彼女のセブンMy Favorite Seven 作:skav
彼女の名前は
ボクサーは拳で語るってよく言うだろう。一度拳を交えれば相手が何を考えているのか手に取るように分かってしまう。あれって自動車でも同じ事が起きるって知ってた?俺だってそんなの信じられなかったさ。だけど本当に起きたんだよ、本当だって!
えっと・・・何から話そうか。じゃあ、まずは幽霊の話から。アレは確か、俺が18の時だったかな。
「えっと・・・ドイツから来ました。卯月誇之(うづきここの)です。十年ドイツに住んでいて今年日本に来ることになりました。あー趣味は車。以上です。」
「えっと、彼はドイツの・・・。」
「先生はセナプロを知ってますか?」
「ああ、もちろん知ってるよちなみにプロストが好きだった。」
「そうですか、こっちの人としては珍しいですね。で、どの席に座れば?」
「ああ、あの空いている席に座ってくれ。」
高校二年の春。彼、卯月誇之の挨拶は教室に微妙な空気を醸し出した。あっちでは必ず食いつく生徒がいたのにと、少し落ち込んだ。席についてため息をつくと、隣の女子生徒が話しかけてきた。
「日本語上手だね。ねえ、さっきのってなんかのネタ?」
「なんで車がネタになるのかな?」
「だって今時車が好きーなんて学生滅多にいないよ。」
一女子生徒の見解だが、今の日本の若者はそんなに自動車に対して興味をお持ちでは無いようだ。まあいいよと、彼は小さくため息をついた。
やはり”ガイジン”が珍しいのか、周りから奇妙な視線を受ける。日本的な名前と見た目のギャップもそれに拍車をかけているのかもしれない。まるで珍しい生き物を見るような目は正直良い気分では無かった。
妙な緊張感が漂う授業時間が過ぎ、昼休み。誰一人席を立つ者はおらず、弁当を広げながら隣の生徒と視線を交わし、最後に誇之を見る。
分かったよ、俺が出て行けば良いんだろう?
パンと牛乳の入ったビニル袋を下げて、廊下を出た。外の空気が吸いたくて、誇之は校庭の芝生の上に腰を下ろした。木陰になっていて、風が心地よい。転校初日なのにも関わらず、早くも登校拒否を起こしそうであった。
そんな彼の下宿先はとある自動車チューナーだ。ここの経営者はドイツにいた頃の知り合いだったりする。
「おじさーん、遠藤のおじさーん!いるんでしょー!」
「誰だ、俺のことをおっさんと呼ぶヤツは。」
ジャッキで持ち上がった車の下から、にゅっとぼさぼさの髪の男が出てきた。
「どうも、おじさん。今日からお世話になります。」
「おーガキじゃねーか。いつ日本に帰ってきたんだ?」
「ガキじゃ無くて誇之だってば!帰って来たのはほんの少し前。・・・荷物とか届いてますよね?」
「おう、二階の部屋に置いてあるからよ。それよりお前とうとうやったな。日本車のアウトバーン最高速更新とニュルの最速ラップ更新だって?」
誇之はいたずらが見つかった子供のような顔をして笑った。
「あーやっぱり知られちゃいましたか。でも今時そんなに騒いでないでしょう?」
「ま、まあな。だがその手のオタク達は大騒ぎだぜ?謎の美少年が記録更新ってな。お前が運転したわけでもないのに、大変だな。」
「美少年って・・・まあいいや、それよりもおじさん。そのマフラー交換手伝いましょうか?」
「おー、じゃあ頼むわ。」
作業着に着替えて、軍手をはめる。こうして車をいじっている間は嫌なことを忘れることができた。
衣替えが終わり季節は夏にさしかかったある日。
「ふふふ・・・ついにこの日が来た。」
屋上の扉を前に、誇之は不敵に笑う。彼の手の中にあるのは学校の屋上の鍵だった。月に一度の屋上掃除にて職員室から借りてくるついでに、”おゆまる”で型を取り、携帯で様々な角度の写真を撮っておいたのだ。それを使って真鍮を切削、メッキまで施す懲りようだった。
「さて、はたして開くのかどうか・・・。ま、大丈夫だろうけどねー。」
金色に輝く鍵を穴に差し込む。そしてゆっくりと回すと、カチャンと音が響いた。
「よっしゃ・・・!」※絶対に真似しないで下さい
キイという音と共に少し錆び付いた扉が開く。鞄からビニルシートと枕を出して、寝転がった。ようやく手に入れた自分だけの空間。これで少しは気が楽になりそうだった。
「おじさん、新しい車がはいたって本当ですか!?」
