彼女のセブンMy Favorite Seven   作:skav

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形勢逆転

ホンダのスポーツカーでミッドシップレイアウトのものはとても少ない。軽自動車クラスのビートの次はVtec最高峰のNSXになってしまうのだ。

ミッドシップからFF、FRと乗継最後に再びミッドシップに戻ってくるという考え方もある。だが、やはり2Lクラスのミッドシップスポーツも欲しいと思うファンもいたのではないだろうか。

そんな時、とあるチューナーが痒い所に手が届く車を販売した。

K20エンジン搭載のトヨタMR-S。純正よりも遥かにパワーのあるエンジンを載せたこの車は、両メーカーのファンにはどう映るのだろうか。

「うあぁ、スッゴイ楽しいこの車!何これ、こんなに楽しくなるの!?」

少なくとも誇之にはかなり好評なようだった。

屋根を開ければオープンカー特有の風を切る解放感を感じ、背中から奏でられるVtecサウンドが華を添える。

「エンジンスワップか…面白そうだな。」

付き添いの美春は愛車のS2000で誇之を先導する。そして、もう一人の付き添いである沙羅は助手席に座っていた。

「持ち主さんにはぶん回して良いと許可もらってるのですけど、次のサービスエリアで交代しましょう。」

「……遠慮はしないぞ?」

さっきから沙羅の足がアクセルに合わせて忙しなく動くのを誇之は見逃さなかった。

その気持ち分かりますよ沙羅さん。こんな楽しい車に乗ってるのに運転しないなんてもったいないですからね。

前方を走る白いS2000に次のサービスエリアに入ることを手信号で伝えると、美春の左手が上がった。

「確かこの次のサービスエリアにちょっとした名物があるらしいんです。」

「レモン牛乳だろう?気になるのか?」

「沙羅さんは飲んだことあるんですか?」

「ああ、温泉から上がった後に飲むなら良いが、普段飲みたいとは思わなかった。」

 

沙羅の微妙な評価を気にするそぶりなく、誇之はサービスエリアで早速レモン牛乳を買った。

「お、誇之くんも気になったのかい?」

「はい、美春さんは何か買ったんですか?」

「カ○ルの牛タン塩味だ。ここのSA限定らしいよ。」

何ともネタ土産臭がするが、これもSA巡りの醍醐味と言えるかもしれない。

「……うん、レモン牛乳ですね。それ以上でもそれ以下でもなく。」

「だから言っただろう。風呂上りに飲む味だと。」

「そうかい?私は案外気に入ってるけどね。」

ちなみに沙羅は風呂上りはフルーツ牛乳派で、誇之はコーヒー牛乳、美春はサイダー派だった。

 

「さて、じゃあドライバー交代です。そういえば沙羅さんは初Vtecでしたっけ?」

「そうだな、正直乗りたくてうずうずしていた。よし、出るぞ。」

キーを回しセルモーターを動かす。ホンダ製の4気筒エンジンは快調に目を覚ました。

「背中に感じるエンジンの振動。」

アクセルを少し踏み込むだけで、滑らかにエンジンが唸りを上げる。

「直接耳に届くメカニカルノイズ。」

クラッチをつなげ、二速で引っ張る。回転数がある場所まで達すると、油圧によりカムが高速用に切り替わり音が鋭いものに変貌する。

「これがVtec、オープンミッドシップスポーツの魅力か。…確かに癖になりそうだ。」

一番高いギアに入れてクルーズモードに入る。風が気持ち良い。耳が幸せだ。

「沙羅さん、スカイラインから乗り換えちゃいます?」

「悪いが私はスカイラインから降りるつもりはない。…でも、Vtecは確かに魅力的だ。」

その言葉を待っていましたとばかりに誇之の眼がきらりと光った。

「そうですか…じゃあ、一つ当てがあるので楽しみにしていてください。スカイラインに載せちゃいますから。」

「4気筒にするのか?」

「いえ、6気筒ですよ?」

「そんなエンジンをホンダで作っていたか?」

RB26は日産がレースに勝ち続けるために開発した6気筒エンジンだ。直列エンジンにもかかわらず高回転まで回り、市販エンジンでは考えられないくらいの出力を発生する。

回せば怪物のような咆哮を上げるそんなエンジンはスカイラインに代々受け継がれ、育てられてきた。

沙羅が次に乗ろうとしている25GT-tというスカイラインは厳密にはRB25という違うエンジンが乗っている。

「実を言うと俺のNSXは6気筒じゃないんです。あっちで作ったエンジンが乗っていて、本来乗っていたC32は降ろしっぱなしなんです。沙羅さんが欲しいのであれば譲りますよ?」

