9ヶ月ぶりの投稿です。
こんな自分の作品を楽しみにしてる、待っていると言ってくれる人が居ることが凄い励みになりました。
以前よりも投稿頻度は少なくなってしまうと思いますが、完結までは書き切りたいと思っていますので、これからもどうかよろしくお願いします。
【世界五分前仮説】
世界が五分前にそっくりそのままの形で、全ての非実在の過去を住民が「覚えていた」状態で突然出現したという仮説に論理的不可能は全くない。
異なる時間に生じた出来事間には、いかなる論理的必然的な結びつきもない。
それ故、今起こりつつあることや未来に起こるであろうことが、世界は五分前に始まったという仮説を
したがって、過去の知識と呼ばれている出来事は過去とは論理的に独立していると言える。
そうした知識は、たとえ過去が存在しなかったとしても、論理的には今こうであるのと同じであるような現在の内容へと完全に分析が可能なのである。
過去の記録とは、代々の人間がバラバラのピースを都合よく繋ぎ合わせた過ぎない……
◇ ◇ ◇
「……誰だ、テメェ?」
眼前に佇むエルフェウス──否、エルフェウスの中にいる存在に向けてハジメは問う。
対して女は戯けるように首を傾げた。
「誰も何も、私はエルフェウスよ」
「……ふざけてんのか」
「そもそも前提として、何を持って君はエルフェウスをエルフェウスと認識してるのかな?」
「……」
「今私はエルフェウスの肉体を纏ってる。魂も内側にあるし、あの子の君との記憶だって共有している。 それは最早私がエルフェウスと言っても過言じゃないんじゃないかしら?」
「ああ、よく分かった。お前が頭のイカれたクソ野郎だってことがな」
言い終わるが早いか、ハジメがドンナーを発砲するが放たれた弾丸は女に到達する前に跡形もなく消し飛んだ。
「沸点の低い男の子はモテナイわよっ、と!」
「ぐっ!」
おちゃらけた態度を崩さない女に背後から
「ふふふ、久しぶりねノイントちゃん。会いたかったわ」
「私は二度と会いたくありませんでしたよ」
「おい、香織の中にいるお前」
「……何か?」
「知ってることを話せ」
苛立ちを抑えながらも、ハジメは状況を一番正しく理解しているだろうノイントに視線を向ける。
「……あなたも既に察しているのでしょう。アレこそ、エルフェウスを苦しめた全ての元凶……」
一度言葉を閉ざしたノイントはぎろりと女を睨みつけた。
「ミルザム・バーン。私とエルフェウスの、
「やっぱ、母親じゃねぇんだな」
ハジメの援護に向かう最中、既にあらかたの事情を聞いていたユエ達に驚きはない。
ノイントから語られた真実にハジメはぎりっと歯を食いしばる。
ここに来てようやく気付いた。ようやく気付けた。
そもそもの前提が間違っていたことに。
今の今まで、一度もエルフェウスは自分の母がミルザムだとは語っていなかった。
ただ過去を知り、歴史を知り、それが正しい史実だと勝手に思い込んでいた。
エルフェウスの母とミルザム・バーンが
「叔母ね……それなら面影があるのも納得だ」
「やめてください。あんなのと同じに見られるのは不愉快です」
「ヒドイわノイントちゃん。家族にそんなこと言うなんて」
女──ミルザムは悲しそうに眉を下げる。そこからは一切の嘘の気配は感じられないが、だからこそより一層の狂気を感じる。
「その大切な姪っ子の体を乗っ取ってる奴の言葉じゃねぇな」
「仕方がなかったのよ。このままじゃあの子が不幸になってしまうもの。大切な姉の子よ? 幸せになって欲しいと思うのは至極当然のことでしょう?」
「幸せになって欲しい……?」
ミルザムの言葉にハジメだけでなく、その場の殆どが意味を理解できずに困惑する。
「ええ。貴方達も知っての通り、この世界は大昔からエヒトによって完全に支配されていたわ」
目に見える平和など所詮は仮初のもの。エヒトの気まぐれひとつでいつでも地獄へと変わってしまう、謂わば薄氷の上の世界。そんなものに大切な家族が脅かされることを女は望まなかった。
「だから神への反逆を企てたの」
「だがその結果、テメェは死んだはずだ。何で生きてやがる……?」
「この女と母は一卵性の双子だったんです。それも、魔力の質までそっくりな程に……」
ハジメの質問に答えたのは怒りに拳を震わせるノイントだった。その内容に、まさかとハジメは目を見開く。
「まさか、自分のお姉さんを……!」
「酷い……!?」
「クソ野郎じゃねぇか!!」
そこまでの事情は聞かされていなかったのか光輝達も思わずミルザムに向けて怒りを顕にする。ミルザム・バーンが自分達の思っていたような人物ではなく、目的の為ならば家族すら生贄にするような畜生であると知ったがゆえに。
