彼女のセブンMy Favorite Seven   作:skav

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前向きな逃亡

幽霊退治から数日が過ぎた。あの日以来H山から青いインプレッサの目撃情報はパッタリと途絶えた。

濃紺のCR-Xに負けたという噂を残して。

「はい、Aランチおまちどおさま。」

学食のランチを受け取り、空席を探す。

その時、いつもの二人の片割れを発見した。

「み、三嶋さん!こ、こんにちは!」

「卯月はどうした?」

背筋をぴんと伸ばして、挨拶をする男を気にとめる様子無く、沙羅はそう尋ねた。

「アイツは今日欠席です。なにやら用事があるとかで・・・。」

「用事・・・そうか。」

欠席等言う単語に、ほんの少しだけ沙羅の眉がピクッと反応した。

「と、ところで椅子開いてないようでしたらどうぞ!俺はもう食べ終えたんで!」

「なら、お言葉に甘えて。すまないな。」

「いえいえ!どうぞごゆっくり!」

逃げるようにしてその場を離れる男を、横目で追いながら席に着く。

 

用事・・・岬愛華に関してか?いや、最近ふいに悲しそうな顔をするときがあるから別の事だろうか?

例えばそうだな・・・車の調子が悪いとか。まあ、あれだけ振り回せば仕方が無いだろう。

いや、卯月ならばむしろ改造のチャンスとか言って嬉々としているのではないか?

だったら他にはなにが・・・・・・。

 

いつの間にか眉間にしわが寄り、周りの人たちを怖がらせていることに気がついた。

「・・・考えるのはよそう。」

咥えていた割り箸をそのままパキンと割って、沙羅は昼食を取り始めた。

 

 

「お久しぶりです先生。」

「ええ、大学の方はどう?」

「まあ、それなりに。」

誇之は一年在籍した高校に来ていた。外国から来て、尚かつたった一年で姿を消した誇之は少々有名人になっているようだった。

入学初日に感じた、まるで珍しい生き物を見ているようなぬらりとした視線を感じる。

「今日はちょっとお伺いしたいことがあって来ました。岬愛華さんについてなんですけど。」

その名前を聞いて教師は少し動揺の色を見せた。なぜ彼の口からそんなことが、と言いたそうであった。

「彼女、最近学校に来ているんですか?」

「いえ・・・今年度に入ってからは、来ていないわ。」

「一学期ももうすぐ終わるのに?」

「ええ、岬さんのお家ってお医者さんなの。それで直接訪問する機会も無くて・・・。」

その言い方から、どうやら今年の彼女の担任は、この女性教師のようだ。

「彼女、岬さんに何があったんですか?その・・・言いにくいですけど・・・イジメとか。」

「それは、おそらく無いと思うの。机とか、下駄箱には”そういう”跡はなかったし。生徒達も特に何も知らないと言っていたわ。」

「じゃあ、他に理由があると・・・分かりました。それと最後に、彼女の去年のクラスと出席番号って分かりますか?」

「ええ、少し待って頂戴。」

女性教師はファイルを取り出して、確認するように頷いてから2組の32番だと告げた。誇之は礼を言って、職員室を後にした。

「あれ?もしかして卯月君!?何でここにいるの!?」

「きゃー久しぶりー!」という甲高い声の方へ振り向くと、見覚えのある顔があった。

一年間誇之の隣で、何かと気にかけてくれた女子生徒だった。残念ながら名前は覚えていないが。

「うん、ちょっと気になることがあってね。岬愛華さんについてなんだけど。」

「あー岬さんね・・・、そっか卯月君仲良かったもんね。」

女子生徒は、何か気まずそうな雰囲気を出して視線をそらした。

「うん、まぁ・・・参考までに、何か知ってる?」

「知ってると言えば知ってるかな・・・ここじゃ言いにくいからちょっとこっち来て。」

女子生徒は、誇之の袖を引き校舎裏の駐車場まで連れて行った。そこにある屋外非常階段の下は丁度周りから見えにくい場所となっていた。

「ここまでするってことは・・・結構なことがあったんだ?」

「うん、先生達は否定してるけど岬さん・・・イジメられてたの。そこのクラスの子から聞いたんだけど・・・。」

プリントが回らない、ものが消える、落書き、確かにイジメはあったと彼女はそう言った。

「極めつけはこれ、コレがあってから岬さん学校来なくなったの。」

そう言って女子生徒はメールの添付ファイルから一枚の写真を表示した。そこには中傷の言葉が机に直接掘られ、机の機能を損なわせるためか釘やネジが半端に埋まっていた。

「机だけじゃ無いよ、椅子だって、ロッカーとか下駄箱もこれくらい・・・。」

「これは・・・酷い。」

そんなとき、休み時間の終わりを告げる予鈴が鳴った。女子生徒は大慌てで、携帯の電源を切り「じゃあ、またね!」と言いながら昇降口に消えていった。

「・・・さてと。」

彼女が完全に姿を消したことを確認して、誇之は2年生用の下駄箱を観察し始めた。

「2組32番・・・2組32番・・・お、これだこれだ。」

目当ての下駄箱にたどり着くと、誇之は顔も知らない今の持ち主に心の中で謝り、下駄箱から靴を取り出した。

そしてポケットからペンライトを出して、下駄箱を照らす。暗いままだと分かりにくいが、こうして照らしてみるとよく見えた。

何か固いものでこすったような跡や、真新しいテープをはがした跡、そして消し残したペンキの跡。

念のため別の下駄箱も見てみるが、そのような跡は一つも見られなかった。

「・・・・・・成る程。」

ふと、誇之は掃除ロッカーに気になる張り紙を見つけた。

 

