絶望の物語の作り方   作:羽織の夢

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亀裂

 翌日。王城の訓練施設にて、光輝は一人鍛錬に励んでいた。

 

「はあ、はあ、はあ……くそっ!」

 

 聖剣を下げ、大きく肩で息をしていた光輝は、苛立たしげに声を荒らげた。

 思い出すのは昨晩の出来事。自分と同じくらいの年頃の少女が、声を押し殺して涙を流していた姿に、ただ事ではないことを感じ取った。

 そんな少女を放っておく選択など光輝の中には存在せず、彼女に寄り添い、詳しく事情を聞くことにした。

 始めは中々話をしてくれなかった少女だったが、勇者の肩書が良い方向に働いたのか、少しずつ話してくれた。

 

 その時のことを思い出すたび、光輝は(はらわた)が煮えくり返るようなの怒りを感じる。

 

『私は……ハジメ様に日頃から暴行を加えられておりました』

 

 二ヶ月前に、オルクス大迷宮で奈落の底へと姿を消したクラスメイト。その人物に肉体的な被害を受けていたというのだ。

 

「ステータスの伸びが周りよりも良くないからと言って、力の無い女性に当たって鬱憤を晴らしていたなんて……!!」

 

 少女によれば、ハジメはよく周囲から無能と蔑まれていたことにストレスを感じていたらしく、それを修道女やメイドなどに当たっていたらしい。さらに……

 

『神の使徒様方がホルアドへと出立する前日の夜……私は南雲様の部屋に呼び出され……』

 

 光輝は聖剣をギリッと強く握りしめる。

 光輝が話を聞いたエルフェウスは周囲と比べても、かなり整った顔立ちをしていた。だからこそ、ハジメの標的になってしまったのだろう。光輝はそう判断した。

 

「罪もない女性を襲うなんて許せない!!」

 

 光輝とて年頃の男子高校生だ。そういった知識も最低限持っている。ハジメは彼女の身体だけでなく、心も傷つけた。決して許されない行為だろう。

 

「〜〜〜ッ、くそっ!」

 

 しかし、肝心のハジメは既に死亡している。例え教会に通告したとしても、その罪を裁くことは出来ない。その事実が、光輝を苛立たせている。

 

(彼女は酷く傷ついている。俺が少しでも支えないと……!!)

 

 そんな目にあっていながら、彼女は修道女を続けるという。故郷に居る両親に仕送りがしたいそうだ。健気な少女の姿に、光輝は何か力になろうと決意していた。

 

「あら、光輝?」

「あ、光輝くん……」

 

 そんな時、自身の名前を呼ぶ声に、光輝はハッとして顔を上げた。。

 

「雫? それに香織も一緒か。二人でどうしたんだ?」

 

 雫と香織が二人揃って訓練施設に現れたことに、光輝は首を傾げる。

 

「誰かが訓練してる音が聞こえて、何となく覗いてみただけよ」

「そうか……」

「それよりも、その汗。かなり長いことやってたでしょ。明日からまた迷宮よ? 自主訓練も程々にしなさいよ?」

「そうだな……そろそろ切り上げることにするよ」

 

 雫からの忠告に、少しやりすぎたかと苦笑して聖剣を鞘に収める。

 ハジメへの怒りを抑えきれず、随分と時間が経っていることに気づかなかったようだ。明日は再びオルクス大迷宮の探索の続きだ。疲労が明日に残ってしまうことは避けるべきだろう。

 すると、それまで黙っていた香織が唐突に光輝に声をかけた。

 

「あの……光輝くん」

「ん? どうしたんだ、香織?」

 

 光輝が視線を香織に向けるが、香織は小さく口を開閉するだけで、続きを話そうとしない。何やらそれを口にするべきか迷っているようだ。

 

「香織? どうかしたの?」

「あ……ううん、何でも無い! 明日からの迷宮も頑張ろうね、二人共!!」

「香織……」

 

 雫の問いかけに頭を振った香織は、笑みを浮かべてこれからの迷宮探索への熱意を見せた。

 しかし、付き合いの長い雫にはその笑みが外面だけのものだと気付いていた。

 ハジメが奈落の底へと落下し、目覚めた当初こそ混乱していた香織だったが、僅かな可能性を信じ、今まで戦い続けてきた。

 そのことに安堵していた雫だったのだが、それが昨日を堺に突然崩れたのだ。

 終始表情に影を落とし、何かに葛藤する姿を何度も見た。本人に何かあったのか聞いても「大丈夫」の一点張りではぐらかすばかりだった。

 

 そして、付き合いが長いのは光輝も同じだ。

 彼も香織が何かを抱え込んでいることに気づいていた。

 

(香織……きっと南雲の死を……()()()()()()()()……!!)

