絶望の物語の作り方   作:羽織の夢

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魂の行き先

「ここは……」

 

 目を開けると、ハジメはごく一般的な民家を前に居た。

 僅かな逡巡のあと、すぐに気付く。自分の目線が低いことに。

 

 地球では珍しくない白のTシャツに紺色の短パン。丸っこい手足にフワリとした黒髪。

 自らの身体が小さくなっている。どう考えても異常事態のそれに、ハジメは不思議と何の危機感も抱かなかった。

 それよりも気になる光景が目の前に広がっていた。

 

「みてみて、おかぁさん」

 

 三歳にも満たないであろう、未だ舌足らずな薄水色の髪をした幼女。

 白髪であることと身長の差を除けば少女と瓜二つな容姿をした少女。

 

 そして、優しい笑みを浮かべながら二人を見守る妙齢の女性。

 

 誰に言われるまでもなく、三人が血の繋がった家族であることは一目瞭然の光景だった。

 

「あれは……」

「ありふれた光景でしょう?」

 

 思わずと言った風なハジメの呟きに、すぐ隣から声が掛かる。

 振り向いた先に居たのは、今ハジメが見ていた薄水色の髪をした幼女の姿。

 

「誰も思いもしないでしょうね。あんな幼子が遠い未来、世界を滅ぼそうとするなんて」

「……誰だって最初は同じだろ。魔王だろうと、勇者だろうと」

 

 ハジメの返答に、幼女──エルフェウスは微笑を浮かべる。

 

「そうですね。世界の脅威も、迫りくる悪意も、それから守られているという自覚もないただただ無知な存在」

「それが子供ってもんだ。守ってもらわなければ簡単に潰れちまう」

「ええ、本当に……」

 

 

 光景が移り替わる。

 

 

 中世のヨーロッパ風な建築物。

 数百名は優に入れるような広大な広場に集まり歓声を上げる民衆。

 

 彼らの視線の先には白の装束で統一された集団。

 殆どが成人した大人で固められる中、彼らを背にして壇上に立つのは少しばかり成長した薄水色の髪をした少女。

 

 それを見守るハジメたちも、少女に合わせるように背格好が伸びていた。

 

「世界の期待を一身に背負った少女。自分にしかやれないのだと、自分が皆を守るんだと。本気で思っていたんです」

「そうか」

「無知とは罪である。まさにそれを体現した光景でしょう」

 

 エルフェウスの視線が少女から外れ、脇に逸れる。

 その視線をハジメが追うと、そこには見覚えのある女性と少女。二人の瞳は民衆とは違い、不安で大きく揺れていた。

 

「馬鹿な子供ですよ。才能があるだけで力の何たるかを全く理解してない……本当、馬鹿な子です」

「……」

 

 消え入りそうな呟きに返す言葉を、ハジメは持ってはいなかった。

 

 

 光景が移り変わる。

 

 十歳を過ぎた辺りだろうか。

 少女の目の前の光景は真っ赤に染まっていた。

 

 地面の色など見当たらない程の地獄のような光景。

 その中心にて少女は佇んでいた。

 

 その表情は能面のように何の感情も読み取れない。

 まるで表情を浮かべる資格すらないかのように。

 

 

 光景が移り変わる。

 

 赤、赤、赤。

 

 

 光景が移り変わる。

 

 赤、赤、赤、赤、赤。

 

 

 光景が移り変わる。

 

 赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤。

 

 

 その光景を前にするハジメとエルフェウスは、十五歳程まで成長していた。

 

「守るとは何か。少女はその本質をようやく理解しました」

「守るとは戦うこと。誰かの命を奪うこと。()()()()()()()()()()()()

「愚かな私はそのことに気付くまでに数え切れない程の命を奪いました」

 

 エヒトが自らの器として見定めた少女の才能は、少女に戦いへの忌避感を覚えさせる前に大きすぎる戦果をもたらしてしまった。

 

「言われた通り魔法を撃っただけ。それは私にとって殺人などという重い行為などでは無く、ただ親に褒めてもらおうとする無邪気で純真で、余りにも残酷すぎる行為でした」

 

 時間にして約十年間。

 

 少女が罪の意識を感じるようになった時には最早手遅れだった。

 今更そんなものを感じる資格すら無い程、誰かを奪ってしまったあとだった。

 