「勘違いしないで欲しいんだけど、姉のことは心の底から大切に想っているわ。もちろんその子供たちもね」
「……なら、どうしてエルフェウスの母親は貴女の代わりに殺されたの?」
「どうしてって……」
問い詰めるようなユエの言葉にミルザムは不思議そうに首を傾げ……
「だって、私が死んじゃったら、もしエルフェウスちゃんやノイントちゃんに何かあったときに助けてあげられないじゃない?」
「「「……は?」」」
言葉を失う面々に気付いていないのか、ミルザムの口は止まらない。
姉は……エルフェウス達の母親は昔から身体が弱く、魔力量こそミルザムに匹敵する程だったが、争いにはとても向かない性格だった。
だから姉の方が生き残っていても、エヒトの悪意からエルフェウスを守ることはできない。
「気付いてなかったかもしれないけど、この子が裏切り者の子供としてひどい扱いを受けてる時も、私が影からサポートしてたのよ。教会の奴ら遠慮がなくてね……私が居なければとっくにエルフェウスちゃんは殺されていたわ」
「ふざけないで!? そもそもエルフェウスがそんな目にあったのは貴女がエヒトに反逆を企てたからでしょ!?」
「そうよ。でも、誰かが動かないといずれあの子は魂を消されてエヒトの器にされてたわ」
「それは……!?」
「私が負けたのは事実。それは何の弁明のしようも無い事実だわ。だからこそ、私は次の布石を打たなければならなかったの」
反逆に失敗すれば待つのは己の死。何よりも血縁関係であり、エヒトとの関係が近かったエルフェウスの身に危険が及ぶ可能性は高かった。
故に、自らの死を偽装し、エルフェウスの側で彼女を守る必要があった。
「私は姉の死を自分の死として偽装し、肉体を捨ててこの子の奥底に自分を隠した。幸い、魂魄の扱いに関しては私はエヒトよりも上だった」
「ふざけるな! 結局は母を利用して生き延びただけでしょう!?」
「……あの人はとても優しいから、きっとこれからの貴女達の運命に心が耐えられない。なら、初めから何も知らないでいた方が幸せでしょう?」
「っ!! 母が……誰よりも争いを好まなかったあの人が、全てをエルフェウスに託す真似をするはずがない」
歴代のバーン家でも飛び抜けた才能を持っていたミルザム。当然、その姉に当たるエルフェウスとノイントの母親も劣らぬ才能を受け継いでいた。
だが、彼女は大きな力を受け継ぐにはあまりにも温厚すぎる性格をしていた。元来、争いを好まず、その性質が影響を及ぼしたのか、扱う魔法も魂魄の沈静化などに秀でた補助系統がほとんどだった。
それでもエルフェウスの境遇を憂い、彼女を助ける為に手を尽くしてはいたことはノイントも知っているし、母に頼まれ、シスターとして教会に潜入し、情報を集めたこともある。
「それなのに……ある日、母は突然処刑された。神への反逆を企てた大罪人、ミルザム・バーンとして!」
その時のノイントの心境はとてつもないものだった。
母に罵詈雑言を浴びせる民衆への怒り。母を殺そうとする教会への怒り。悪戯に世界を壊そうとするエヒトへの怒り。
何よりも……
「お前に分かるか!? エルフェウスがお前の娘と呼ばれていることへの屈辱が!!」
母を亡くし、立ちすくむノイントの耳に入った教会の司祭の声。
ミルザム・バーンには娘がおり、それがエルフェウスである。
その偽りが、いつの間にか真実として民衆に……国に……果ては神にまで誤認されているという事実。
「母を殺したお前が! エルフェウスを利用したお前が! 私たちを愛してる!? ふざけるな!?」
憎しみを宿したノイントの視線がミルザムに突き刺さる。
そんな視線を向けられたミルザムは、再び悲しそうに表情を歪め……
「そうよね。貴女が怒るのも無理ないわ」
俯きながら小さく呟くも、切り替えるように頭を振り、顔を上げる。
「でも安心して。私たちの家族を殺したクソ野郎共は私がひとり残らず殺してあげるわ」
まるで無邪気な子どものように。悪意一つ感じられない笑みで声を上げた。
「……何を、言ってる……?」
「姉を殺したのもエルフェウスちゃんを苦しめたのもこの世界の人間たちよ? そいつらの子孫が今も悠々と暮らしてる。そんなの許せないでしょ?」
「っ!? だから、何を訳の分からないことを言っている!! 母を身代わりにしたのも、エルフェウスを利用したのもお前だろう!?」
「ええ、そうよ。でも、
ひゅ、と誰かが息を飲む。
余りにも理解したくない状況に思考が止まり、恐怖を覚える。
