彼女のセブンMy Favorite Seven   作:skav

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別れの日

夏休みが本格的に始まり、はや数週間。誇之はRennenの代表、白井辰哉と本田美春らによる要望の回答をするために、再びホンダミュージアムへ来ていた。

「では、我がチームのメカニックとして働いてくれると。」

「はい、それで条件というかお願いなんですけど・・・。」

結論を言うと答えはイエスだったが、ただしと誇之はあることを付け加えたのだった。

「とりあえず聞こうじゃ無いか。」

「ええ、そちらのドライバーなんですけど。一人は今年限りで契約が切れ、既に別のチームと契約していると聞いたのですが。」

シーズンの途中ではあるが、水面下では既にドライバーの移籍交渉は始まっている。昨日の敵は今日の友、その逆もまた然りである。

「その通りだが、まさか引き留めろとは言わないだろうね?」

「いえいえ、むしろそのまま進めて頂きたいくらいで・・・。ごほん、白井さんは岬愛華をご存知ですか?」

「期待の女子高生レーサー、岬愛華・・・かね?」

「ええ、僕としては彼女を来年のドライバーとして迎えたいのですが。」

「それは、条件・・・ということかな?」

「事と次第によっては。」

白井は「ふむ・・・。」と少し考えるそぶりを見せた。そこに助言をしたのは美羽であった。

「三嶋が残留を表明している以上、宣伝と言う意味ではなかなか良い話だと思うのですが。」

このチームには沙羅が在籍している。彼女はこのチームと複数年で契約をしていて、来年岬愛華がパートナーとなれば女性ドライバーコンビとして、話題性は大きいはずである。

「だが、話題だけでドライバーを決めるわけにはいかん。実際に、よそのドライバーから接触が無いわけではないからな。」

話題性以外にそのよそのドライバーを納得させる材料があれば良いのだ。

「卯月君、僕の夢はね、このチームをF1に持って行くことなんだよ。そのためには君の力が必要だと、僕は本気でそう思っている。そして、君の技術にも確かな手応えと自信を感じている。」

「・・・ありがとうございます。」

「今年かろうじてチャンピオンレースに生き残ってはいるが、そのためには残り二戦の優勝が絶対条件だ。」

しかもそれが最低条件であり、二戦優勝したとしてもチャンピオンシップを取れるとは限らない。

「・・・・・・と、言いますと?」

「彼女を・・・三嶋君を残り二戦優勝させて欲しい。そうすれば、岬君を迎え入れようじゃないか。」

つまり、誇之という戦力を獲得する条件として岬愛華にシートを与えるという形にしたい。

そのためには、誇之が残りの善戦を優勝させたという実績が必要なのだ。

「・・・成る程、加えて国内フォーミュラはチームの通過点でしかない。とも言えますね?」

「日本のフォーミュラを馬鹿にしているわけでは無いが、確かにそう言っても良い。」

「分かりました。全力で沙羅さんをサポートします。それと、本田さん。例のCR-Xの件ですが、承ろうと思います。」

「それは嬉しい知らせだね。それで、今君の車はどこに?」

「今日サーキットでVOC主催の走行会をしてますよね?そこに参加してますよ。」

 

場所は変わり、ここはツインリンクもてぎのピットガレージ内。濃紺のCR-Xの横に二人の人影があった。

「三嶋さんは卯月君と親しいんですか?」

「・・・普段会話をするのは彼くらいだ。まあ、親しいと言えば親しい部類に入るのかもしれない。」

「ちなみに知り合ったきっかけって何です?」

「N峠のミーティングで、成り行きで勝負になり、そして負けた。おそらく話すようになったのはそこからだろう。」

「ふぅん・・・そっか、三嶋さんもこの車に・・・。」

いま隣に鎮座している小柄な車が、まさかあんな恐ろしいハイペースで走り出すとは容易には想像できないだろう。

だが、実際にこの車はまるで地を這う戦闘機のように軽快なフットワークを見せるのだ。

「この車、卯月君と屋上とか図書館で色々話し合いながら作ったんです。・・・と言っても、卯月君が全部作ったんですけど。」

「まさかあんな曰く付きの車だとは思わなかっただろう?」

「はい、アルミモノコックだったなんて・・・正直、今でも信じられないです。」

この走行会が終わってすぐにこの車はコレクションホールへ寄贈される。塗装を剥がされ、内装も全て取り払われるので、本当に今日が走り納めになってしまう。

「すみません、ついさっき用事が終わりました~。」

その車の持ち主である誇之が、駆け足で現れた。

「ぎりぎり間に合ったな。あと少しで走行が始まるところだったぞ。」

「卯月君、何してたの?」

「いや、ちょっとお仕事の話をね。」

そう言って誇之は車のラゲッジスペースからヘルメットなどを取り出した。

『コースオープン十分前です、参加される車両はピット上へ並んで下さい。』

タイミング良く場内アナウンスが知らせる。

「まずは岬からだ。時間に余裕があったら交代してくれ。」

「え、でもそれじゃあ・・・。」

躊躇する愛華に沙羅はいいんだと首を横に振る。

「卯月と約束したのだろう?そこに私が口を挟む資格は無い。」

「分かりました。・・・それじゃあ、よろしく。卯月君。」

「うん、よろしくー。それじゃ、行ってきます!沙羅さん。」

「ああ、行ってこい。」

「・・・・・・沙羅さん?」

怪訝な顔をする愛華を乗せて、誇之の車は動き出した。

 