「ミルザムさんの思惑なんて関係ないんです」

 

 俯いたエルフェウスの悲痛な声がハジメの鼓膜を刺激する。

 

「エヒトの暗躍なんて関係ないんです」

 

 それは果たしてハジメに向けているものなのか。

 

「外見を保とうとするだけ。嘘偽を貼り付けているだけのハリボテ」

 

 それとも、自分自身に向けての──

 

「犠牲無しでは何も救えない。そう思い込むことで自分を守りたかっただけなんです」

 

 一人の犠牲も出さず、誰もが笑顔で居られる世界。

 そんな世界を確かに目指していた。少しずつでも近づけていると信じていた。

 

 だが、現実は違った。

 

 エルフェウスが力を振るう度に、大勢の犠牲が伴っていた。

 全てを守ろうと誓っていた上で、自分自身が世界中の誰よりも命を奪っていた。

 縋った神は、人類を破滅へと導く邪神だった。

 

「覚えていますか、ハジメ様。私が何度も人類を信じようとしたと言ったのを」

「ああ」

 

 エヒトの眷属として利用される間も、彼女は世界を観測し続けた。

 その過程で出した結論。世界は犠牲無くしては真の平和を掴めない。

 

「いかなる時代にも、自らの信念を貫き通した傑物は存在しませんでした」

 

 失望した。無理ならば最初から立ち上がらなければいいのに。最大限の幸せを掴めないのなら、最低限の幸せで我慢していればいいのに、と。

 

 だけど同時に、心のどこかではいつも安堵していた。

 

「犠牲を許容する世界を見て、自分への冤罪府にしていたんです」

 

 犠牲無くして世界は変わらない。だから、自分が奪った命にも確かに意味はあったのだと。

 そうしなければ、少女の心は耐えられなかった。

 

「誰もが泣けない世界などと偉そうなことをほざいておきながら、ただ自分の身も守る為の妥協案でしかなかったんですよ」

「最後に自ら命を断つと言ったのも、今まで犠牲にした奴らへの償いか?」

「……」

 

 エルフェウスは沈黙を保ったが、それが何よりも肯定であることを雄弁に語っていた。

 

 

 光景が移り変わる。

 

 赤、赤、赤、赤、赤。

 

 その光景にエルフェウスは思わず顔を顰める。

 その光景を見る度に、耳元で囁く声が聞こえる。

 

 痛い、と。

 苦しい、と。

 

 人の形を崩した何かが自分を引きずり込もうと体を掴んでくる。

 もう何度目か分からない。それでも、それは当然の咎であると受け入れる。

 

 苦しい。辛い。逃げ出したい。

 でもそれは決して許されない行為だ。

 そんなことをすれば、今までの犠牲の全てが無駄になってしまう。

 

 だから受け入れるしかない。

 耐えて、耐えて、耐えて。最後は全ての責任を背負って地獄に落ちる。

 それが、エルフェウス・バーンに課せられた運命なのだと。 

 

 大地を赤く染め。

 海洋を赤く染め。

 空を赤く染め。

 

 拭いきれないほどの赤で染まった手を取ってくれる者など──

 

 

 

 

 

 光景が移り変わる。

 

 

 

 

 

『エルフェウス』

 

 

 

 

 あ、とエルフェウスが目の前に現れた光景に釘付けになる。

 それはいつの日のことだったか。

 夢見の悪かった少女の肩を抱く女性の姿。

 

 覚えている。母との思い出は一つ残らず覚えている。

 

「居るじゃねぇか」

「……え?」

「その手がどれだけ血に汚れてたって、お前のことをずっと守ろうとしてくれてたんだろ」

 

 悲しいと呟く少女にいつだって温もりを与えてくれた母。

 落ち込んでいるとどこからともなく現れて頭を撫でてくれた姉。

 

「運命がどうとか、責任がどうとか……いちいち面倒くさい奴だな」

 

 エルフェウスの過去を視て(知り)、エルフェウスの想いを視て(知り)、エルフェウスの罪を視て(知り)

 

「全部どうでもいいっつーの」

 

 全てくだらないことだと吐き捨てる。

 

「お前、最初に聞いたよな? 俺がここに来た目的は何だって」

「え? は、はい……」

「ムカついたから」

「……はい?」

「最初から最後まで言いように利用した挙げ句、勝ち逃げしやがって」

「えっ、と……?」

「やられたらやり返すのが俺の主義だ」

 