 

 ただ、その理由を最悪な方向に勘違いしていた。

 

『香織、君の優しいところは俺も好きだ。でも、俺たちは立ち止まっていられないんだ! 俺たちが前へ進むことを南雲もきっと願っている!!』

 

 昨日までの光輝ならば、このようなズレた慰めの言葉を掛けていたことだろう。

 だが、光輝は知ってしまった。ハジメが香織の優しさの一片足りとも向けるに値しない悪人だと言うことを。

 本来ならば見当違いの言葉をかける光輝に、雫が呆れ、香織が苦笑いを浮かべるだけで済んだはずだった。

 

 しかし、()()()()()()()()()()()が、彼らの間に大きな軋みを生んでしまった。

 

「香織……もう南雲のことを思い出すのは止めるんだ」

「……え?」

「あんな奴、香織の優しさを向ける価値すら無い」

 

 光輝から飛び出した言葉に、香織は目を真ん丸にして固まってしまう。少しずつ言葉の意味を咀嚼し、それを理解した瞬間、足元が崩れていくような感覚に陥った。

 

「光輝っ!! 撤回しなさい!! 今のは流石に聞き流せないわよ!!」

「雫は黙っていてくれ!! これは香織のためなんだ!!」

「何が香織のためよ!! 言って良いことと悪いことの区別も出来ないの!!」

「香織にとって辛い現実かもしれない。だからこそ、俺が正さなくちゃいけないんだ!!」

「このっ……!!」

 

 呆然とする香織の前で、光輝に掴みかかった雫が声を荒げるが、光輝は自分の発言を撤回する気は毛頭なかった。

 光輝にとって、ハジメは香織に心配される価値などないクズで、そんな奴のために香織が傷つくなど我慢ならなかった。

 しかし、親友の淡い想いを真っ向から否定する行為に雫は黙っていられない。いくらご都合主義で、いつものような身勝手な正義感から来る発言だとしても、合わせるのにも限界がある。

 いくらハジメのことが気に入らなかったとはいえ、死人(光輝視点で)を侮辱するような行為を見逃すわけにはいかなかった。

 

「いい加減にしなさい!! 香織はあんたのものじゃないのよ!!」

「香織は俺たちの幼馴染だ! 彼女が間違った道を進もうとするなら、それを正すのは当たり前だろう!!」

「だからそうじゃないって──」

「ねえ、光輝くん」

 

 まるで犬に論語のように意味の為さない言い合いに、思わず拳を握り込む雫。

 だが、それが振るわれる前に、二人の言い合いを遮って香織が光輝の前に歩み出た。

 

「私ね、南雲くんが好きなの」

「……は?」

 

 突然の告白に、光輝は頭が真っ白になった。

 

「……何を言ってるんだ? こんな時にそんな冗談を……」

「私は真剣だよ」

「……意味が分からない。香織が南雲を好きなはずが……」

「いい加減現実を見なさい。あんたが気づいてなかっただけで、香織はずっと彼のことを想っているの。好きだからこそ、学校でもあれだけ積極的に話しかけてたのよ」

「だって……あれはいつも一人の南雲が可哀想だったから……」

「はあ……その理屈で言ったら、香織は何人世話を焼けばいいのよ」

「でも……だって……」

 

 困惑する光輝に香織はまっすぐ視線を合わせた。

 

「光輝くんが何でそんなことを言うのかは分からない。ハジメくんの生存が絶望的だってことも分かってる……それでも、私は諦めたくないの」

「……まさか、南雲が生きてるっていうのか?」

「可能性はほぼ0に近い。それでも0じゃない。だから、この目で確認するまでは信じたいの」

「……」

「これで分かったでしょ? 香織はそれだけ本気なの」

「嘘だろ? だって、俺たちは幼馴染じゃないか。今までずっと一緒だったんだ。これからだって……」

「あのね、光輝くん。幼馴染だからって別にずっと一緒ってわけじゃないよ」

「香織が誰を好きになるのも、どこに行くのも、香織の自由よ。あんたがやってるのは、香織を無理矢理自分に縛り付けているようなものよ」

 