まずはゆっくりとしたペースで、コースをチェックしていく。

「やっぱ一般道と違って路面綺麗だねー。」

「それは、そうでしょう。」

この走行会はロードコースまで目一杯使用可能なあたり、流石最大級のオーナーズクラブである。

「タイヤの食いつきも良い感じ・・・よし、とばすよ~。」

誇之の気の抜けた声とは対照的に、4気筒のエンジンは鋭いノイズを発した。それと同時にシートが背中を押す感覚を覚える。

甲高い排気音を響かせてホームストレートを突き抜けていく。300、250、200とみるみる第1コーナーが迫ってくる。

もしかしてブレーキが壊れてしまったのか、と思わせるような踏みっぷりに愛華の背中に冷たい汗が流れる。

「・・・・・・っ!」

刹那強烈な慣性力で体が前に吹き飛びそうになった。シートベルトが体に食い込み必死に床を踏み付けて突っ張る。

続いて横からタックルを受けたような衝撃を受け、シートから体がずれる。アームレスト等をしっかり掴み直してそれに対処する。

「凄い・・・。」

「軽いでしょ?この先のS字なんてノーブレーキで行けるんだよ。やって見せようか?」

「うん、お願い。」

正直少しだけ怖さはあるが、この車が見せる性能への興味の方が勝っていた。

 

ピットロードに二人を乗せたCR-Xが帰って来た。

全開で走ったのがよほど気持ちよかったのか、誇之は満足そうな表情をしていた。対する愛華は苦痛を我慢するような、それでいてどこか嬉しそうな、妙な顔をしていた。

「岬、何かあったのか?」

「卯月君、容赦なくコーナーを攻めるから・・・ベルトが食い込んで痛かったんです。」

「いやいや、だって岬さんが思いきりやれって言うから・・・。」

愛華は痛む肩を揉むようにして、沙羅にヘルメットを渡した。

「はい、次は三嶋さんの番です。」

ふふふ、と愛華の口元が不敵に笑った。

 

「卯月、物事には限度というものがあるだろう?」

「いや、その・・・何というか・・・格好いいところを見せたかったと言いますか。」

「中学生か君は。・・・・張り切りすぎだ。女性を乗せたときにはもう少し丁寧にだな。」

「・・・はい。ごめんなさい。」

車内で説教を受け家ながら、誇之は終始クルーズドライブに心がけたのであった。

 

こうして、誇之とCR-Xのお別れ会兼同乗走行会は終わりを迎え、いよいよ引き渡されることになった。

「早くて一ヶ月後には特別展示としてお披露目されるかな。」

「NSX開発秘話・・・とかですか?」

「まあ、そんなところだろうね。楽しみにしてると良いよ。それで、君が良ければ送るけどどうする?」

美羽が自信の車、白いS2000を指さして言った。

「ありがとうございます。けど、先輩が送ってくれると言うので。」

誇之の後ろには青いスカイラインが一台駐まっていた。

「そうか、分かったよ。改めてありがとう卯月君。そして、これから色々と忙しくなるけど期待しているよ。」

「ええ、それでは失礼します。」

美羽に一礼し、誇之は二人が乗るスカイラインの方へ走っていった。

「別れの挨拶は済んだか?」

「はい、一月後に展示されるそうです。また会いに行きますよ。」

「会いに行くか・・・。それと岬、狭いだろう。大丈夫か?」

「はい、この中で一番小さいのは私ですから。それに、思ったほど狭くないですよ。」

大柄な車体のスカイラインは、2ドアとはいえ後部座席も多少のゆとりはある。

「そうだな。GT-Rと言えど、どこぞの1マイルシートとは違ってちゃんとしてるからな。」

「あ、沙羅さんそれうちの子馬鹿にしたでしょ!?」

「・・・インプレッサは4ドアだよ?」

「あーもう!何なのさ!そんなに負けたのが悔しいのか!?」

「「もちろん。」」

沙羅と愛華は異口同音で返答した。流石レースを生業としようとしているもの同士。負けず嫌いは共通していた。

 

高速道路を降り、一般道を進むことおよそ1時間半。一番最初に愛華の家に到着した。

「すみません、わざわざ送って頂いて。」

「気にするな。明日は学校か?だとしたらしっかり休むと良い。」

「・・・・・・はい。」

学校という単語で愛華の表情に少しだけ陰りができた。

「夏休みはこっちにいるから。時々遊びにおいでよ。」

「うん・・・ありがと。」

「じゃあね~岬さん。」

「あ、ちょっと待って卯月君!」

ウインドガラスを閉じようとする誇之に、愛華は止めるように車に近づいた。

「なに・・・あ、俺の家は駅の裏にある遠藤モータースってところで・・・。」

「そうじゃなくてね・・・その。」

もじもじする愛華の様子を見て、誇之は首を傾けるばかり。その二人の様子をみた沙羅は、ステアリングにもたれかかるようにしてぷるぷる震えていた。

「・・・・・・愛華。」

「はい?」

「岬じゃなくて、愛華。」

「あー・・・こほん、じゃあ愛華さんで。」

「・・・まあ、良いか。またね、卯月君。」

「うん、じゃあまた~。」

愛華の姿が消えるのを見送ってから、誇之は改めて電動ウインドを閉じた。

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・くくっ。」

「わ、笑わないで下さいよ!」

「いや、すまん・・・。だが、無理だ。ぷっ・・・ふふふ・・・。」

吹き出すような笑いでは無く、もっと奥の方からじんわりとくるような笑いだった。

今横で必死に弁解をする後輩が可愛くて仕方が無かった。

 

 

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