メールを読んで一目散に帰って来たのか、誇之の制服は乱れ、呼吸も荒かった。
「入ったつーか、押しつけられたんだよ。ったく、こんなもの邪魔でしょうがねーな・・・。」
そうぼやく彼の視線の先にあるのは、ほとんど解体された状態の車だった。
「これってCR-Xですよね、それもEF8だからV-tec装備の。」
「ああ、そうだ。俺の走り仲間がいらないつって押しつけてきたんだがよ、エンジンもねーしこれじゃゴミだな。」
「えーもったいないですよ。捨てるなら僕に下さい、直して使いますから。」
「直すってエンジンはどーするんだよ?」
「何とかしますって、お金なら向こうで稼いだぶんがたっぷりありますから。」
だったらその金で車を買えばいい話なのだが、そこはあえてスルーする遠藤であった。
次の日の昼休み、誇之はいつもの屋上で各メーカーのカタログを広げていた。一つ一つ部品を比べてどこのが最良か吟味していくのだが。
「EF8のパーツって全然出回ってないんだな・・・ま、買った後で調節すればいい話だけど。」
鼻歌を歌いながらページをめくっていると、突然扉が開いた。まさか教師にバレたのかと思ったがそうではないようだ。扉を開けたのは一人の女子生徒、見る限り同級生。開かない扉が開いて当人も驚いている様子だった。
「・・・こんにちは。」
「えっと・・・ここって開かないはずじゃ・・・。」
「うん本当はね。だけど、俺だけは開けられるんだ。あー・・・できればこのことは内密に。」
「う、うん・・・君ってもしかして転校してきた人?」
「正解。俺は卯月誇之、よろしく。あ、早く扉締めて。」
「あ、ごめんなさい。」
女子生徒は音を立てないようにして扉を閉めて、壁により掛かった。そして、長く重いため息をついた。
「ふむ・・・なにか思い悩んでいるとみた。」
「・・・分かる?」
「まーね、俺が転校してきたときと似たようなため息だったし。教室にいたくなくなった、もしくはいられなくなった。どう?」
「正解、もしかしてエスパー?」
「そんなわけ無いでしょうが。座ったら?」
誇之に自分の横をぽんぽんと叩いた。それに促されて女性とは隣に体育座りをした。そしてカタログを一冊手に取りぱらぱらと眺める。
「ホンダ車・・・それもシビック系・・・いや、もしかしてCR-X?」
「俺以外に自動車に興味がある人を見つけて、尚かつ車種を言い当てられて心底俺は今猛烈に動揺している。」
「くすっ・・・変な言い方。そんなに珍しかった?私としたらこんなことしてる君の方が珍しいんだけど。」
笑いながら彼女はカタログを閉じて本の山の上に置いた。
「そーですか、それで君はなんであんな重苦しいため息をついたのかなー?」
「・・・・・・言いたくない。」
「ふーん・・・ま、嫌なことくらい生きてりゃたくさんあるって。また気が向いたらきなよ、昼休み俺はずっとここにいるから。」
「雨の日は?」
「図書室だな、うん。あそこは人少ないし、馬鹿騒ぎできないし。」
「そうなんだ。まあ、気が向いたら・・・。」
そう言って女子生徒は屋上を去って行った。それから誇之は彼女の名前を聞いていないことに気がついた。
「どっかで見たことある気がするんだけどな・・・誰だっけ?」
何だかのどの奥に小骨が刺さった気分だった。
なんとCR-Xのリア・フロントバンパーやエアロパーツ類が無いことが発覚。折角だから図面を起こしてどこかで作ってもらうことにした。
そのため誇之は昼休みと放課後を使って図書室に足を運んでいた。
「・・・・・・さて、どんなデザインにしようか。」
「やっぱり見た目よりも実用性かな?」
「そっか・・・じゃあ、吸入効率を考えて・・・って、Wow!」
目の前にあの女子生徒が現れ見事な発音で驚く誇之。
「面白そうなことやってるからつい覗いちゃった。これって車の図面でしょ、まさかと思うけど車でも作ってるの?」
「そのまさかだよ。まあ、修理なんだけどね。」
「フツーの高校生じゃ無いね。やっぱりドイツは違うなー。」
「いや、ドイツでもこんなことさせないよ。必要だから覚えたまでだよ。」
話しながらも誇之の図面を引く手は止まらない。目にもとまらない早さで、白紙の上に形ができあがっていく。
「そういえばさ、時々早い時間に帰ったり、遅い時間に登校してきたりするよね。」
「・・・見てたの?」
