彼女のセブンMy Favorite Seven 作:skav
「おーい、ガキ。お前のお客さんが来たぞー。」
「はいはーい。」
作業着を着た誇之がガレージに現れる。するとそこには一台の積載車が止まっていた。
積載車の方は遠藤モータースのものだ。そして、その荷台にはカバーを掛けられた車が載せられていた。
「こんにちは~、私の可愛いミウラをよろしくお願いしまーす!」
助手席からやけにはしゃいだ女性が飛び降りてきた。
「えっと・・・三浦桃枝さん、ですか?」
「ぶぶーそれは、私の本名。世間では百瀬ユリ!この名前聞いたことない?」
「あ~俺の友人がそんな名前を言っていたような・・・言ってないような・・・。おじさーん、百瀬ユリさんって知ってますか?」
苦手なタイプなのかこそこそ離れようとする遠藤を誇之は逃がすはずも無かった。
「・・・知ってるよ。ランボルギーニコレクターで有名なアイドルだろ?」
「ぴんぽーん!大正解~。それにしても、君外国の子だよね~?日本語上手だね~。」
「ど、どうも・・・。それよりも、今日はレストアの依頼ですよね?」
ぐいぐい来るユリを押し切るように、誇之は強引に話題を本題に戻した。
「そう、これぞ私のベストオブ愛車!ランボルギーニミウラでーす!」
ユリが荷台の車のカバーを取り払うと、白いボディの車体が露わになった。
「・・・・・・あー。」
「何て言うか・・・ボロいな。」
そう、彼女が持ち込んできたミウラは一言で言えばボロボロであった。外装は所々剥がれ、ウインドウガラスは砂埃を浴びて茶色く濁り、タイヤもくたくただった。
何か理由がありそうだなと、誇之は直感で感じた。
「これは・・・大がかりなレストアになりそうだぞ・・・。」
「ねーねー、君って高校生?あのおじさんが直すんじゃ無いの?」
ミウラの状態をチェックしている誇之の後ろでユリが声をかけてきた。
「あの人は、また別の仕事が入っているので俺が受け持つ事になりました。ちなみにいま十八です。」
「うっそー!私と同い年!?信じられなーい!」
「・・・・・・事前に伺った書類では―」
「あー!あー!それ以上は言っちゃダメー!」
ユリが必死に誇之が続けようとした言葉を遮った。
「アイドルって大変なんですね?」
「・・・・・・あははは。それで、直りそう?」
ユリが心配そうな顔を覗かせた。おどけた態度を装っても、本心ではやはり車が心配のようだ。
「時間は掛かりますけど。大丈夫です、直ります。」
「・・・良かった~。」
誇之の言葉に安心したようにユリはホッと胸をなで下ろした。その時、ポップな着信音が鳴り響いた。
「もしもーし、え?今からですか?・・・はい、分かりました。すぐに戻りまーす。」
電話を切ったユリは忙しそうに、手荷物を掴んでどこかへとメールを打ち始めた。
「ごめんなさい、急用ができちゃった。それじゃあ、ミウラのことよろしくね!」
荘言い残し、ユリはあっという間に走り去ってしまった。
「・・・ふう、行ったか。」
「おじさん、いくら苦手なタイプだって隠れることは無いと思うんだ。」
「仕方ねえだろ・・・苦手なんだからよ。それで、どこから手付けるつもりだ?」
「そうですね・・・バラします、一回。」
「ま、そうなるだろうなぁこの状態じゃ。それじゃあ、頑張れよー。」
遠藤は積載車に乗り込み、どこかへ出かけて行ってしまった。
照りつける太陽。気の遠くなるような暑さ、取り残された一人と一台。
「さーてと、ちゃっちゃと始めますか。」
ランボルギーニ・ミウラ。
V型12気筒のエンジンを横置きミッドシップに抱えたランボルギーニの名を世に轟かせた一台。
1965年のトリノ・ショーでお披露目にされたシャシーとエンジンだけの姿は、まさにランボルギーニの将来を決定づけた瞬間でもあった。
シャシーは至る所に穴が開けられ徹底的に軽量化が図られた。
トリプルウェーバーキャブを4基搭載したエンジンは、その奏でる獰猛でありながら美しいサウンドで聞く者を非現実の世界へと誘う。
「それがこうも酷い姿になるとは・・・。」
いま目の前に横たわる車は、そんな気品や一種のオーラを一切感じ取れなかった。