「スカイラインにV6…しかもNSXの。」

もしそれが実現したらこのMR-Sのように生まれ変わるのだろうか?世界に一台だけの…私だけのスカイライン…か。

「前向きに検討しておくよ。エンジンはお前の車と一緒に来るのだろう?」

「そうですね、ですから冬くらいになると思います。」

「冬か…。まあ、気長に待つとしよう。」

クルージングの速度で走っていると、追い越し車線を一台の車が颯爽と走り去っていった。カエルのようなライト、水平対向6気筒の独特なサウンド。

「964ですね。ルビーストンレッドの。レッドと言ってもほとんどピンク色ですけど。」

「卯月は日本車が好きなのか?あまりドイツ車の話をするところを見ないが。」

「そうでしたっけ?まあ、日本車ばかりいじってましたからね。いじったことがあるのはポルシェ964、930、それくらいです。」

生まれも育ちもドイツであるならばドイツ車に触れる機会の方が多いはずだ。それとも、彼の名前に何か関係があるのだろうか?

……いや、詮索はやめよう。明らかに卯月は話したくない顔をしている。

「次のインターチェンジで降りて良いのか?」

「はい、降りてからの道は分かりますか?」

「ああ、大丈夫だ。しっかり覚えている。」

ブレーキをかけ、左折をする。ゆっくりと減速しながら左カーブを曲がる。この車にETCはついていないので、料金所で精算をして再び加速する。

これまでの一連の動作で、妙なもたつきや変な癖が出ることなくとても素直な動きをしていた。

「卯月、この後時間あるか?」

「ありますけど、何か用事でも?」

「ああ、少しだけ付き合ってくれ。」

 

二人が乗る白いMR-Sは無事に遠藤モータースに到着した。奥の駐車スペースには沙羅のスカイラインが停められている。

「ヨーロッパがあるから、おじさんも仕事中だと思います。あの人いったん作業に入ると時間忘れるからなー。ちょっと、また出かけると伝えてきます。」

誇之は作業場に足を運ぶが、いると思っていた遠藤の姿がなかった。

「…中にいるのかな?」

応接スペース件玄関から、奥の茶の間へ進む。

「よし、これで最後だ。」

「まったく、いつまで時間をかけるつもりなの?早くしてくれるかしら?」

そこには下着姿の桜に何か白いひものようなものを当てている遠藤がいた。

「わざわざ呼び出しておいてサイズを測らせろなんて…何かの腹いせかしら?」

「うるせ、お前の体に合わせて車作るんだから我慢しろ。」

「あなたが仕事熱心なのは分かったから、早く終わらせて。」

「ああ、そのつもりだよ…!」

「んっ…もう少し優しく。」

「お、おう…悪い。」

これ以上見てられなくなり、誇之は物音をたてないように書置きだけ残して外に出た。

 

今日は友人の家に泊まります。

 

「中にいたのか?」

沙羅の問いに無言で頷き、誇之は神妙な顔つきで彼女を見た。

「……沙羅さん。」

「どうした?」

「今日、泊めてくれませんか?」

 

 

「叔父さん、スカイラインを返しに来ました。」

「ああ、ご苦労様。それで、次の車はあの白いスカイラインかい?」

「はい。あの車でまた成長します。」

「それは楽しみだね。遠くから見守ることにするよ。ああ、遅くなったが初優勝おめでとう。しっかり見ていたよ。」

「あれは…作戦が良かったんですよ。」

「そうかそうか、それじゃあ素晴らしい作戦を立てた彼にもよろしく言っておいてくれ。」

白いスカイラインの横には熱心にタイヤや、足回りを覗き込んでいる誇之の姿があった。

「はい、それでは失礼します。」

頭を下げ、沙羅は彼のもとへ向かう。

「…何をしている?」

「いや、軽量化をするならどこから削れるかなーって考えたり、足回りはどんな味付けがいいかなーって考えていただけですよ。」

「用事は終わった。ありがとう、こんなこと頼まれてくれて。」

青いスカイラインを返却するための、帰りの足として誇之に白いスカイラインを運転するように沙羅は頼んだのだった。

「実際に乗ってみて見事にノーマルでしたね。それに3000キロも走ってませんし。これは良い車を見つけましたね。」

「……。」

「…沙羅さん?」

「お前…本当に無頓着なんだな。」

ぼそりとそう呟いてから、キーを回してエンジンをかけた。

途中誇之の着替えを買ってから、最終目的地へ向かった。

 

