絶望の物語の作り方   作:羽織の夢

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醜い愛情を抱く少年は嘲笑う。
歪んだ愛情を抱く少女は笑う。
純粋な愛情を抱く少年は微笑う。


笑みを浮かべるような愛情

 檜山大介は小心者である。

 

 自分よりも弱い者を痛めつけることで優越感に浸り、強い者には媚をへつらうような最低な男。

 そのくせ、プライドだけは人一倍高く、物事がうまくいかない責任を他者になすりつける反面、自らは何も背負おうとすることはしない

 好きな女が他の男に好意を抱いている光景を見て、男の方に暴力を振るう程度の嫌がらせしか実行出来ない典型的な小悪党だ。

 

 例え、トータスという地球の法が存在しない世界においても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「前衛はこのままソルジャー共を抑え続けろ!! 後衛、詠唱を始めろ!!」

 

 迷宮内にメルドの指示が響き渡る。

 死の恐怖に震えていた生徒たちも、たった一人でベヒモスを抑え続けるハジメに感化されたのか、半ばヤケクソな気持ちになりながらも、それぞれのやるべきことを為すために動き出す。

 

 その中には檜山の姿もあった。

 何故、彼らがこんな危機的状況に陥っているのか。

 その原因が、この男だった。

 

 メルドの声を無視し、独断でグランツ鉱石に触れた。

 そのせいで転移トラップが起動。本来ならば初めての実戦ということもあり、上層で終わらせるはずだった簡単な訓練は、一気に下層まで飛ばされ、獲物を待っていたと言わんばかりの魔物たちとの命を掛けた死闘にまで難易度が跳ね上がった。

 

 だが、ハジメが機転を効かせることで、最大の難所であるベヒモスを足止めし、その隙きに光輝が混乱する生徒たちをまとめ上げ、退路を確保した。

 後はハジメが撤退するまでの時間を稼ぐことが出来れば全てが上手くいく。そんな全員が一致団結する瞬間に、檜山の脳裏過ぎったある考え。

 

(ここでどさくさに紛れてあいつを殺しちまえば……)

 

 そうすれば、香織の想い人は居なくなる。傷心する香織に、優しく寄り添っていれば、自身のその好意が向くのではないか?と、そんな浅はかな考えが脳裏をよぎる。

 他の誰かが聞けば頭がイカれているのかと思われかねない思考だが、あいにく檜山は大真面目だ。自分よりも劣っているハジメで良いなら、自分でも問題ないだろうと本気で思っているのだ。

 

(でも、もしバレたら……)

 

 しかし、心の中に生まれた僅かな迷いがその決断を鈍らせる。

 もし、自分の犯行がバレたらどうなるか。既に自分は安易に鉱石に触れてトラップを起動させてしまい、全員を危険に晒してしまったという前科がある。これに続いてクラスメイトを殺したとなれば、もう何の言い訳も通用しないだろう。

 罪人として捕らえられるかもしれないし、地球に帰ることが出来ても、誰かの口から自身の悪行が漏れる可能性がある。もう香織に拒絶されるとか言うレベルではない。

 

 それこそ、檜山大介という人間の人生が詰む。

 

(そうだ、別にそんなリスクを背負う必要はない。王都に戻ってから、天之川や白崎の居ないとこでボコればいいんだ。どうせあいつは誰かにチクれるような根性も無い)

 

 だからこそ、檜山はそんな選択肢を選ばない。そんなリスクを背負わない。

 

(ボコった時に、これ以上白崎に関わるようならもっと酷い目に合わせると脅せばいい……そうだ、ついでにあの美人の女のことも聞き出そう。どうせあの無能には勿体ない女だ)

 

 既にこれからのことを考え始めた檜山は内心で嘲笑った。

 いくらハジメに男としての階段を先に登られたかといって、自分との力の差がひっくり返されるわけじゃない。弱者相手にリスクを背負う必要はない。

 そう結論づけた檜山は、とりあえずこの場を乗り切ることが先決と、トラウムソルジャーを相手にするために、他の前衛組に加わろうと一歩踏み出し──

 

『本当にそれで良いのですか?』

(……え?)

 

 突然頭に響いた女性の声に、ピタリと踏み出そうとした足を止めた。

 

『それで、貴方の欲しいものは手に入るのですか?』

(何言って……そんなの当たり前だろ?)