 幼馴染の二人にそう言われた光輝は、あまりの衝撃に呆然とするしかなかった。

 目を吊り上げて光輝を睨む雫。そのとなりで、眉を八の字にして悲しそうに光輝を見つめる香織。

 光輝は今の現状を理解することが出来なかった。

 ハッキリと明言こそしないが、光輝にとって雫と香織は何よりも大切な存在だ。二人のためならば、自分の命をかけることすら構わない。それほどにまで大切な二人なのだ。きっと二人も同じように思ってくれていると無意識に思い込んでいた。

 だからこそ、必ず自分が彼女たちを守り抜き、幸せにしなくてはならないと思っていた。

 

 そのはずだった……

 

「……ダメだ、香織。君は南雲に騙されていたんだ。あいつは最低な奴なんだ」

「光輝くん……」

「だって、あいつはエルフェウスさんに……!!」

「「エルフェウス?」」

「あ……」

 

 ハジメは女性を襲うような最低な男なんだと告げようとした光輝が、苦虫を噛み潰したような表情で押し黙る。

 そのことを伝えるには、彼女がハジメから受けた被害について二人にも話さなければいけなくなる。いくら香織の目を覚まさせるためとは言え、あまり女性相手に話せるないようではない。さらに……

 

『このことは他言無用でお願いします。もし、聖教教会に話が伝われば、私はこの国に居られません』

 

 エルフェウスは聖教教会に所属する修道女だ。その身は神に捧げるべきものと考えられており、異性と肌を合わせる行為は、例え本人の意志ではなく、それこそ犯罪に巻き込まれただけであったとしても、神への裏切りに当たる。良くて国外追放。最悪、極刑すらありえる。

 被害者であるエルフェウスが罰を受ける可能性があることに、光輝は憤りを感じたが、これがこの国の法律だ。善悪に関係なく、エヒト神への反逆と見なされる行為は例外なく罰せられる。

 思わず直談判に乗り込もうとした光輝だったが、すぐにエルフェウス自身に止められた。

 

『私が処刑されるのは構いません! それでも、もし故郷の家族も同罪と見なされたら……!!』

 

 ご都合主義と真っ直ぐ過ぎる正義感から暴走することが多い光輝だが、同年代の少女に必死に説得され、家族の危険を出されたら止めざるを得なかった。

 

(何で被害者の彼女が我慢しなくちゃならないんだ! おかしいだろ!!)

 

 被疑者(ハジメ)は死亡。被害者(エルフェウス)は心身に傷を負ったまま泣き寝入り。国や教会は、手を差し伸べるどころか、彼女に追い打ちを掛ける始末。

 

(そうだ、南雲だ。全部あいつが悪い! あいつがこんなことを起こさなかったら彼女は……!!)

 

 溜まりに溜まった光輝の怒りは、この場に居ない……いや、もうこの世にいないと思っている一人の少年に向かう。国や教会に少しは怒りが向いても良さそうなものだが、光輝は犯罪を起こした元凶であるハジメに全ての責任を追求する。

 その考えに、酷く個人的な感情があることは本人すらも気付いていない。

 

(そもそもあいつが居なければ香織が傷付くことも無かった。クラスメイトが戦うことを拒否することも無かった。檜山が必要以上に糾弾されることも無かった)

 

 既に光輝の中ではハジメは全ての不幸の原因と位置づけられていた。

 ハジメが香織を惑わしたせいで、自分とずっと一緒に居るはずだった将来に歪みが生じた。ハジメが死んだせいで共に人々のために戦わなくてはならないクラスメイトが部屋に引きこもるという間違いを選んだ。ハジメのせいで、少しトラップを起動してしまっただけの檜山が非難の的になってしまった。

 

(……そうだ、きっと今までの悪行の罰が下ったんだ)

 

 そして、光輝の思考は最悪のところまで来てしまう。

 きっと自分が知らないだけで、地球に居たことから様々な悪事に手を染めていたのだろう。そう判断した光輝はハジメの死がその悪行に対する当然の結果だと思い込んだ。思い込んでしまった。

 

 そして、決定的に吐き出す言葉を間違えた。

 

「……天罰だ」

「──ッ!?」

「……え?」

 

 光輝の口から漏れ出した言葉に、香織は目を大きく見開き、雫は言葉の意味が分からずに困惑する。

 

「あいつが死んだのは天罰なんだ!! あいつが今までやったことを考えれば、当然の結果なんだよ!!」

 