「……着いたぞ。」

「沙羅さん、本当にここで寝泊まりしてるんですか?」

そこは木造のアパートだった。近くで見てもその老朽化は激しく、本当に人が住んでいるのかと疑いたくなるレベルだった。

「お邪魔しまーす。」

蝶番が錆ついた音をさせながら、扉を開くと。そこには畳の居間と小さな押入れ、ちゃぶ台があった。

申し訳程度のキッチンの背後に、これまたとってつけたようなシャワールームがひっそりと備え付けてあった。

「トイレは共用だ、部屋から出て突き当りにある。」

冷蔵庫から瓶のオレンジジュースを一本出してちゃぶ台に置いた。

「今から夕食を作る。食べられないものはないか?」

「好き嫌いはありません!」

「よし、分かった。ああ、栓抜きはこれだ。」

冷蔵庫の横に引っかけてあった栓抜きを放り投げる。放物線をあがいて飛んでいくそれを誇之はキャッチする。

そして、沙羅は後ろ手で髪の毛を一つにまとめ、慣れた様子で冷蔵庫の食材を選別し始めた。

受け取った栓抜きで瓶のふたを開けて中身を一口飲んだ。

なんとなく部屋を見渡す。

本棚には大学の教科書や何かのファイル、自動車関係の本が入っていて、その横には製図版のようなものが立てかけてあった。

テレビ台にはDVDデッキとテレビ。その下の小さな棚には所狭しとWRC、WEC、F1、superGT、フォーミュラ・ガイアなどのDVDが置かれていた。

そんな中誇之は良く分からないものを見つけた。木でできた枠のようなものにガラスの容器が差し込まれていて、一見何かの医療器具にも見えなくもなかった。

「何か気になるものでも見つけたか?」

沙羅がキッチンから顔だけ出してそう聞いた。

「いや、あのガラスと木のオブジェは何だろうなーって思いまして。」

「ああ、それはコーヒーを抽出する道具だ。」

「コーヒーってフィルターとかサイフォンとかで抽出するんじゃ…。」

「良く知ってるな。…よし、完璧。悪いがこれを持って行ってくれるか?」

「はい、了解です。」

沙羅から受け取ったのは二人分のカルボナーラだった。しかも驚いたことに。

「これ市販のソースじゃないですね。」

「あれはカロリーが高いからな。それなら自分で作った方がいい。」

野菜たっぷりのカルボナーラはにおいだけで空腹を刺激する。

「いい匂い、これ絶対美味しいですよ~。」

「まだ待て、スープが移し終わってからだ。」

冷蔵庫からボウルを出して、白い液体を器に注いだ。

「おぉ、レストランみたいなメニューですね。」

「よし、食べていいぞ。」

「頂きまーす!」

「……ふふ。」

今の一連のやり取りがまるで飼い犬に餌をやるようだったので、沙羅は小さく口角を上げた。

 

