彼女のセブンMy Favorite Seven   作:skav

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彼の名前は

私は車が好きだ。カートを初めて車を操る楽しさを知ってどんどんのめり込んでいった。カートの全国大会で優勝してからはマスコミに注目されて顔も売れるようになった。いつからだろうF1ドライバーを意識するようになったのは。でもそれが私の目標。

きっかけは些細なことだった。何てことは無い放課後どこかへ行く誘いを断った、それだけ。

放課後遊ぶことよりもジムでトレーニングをする方が大切だった。

次の日からちょっとした嫌がらせを受けるようになった。消しゴムが消えたり、プリントが来なかったり。

私はそのストレスを晴らすように、トレーニングにますます力を入れるようになった。

カートを運転している時間だけが、唯一楽しい時間だった。

でもトレーニングに打ち込むほど、カートに集中するほど嫌がらせはどんどんエスカレートして。

ある日の昼休みに私は教室から逃げた。あの中にいると何だか頭がおかしくなりそうだから。

無駄だと分かっていたけど、気がついたら屋上へつづく階段を上っていた。

少しさび付いたドアノブに手をかける。このときはまさか開くとは思いもしなかった。

「・・・こんにちは。」

扉の先には金髪の男子生徒がパーツのカタログを広げて座っていた。

今年ドイツから転校してきた帰国子女だったはず。見た目からはそう見えないけど。確か名前は卯月誇之だっけ、”ここの”って珍しい名前だから何となく覚えちゃったけど。

「えっと・・・ここって開かないはずじゃ・・・。」

「うん本当はね。だけど、俺だけは開けられるんだ。あー・・・できればこのことは内密に。」

壁により掛かって空を眺める。風が当たって気持ちが良い。はぁ・・・ずっとこうしてたい、戻りたくないなー。

「ふむ・・・なにか思い悩んでいるとみた。」

「・・・分かる?」

「まーね、俺が転校してきたときと似たようなため息だったし。教室にいたくなくなった、もしくはいられなくなった。どう?」

そっか、卯月君も教室から逃げてきたんだ。良かった、同じ仲間がいて。

「正解、もしかしてエスパー?」

「そんなわけ無いでしょうが。座ったら?」

彼に促されて隣に座る。そのときちらっと金色の鍵が見えた。普通の鍵はあんな色していない。たぶん自分で作ったのかな?

へー結構ワルなんだ・・・それにしても興味のそそられる本がいっぱいだなー。えっと、どれどれ・・・全部ホンダ車のページに付箋が着いてる。それもシビックかー良いよねあの車。乗ってみたいなー。

「ホンダ車・・・それもシビック系・・・いや、もしかしてCR-X?」

「俺以外に自動車に興味がある人を見つけて、尚かつ車種を言い当てられて心底俺は今猛烈に動揺している。」

よっぽど意外だったのか、不思議な言い回しで返答が来て、ちょっとだけ笑ってしまった。

「くすっ・・・変な言い方。そんなに珍しかった?私としたらこんなことしてる君の方が珍しいんだけど。」

そっか、シビックじゃなくてCR-Xかー・・・ますます興味が出てきた。

「ふーん・・・ま、嫌なことくらい生きてりゃたくさんあるって。また気が向いたらきなよ、昼休み俺はずっとここにいるから。」

それじゃあお言葉に甘えて、来させてもらおうかな。車の話するのは好きだから。

それに卯月君にも少し興味が湧いてきた。

 

 

それから私は昼休みは屋上に行くようになった。扉を開けると決まって彼は焼きそばパンを咥えながら、カタログと睨めっこをしていて、私の気配を察するとちょっとだけ体をすらして私が座れるスペースを作ってくれる。

そしていつものように「そういえばさ・・・」と話を始める。大体は車の話だ。卯月君は知識が豊富で、聞いてて毎回新鮮で楽しい。私は相槌をうって、時々質問するだけ。

休み時間の終わりを告げる予鈴が鳴る。

あーあ・・・楽しい時間って本当に早く終わるんだなー。

 

今日はトーレーニングは休みだし、ゆっくりしよう・・・なんて考えていたけどあいにくの雨。まあ、すぐ帰るのは変わらないんだけど。

昇降口で靴を履き替えて、傘を開く。そんなときちらりと、図書室に入る卯月君を見つけた。

・・・予定変更。私は開いた傘を閉じた。

そう言えば図書室に行くのは初めてだったっけ。一年以上通ってるはずの学校なのに、ちょっと新鮮な気分だった。

えーっと卯月君は・・・あ、いたいた。

なにやら鉛筆を持ってぶつぶつと呟いていた。

「・・・・・・さて、どんなデザインにしようか。」

「やっぱり見た目よりも実用性かな?」

「そっか・・・じゃあ、吸入効率を考えて・・・って、Wow!」

流石帰国子女、完璧な英語の発音だった。・・・私もまだまだかな。

「面白そうなことやってるからつい覗いちゃった。これって車の図面でしょ、まさかと思うけど車でも作ってるの?」

「そのまさかだよ。まあ、修理なんだけどね。」

「フツーの高校生じゃ無いね。やっぱりドイツは違うなー。」

「いや、ドイツでもこんなことさせないよ。必要だから覚えたまでだよ。」

必要だからって・・・どんな生活をしたら製図が必要になるんだろう。やっぱり特殊な環境で生活してたんだろうなあ・・・。

「そうだ、これが完成したら一番はじめに乗せてあげよう。」

「え・・・本当?」

本当に乗せてくれるの?CR-Xに?やった、一回乗ってみたかったんだー!

