彼女のセブンMy Favorite Seven   作:skav

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亡霊の思い残し

「オーライ!オーライ!」

遠藤モータースの積載車が敷地内に入ってくる。その荷台にはカバーがかけられた背の低い車が載っていた。

「し、下ろすぞー。」

遠藤の操作で、荷台から車が下ろされる。

「これが卯月のNSXか?」

「はい、エンジンはまだ積んでませんけどね。」

人力で押してNSXをピットへ入れる。

低く、平らな車体はまさにレーシングカーそのものであった。

「それで、載せるエンジンがこれか。」

「はい、もともとレーシングエンジンとして開発してたんですけど、結局デチューンしてこっちに載せることになったんです。」

かけられたカバーをめくると、ホンダのスポーツカーの象徴である赤い耐熱塗料のヘッドカバーが見えた。

「これは…十二気筒か?」

「はい。まあ、いろいろリミッターかけて普段は6気筒ですけどね。」

「排気量は?」

「3,5Lです。」

「昔のF1と同じか。」

まさに91年、92年のマクラーレン・ホンダと同じ排気量と気筒数だった。

「だってマクラーレン・ホンダを作ろうとして生まれたエンジンですから。」

NSXの特徴であるラゲッジスペースの広さを犠牲にしたこのNSXは、そんな怪物エンジンを収めるべくボディが加工されていた。

「もうエンジンを載せるだけですから、さほど時間はかかりませんよ。さっさと終わらせて沙羅さんの作業に移りましょう。」

「そうだな…。そういえば今日岬はどうした?」

「転校先の編入試験です。」

結局愛華は東京の私立高校へ編入することになった。

「それと沙羅さん、新しいアパートは見つかりました?」

「まだだ。駐車場付き、それなりのセキュリティとなるともはや一人暮らし用のアパートも見つからなくてな。卯月はここの引っ越し先に住むんだろう?」

「絶対嫌です。なんで身内のイチャイチャしたところを毎日見なくちゃいけないんですか。」

実際には桜が遠藤を尻に敷いているだけなのだが、誇之にはどうしてもそうは見ることができなかった。

「はぁ…ならいっそ私と一緒に住むか?その方が家賃が半分で済む。そうすればある程度住む場所の選択肢も広がるだろう?」

「沙羅さんが良ければぜひお願いします。」

「よし、決まりだ。」

作業手袋をつけた沙羅が自分の車の作業を始めた。

自分でできることは可能な限りやるのが沙羅の流儀だった。

「そこの赤い工具箱を自由に使ってください。」

「分かった。ありがとう。」

誇之も新しいエンジンをクレーンで吊るす準備に取り掛かった。

 

 

「こんにちは…あら、誇之くん。」

「あ、いらっしゃい桜さん。叔父さんなら930の試運転に行ってるよ。」

「そう、この時間に来るように言われたのだけど…。誇之君は何をしてるの?」

興味津々な様子で桜が近づいてくる。その時だった。

「まさか、白鳥桜…選手?」

「あら、まさかこんなところで会うなんて。」

スカイラインの作業をしていた沙羅と桜が鉢合わせになった。

「チャンピオンおめでとう。とても素晴らしいレースだったわ。」

突然姿を消した女性初のフォーミュラガイアチャンピオンがまさかこんなところで現れるなんて。

沙羅は表情に出さないものの内心かなり驚いていた。

「その車いす…。」

「交通事故で。もう動かないの。」

「すみません…。」

聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がして、沙羅は謝った。しかし、桜はくすくすと笑っていた。