 そう言い切ったハジメは、それまでのシリアスな空気など知らん、とばかりに不機嫌な顔で腕を組む。

 

「……なんか思い出したら余計腹たってきた。おいっ」

「何ですか? えっ? ほんとに何ですか!? 無言で近づかないでもらえます!? 何か怖いんですけ──」

「天誅」

「いったぁああああ!!!?? 何でデコピン!? 何でこのタイミング!? てゆーか義手(ひだりて)は反則ですよ!?」

「うるせぇ、くだくだ騒ぐな。全部お前が悪いんだ。黙って受け入れろ」

 

 ハジメ自慢の強度を誇る義手の中指が、気を抜いていたエルフェウスの額にクリティカルヒットし、そのあまりの激痛に涙を浮かべながら抗議するもハジメは素知らぬ顔だ。

 

「とりあえず、それで全部チャラにしてやる」

「何ですか!? 男の子なら女の子の可愛いワガママくらいさらっと飲み込んでくださいよ!?」

「世界をぶっ壊すような馬鹿な真似を俺の世界じゃワガママとは言わねぇ。てゆーか、それだけじゃねぇ。全部だっつったろ」

「は? 全部? 全部って……?」

「全部は全部だ。お前が何人殺したとか、責任を果たせなかったとか、()()()()()()()()()()()()()って言ってんだ。デコピン一発くらい安いもんだろ」

「……は? は? え……は?」

 

 怒りのボルテージが上がりつつあるエルフェウスだったが、ハジメの口にした馬鹿げた内容に目を丸くする。

 

「い、いやいや、そんな程度で許されるものじゃないですし、そもそもハジメ様は関係な──」

「俺が今決めた。死んでる奴らの意見なんざ知ったことか」

「……えぇ」

 

 さすが魔王様。

 間違っても過去の罪に押し潰されそうになっている少女に向けて放っていい言葉では無い。

 ここに他の誰かが居れば、「やめろ馬鹿! 空気読め! 鬼か!」と総ツッコミを受けていたことだろう。

 

「第一、お前はどうしたいんだよ」

「私、ですか……?」

「お前の言う責任つーのは誰かがお前に背負わしたもんだろうが。そうじゃなくてお前はどうしたいんだよ」

「私が、どうしたいか……?」

 

 そんなこと、考えたこともなかった。

 希望など抱いてはいけない。十字架は背負わなければいけない。それはエルフェウスにとって避けようもない義務であったから。

 

「手を貸して欲しいなら貸してやる」

「……わ、たしは、ハジメ様を利用してたんですよ……? 香織様も、雫様も、アレーティアだって、私は私利私欲の為に利用したんです」

「香織や雫には一言詫び入れとけ。あいつらならそれで済むだろうぜ。ユエに関しては逆に謝られるかもな」

「……ハジメ様は」

「あん?」

「ハジメ様は、本当に私を許そうとしているのですか? あんなことがあって、それでも私を……」

「何度も言わせんな。全部チャラっつったろ」

 

 小さくため息をついたハジメはヤレヤレと首を横に振る。

 

「生憎とこんな性格なんでな。お前の母親が言ってたみてぇな王子様とやらは俺には似合わねぇ」

 

 共に十字架を背負ってやるつもりは一切ない。

 共に贖罪に身を費やしてやるつもりは一切ない

 

 

 だが……

 

 

「お前の(てき)くらいついでに俺が殺してやるよ」

 

 

 身も蓋もない、受け取り方によってはいい加減極まりないその言葉。

 

 それは世界を視すぎてしまったエルフェウスには、嫌になるほど透き通って見えてしまった。

 

 

 

『お母さんは、ずっと側に居てくれるよね……?』

『そうね……ずっと、は無理かもしれない』

 

 ねぇ、お母さん。

 

『でも、私が居なくなっても、きっと大丈夫』

『どうして……?』

『そんなの決まってるさ。ピンチのお姫様を救うのは、王子様って決まってるんだよ』

 

 お母さんの言ってたような王子様とはちょっと違うかもしれない。

 

 でもね──

 

 

『貴女が心の底から助けを求めた時、応えてくれる人が必ず居る』

 

 

