彼女のセブンMy Favorite Seven 作:skav
遠藤モータースに再びカバーの掛けられた車体が持ち込まれた。興味津々の様子で誇之はその車をしげしげと観察する。
「これがあのエンジンを乗せる車体?」
「ああ、ポルシェ930。こりゃすげー車が作れそうだぞ。」
「あら、本当に短くしたのね。別人かと思ってしまったわ。」
その声に遠藤の肩がびくっと跳ね上がった。恐る恐る後ろを振り返ると、車いすに座った一人の女性がいた。
「どうも、白鳥サン。ようこそ遠藤モータースへ。こっちは居候の卯月誇之。」
「こんにちは、白鳥桜さんですよね?お話は伺ってますよ。」
「あー・・・書類とかもってくるから・・・ガキ、ちょっと頼んだ。」
後頭部をがしがしと掻きながら遠藤は家の方へ姿を消した。「逃げたな・・・」と小さく呟いてから、誇之は桜の方へ歩み寄る。
「白鳥さんはどうしてうちに依頼したんですか?」
「私が所属していたチームの一人から聞いたんです。」
「あの人腕は良いんですけど・・・とにかく口が悪いというか、配慮が無いというか。でも根は優しいんですよ?面倒見も良いですし。」
「それは感じているわ。こんな面倒な仕事を引き受けてくれたのだし、居候までいるなんて。」
白鳥桜はある事故がきっかけで車いすでの生活を強いられている。彼女がもう一度車を運転できるようにするためには、特殊な改造をしなければいけないのだ。
それら全てを引き受けたあたり、遠藤の人となりを垣間見ることができるのではないだろうか。
「まあ、それを直接言ったら途端に不機嫌な顔をするでしょうけどね~。本心は嬉しいくせに。」
「あらあら・・・ふふ。」
「姉さん!」
若い男の声が敷地に響いた。道路脇を見ると、タクシーの後ろにもう一台が止められていた。そして、切羽詰まった様子で一人の男が二人の方へ駆け寄ってきた。
「お前、ここの関係者か何かか!?」
よほど焦っているのか男は挨拶何し開口一番誇之を怒鳴りつけた。
「そうですけど、ちょっと落ち着いて・・・お茶でもいかがです?」
「そんなものいらない!さあ、姉さん今すぐ病院に帰ろう。」
「騒がしいな、どうした?誰か来たのか?」
丁度良いタイミングで書類を持った遠藤が現れた。遠藤は最初に誇之を見、桜を見、最後に男の方を見た。
「・・・誰だ、アンタ?」
「お前か、あんな依頼を受けたのは?」
遠藤は面倒くさそうな様子で人数分のコーヒーを煎れてからクタクタのソファに腰を下ろした。
「ああ、そうだ。俺の名前は遠藤、アンタは依頼主の血縁者か?」
「弟だ。そんなことは良い、今すぐこの依頼を取り消せ!これ以上姉さんを危険な目に遭わせるわけには行かないんだよ。」
「・・・めんどくせぇなぁ。おい、ガキ、お前は自分の仕事やってろ。」
「はーい、じゃあこの場はお任せしますよ~。」
誇之を追い出してから遠藤は小さくため息を吐いた。コーヒーを一口すすり桜を見る。
「お前、それは事故かなにかか?」
「ええ、ちょっとした用事で軽自動車に乗ってて・・・それで、信号無視のトラックに。」
「・・・・・・動くのか?」
「残念だけど・・・もう動くことは無いわ。」
遠藤は腕を組み、しばらく目を閉じてから次は男の方を見た。
「さっきから聞いていればアンタ、車が全て悪いって思ってるよな?」
「それが何か問題あるのか?あの時車に乗ってさえいなければ姉さんは―」
「そりゃあ思い違いだ。”あの交差点”はそれなりに見通しは良かった。それに相手はトラック、止まる気配はすぐに分かるだろ?剛性の低い軽に乗ってりゃあ尚更気を配るべきところだった。アンタの姉はそれを怠った。だから事故に遭った。”運が無かった”そして”油断していた”ただそれだけだ。」
案の定目の色を変えた桜の弟が遠藤の胸ぐらを掴んだ。
「それ本気で言ってるのか!?」
「当たり前だ。いいか、車は絶対に裏切らない。裏切るのはいつだって人間だ。だからこのまま車から離れるなら俺は引き留めねーよ。さっさと出て行け。」
「だったら今すぐ出て行ってやるよ、行こう姉さん。」
桜の弟は掴んだ手を離して、車いすを押そうとした。しかし、遠藤は男に向かって「ただな・・・」と続ける。
「ただ、白鳥桜がまた車に乗りたいと望むのだったら、俺は手を貸す。最高の一台を作ることを約束する。」
「・・・待って、歩。まだ話は終わっていないわ。」
「・・・・・・分かったよ。」
桜は車いすを遠藤の方へ移動させて、そのまま思い切り彼の左耳を捻り上げた。
「いっでででで・・・おい、何しやがる!」
「さっきから聞いていれば、私たちを馬鹿にしているの?悪かったわね下手くそで。確かに少しぼーっとしてたわよ、だけど横からトラックが来るなんて普段考えているわけないでしょ?そんなに神経張り詰めた生活なんてできると思っているの?気を抜いてリラックスするときだってあるでしょ?」
桜は、抗議の悲鳴を上げ続ける遠藤のもう片方の耳も捻り上げた。