「別に構わないわ。一時期自暴自棄になっていたけれど。今はこの生活を楽しんでるもの。」

「そう…ですか。」

その時六気筒の水平対向エンジン独特のエキゾーストノートが響き渡った。

純白のポルシェ930が今まさに帰ってきたところだった。

「なんだもう来てたのか?」

「あなたが来いと言った時間と3分ほどオーバーしてるのだけれど?」

「はいはい、分かったから乗れ。バリアフリーのプログラムとお前のクセを合わせる。」

「……。」

だが桜は無言で遠藤の顔を見つめる。

「…ちっ。」

誰にも聞こえないほどの小さな舌打ちをして、遠藤は桜を助手席に乗せる。

「おいガキ、また行ってくる。」

「はーい、行ってらっしゃい。」

再び930は遠藤モータースを出発した。

「沙羅さん、エンジン降ろす準備はできましたか?」

「ああ、あとはクレーンに繋ぐだけだ。…しかし、ちょくちょく話題に出てた人物がまさか白鳥選手だったとはな。」

「そういえば言ってませんでしたね。…良い雰囲気だったでしょう?」

「そうだな。」

エンジンクレーンを操作して、スカイラインに搭載されていたRB25エンジンを釣り上げていく。

「ちなみにこのエンジンはどうするんですか?」

「一応買い手は見つかった。」

「じゃあこの後はエンジンを送る準備をしましょうか。C32を載せる改造は明日しましょう。」

「そうだな。それでお前の方は終わったのか?」

エンジンルームが開かれたダークブルーのNSXがウマに載せられている。

「こっちはエンジンを載せるだけで終わりですからね。今夜テスト走行に行く予定です。沙羅さんも行きますか?」

「それは楽しみだな。ならこっちの作業を早く終わらせよう。」

 

 

作業を初めて数日、二人は東京の不動産屋の紹介でアパート巡りをしていた。

「なんだかどこもパッとしませんね…。」

「私は住めればどこでも良いんだぞ?」

それがだめだからこうして探してるんでしょうと誇之は心の中で呟いた。

最後に尋ねたのは見た目は普通のマンションだった。

しかしその一室に入った瞬間誇之のテンションが跳ね上がった。

「うわー畳だ~障子だ~和室だ~!」

靴を脱ぎ、襖を開けると畳の香りが鼻腔をくすぐった。まさに古き良き日本家屋を彷彿とさせる部屋で、誇之の好みにドンピシャであった。

はしゃぐ誇之をよそに、沙羅は台所を確認した。

複数人で暮らすことを前提とした台所は広々とした空間で、キッチンも最新式のものが備え付けられていた。

「ガスコンロが三つもあるだと…?」

普段暮らしているアパートはガスコンロが一つしか設置されていない。そのため、料理をするときも不便を強いられていたのだった。

「ここって駐車場はどこにあるんですか?」

「地下駐車場が設けてあります。」

駐車場が地下にあるということは、大きな音が出ても外に漏れにくいということだ。

それはスポーツカーに乗る二人にとってはそれは嬉しい設備だった。

「沙羅さんここが良いです。」

「そうは言ってもな…。さっきのマンションの方が安いし、大学に近いだろ?」

「ヤダ、ここが良い。」

沙羅の正論に対して、誇之はわがままで返した。

 

「ふぅ…疲れた~沙羅さんごはんまだ~?」

「私も一緒に帰ってきたんだぞ?待ってろ、すぐ作る。」

 

「沙羅さん明日の休日箱根のターンパイクに行きませんか?」

「良いな、どうせなら岬も誘うか?」

 

「卯月、こたつで寝るな。布団で寝ろ。」

「だって布団冷たいじゃないですかー。」

 

「沙羅さん、すあま買ってきたんですけど食べますかー?」

「お前…本当にそれ好きだな。」

 

なぜか沙羅の脳裏に様々な映像が映し出された。そしてその妄想はわりと現実的でしっくりくるものであった。

「……アリだな。」と、と誰にも聞こえない声で小さくつぶやいた。

その日のうちに二人はこのマンションと契約を決めるのであった。

 