 

 頭の中に他人の声が聞こえるという異常事態。

 しかし、檜山は何故かその現象を当たり前のように受け入れ、まるで知り合いに問いかけられたかのように違和感無く言葉を返した。

 

(南雲で良いなら、俺だって──)

『相手は肉体関係まで持ってるのに?』

 

 その言葉に、檜山は口を閉ざすしか無かった。

 

『貴方が憎んでるアレは、昨晩、君の大好きな少女の身体を思う存分堪能したのですよ?』

(……)

『しかも、あの美人な少女も一緒に。それに、この世界には避妊具なんてものはありません』

(──ッ!?)

 

 衝撃の事実に……いや、中世のヨーロッパレベルの文化のこの世界を顧みれば、想像は出来ただろう。

 そういったことに使える魔法がある可能性はあるが、この世界に来たばかりのハジメと香織が習得している可能性は低く、残りの一人が偶然使えたと考えるのは、あまりにも浅慮だろう。

 

『もしかしたら、お腹の中にはもう……』

(そんな……まさか……)

 

 檜山の視線が今も祈るようにハジメを案じる香織に向く。正確には、その腹部に。

 つい昨日のことだ。例えそうだとしても、目で見てわかる変化などあるはずも無い。

 それでも、1%でもありえる可能性が、檜山に最悪な未来を幻視させる。

 

 それは、赤子を抱いた香織と、その肩を抱くハジメの姿。

 

「──ッ!!!」

 

 その瞬間、檜山の中で溢れんばかりの激情がうねりだした。

 

『許せないですよね。このまま生かして返せば、そんな未来が待ってるんです』

(そうだ、許せるわけがねぇ! あいつは俺の白崎を傷物にするだけじゃなく、ガキを孕ませやがった!!)

『……なら、どうしますか?』

 

 女性の声がワントーン高くなる。まるで思い通りになり過ぎる展開が楽しくて堪らないと言わんばかりに。

 しかし、檜山はそんなことには気づきもしない。今の檜山が意識を向けるのは──……

 

(殺してやる!!)

 

 南雲ハジメただ一人だった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

──神山・聖教教会本部

 

 エルフェウスは、聖教教会の大聖堂に一人訪れていた。彼女の目の前には、一人の老人の姿。

 二人の他に誰も居ない中、エルフェウスに跪いていたイシュタルが、つい先程入った連絡を伝えた。

 

「使徒様。オルクス大迷宮に勇者一行を引率していたメルドから報告が上がりました」

「続けなさい」

「はい。迷宮内にて未知のトラップが発動。突然下層に転移させられ、その撤退戦にて勇者たちの一人、南雲ハジメが死亡したとのことです」

 

 エヒト神が遣わした勇者一行。

 無能の烙印を押されていたとはいえ、その一人がたった一回の迷宮攻略で命を落とすなど、勇者たちに期待する国民からの見聞は良くないだろう。

 しかし、既に()()()()()()()()()()()()()情報操作を徹底していたため、そのことが外部に漏れることはまず無い。

 

「しかし、まさか勇者一行の中に()()()()()()()()()()()()()()()

「下手人は魔人族の神、アルヴ。偽りの存在とはいえ、腐っても神。主様の目をかいくぐり、密偵を紛れ込ませた手腕は流石と言わざるを得ません」

「使徒様がお気づきになられなかったらどうなっていたことか……」

 

 勇者一行の一人、南雲ハジメは魔人族の神、アルヴによって送り込まれた刺客である。

 それは、勇者一行が召喚された日から数日後にエルフェウスからイシュタルに告げられた。

 憎きアルヴは、エヒト神が勇者の召喚を行うことを事前に察知。その中に自らの手の者を紛れ込ませることで、内部分裂を図った。しかし、エヒト神の神聖な召喚術を前にアルヴの妨害は失敗に終わった。

 

「報告を聞いた際、違和感はあったのです。エヒト様に選ばれた者が一般人にも劣るステータスしか持たなかったことに。使徒様から真実を告げられ、ようやく納得することが出来ました」

 

 アルヴ程度の力では、一人を紛れ込ませることが精一杯。しかも、力の譲渡も失敗した。

 その結果が勇者一行の中で、唯一の無能が誕生した理由だった。

 