濡れた器具はしっかり乾かすこと  洗剤は適量で使うこと

 

どこにでもあるような、いたって普通の注意書きだが、誇之は何か引っかかった。

「おい、そこのアンタダメだよ勝手に入っちゃ。」

妙に迫力のある声に誇之の肩がびくっと跳ね上がった。そこには作業服を着た男が立っていた。どうやらここの用務員のようだ。

「えっと、この学校の卒業生なんですけど・・・一応許可は貰ってます。」

そう言って誇之は入校許可書を用務員に見せる。

「それで、掃除ロッカーなんて見つめて何やってんだ?」

「その、この張り紙が気になって。」

用務員は「ああ、それか・・・。」と忌々しい思い出が蘇ったような顔をした。

「どっかのバカが濡れたままモップやら、雑巾やらを放り込んだんだよ。たわしもバケツに入れたまま、しかも汚え水もそのままだ。ついでに新しく備えたばっかの洗剤もすっからかんになってやがったし・・・未だにソイツは名乗りでねえときたもんだ。」

相当嫌な思い出だったのだろう、用務員は剥がれかけた張り紙を再び新しいものに張り替えた。

「おら、用が済んだなら早く帰った帰った。」

「いやいや、まだもう一つ用事が残ってるんで。」

「そーかい、だったらゆっくりしてけ。」

どっちなんですか。と、誇之は心の中で呟いた。

 

ガチャ・・・キィィィ・・・

重たい金属の音と共に、青空が広がる。そう、誇之と彼女だけが知っている秘密の空間。

「ははは、この机まだあるよ。」

雨風に晒されて少しだけ表面が変色しているが、確かにあの机があった。誇之の手には”銀色”の鍵が握られていた。

そして、お目当てのものもそこにあった。あの時にはなかったもう一つの机。

ペンで書かれたものは綺麗に消されているが、掘られた文字や、クギ・ネジが埋まった後は生々しく残っている。

誇之はこの机がここにあると、半ば確信を持っていた。

 

1番目に疑ったのは学校側がイジメの存在を隠したこと。

もし本当に隠そうとするのならば、この机そのものを廃棄しているはずだ。だからその線はほぼ無いと言える。それにばれた時のリスクが大き過ぎる。

あの女性教師は本当に知らないのだ。そしてそれを隠している人物がいる。

女子生徒が見せてきた写真はメールの添付ファイル。そこには一斉送信では無く、この女子生徒だけに宛てて送られてきたようだった。

そしてその時間は午後6時丁度。完全下校時刻が過ぎたあとに送られたようだ。

これを意味することは、たった一つだけ。

実行者は机、椅子、ロッカー、下駄箱への落書きを実行し、それを女子生徒に報告した。

そしてその女子生徒は翌日、惨状を見た彼女の顔を見るために登校。

しかし、彼女の予想とは裏腹に、綺麗にその四つは掃除され痕跡は一つも残っていなかった。

”彼女”と共に、証拠は跡形も無く消え去った。

 

嫌がらせを受けないようにいつもより・・・いや、誰よりも早く登校した彼女はまず掃除を始めた。それを全て消すためには相当な洗剤が必要なはずだ。

精神的にショックを受けていた彼女は、使った器具をそのまま用具入れに入れてしまったのだろう。

そして誇之から受け取った鍵を使い、机と椅子を屋上に持って行った。

予備の机と椅子を教室に運んだところで、彼女はそのまま家へ帰ったのだろう。

黙々と作業を続ける彼女の姿を想像し、誇之は胸をきゅっと何かに締め上げられるような感覚を覚えた。

 

ガチャ・・・キィィィ・・・

背後から扉が開かれる音が響く。誇之は振り返る。そして、あの時のように無邪気であり、少しだけ寂しそうな笑顔を彼女に向けた。

 

「よ、悩める女子高生。」

「うそ・・・何で・・・?」

 