まさにそんな空気をこの場にいる全員が感じ取る。
「ほんと、これから計画の為とは言え、自分の片割れを殺された時は怒りでどうにかなってしまいそうだったわ。エルフェウスちゃんが拷問を受けている時も、何度そいつらを殺してやろうと思ったことか」
嫌でも理解させられた。
家族といえども、計画の駒に過ぎない。愛情など不必要な感情だ。
そのように語ってくれる方が何倍もマシだった。
本能で理解させられた。
家族を愛している。姉が殺されたのはとても悲しいことだった。
適当なことを、と一喝できればどんなに楽だったか。
「ノイントちゃん、本当に辛かったわね。でももう大丈夫、あとは叔母さんに任せて」
それはミルザムのどうしようもない程の本音が詰まった、嘘偽りが一切ない彼女の心からの言葉だった。
「……イカれてる」
そもそもの倫理観がズレている。
エルフェウス達が迫害される原因を作った元凶は、彼女たちを傷つけ、殺されるように差し向けた元凶は、本気で手を下した
「エヒトを殺したところまでは良かったわ。でも、未だにこの世界に蔓延る害虫共の為にあの子が犠牲になる必要なんてないでしょう? 後であの子は悲しむかもしれないけど、ノイントちゃんがいれば大丈夫だと思うの」
だから、少しだけ体を借りることにしたのよ、と続ける女に全員が戦闘態勢に入る。
「みんな傷だらけね。異世界の子たちに恨みはないけど、可愛い姪っ子たちが幸せに暮らせる世界を作るためなの。だから──」
笑みを浮かべるミルザムから白金の魔力が溢れ出る。
ここまで戦い抜いてきたハジメは既に満身創痍に近い。
再生魔法と神水で回復を終えていた光輝たちも、魔力こそ余裕があるが、連戦ゆえに精神的な疲弊は抜け切っていない。
さらに、ユエはエルフェウスがミルザムに乗っ取られた瞬間から、神域からの魔力供給が切れており、シアはドリュッケンをユエとの戦いで消失。ティオも通常の”竜化”がやっとの状態だ。
ミレディだけはこの面々の中で余力を残していたが、彼女一人では到底太刀打ちできるレベルではない。
「ここで死んでくれる?」
開戦の合図はなかった。
それでも、誰一人とて警戒を緩めてはいなかった。一分の視線すら外してはいなかった。
それなのに、気付けばミルザムの姿を見失っていた。
と、同時にハジメの後方から聞こえたバタバタと地面に何かが倒れる音。
「すぐに終わるから、少しの間我慢しててね」
光輝、雫、龍太郎、鈴の四人は何が起こったのかを理解する間もなく体が裂かれるような激痛と共に地面に叩きつけられた。何とか意識こそ保ってはいるが、痛みにうめき声を上げることさえ出来ない。
「「「ッ!!」」」
「貴女達には手心を加えるつもりはないわ」
続いて反射的にミルザムに向かっていったシアが拳を振り下ろすも、ミルザムが撫でるように触れると、血飛沫を上げながら拳が弾ける。
その痛みに動揺したのと、振り下ろされた足がシアを地面に縫い付けるのはほぼ同時だった。
「この世界の住人。馬鹿どもの子孫たち」
とても”竜化”する余裕は無い。
持ち前の身体能力でせめて時間だけでも稼ごうとするティオの横っ面を、シアに突き刺さった足を軸に遠心力を増した回し蹴りが突き刺さる。
「無知とは罪よ。エヒトに汚された血筋は、ここで一度絶たなければならない」
ミルザムに放たれた雷の龍と重力の波。それはミルザムに触れる手前で攻撃性の持たないただの魔力へと霧散した。その瞬間、二本の大剣がユエとミレディ目掛けて突き刺さる。
確かに、敵として対峙した場合、光輝たちに比べれば遥かにユエたちの方が厄介と言える。だが、その言動の節々には明らかに個人的思想による差別が感じられた。
「雫ちゃん! ユエ! みんな!?──馬鹿ッ!? 集中しなさ──」
仲間たちが次々と為す術なくやられていく光景に体の主導権が強い香織が反応してしまう。
ノイントの忠告が飛ぶも、その一瞬で宙から出現した鎖が香織の四肢を雁字搦めに縛り上げる。
「ノイントちゃん。貴女の新しい体はすぐに用意してあげるわ」
動けない香織の横を悠々と通り過ぎたミルザムは、一人残ったハジメの前に佇む。
「南雲ハジメくん。あの子が見初めた男の子」
彼女の容貌で。
彼女の声色で。
「あの子、何だかんだ貴方のことは気に入ってたみたいなの」
女神さえ嫉妬するような微笑を浮かべて。
「貴方は何も悪くない。せめて、魂だけでも綺麗なまま逝かせてあげるわ」
まるで撫でるようにミルザムの掌がハジメの胸に添えられ……
『──”
ぬるり、と貫いた。
久しぶりに書くと、自分で自分の設定を忘れてないか不安でめちゃくちゃ読み直してました。