「しかし、よろしかったのですか? わざわざ事故に見せかけ無くとも、異端者として公正に裁いてしまえばよろしかったのでは?」

「浅はかですね、イシュタル」

 

 エルフェウスは続ける。

 

「ただ処断するだけならば簡単です。しかし、いくらアルヴの刺客とはいえ、元は彼らは同じ世界で育った友です。それが自分たちを裏切っていたと知れば、勇者たちも酷く傷つくでしょう」

「……まさか、我らが神は」

「主様は非常に慈悲深い御方です。勇者といえども、まだ未来ある若者。彼らにそこまでの業を背負わせるつもりはないと仰りました」

「なんと、そこまでお考えだとは! このイシュタル、大変敬服いたしました!」

「世の中には知らない方が良いこともあります。この意味が分かりますね?」

「ははぁっ! この真実は未来永劫、我が胸に留めておくと誓いまする!」

 

 仰々しく頭を垂れたイシュタルに、エルフェウスは表情を変えること無く、小さく頷いた。。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 イシュタルが去った後、エルフェウスはこのままエヒト神への祈りを捧げると伝え、誰も大聖堂に寄せ付けないようにイシュタルに伝えた。

 

「世の中には知らない方が良いこともある、ですか。何とも便利な言葉ですねぇ」

 

 誰も居なくなった大聖堂にて、エルフェウスは一人笑みを浮かべる

 

「ハジメ様は順調に迷宮を進んでいるようですね」

 

 エルフェウスが自らの修道服の首元に手を差し込み、そこから首に掛けていた、翡翠色の鉱石がついた首飾りを手にする。

 一見、ただの安っぽいネックレスだが、その正体はエルフェウスが自作したアーティファクトだ。

 二つで一つの特殊なアーティファクト。受信と発信という特性をそれぞれ持ったこれは、発信側の所持者の周辺情報を受信側の所持者に一方的伝えるというもの。

 しかも、実際に発信されるのは僅かな魔力のみのため、彼女の“誘導“と組み合わせれば、僅かに魔力が宿った鉱石を使ったネックレスとしか判別出来ない優れものだ。

 

 エルフェウスが目をつむり、アーティファクトに意識を集中すれば、ハジメの状態が手に取るように分かる。

 

「今はレベル上げの真っ最中ですね……いえ、狩りと言った方が正しいかも」

 

 エルフェウスの視界に映るのは、トレントの頭部についている赤い果実を狩り尽くす勢いで暴れまわるハジメの姿。

 今まで魔物の肉以外口に出来なかった反動だろう。その光景に「ああ、かわいそうなハジメ様。沢山お食べ下さい」と、エルフェウスは涙ながらに言葉を発した。全てお前のせいだ、と口にする者は残念ながらここに居ない。

 

 ハジメにとっては常に命がけの戦いの連続。

 しかし、エルフェウスはそれをアニメを視聴する子供のように一喜一憂しながら楽しそうに見ている。

 

 そして、ハジメがたどり着いたのは、高さ3メートルの装飾された両開きの大扉。

 実は既に一度ハジメはここに来ており、その時に感じた悪寒から一旦その場を引いていた。

 

「ふふっ、やっぱり戻ってくると信じてましたよ。やっぱり物語でここは欠かせないポイントですよね」

 

 心の底からワクワクした表情を浮かべながら、エルフェウスは笑った。

 

 

──ヒロインとの邂逅です。

 

 

 まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 オルクス大迷宮・反逆者の住処

 

「はぁ〜、やっぱ日本人は風呂だよなぁ」

 

 激闘を乗り越え、オルクス大迷宮の最下層にある反逆者の住処にたどり着いたハジメはその晩、備え付けられていた風呂場にて、これまでの疲れを癒やしていた。

 湯に浸かってると、首元に付けていた翡翠のネックレスがプカリと浮かんでくるのが目に入った。

 

 奈落の底に落ち、爪熊に左腕を奪われたあの時。ハジメは自身の生を諦めた。

 助けなど来ないであろう地下深く。左腕を斬り落とされた激痛。その腕を目の前で咀嚼される恐怖。

 死の恐怖に立ち上がれる人間はそう多くない。ハジメもその例に洩れず、経験したことのない絶望に、ただただ身を震わすことしか出来なかった。

 