H峠を数台の車たちがその排気音を、そのタイヤのスキール音を響かせていた。

集団の先頭には白いランサーエボリューションⅨが今日の路面を確かめるように、車体を蛇行させていた。

いつもの駐車場に車を止める。ランサーからは40代前半と思われる男が降りてきた。SAWAKEN塾の塾長であった。

その隣に青色のインプレッサが止まる。降りてきたのは制服で身を包んだ愛華だった。

「今日も冷えますね塾長。」

「そうだな…こりゃ道路封鎖も近いかもな。」

群馬の山は路面凍結と同時にその姿を一変させる。

愛華に突然呼び出された理由を尋ねようとしたそのとき―

冷たく吹く風に乗せられて、オオォォンと獣のような声が聞こえてきた。

「ふふ…遠くで犬が遠吠えしてますよ。」

ォォ……ォォォン……

オオカミの遠吠えのような音が断続的に響き、少しずつ大きくなっていく。

そしてはっきりと聞こえてくるのはタイヤのスキール音。

6気筒の獰猛な、ターボ車では絶対に出せない艶のある排気音。

「こりゃ…NSXか?」

コーナー側から光が差し込んでくる。徐々にその光が強く、大きくなりその姿を現す。

「…なんだありゃ。スカイラインか?」

ヘッドライトの形状は確かにスカイラインだ。しかし、轟く排気音は間違うことなきNSXのそれであった。

マリンブルーのスカイラインがインプレッサの横に止める。

そこから降りてきたのは見覚えのある二人だった。

「お前ら…また来たのか。」

「今日は幽霊退治じゃないですよ。仇討ちに来たんです。」

「…は?」

また素っ頓狂なことを言う誇之に、塾長は呆気にとられる。

「仇討ちって…誰のだ?」

「愛華さんの。」

「誰が?」

「沙羅さんが。」

それだけでなんとなく合点が付いた塾長は早々と準備を始めた。

インプレッサで来てはいるものの、愛華はもう走ることは許されない。足かせとして、インプレッサにはグリップの低いタイヤが履いてあるのだ。

愛華の成績は、146戦144勝1敗1引き分け。対する塾長は未だに負けなし。ここで塾長が負ければ一応愛華と塾長は再び同率に戻る。

誇之のNSXは峠の波打つ道路に対応しにくいため、今回は沙羅が出ることになったのだった。

「頂上まで折り返してここがゴールだ。」

沙羅は無言でい頷いて車に乗り込んだ。

「ったく、どいつもこいつも素っ気ねーな。ツンデレってやつか?」

「いいえ、知り合いから聞いたんですけど、これはくーでれってやつですよ。」

美羽から教わった知識だが、誇之本人もよく分かってい無いようだった。

 

「じゃあカウントしまーす!」

スカイラインとランサーが横に並ぶ。

「確か34顔のGT-R に乗ってた嬢ちゃんだよな…あの顔最近どっかで見たような。いや、それより不気味なのはあの車だ。」

もはや三菱の最高傑作と呼んでも差し支えないであろう4G63MIVECエンジンとホンダの技術の粋が集められたC32Vtecエンジンが唸りを上げる。

「5・4・3・2・1…GO!」

誇之の手が下ろされると同時に、二台はホイールスピンを起こしながらスタートした。

両車とも無駄のないシフト操作で4速まで加速する。

4輪駆動のランサーがカタパルトから射出されたような加速を武器に出だしで前に出るものの、Vtecエンジンの特徴である後半の伸びに優れたスカイラインが横に並ぶ。

最初のコーナーは3速で曲がる右コーナーだ。

ランサーがイン側、スカイラインがアウト側だ。

同時にブレーキランプが灯る。しかし、沙羅のスカイラインが様子見とばかりにスッと離れ後ろに付く。

「コノヤロウ、馬鹿にしやがって!」

 

「さて、この勝負どっちが勝つと思う?」

「分かんない。あのスカイラインの実力が未知数すぎて…。」

「あっはは、そうだよね~。まだ”慣らし”しかしてないもん。」

真夜中の山奥で外に出てると凍えてしまうので、二人はインプレッサの中で待っていた。

「沙羅さんはどっちかというと低い回転数からまんべんなくトルクが出るセッティングが好きなんだよね。その点Vtecは良い組み合わせだと思わない?」

「じゃあ、ホンダの車に乗ればいいのに。S2000とか。」

「あのひとスカイラインに妙にこだわるんだよね~。まあ、それくらいなら微々たる問題だよ。」

「微々なんだ…。」

何とも異次元な言葉に、愛華は苦笑するだけだった。

 

「なんだなんだ、フォーミュラガイアチャンピオンも大したことねーなー。」

立ち上がりの加速に優れるランサーがコーナーを抜けるごとに少しずつ距離が離れる。

「流石に速いな。まあ予想通りだ。今回はミスをしない。」

スカイラインの足元を支えるタイヤの溝は極端に少ない。つまりはSタイヤを履いているのだ。

前後重量もほぼ等しい、エンジンもオリジナルより軽い。車体自体も軽量化が施されている。足回りも以前乗っていたGT-Rの峠用のものを流用しているためうねり対策も申し分ない。

「3秒だ…3秒のマージンで勝つ。」

そう呟き、沙羅はマシンの挙動に全神経を集中させた。

 

 

「そういえば試験はどうだった?」

「一応合格。」

愛華が転校を決めた高校は、誇之が通う大学の付属高校だった。

「じゃあどこかで下宿?」

「うん、従妹のお姉さんのところに住ませてもらうことになってる。」

「じゃあ近くだと良いね~。」

「…そうだね。」

 

少しずつ距離が開いているのにもかかわらず、塾長は全く安心をしていなかった。むしろもっとペースを上げなければ、と妙な焦燥感を覚えていた。

猛獣から遠目に睨まれているような肌寒い感覚が背中に走る。

その反面、まるで競争相手として見られていないような、追い越し車両の一つとでも思われているような感覚も覚えていた。

「くそ、良いように扱いやがって…。」

この状況を打破するためにはペースを上げるしかない。バックミラーには淡いライトの痕。それ以外には自分とランサーしかいない。

その状況下でハイペースで走らなければならない。

 