「うん本当。あ、もちろん免許とらないとダメだよ。誕生日いつ?」

あー・・・そうだった。免許が無くちゃ車乗れないもんね。それにしても卯月君さりげなく聞くの上手だなー。

「四月四日。」

「じゃあ、早く免許取れるね。俺もだけど。」

「四月生まれ?」

「そ、四月九日。・・・よし、これで完成。じゃあ、また明日。」

ふーんじゃあ私の方がちょっとだけお姉さんだね。ふふ・・・少しだけ優越感。・・・って、もう帰っちゃうんだ。

そうだよね・・・卯月君、車をいじる方が楽しいもんね。

「うん・・・また明日。」

ちょっと寂しいけど大丈夫、また明日・・・また明日。

「・・・ふふ。」

 

 

はー寒いな・・・こんな寒いのに卯月君は本当に屋上にいるのかなあ・・・。

年が変わって一月が経ち、スカートには辛い季節だ。私の手の中には小さな紙包みがひとつ。

まあ・・・その、日頃の感謝の印と言いますか・・・日々の嫌がらせを我慢できるのも卯月君のおかげであるわけで。

二月十四日。

別にそんなつもりは無いんだけど、妙に緊張する。これならブルーシグナルを待ってる時間の方が数倍マシなくらい。

氷のように冷たいドアノブを回すと、いつも通りの背中が当て少し安心する。

どこから持ってきたのか、卯月君は机に向かって勉強中だった。まったく・・・本当に変なの。

「お、勉強中?偉いねーここにいるのは偉くないけど。」

緊張のせいでついそんなことを口走ってしまう。まあ、いつも通りなんだけど。

「よ、悩めるJK。何か用かい?」

「また変な日本語覚えたなー。まあ、いいや。はいこれ。日頃のお礼と勉強の労い。」

手で渡すのは恥ずかしいので、机に置いた。よし、あとはこの場を立ち去るだけ。

「すんすん・・・む、甘い物の臭いがする。よし、今すぐ開けよう。」

「あ・・・ちょっと・・・。」

こら、帰るタイミングを逃しちゃったじゃないか。なんでこんな時は察してくれないのかなー。

「おーチョコレートじゃないか!丁度食べたかったんだよー。」

「良かった、甘いの苦手だったらどうしようかと思った。」

これで甘い物が苦手だったら全て台無しだ。ちょっとだけ一安心。

「ドイツはチョコレート消費量世界一。言うなれば甘党の国。例に漏れず俺も甘いのは大好き。」

そっか卯月君は甘いのが好きなんだ。ふむふむ・・・新発見。

そうこうしているウチに、チョコレートはどんどん消費されていき、最後の一個も食べてしまった。

「・・・・・・あ。」

「どうかした?」

「い、いや・・・別に。」

あー・・・大丈夫かな?まさか一口で食べるとは思わなかった。・・・うん、たぶん大丈夫。中に紙が入ってるけど。

少し残念だけど・・・まあ、良いか。

「ありがとう、これで受験勉強もはかどる気がする。」

この後の会話は良く覚えていない。うっすらと頑張ってと言った様なことは記憶している。

気がついたら私は屋上の扉を力任せに閉めていた。

大きな音が耳に響いて、はっと我に返った。普段なら絶対にしない乱暴な行動。

・・・私、なんでこんなにイライラしてるんだろう。

それから私は屋上へ行かなくなった。授業も休み時間もずっと教室にいた。

嫌がらせもどんどんひどくなっていった。・・・いや、たぶんもっと前から酷かった。私が全然気にしてなかったから、それも原因のひとつなんだろう。

だって辛いことがあったらいつも屋上に逃げてたから。でも、もう私に逃げ場所は無かった。

そして決定的なことが起きたのは、私がお昼に登校してきた時。本当に酷い有様だった。

机を削って書いた言葉の暴力。ぼろぼろの机、なぜかネジも埋まっていた。

言葉が出なかった。足が震えて・・・頭の中がぼーっとして・・・。

逃げ出すように私は学校を出た。

暗い部屋にこもって鞄を投げてベッドにうずくまる。視界がぼやけて何かが頬を伝う。

「・・・・・・うぅ・・・ひっく。」

私は泣いた。声を押し殺して小さく震えながら。

目の前が真っ暗で何も見えない・・・寒い。もう私の居場所はあそこには無い。屋上にも逃げ場は無い。

あと一年・・・そんなの耐えられない。

「無理・・・私・・・・・・無理だよ。」

そのときゴトッと何かが落ちた。白い羽の生えた青いヘルメット。

そうだ・・・私の夢はF1パイロット。そのためには何を犠牲にしたって構わない。

 

「そうだ、これが完成したら一番はじめに乗せてあげよう。」

 

不意にそんな言葉を思い出す。

そう言えばあの約束はどうするんだろう・・・そもそも卯月君はどこの大学にいくんだろう?

それを調べるためには学校に行かなくちゃいけないけど、行く気にはなれない。

だったら免許を取って、峠で走っている連中を倒して、私の名前を広めれば良い。CR-Xなんて珍しい車乗ってる人はそうはいない。だからすぐに見つかるはず。

・・・やっぱり私にはこれしかない。車こそが私の自己表現。

「ふふ・・・逃がさないんだから。」

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