 その時だった。カランと乾いた音に、ハジメは痛みに呻きながらも、それ……翡翠のネックレスを視界に入れた。

 爪熊の一撃で紐がちぎれたのか、ハジメの首からずり落ちたネックレス。

 

『迷宮内では、そのネックレスを私だと思って大切にしてくださいね』

 

 思い出した。一人の少女との約束。

 こんな自分を好きと言ってくれた彼女の言葉を。

 初めてだった。あんなに正面から好意を告げられたのは。

 正直、何と答えれば良いのか未だに分からない。この気持ちが異性に対しての好意なのか、友人としての好意なのかは分からない。それでも……

 

「せめて、無事な姿くらい見せないとな」

 

 見た目はかなり変わっちまったが、と自嘲するように微笑った後、ばしゃりと手ですくった湯を顔に掛ける。

 そのままボーと天井を眺めていたハジメだったが、背後から聞こえてきたヒタヒタという足音に頬を引き攣らせた。

 

「ん、気持ちいいね」

「ユエさん? 俺、一人で入るって言ったと思うのですが?」

 

 チャプンと音を立てて湯船に入ってきた少女──ユエに背を向けたまま、ハジメは問いかけるが……

 

「だが断る」

「何でだよ、それトータスで流行ってんの?」

 

 今しがた思い出していた修道女と同じ返答をしてきたユエに、もしかしてトータスでも似たような文化があるのか?と本気で考え込むハジメ。

 そんなハジメにススっとすり寄ったユエは、ぴとっと肌を密着させる。

 

「……ハジメ」

「……当たってるんだが」

「当ててんのよ」

「だから何でだよ!? 何で言う事為すこと全部、エルスと同じなんだよ!?」

「……エルス?」

「……あ」

 

 思わず叫んだハジメだったが、その口から出てきた名前。恐らく女性の名前だろうそれに、ユエの眉がピクリと反応する。

 

「エルスって誰?」

「いや、何を想像してるのかは知らんが、あいつはただのダチみたいなもんだから」

「当てられたんでしょ?」

「……その……だな……」

「そのネックレス、誰に貰ったの?」

「…………」

「……負けない!」

「まてまてまて!? ダメだっつうの!?」

 

 勢いのままに襲いかかろうとしたユエだったが、ハジメは無理矢理ユエを引き剥がして距離を取る。

 

「ハジメは私のこと……嫌い?」

「うっ!?」

 

 うっすらと涙を浮かべるユエの様子に、ハジメは心が激しく揺れ動くが、鋼の精神で理性を縫い付ける。

 

「……俺が帰ってくるのを願ってくれた奴が居るんだよ。こんな俺のことを好きなんて言う物好きなんだがな」

「……ハジメはその人のことが好き?」

「……分かんねぇ」

 

 美人で、少し人をからかって遊ぶ悪癖があるが、会って間もないハジメのことを心の底から心配してくれるような優しい女性だ。

 でも、まだ会って数週間。彼女の知らない面もたくさんある。

 だから、答えを出すのはもっと彼女のことを知ってからでも遅くはないだろう。

 

「だけど、好きって言ってくれたんだから、ちゃんと返事を返すのが礼儀だろ?」

 

 だから、それまで他の奴とそういう関係になるつもりはない。

 そう言い切ったハジメの目をじっと見つめた後、ユエは小さく息を吐いた。

 

「……分かった。それなら無理矢理襲うような真似は止める。でも、私も諦めないから。覚悟してね?」

「手加減してくれると──」

「無理」

「さいですか……」

 

 やっと引いてくれたかと思えば、妖艶な雰囲気を醸し出し始めるユエの姿に、ハジメは疲れたように肩を落とした。

 

 

 

 




>檜山

 某修道女曰く「彼ほど扱いやすい人間は中々居ない」とのことです。

>エルフェウスは見た

 最初に言っておくと、エルフェウスが転生者というオチではありません。

>ハジメ

 原作では下着同然の香織にほぼ告白と言ってもいい約束をしておきながら、ユエを選んでますが、ほっぺにキスは強かった。

>ユエ

 胸を押し付け、寝床(風呂)に忍び込み、致す一歩手前まで急接近する。
 ぶっちゃけやってることエルスと変わらない。
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