―ただただ孤独の戦い。

 

「…くそ。」

頂上にたどり着き、折り返し用のパイロンが見える。

ブレーキで減速、サイドブレーキを引きターンをする。

アクセルを踏む。普段よりもホイールスピンが多い。

想像以上に焦る時分がいることにいつの間にか、自覚することをも忘れていた。

 

真正面にランサーのヘッドライトが見えた。

両車が猛スピードですれ違う。

「1…2…」

バンパー同士が交差した瞬間沙羅は数を数える。

得意のパイロンターンを素早く抜ける。前方にランサーのテールライトが見える。

「2.3秒…ふっ…。」

ニヤリと沙羅の口角が上がり、右手がライトを操作するレバーに伸びた。

背後のスカイラインのヘッドライトが二回点滅した。

否応でもアクセルを踏む足に力がこもる。

ヒルクライム区間で広げたマージンが少しずつ減っていく。

「しかもこのマージンはあっちが意図的に広げたマージンだろ…何秒かは知らねーが峠はそう甘くねーぞ。」

コーナーの入り口に設置された上下にうねる路面、標高が高い故の低い路面温度、道路わきに積った落ち葉。

それ以外にもサーキットでは絶対に起こることのないシチュエーションがいくつも存在する。

その状況を冷静に把握し運転しながら対処する能力こそが、峠では試されるのだ。

「ランサーか…GT-R の時も何度相手をしたか…。」

しかし今この瞬間においては沙羅の方が冷静だった。

 

「そろそろ帰ってくるころかな。外に出てようか。」

「うん。」

車内から出ると、二台の車の音が山に響いていた。

シフトダウンによる咆哮のタイミングがほぼ同時までになっていた。

「随分と詰めてるみたいだね。三嶋先輩。」

「本当にあの人は勝ち方を知ってるな~。」

 

「卯月と改良した足もよく動く。エンジンも滑らかに回る…。NAとはこんなに良いものだったんだな。」

ずっとターボエンジンの車に乗っていた沙羅にとってNAのフラットなパワーの出方は新鮮だった。

数ミリのアクセルコントロールを可能にするアクセルレスポンスは、誇之の思惑通りまさに鬼に金棒だった。

後半の大きく回り込むカーブが続く区間に入る。

スカイラインが後ろに付くまでもないと言うかのごとく、一瞬で横に並ぶ。

「ここで並ぶか…だが黙って譲るわけにはいかねーな!」

 

左コーナー

 

コンピューターで完全に制御されたABSの恩恵でランサーが前に出る。

「そうだろうな。それでこそランサーエボリューションだ。」

しかし、完全に出たわけでは無いようだ。サイドミラーを見ると、ランサーの右後輪とスカイラインの左前輪が同じ位置にあった。

これではイン側のラインを取ることができない。

「くそ、はめられたか…。」

 

右コーナー

 

イン側を開けてブレーキを踏む。コーナーリングが早いスカイラインがぐいぐい前に進む。完全に二台が並ぶ。

次も同じ右コーナー。そしてスカイラインに有利な中速コーナーだった。

ランサーはブレーキランプを点灯させ、スカイラインはノーブレーキで侵入した。

丸いテールランプが初めて目の前を走る。

「ち…完敗だな。」

 

 

「あ、帰ってきたみたい。」

コーナーの奥から荷台の車が現れる。先に姿を現したのはマリンブルーのスカイラインだった。

「沙羅さんが勝ったみたいだね。これでまた同率だね。」

インプレッサの横にスカイラインが止まる。

「お疲れさまでした沙羅さん。快勝でしたね。」

窓を下げると真っ先に誇之が頭を突っ込んできた。

「車が良かったんだよ。」

そう言って誇之の額を指先で突いた。

「塾長、どうでした?」

「来年アイツ達のチームに入るんだったな。」

「はい。」

「盗めるモノは全部盗め。それが宿題だ。」

「…はい。」

愛華の眼には決意と覚悟の色が見えていた。

 

第一章~fin~




以上で第一章は終わりです。
時間軸的には原作の前のお話しでしょうか。

第二章では原作の時間軸で書きたいと思っています。
原作のキャラたちとどう絡めていくのか、とても楽しみです。

それでは第二章でお会いしましょう。
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