「確か水出しコーヒーってかなり時間がかかるんでしたっけ?」

カルボナーラが食べ終わり食器を片付けると、話題は先の水出しコーヒーになった。

「ああ、満タンでおよそ8時間かかる。どうせなら今入れて明日の朝飲めるようにするか。」

そういって沙羅は電動コーヒーミルで豆を挽き、二段目のガラス瓶に粉になったコーヒーを入れて水にぬらす。ペーパーフィルターを上に載せて、木枠にセットする。

水の入ったタンクを一番上にセットして準備完了。あとはコックを調節して水滴を垂らす速度を決めるだけだ。

「卯月は濃いのと薄いのどちらが好みだ?」

「濃い方が好きです。」

誇之リクエストに従い、沙羅は水を落とす量をおよそ1秒間隔に調節した。

「これで朝には美味しいコーヒーが飲めるわけですね。」

「まあ、缶コーヒーやインスタントコーヒーよりは美味い。ただ私はこれを飲み始めたら市販のコーヒーが飲めなくなった。」

「やっぱり挽きたて、淹れたてには敵いませんよね。ファーストフードのコーヒーが苦いお湯になっちゃいますから。」

「お前もそう思うか。何だ、話が分かるじゃないか。」

趣味のコーヒーの話が分かる人物がいて、沙羅は嬉しそうに誇之の背中を叩いた。

「まあ、コーヒーの話はおいおいするとして。この大量のモータースポーツ関係の映像は凄いですね。」

テレビ台の横に大きな段ボール箱が三つ。その中身はすべて車関係、それもモータースポーツが主だった。

「まあ、ほとんどが叔父から譲り受けたものだ。」

「ちなみにこの中でお気に入りは?」

沙羅は段ボールの中からDVDの束を取り出した。

「1991年ルマンのフルレースの映像だ。」

「あのマツダが優勝した年の?」

「ああ、レシプロ以外のエンジンが初めて優勝した年だからな。それにF1に参戦する前のシューマッハも出場している。」

後に皇帝と呼ばれ、F1の象徴となるミハエル・シューマッハは1991年にジョーダンから参戦し初めてのF1ながら見事予選で7位を獲得している。

決勝レースでは残念ながらリタイアとなってしまったが、ドイツ出身の若者の名前を知らしめるには十分な結果だった。

「これだけ多いと見きれないんじゃないですか?」

「そうだな、ラリーは大体見終わった。今はF1を見ている。次に見る予定は92年のモナコだ。」

ウズウズ……。

「分かった分かった。」

見たくて仕方がないのであろう誇之の様子を見て、沙羅はテレビの電源をつけた。

 

92年のF1はウイリアムズが初戦から連勝し、今までエンジン第一主義だったF1が転換期を迎えていた。シャシー性能を含むトータルパッケージに優れたマシンがシーズンを制す。そのような勢力図へと変わっていった。

鬼才エイドリアン・ニューウェイが作ったマシンは抜群に早かった。

モナコグランプリもウイリアムズ勢が上位を占め、決勝レースも盤石の体制を築いていた。ここもウイリアムズ・ルノー、そしてナイジェル・マンセルが勝つのか。ずっと最強と言われていたアイルトン・セナ、マクラーレン・ホンダをもってしても2位が限界なのか…。

そう思われたが、終盤になってレースは突如動き出した。

タイヤに異常を訴えたマンセルがピットイン、4輪交換しすぐさまピットアウト。ついにマクラーレン・ホンダ、アイルトン・セナがウイリアムズの前に出たのだ。

しかし、新品タイヤに交換したマンセルは怒涛の追い上げを見せる。ファステスト・ラップを刻み、周回遅れのマシンをかき分けるような勢いでセナに近づく。

ここがシルバーストンだったならば、簡単にセナは抜かされていただろう。しかし、ここはモナコ。市街地に設けられたコースはエスケープソーンなど無いに等しかった。オーバーテイクポイントと言えばホームストレートと、トンネルを抜けた先のシケインくらいだった。

しかし、そこは当時最強を誇ったホンダV12エンジンがセナをアシストする。ストレートではホンダエンジンが優勢だった。

燃料メーターは赤を灯していた。いつ止まってもおかしくない状況。ホンダのスタッフはオーバーテイクボタンを押して、出来る限り出力を上げることを指示した。

彼らの頭の中には守るという言葉は浮かんでいなかったのかもしれない。

ラストラップ、ホームストレートを二台のマシンが通過する。マンセルのナンバーである赤い5の数字が右へ左へ、必死にセナにプレッシャーをかける。

対するセナも狭いコースを生かしてマンセルをブロックする。未熟なドライバーであればすぐにクラッシュして興ざめするだろう。だが、二人はF1を代表するトップドライバーだ。限界まで糸を張りつめたギリギリの攻防に、見る者は息をのみ胸を高鳴らせた。

最終コーナーを抜け、いったいどれほどの人がそのホンダ・ミュージックに魅了さてたであろう。

限界まで性能を引き出そうとするセナに応えるべく最後までパワーを絞り出そうとするエンジンが発する咆哮は、美しく、獰猛でどこか儚くもあった。

チェッカーフラッグ、赤と白のマシンが青いマシンを従えてフィニッシュラインを通過した。

ついにウイリアムズ勢にセナが一矢報いた瞬間だった。

ホンダエンジンはこの年を持ってF1を撤退。黄金期と呼ばれた時代、最強を誇ったマクラーレン・ホンダは嵐が過ぎ去るように姿を消したのだった。

 