「~~~~~~!!」
「事故の後、車も運転も・・・嫌で嫌で嫌で仕方が無くて全て投げ出したかったわよ。リハビリもせずにふて寝ばかりで、どうでも良いと思い込もうとして・・・でもやっぱり車からは逃げられなかったのよ、悪いかしら?」
「分かった、分かったから手を離せ!千切れる!取れる!ねじ切れる!」
桜の指の力が弱くなった隙をついて遠藤は桜から飛び退けた。
「一体なんのつもりだお前、いきなりキレるわ、耳取ろうとするわ。」
「あなた、腕に自信があるのでしょう?ドイツで修行してきたのでしょう?だったら、最高の一台を作って私にもう一度運転させて・・・お願い。・・・お願いだから。」
俯く桜を見て、あふれそうな涙を必死にこらえていることが分からないほど、遠藤は鈍感ではなかった。そして、彼はこういう空気がとことん苦手であった。
「分かった!分かったから泣くな!俺は別に構わねえんだよ、問題はお前の弟だろうが!」
「歩・・・お願い、分かって、私もう一度車に乗りたいの。」
歩は諦めたように肩をすくめてから、遠藤をキッと睨んだ。
「半端な仕事は許さないからな。」
「へっ、素人に言われるまでもねーよ。さっさと書類書いて帰れ帰れ。・・・ふが!?」
再び桜の手が伸び、今度は遠藤の鼻を掴んでいた。
「あなた・・・汚いのは髪と髭だけじゃなかったようね。この際だから取って新しく付け直すのはどうかしら?」
「す、すびばぜんでした・・・!」
「なんだか中が騒がしいなー、集中して作業なんかできないよ。ねー?」
言葉とは裏腹に、わめく遠藤の声をBGMに誇之はてきぱきと作業を進めていた。
「よっと・・・固いなこのネジ、ノリでも付けたのかな?・・・あ、大丈夫だよ~心配しないでね~。」
「一人で何をぶつぶつ言っているんだ?卯月。」
「仕方が無い、ちょっと温めて・・・あれ?沙羅さん、どうしてここに?」
なぜだかそこには沙羅がいた。
「まあ、その・・・なんだ。たまたまそこを通りかかったから、寄ってみた。」
誇之は作業を一度中断し、折りたたみのベンチを出して沙羅を日陰に座らせた。
「それはそれは、暑いところご苦労様です。今冷えた麦茶持ってきますね。」
「・・・お構いなく。」
麦茶を取りに家の中へ入る際、遠藤が桜に言葉遣いについて説教を受けていた。やれもう少し配慮しなさい、やれ部屋を片付けろ、など彼女の怒りはまだ沈みそうになかった。
「はい、麦茶です。好きなだけ飲んで下さい。やっすいヤツですけど。」
「すまないな、では遠慮無く。・・・中に誰かいるのか?表にタクシーが二台止まっていたが。」
「ええ、あのポルシェにエンジンを載せて、バリアフリーの改造をするんです。」
「バリアフリー?そんなことできるのか?」
「難しくは無いですよ、ただ・・・この後のことを考えると大変だなーって。」
誇之は今後起こるであろう様々なハプニングを想像してニヤニヤしていた。
「・・・?まあ、良い。それよりも卯月、随分と楽しそうなことをしているな。」
コップを持った手で目の前のミウラを指さした。沙羅も興味があるようだった。
「無い部品は作ってできるだけ新品同様に仕上げて、強化できるところは強化して。原型そのままのアップグレードってクールじゃありませんか?」
「・・・そうだな、確かにそれは最高に格好良いかもしれない。」
「でしょでしょ?ボディラインを崩さずにダウンフォース上げたり、空気抵抗減らしたり、そうすると必然的に車って格好良くなるんですよ。精錬されたデザインと言いますか・・・。」
「機能美というやつだな・・・君の考え方はレース向けだ。君の作ったフォーミュラというのも興味があるな。どうだ、近い将来挑戦してみたら。」
誇之は自分の麦茶を一気に飲み干して、再び作業を再開した。
「面白そうですねー、その時は是非沙羅さんに乗って欲しいです。運転上手だし、無茶しないし、クラッシュしないし。」
「嬉しいこと言ってくれるな。まあ、その時が来たら・・・まあ、乗ってやらなくも無い。」
「本当ですか?約束ですからね。・・・あ、それと沙羅さん。一つ聞きたいことがあるんですけど。」
車体の下から出てきた誇之は神妙な顔で沙羅をじっと見つめた。先ほどとちがい少し張り詰めた空気を感じた沙羅は、姿勢を正して誇之と向き合う。
「素直じゃ無い天邪鬼の男って、どうすれば素直になるんですかね?」
「・・・・・・は?」
「いや、俺の身内にある女性に惚れてしまった男がいましてね。その男は人一倍堅物なんです。このままだと一生独身の危機が迫る中、やっと巡ってきたチャンス。俺としては確実にものにして欲しいと思ってるんです。ですから陰ながら応援しようと。」
何を突然言い出しているのだこの男は・・・。あれだけ真剣な顔して何を聞くかと思えば、身内の恋愛相談だと?はっ、私にそんな助言が言えるわけ無いだろう。
いや、待て・・・分からないからと言って、困っている後輩を突き放すような真似はいささか大人げないのではないか?