彼女は、岬愛華は目の前の光景が信じられないと言った様子で固まっていた。

「ほら、早く扉閉めて。」

「あ、ご、ごめん・・・。」

はっと我に返った愛華は急いで金属製の扉を閉める。

「えっと、なんで卯月君がここにいるの?」

「とりあえず・・・座ろっか。」

「・・・・・・うん。」

誇之に促されて二人は自分の席に着いた。広い屋上に並べられたたった二つの席に座る生徒。それはミスマッチのようで、この二人の場合どこかしっくりくるようでもあった。

「あの、卯月君・・・もうちょっと机離さない?」

「ヤダ、このままが良い。」

「・・・・分かった。」

机を密着させたまま、誇之はいつものように話を始めた。

「そう言えばさ、H山最近行ってないんだって?」

本当にいつも通りの話し方で、誇之は取り留めのない事を話し始めた。

愛華は少し戸惑う様子を見せながらも、誇之の世間話に加わった。

「うん、両親はちょっと前から気づいてたみたいだけど。とうとうバレちゃった。・・・それに。」

「それに?」

「それに・・・もう目的は果たしたから。負けちゃったけどさ。」

悔しそうにそっぽを向く愛華に対して、当の負かした本人はどこ吹く風だった。

「どうだった?一緒に部品を検討して、エアロなんかも考えた車と戦った気分は?」

「楽しかった。ブレーキをする度、コーナーを曲がる度にここで話した事とか思い出して・・・本当に、凄く・・・楽しかったなぁ。」

何処か懐かしむような表情で、愛華は空を眺める。そして机に掘られた文字をなぞるようにして追った。

「ねえ、卯月君。少し、胸貸してよ。」

「胸?どうして?」

「いいから、卯月君は腕広げてるだけで良いから。」

誇之は今ひとつ理解できてない様子で、腕を肩の高さまで上げた。そこに寄りかかるように、愛華は自身の額を誇之の胸に付けた。

「ねえ、卯月君。どうしてあのとき屋上にいたの?」

 

「それは・・・その・・・。」

 

「分かってる・・・教室の雰囲気が嫌だったからでしょ?」

 

「・・・うん。」

 

「私もね、嫌がらせを受けて・・・それで嫌になって屋上に逃げてきたの。開いてるはずは無い・・・そう思ってたけど。どうしてもどこかで一人になりたかったから。」

 

「・・・・・・。」

 

「だけど開いてた。そして私にそっくりな卯月君がいた。周りと上手く馴染めなくて、それなのに変に目立って・・・そして車好きな。」

 

「あの時から・・・昼休みになるのがずっと待ち遠しかったなぁ。ずっと昼休みになれーって、毎日思ってたよ。」

 

「うん私も、あの時間があったからまた明日も頑張ろうって、まだ我慢できるって、ずっとそう思ってた。ねえ、卯月君・・・どうしていなくなっちゃったの?」

 

「・・・・・・ごめん。」

 

「謝っちゃだめ。卯月君が決めるべきことに私が関わっちゃだめだから。・・・・・・でも。」

その瞬間、愛華が今までため込んできたものが、決壊したダムのようにあふれ出てきた。止めようとしても、止めることができなかった。

 

「なんで優しくしてくれたの・・・たった二年我慢すれば良かったのに・・・あの時優しくしたから・・・楽しいって思ったから・・・こんなに辛いなんて思わなかったから・・・卯月君がいなくなっても頑張ろうって、耐えていけるって、そう思ってたのに・・・やっぱり無理だった・・・眠れなくて、カートも集中できなくてミスが続いて・・・頑張れって言われても、頑張れないよ・・・わたし、強くないから・・・卯月君・・・私、疲れた・・・逃げ出したいよ。」

 

「良いんじゃ無いの、逃げたって。」

「・・・・・・え?」

誇之は愛華の体を起こして、しっかりと彼女の目を見つめた。

「ある世界最高峰のレースで二年連続チャンピオンを獲得した人も、移籍先で嫌気がさして古巣に戻ったでしょ?だから、本当に嫌なら移籍すれば良いんだよ。・・・俺みたいに。」

「でも・・・カートは。」

「誰だって不調はあるよ。次があるんだから、その時取り戻せば良い。」

「・・・両親に何て説明すれば。」

「あーもう!言い辛いんだったら俺も付き添うから!こうなったのも俺に責任があるんだし。」

「・・・・・・どうして、そこまでしてくれるの?」

誇之は愛華の机の一部を指さした。そこにはとても丁寧な文字でこう書かれていた。

 

たすけて

 

その4文字は後から書かれたものだと、誇之にははっきりと分かった。

「そりゃ友達に助けてって言われたら助けるでしょうが。」

「・・・ともだち。」

「そう、日本語で言えば同じ釜のメシを食った仲だっけ?」

「くす・・・釜じゃ無くて購買のパンだけどね。」

「そ、そんなことは些細な問題だ!」

「ふふふ・・・あれ?・・・うそ・・・え?」

笑ったことで緊張が緩んだのか、愛華の目からは大粒の涙がこぼれ落ちていた。それをみた誇之はなぜかくるっと背中を向けた。

「・・・なにしてるの?」

「いま、さっきみたいに胸貸すとさ・・・いや、・・・その、背中ならどうぞ。」

「・・・・・・じゃあ、お言葉に甘えて。」

 

本当の意味での幽霊退治がここに終結を迎えたのであった。

 

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