「見てたというか、偶然見えたというか。なにか家の事情?」
「まあ・・・そうかな。」
なにか言いにくそうな雰囲気を感じ、誇之はそれ以上は聞かないことにした。
「そうだ、これが完成したら一番はじめに乗せてあげよう。」
「え・・・本当?」
ちょっとだけ女子生徒の目が輝いた。
「うん本当。あ、もちろん免許とらないとダメだよ。誕生日いつ?」
「四月四日。」
「じゃあ、早く免許取れるね。俺もだけど。」
「四月生まれ?」
「そ、四月九日。・・・よし、これで完成。じゃあ、また明日。」
「うん・・・また明日。」
荷物をまとめて図書室を出て行く誇之の背中を女子生徒は少し寂しそうに見送った。
「随分と形ができてきたな。エアロもキマってるじゃねーか。」
特注したバンパーもしっかりとはまり、見た目もまとまってきた。見た目だけは。
「よし、じゃあ塗装しましょう。おじさん、積載車出して下さい。」
「なんだ塗装は自分でやらないのか?」
「場所が無いでしょう。それとも作業場を塗料臭くしたいんですか?マゾなんですか?」
「わーかったよ、たく。可愛げもありゃしねえ。」
がらんどうのEF8を乗せて二人は知り合いが経営する塗装屋へ向かった。
誇之は上が濃紺、下が濡羽色とほとんど黒に近いツートンカラーにした。
「おじさん、ちょっと相談があるんだけど。」
「おう、なんだ。」
年が変わり二月の上旬、誇之はコタツでみかんを食べる遠藤の相向かいに腰を下ろした。
「現在俺は高2ですが、大学受験をします。そこでおじさんにお願いが、大学に合格したらエンジン代の一割を払って欲しいんだ。」
「ちょ、ちょっと待て。お前が大学を受けるのは知ってる、だけど最後のは初耳だぞ?」
「うん、だって初めて言ったもん。ちなみに一割負担で16万ね。折角だからエンジン専門のところの一番良いやつを買うことにした。」
「じゅ・・・十六万・・・まあ、それくらいなら大丈夫だな。分かった、好きにしろ。どうせ合格するんだからよ。・・・祝い代わりだ。」
「よっしゃ、さすがおじさん。じゃあ話はそれだけだから!」
誇之はさっさと自分の部屋へ戻って行ってしまった。
「まったくよお・・・それくらい全額払わせろよな。それ以上の悪いことお前にしてるはずなんだからさ・・・。」
ぽつりと誰もいない部屋で呟いた。もちろん誇之の耳には聞こえていない。
放課後の屋上、空き教室から運んできた机と椅子で受験勉強をする誇之の姿があった。図書室も受験生が増え始めたので、こちらに避難してきたのだ。
「お、勉強中?偉いねーここにいるのは偉くないけど。」
聞き慣れた声が背中から聞こえた。今となっては振り返る必要も無い。
「よ、悩めるJK。何か用かい?」
「また変な日本語覚えたなー。まあ、いいや。はいこれ。日頃のお礼と勉強の労い。」
そう言ってなにやら小さな包みを机の上に置いた。
「すんすん・・・む、甘い物の臭いがする。よし、今すぐ開けよう。」
「あ・・・ちょっと・・・。」
慌てる女子生徒を華麗にスルーして誇之はリボンをほどいて可愛らしい包みを開いた。
「おーチョコレートじゃないか!丁度食べたかったんだよー。」
「良かった、甘いの苦手だったらどうしようかと思った。」
「ドイツはチョコレート消費量世界一。言うなれば甘党の国。例に漏れず俺も甘いのは大好き。」
みるみるうちにチョコレートをたいらげ、最後の少し形が歪なハートのチョコも一口で食べてしまった。
「・・・・・・あ。」
「どうかした?」
「い、いや・・・別に。」
満足そうな顔をする誇之の横で、安堵したような、けれども残念そうな顔をする女子生徒の姿があった。
「ありがとう、これで受験勉強もはかどる気がする。」
「え?卯月君って二年生だよね・・・なんで?」
「飛び入学ってやつだね。どうしてもやりたいことがあってね。」
「そう・・・なんだ。が、頑張って・・・ね。」
女子生徒は屋上を後にする。その扉を閉める際にバン!と勢いよく閉めたのかとても大きな音がした。
「・・・・・・なんで怒ってるの?」
それ以来誇之の前に彼女は姿を現すことは無かった。
結局誇之は無事に大学に合格した。卒業式は一人校長室で行われた。
そして二人の生徒が学校から姿を消すことになった。
卯月誇之と岬愛華。
誇之はそのもう一人の名前を知ることは無かった。