 光輝の怒号が訓練施設に響き渡る。周囲に居た人間が何だ何だと遠目から様子を伺ってくるが、三人はそんな周りの状況に気付きもしない。

 

 しんっと静まり返る中、大声を出した光輝の荒い息遣いだけが、僅かに耳に入る。

 声を失う香織と雫を前に、息を整えた光輝は、頭を振って冷静さを取り戻すと、いつも通りの笑みを浮かべて手を差し伸べた。

 

「急に大声を出してごめん。でも分かってくれ、香織。君のためなんだ。だから南雲のことなんか忘れて、今まで通り俺と──」

 

 しかし、光輝の言葉は途中で不自然に途切れた。

 同時に、パァンという乾いた音が響き渡る。

 

「…………香織?」

 

 ジンジンと痛む頬を抑えた光輝が、呆然としながら俯く香織を見つめる。

 状況が理解できなかった。自分の幼馴染はとても優しく、ハジメのような悪人でも慈愛の心を持てる女性だった。そんな彼女が、()()()()()()()自分の頬を叩いた。その事実に困惑する。

 

「……ずっと悩んでた。エルスから話を聞いてから、どうしたらいいのかって……」

 

 トータスに来てから知り合った修道女の少女。

 知り合ってからの月日はまだ短いが、ハジメを通して知り合った彼女は美人で、聡明で、お茶目で、何よりも同じ人を好きになった人だ。ハジメを守れなかった自分を責めること無く、人前では決して弱った姿を見せないとても優しい女性だ。

 

「あの子が嘘をつくとは思えない。でも、光輝くんがそんなこと言うとも思えなかった」

 

 だからこそ、香織の心境は酷く複雑だった。

 昔から光輝はそのご都合主義から、ズレた解釈をすることはよくあった。しかし、それはあくまで強すぎる正義感から来るものであって、意図的に誰かを貶したり、傷つけたりすることは決してなかった。

 

「……でも、エルスの言ってたことは正しかった」

「香織? エルスがどうしたの?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。そのエルスというのは一体誰なんだ?」

 

 雫と光輝が様子のおかしい香織を見つめていると、香織がゆっくりと顔を上げる。

 

「「ッ!?」」

 

 その表情を見て、二人は驚愕する。

 いつだって笑顔を絶やさなかった少女の瞳には、今まで見たことが無い憤怒が宿っていた。

 

「光輝くん……ううん、()()()()()。もう、私に関わってこないで」

「なっ!? 何を言ってるんだ香織!?」

「そのままの意味だよ。そんなことを言う人だとは思わなかった」

 

 それだけ言い放つと、香織は光輝に背を向けて去っていく。

 

「ま、待つんだ香織!?」

「待つのはあんたよ」

 

 慌てて後を追おうとした光輝だったが、雫がその前に立ち塞がった。

 

「どいてくれ雫! 今の香織を一人にするわけには……!」

「それは同意するけど、その役目はあんたじゃないわよ」

 

 雫とて、香織の発言で気になる部分はあった。彼女が何かに苦しんでいるのなら、親友として側で支えてあげたいと思う。だが、今の香織に光輝を近づけるのはマズイと嫌でも分かる。

 

「香織が先に怒ったから言うタイミングを無くしたけど、私もさっきの許してないからね」

「だから何を……」

「……これまで意味ないからって諦めてたけど、今ほどあんたの悪癖を指摘してこなかったことを後悔したことはないわ……今の光輝、最低よ」

「……え?」

 

 ギロッと光輝を睨みつけたあと、雫は香織の後を追って訓練施設を出ていった。

 

「……」

 

 一人残った光輝は呆然と二人の去った方向を見つめることしか出来なかった。

 周囲の人々が光輝の様子を心配して声を掛けているが、その声が光輝の耳には届くことはない。

 

 ピシリと亀裂が入る音がした。

 

 

 

──そして……

 

 

 

「へぇ、そんなところに隠れてたんですか」

 

 エルフェウスが、ニヤリと笑みを浮かべてその光景を見つめる。彼女の手には、翡翠色のネックレスが握られている。

 一人の少女によって歪められた関係。生じた亀裂。それはじわじわとトータス全土へと広がっていき……

 

()()()()()()()()()

 

 神への反逆者へと、その魔の手を広げようとしていた。

 

 

 

 




 自分で書いといてあれなんですけど、中々酷いことやってるなぁと思う今日この頃。
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