よし、ここは親身に接して頼れる先輩風を吹かせるべきだろう。ああ、それが良い。
沙羅自身も男性経験が全くないピュアガールで堅物なのだった。
「ちなみに意中の女性とはどんなタイプなんだ?」
「話なら前から少しずつ聞いていたんです。それで今日初めて会ってみて確信しました。あの人は男を尻に敷くタイプです。」
「成る程・・・・・・なんだ、それならば問題ないな。あとは放っておいても大丈夫だろう。そして男が女のために引っ越しをすればもう確実だ。」
「本当ですか?てゆーか引っ越しは何か根拠が?」
「私の・・・私の両親が、そうだったから。」
沙羅は恥ずかしそうな顔でコップに視線を移しながら言った。
「へぇ、それは説得力がありますね。じゃあ、俺は温かい目で見守ることにしますよ。」
「その方が良いだろう。・・・時に卯月。先ほどの言い方を察するに、君は女性経験があるのか?」
「いやいや、ありませんよ。・・・ただ。」
誇之は意味深げな笑みを浮かべて沙羅の座るベンチの隣に腰をかけた。
「男って、好きな子にイジワルをすることがあるじゃないですか?俺っていつもいたずらの度を超しちゃって、嫌われるんです。簡単に言えば距離の取り方が下手なんです。」
「お前・・・意外と不器用なんだな。」
「そうですよ。おれ、すっごい不器用なんです。顔と名前が一致する人なんて一桁人数ですし。」
こんなに人懐っこい性格をしているのに、誇之は意外な欠点を持っていた。
「気にするな、私も親しいと言える人物は片手で数えるほどしかいない。」
「ちなみにその中に俺は入ってます?」
「当たり前だ。そうでなかったらここにいる理由が無いだろう?」
恥じらいも無くそう答えた沙羅の言葉に、誇之は少しだけ胸が高鳴った。
「先輩、やっぱりあなたは男らしくてイケメンですね。俺が女だったら惚れてますよ。」
「・・・それは喜んで良いのか?」
曲がりなりにも惚れると言われて、まんざらでも無い様子の沙羅であった。
「・・・え、まだ説教してたの?」
沙羅が帰った後も、家の中では未だに桜の説教が続いていた。
「おお、丁度良いところに来た。いい加減コイツ―」
「・・・・・・。」
「―じゃなくて、桜サンを止めてくれるとありがたい。・・・助けてくれ。」
遠藤は、小声でこっそりと誇之に助けを求めた。流石に同情の色を隠しきれなかった。
「えっと・・・桜さん。そろそろお帰りになった方が・・・あれ?弟さんはどうされたのですか?」
「歩なら一足先に帰ったわ。タクシーをすっと待たせるのももったいないし。」
「じゃあ、おじさん。病院まで送ってあげなきゃ。大事なお客さんなんだからサービスしないと。」
先ほどまで芽吹いていた同情の芽はあっけなく枯れ、そこには遠藤の見方は一人もいなかった。
「・・・くそ、わーったよ。送れば良いんだろ?送れば。」
「あら、私は”送ってくれ”なんて一言も言ってないわよ?」
「ち・・・是非とも送らせて下さい。白鳥桜さん。」
「ええ、喜んで。」
あからさまに嫌そうな顔をする遠藤に対して、桜は勝ち誇った柔和な笑みを浮かべた。
「それで、アナタの車は何かしら?」
遠藤は桜の問いに答えるべくガレージから自信の愛車、ロータス・ヨーロッパを引っ張り出した。
「まあ、なかなか良いセンスね。そこだけは合格点を付けてあげる。」
「そりゃどーも。・・・乗せてやるから手出せ。」
素直に出してきた桜の腕を自分の首に回させて、遠藤は助手席に桜を乗せた。
「車いすは入らねえから、後で持ってくる。それで良いか?」
「ありがとう、助かるわ。」
助手席のドアを閉めて、運転席側へ移動する。その時誇之は、彼の口が緩みきっているのを見逃さなかった。
「本当に・・・素直じゃないな~。」
黒い車体を見送りながら誇之は呟いた。