人類の救済を願う。そんな矛盾に今の今まで気づかなかった自分に困惑する。まるで見えない何かに“誘導“されていたかのような……

 

「でも、私は確かにあの時……!! うぅぅぅ……!!」

「エルフェウス……!」

 

 頭を抱えて蹲るエルフェウスに駆け寄りたい気持ちが溢れるも、ノイントはそれを必死に呑み込む。

 ノイントの目から見て、エルフェウスに特に違和感を覚える部分は無い。今こうして手をこまねいている間に動き出す危険もあるが、何がキーになっているか分からない以上、下手な行動は出来ない。

 

 だからこそ、今取れる最善はエルフェウスから歩み寄ってもらうことだった。

 

「エルフェウス! もう貴女を一人にはしません! 私が居ます!! 今度こそ必ず!! だから、お願いだから……!!」

 

 普段の冷静な表情は剥がれ落ち、必死にこちらに呼びかけるノイントの姿にエルフェウスが顔を上げる。

 

 分からない。もう何が何だか分からない。それでも、エルフェウスに残された無償の善意を信じられる唯一の存在が目の前に居る。

 

「お姉──」

 

 エルフェウスが助けを求めるようにノイントへと手を伸ばす。

 そのことにユエ達がほっと安堵の息を吐き、唯一状況を理解できていないハジメだけがよく解らず疑問符を浮かべる。

 多種多様だが、事態が収拾しつつある光景に誰もが警戒の糸を解きかけ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ダメじゃない、ネタバラシしちゃ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、油断した。

 

 

 音はなく。

 前触れもなく。

 

 

 ()()()()がエルフェウスの背後に立っていたことに誰もが気が付かなかった。

 

「エルフェウスッ!!」

 

 その中でも万年にも及ぶ経験からの予測を働かせたノイント。

 そして、そのノイントに絶対の信頼を置いているエルフェウスだけが即座に動いた。

 

 ノイントの視線。そして背後から聞こえた声から割り出した位置にエルフェウスは大剣を振り抜いた。

 正確な座標が解らなければ転移は出来ない。それでもハジメクラスですら反応できない速度での迎撃。

 

 その斬撃が女の体をすり抜けた。

 

「「「ッ!?」」」

「魂魄体か!?」

 

 その事実に全員が驚愕するが、ハジメは即座にその原因を見破っていた。

 

 その女の体は実体を伴ってはいなかった。下界ではその存在を保つことは出来ないが、ここは神域。元々肉体を保たないエヒトの居住として使われていた領域だ。何も不思議ではないだろう。

 

 だが、その一瞬の隙が命運を分けた。

 

 エルフェウスの視界が暗闇に覆われていく。同時に遠くなっていく意識に、エルフェウスはその人物の名を呆然と呟くことしか出来なかった。

 

 

「──()()()()()()?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミルザム、さん……だと?」

 

 魂魄体だった女がエルフェウスの体に入る込む光景をハジメは見ていることしか出来なかった。

 何よりも、最後に呟いたエルフェウスの言葉がハジメの脳裏に染み付いていた。

 

 魂魄体の女のことをハジメは見たことがなかった。

 だが、知っている。その名前を知っている。同時に、それは決してありえてはいけないでもあった。

 

 なによりも。

 

(母親を名前で呼ぶ子供はいる。日本ではほとんどいないが、海外ではそこまで珍しくないと聞いたことがある。だが……)

 

 どこの世界に、実の母親を“さん“付けで呼ぶ子供がいるというのか。

 

「ふざけるな……!!」

 

 困惑するハジメの耳に届いた絞り出すような声に振り向くと。そこには烈火の如く怒りの表情を浮かべたノイントの姿。

 

 これで一体何度目だ。

 妹を騙し、母を騙し。

 

 そして、私から()()()()()()

 

 この外道は何度私の家族を侮辱すれば気が済むんだ。

 いつまで私の妹を利用すれば気が済むんだ。

 

 

「ミルザム・バァアアアアアアアンッッ!!!!」

 

 

 ノイントの怨嗟を孕んだ咆哮を前に、感覚を確かめるように剣の柄を握りしめ──

 

 

「…………あはっ」

 

 

 彼女(ミルザム)は嗤った。

 

 

 

 




……え? エヒト? 死んだよ?
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