「いやー良いものを見せてもらいました。手に汗握るってこういうことを言うんですね。」

「やはりこの時代のF1は良い。メーカーもドライバーも華があり、個性があった。」

F1に夢中になりすぎていたのか、外はすっかり暗くなっていた。

「よし、卯月。風呂入るぞ。」

「……一緒にですか?」

「ほう、入りたいのか?」

「冗談ですって!けど、このアパートってシャワーしかありませんよね?」

共用のトイレはあっても浴場はなかった。先ほども触れたようにシャワー室は台所と背中合わせの場所にある。

問題はシャワーを浴びて出てきたときに、居間から丸見えになることだった。一人の時は気にする必要はないが、今は客人がいる。

客に裸を見せるという醜態をさらすわけにはいかない。

「ああ、だから銭湯に行くぞ。」

「銭湯ってあの銭湯ですか?番台とか富士山とかコーヒー牛乳がある。」

「まあ、そのイメージで間違ってはいないな。ほら、これに着替えを入れると良い。」

ミズノのビニール袋を受け取った誇之は鞄に詰め込んであった着替え一式を移し替えた。

 

かぽーん…

洗面器を置く音が浴室内に響き渡る。

「あぁ~生き返る~…。」

大浴場の醍醐味は体を思い切り伸ばして湯船につかることができることだろう。良い湯加減のお湯にゆっくりつかれば、日ごろの心と体の疲れが染み出でていく。

「い~い湯だ~な~♪い~い湯だ~な~♪」

誇之は初めて覚えた日本の歌を自然と口ずさんでいた。

 

 

湯上りの一杯は特別であり、至高の一杯である。Byどこかの偉い人。

それに習い誇之はコーヒー牛乳、沙羅はフルーツ牛乳を持っていた。

「お前な…こっちまで響いてたぞ。」

「壁一枚で、しかも上の方は繋がってますからね~。ごくっ…ごくっ…んんー美味い!」

恥ずかしがる様子もなく誇之は左手を腰に当ててコーヒーをあおる。さもそれが当然とばかりと言った様子だった。

「全く…聞いてるこっちが恥ずかしかったんだぞ。…んぐ、んぐ…ふぅ。」

いくらジト目で誇之を見ようが、同じ姿勢でフルーツ牛乳を飲んでしまえば意味をなしていなかった。

 

 

「さて、そろそろお前が急に泊まりたいと言い出した理由を聞こうか。」

ちゃぶ台を片付け、布団と誇之が持ってきた寝袋を並べて横になる。

しかし、誇之は寝袋をまとったまま横を向いて沙羅に背中を向けて黙ったままだった。

「おーい、卯月ー。」

寝袋ごとごろんと上に向かせると、何やら難しい顔が現れた。

「先輩…身内が異性とラブラブなところを見てしまったらどう対処すれば良いんでしょうかね?」

「…ラブラブしてたのか。」

「…してました。」

沙羅はしばらく黙った後に静かに肩を揺らし始めた。

「なんで笑うんですか!?」

「いや…そりゃお前、どこからどう聞いても妬いてるとしか思えないぞ?」

「……。」

違うと言いたかったが、客観的に見てもヤキモチを妬いていたとしか言えないのでバツが悪くなり再びゴロンと背中を向けた。

「こら、逃げるな。」

逃がすまいと沙羅は力づくで元に戻す。

「お前…可愛いな。」

「~~~~~!離してください!」

寝袋の弱点は顔がむき出しで、隠す方法がないということだ。布団であれば毛布を被れば良いのだが、寝袋はその機能性ゆえそんな逃げ場が排除されてしまっているのだ。

だから寝袋の端を掴んで床に固定してしまえば、簡単に羞恥で隠れようとする後輩を白日の下に晒すことができるわけだ。

「……ふふ、まあこれくらいで勘弁してやろう。」

掴んでいた手をぱっと放すと、すぐさま誇之は横を向いてしまった。

「…明日、MR-Sの洗車するので手伝って下さい。」

「ああ、構わないさ。おやすみ、卯月。」

「……おやすみなさい。」

苦笑しながら沙羅は部屋の明かりを消した。

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