「ねぇ、ハジメ様」

「何だ?」

「私と一緒に……戦って、くれますか?」

 

 溢れんばかりの不安と恐怖。それらに隠れた一抹の期待。

 それを見たハジメは不敵に微笑んだ。

 

 

「任せろ」

 

 

 応えてくれる人が、居たよ。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 一面真っ白な景色。

 過去の映像は完全に消え去り、何も無い虚無の空間にハジメとエルフェウスは居た。

 

「で、ここは一体どこなんだ?」

「今更ですか!? はぁ、ここは私の中。所謂精神世界といったところでしょうか」

「なるほど……で? 何で俺はお前の精神世界なんてとこに入れたんだ?」

 

 ハジメの記憶では、エルフェウスの体を奪ったミルザムに胸を貫かれたところまでは覚えている。が、そこから先の記憶が全くなかった。

 

「”魂葬”。生者の魂を抜き取り、成仏させる魔法です。まあ、ぶっちゃけまともに喰らえば一撃必殺ですね。それをハジメ様は受けたんです」

 

 魂を成仏させる以上、再生魔法での回復すら意味がない。まさしく喰らったら終わりのチート魔法だ。

 

「お、おい。まさか俺は……」

「心配しなくても、まだ死んでいませんよ」

 

 流石に表情が青褪めるハジメにエルフェウスは指を突きつける。

 

「そのペンダント。まだ付けてたんですね」

「ん? ああ、これか」

 

 ハジメが首元から引っ張り出したのは、あの日、オルクス大迷宮に訓練に向かう直前にエルフェウスがハジメに渡したもの。

 

「そのアーティファクトには私の魔力とは別に魂魄の欠片を中に埋め込んでるんですよ」

「魂魄の欠片……?」

「ええ、多分”魂葬”で一緒に抜き取られたんでしょうね。元は私の魂ですから、自然と元の場所へと帰ろうとしたんでしょう」

「つまり、俺はその流れに巻き込まれたってことか?」

「全く。悪運が強いと言えばいいのか……」

 

 呆れる様子のエルフェウスを前に、ハジメは確かめるように両の拳を握りしめる。

 

「脱出方法は?」

「肉体の主導権は奪われましたが、ハジメ様を外に放り出すくらいなら出来ます……勝算は?」

「ねぇ。武装もほとんどぶっ壊されちまってる」

 

 珍しく弱気な発言。

 ハジメはあらかじめ自身の武装を作成しておく必要がある以上、情報の少ない自らと同等、もしくは上回っている相手に対して後手に回ってしまうことが多い。

 最強に近い力を身につけていたとしても、錬成師という天職の性質上、応用性があっても即興性はない。

 ミルザム・バーンという未知の敵を相手に、ハジメの勝算は限りなく0に近かった。

 

「まあ、私も正直ミルザムさんに勝てるかと言われたら無理と答えますね」

「強いのか、ってのは今更か」

「はい。私の知る限り、魂魄魔法の使い手……いえ、歴代の神代魔法の使い手の中でも頭ひとつ飛び抜けてると断言できます」

 

 ミルザムがエヒトに負けていたのは圧倒的な魔力量の差。そして彼女についていける仲間がいなかったことだけ。才能という面だけで見れば、エヒトに勝らずとも劣らない。

 

「いえ、戦いの才ではミルザムさんが上回っていたと言っても過言ではないでしょう」

 

 幾星霜もの時を最強であり続けたせいで、物量による圧殺しかしてこなかったエヒト。

 エヒトという天上の存在が居た影響で、センスを磨き続けたミルザム。

 

 そのミルザムが、無尽蔵とも呼べる魔力を手に入れてしまった。

 

「これではもう、頑張ってどうにかするレベルをとうに超えています」

 

 偶然に偶然が重なり、嘘みたいなラッキーが巻き起こり、そこら辺で拾ってきた歯車が奇跡的に噛み合う。

 そんな奇跡が起こったとて、埋まらない現実がそこにはあった。

 

 

 だからこそ──

 

 

「故に、勝機はあります」

 

 勝ち目が0である。だからこそ、勝つ方法がある。

 

「一人で勝てないのなら、皆で力を合わせれば良い。定番でしょう?」

「……」

 

 何やら自信ありげに断言するエルフェウスに、ハジメは何言ってんだこいつ、と呆れた視線を向けた。

 

 

 

 

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