この手の車はブランドで取引される。多少故障や痛みがあったとしても、そのブランドによって購入する者は少なくとも存在する。
そしてブランドを手にしたことで、ある種満足感のようなものを感じてしまい車庫の飾りになる例も少なくない。
そしてこの車は、様々なオーナーの手に渡り最終的に野ざらしにされていたようだ。
ランボルギーニ・ミウラという”車”としての魅力では無く、”ブランド”としての魅力で粗末な扱いを受け続けてきたのだろう。
「だとすると、お前は凄くラッキーだよ。おそらくお前はずっと大切に”乗り続けて”くれるはずだよ。」
だが、このままではそんな望みでさえ適わない。
車は機械であり、生き物では無い。生きているわけでは無い、しかし死んでいるわけでも無いのだ。
機械にとっての死とは故障や破損ではない。必要とされなくなることが、すなわち機械のとっての死である。
「死なせない・・・絶対に。」
誇之はくすんだ窓ガラスを優しく撫でた。
とある自動車修理工場に一台の積載車が現れた。その車体には遠藤モータースと書かれていた。
「お、やっと来やがったな。」
「まさかお前のところに理想のブツがあったなんてな。」
物陰からひょっこりと現れたのは、何かとつるむことが多い同業者の佐藤陽一だった。
「だから俺にも相談しろって言っただろ?ほら、コイツだよ。」
佐藤が工場の片隅に置かれた、カバーの掛けられた何かを指さした。
「それで、車体の方は?」
「安心しろ、良いタマを用意してある。」
カバーを少しだけめくり、遠藤はそのブツを確認した。
「どうにかなりそうですか?」
工場に似つかわしくない、柔和な声が二人に届いた。
「あ、これはこれは白鳥さん。こちらが今回依頼を受けて頂いた遠藤モータースの遠藤です。」
「・・・・・・どうも。」
そこには車いすに乗った女性がいた。
「あなたが・・・その、ドイツで修行していらしたと言うお方ですか?」
「そうだ、アンタが依頼主の白鳥さんか?」
「はい、白鳥桜と言います。」
「さっきも紹介されたが、遠藤だ。・・・あー、とりあえずコイツを持ち帰って、車体が届いたら本格的に改造しようと思ってるんだが・・・。」
「そこは全面的にお任せします。・・・ただ。」
桜が車いすを動かして遠藤の側に寄る。そして、彼の顔を観察するようにじっと見つめた。
「あの、何か?」
「あなた・・・髪を切った方が良いわよ。それに、その髭も。わざと伸ばすのと、伸ばしたい放題にするのは違うのよ?」
「・・・・・・アンタに言われる筋合いは無え。」
実際に髪を切るのが面倒な遠藤は、伸びた髪を後ろでまとめ髭は熊のように伸びている状態だ。
「できればもっと清潔にして欲しいのだけれど・・・そうね、こうしましょう。明後日そちらへお伺いします。その時、髪を切り髭も剃っていなかったらこの依頼は無かったことにして下さい。」
「・・・・・・はい?」
「おお、それは良いですね。自分も彼の身だしなみには以前から不満を抱いていたので。」
一瞬にして同業者に裏切られ、仕事を盾に脅迫されてきては遠藤も従わざるをえなかった。
「それでは、明後日またお目にかかりましょうね。」
「ええ、ココロマチニシテオリマス。」
ブツを荷台に積み、遠藤は憎々しげに佐藤の自動車工場を後にした。
「それで、帰りがてらに床屋に行って髪を切って髭を剃ったと・・・。で、なんで坊主頭なの?」
帰って来た遠藤が車から降りた瞬間、誇之は一瞬言葉を失った。
なんと遠藤がジャパニーズshukkeスタイルになっていたからだ。何て言うかとりあえずバリカンで徹底的に刈り上げた感じの、ある意味無造作ヘアーだった。
「椅子に座って、お任せって言ったらこうなったんだよ。お前もやるか?」
「絶対ヤダ。それよりもその積んでるのなーに?」
「車体が届く明日になってからのお楽しみだ。それよりも、メシにするぞ。」
「はーい。なんかその頭の方が似合ってるよ。流石元野球部。・・・それにしても、アレだよね。こういうのをつんでれって言うんだよね?」
「・・・うるせー。」
また誇之の日本語辞典に余計な単語が追加されたのであった。