彼女のセブンMy Favorite Seven 作:skav
先日の一件によって、今度は誇之がレースをすることになってしまった。
「やっぱり軽いんだなーあのスカイラインは。それに立ち上がり重視のエンジンに作ってあるんだ。」
カメラカーで撮ったビデオを再生して、誇之は相手の研究をしていた。
「俺に車はこれ以上軽くできないし・・・うーん・・・よし、ここは練習あるのみ!」
ようやくクラッチペダルを交換して、随分と扱いやすくなったのだが、まだまだ誇之の満足できる域に達していなかった。
と言うよりも減速に見合ったシフトダウンができていなかった。今の誇之の車はフルブレーキをする間に適切な変速ができない。あまりにも減速力がありすぎて、ダウンシフトが間に合わないのだ。
だから誇之はある程度余裕を持ったブレーキを強いられている。まあ、その状態でも十分にブレーキは奥なのだが。
暇を見つけては誇之はジムカーナ場で練習を続けた。峠を想定した一速から五速まで使うレイアウトは、まるでパイロンで描くサーキットのようであった。
「パドルシフト・・・とまでは言わないけど、シーケンシャル並まではいきたいかな。」
走り始めよりもマシにはなったが、まだまだ誇之は満足できなかった。
約束の期日まであと2週間。
「なあ卯月、昼飯どうする?」
「んー日替わりランチかな~。」
誇之は同じ学科の友人と学食に来ていた。
「おまえいつもそれだよな・・・。」
「いいの、毎日違う料理なんだから飽きないし、栄養も偏らないんだから。」
日替わりランチを受け取った誇之は空席を探す。お昼時の学食は当たり前だが賑わっていて、相席は避けられない。
そんな中、丁度席が二人分空いているテーブルを発見した。しかし、相向かいにはすでに先客がいた。
「あの、こっちの席座っても大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。こちらは気にせず食べてくれて構わない。」
誇之は先客の生徒の相向かいに、友人はその隣に座る。そのとき、誇之と生徒の目が合った。その瞬間、誇之は驚いた。目の前にあった顔は、先日レースを挑まれた赤毛のアールだったからだ。
「どうして赤毛のアールがここに!?」
「それはこちらの台詞だ!君はまだ高校生の年齢だろう!?なぜ大学にいるんだ!それになんだそのへんてこな名前は!」
お互い思いも寄らない顔が合ったせいか、同時に声を上げた。
「おいおい、卯月・・・お前まさか知り合いなのか?」
彼女の正体を知っているらしい友人は誇之の首に腕を回して、小声で話した。
「ちょっとね・・・あの人誰?」
「誰ってお前・・・三嶋沙羅だよ!国内フォーミュラで活躍している女子大生レーサーの!あの岬愛華と人気を二分している超有名人だぞ!」
「えっとね・・・その岬愛華も知らないんだけど。」
「ありえねー・・・車好きとして許しがたいな。」
遠藤が時々モータースポーツをテレビで見ていたことを誇之は思い出す。今思えば、あの時それらしい名前を聞いたことがあるよう気がした。
「あー・・・分かりました一から説明するとですね。本来なら確かに高校三年ですよ。ここの研究で面白そうなことやってたので、飛び入学で、この大学に入りました。あだ名はその・・・あなたの髪とGT-Rから勝手に付けさせてもらいました。」
誇之は簡潔に、ここに来た経緯を説明した。
「そうか・・・てっきり私のことをしっているのだと思っていた。済まない、改めて私は三嶋沙羅だ。大学二年。フォーミュラガイアでドライバーをしている。」
「卯月誇之です。”誇り”に”え”みたいな漢字の之で誇之です。特に肩書きのない至って普通の大学一年生です。」
お互いに改めて自己紹介をして、後は平和に食事の時間を満喫する・・・ことはできなかった。
「君・・・いや、卯月のその普通と言う言葉には大きく疑問を抱くがな。あんな技術を持った人間が普通の訳が無い。まるで車のネジ一本まで知り尽くしてるような走り方だったぞ?」
どうやら彼女はまだ納得がいかないようであった。そしてとても的確な指摘をしてきた。
「ま、まあそれは当日に分かることですから・・・。」
「む、上手く逃げたな?まあ、良い。そのときが楽しみだ。」
そう言って沙羅は食器のトレイを持って席を離れていった。
「おい、卯月。今のあの時とか、当日とかどういう意味だよ?まさかデートのお誘いか!?イイコトか!?ダメだぞ!不純異性交流は!!」
「うるさいよ!大きな声で卑猥な単語を連呼しないの!!」
興奮する友人の口を備え付けの一味唐辛子でふさぐ誇之であった。そしてさらに大騒ぎになったのは言うまでも無い。
数日が経ち、日曜日。誇之はある人から呼び出しを受け、栃木県にあるホンダミュージアムに来ていた。
そのある人とは本田美春。いつぞやに出会ったVOCの会長だ。
「遠路はるばるすまない。そしてありがとう卯月君。」
「いえ、こうしてちょっとした遠出も楽しみの一つですから。」
「こんな駐車場で立ち話も興が冷めるだろう、中に入って話をしようじゃ無いか。」
レースなどのイベントが無いサーキットはとても空いていた。しかし遠くに見えるレースコースから音が聞こえてきた。どうやら何かテストをしているようだった。
ガラス張りの自動ドアが開くと、その先にはカーチス号や、RA271などの名車たちが大切に展示されていた。
カーチス号、航空機用のエンジンに車輪をくっつけたような、まさに化け物レースカー。キチキチマシン猛レースである。
本田宗一郎のホンダイズムが一番最初に染み込んだ、まさに伝説の一台。驚くことに、このカーチス号は動態保存されている。つまり動くのだ。
「ふふふ、真っ先にその車に目がとまるとは。君も分かっているじゃないか。」
「凄いですね・・・ここ、本当にホンダのためだけのミュージアムなんですね。」
「ホンダの歴史を感じるには十分すぎる空間だろう。上に行こう、人を待たせているんだ。」
美春に連れられて、誇之は階段で三階へ進む。三階はいわゆるレーシングカーを展示するためのスペースで、日本のF1ブームを支えた、赤と白のマクラーレンや、黄色と青のウイリアムズなどのフォーミュラカーや、ル・マンで優勝したNSXが展示されていた。そんな通路にテーブルと椅子が置かれている。
「良いんですか?こんなところにテーブル置いて。」
「構わないさ。今日は休刊日だからね。一般客は入ってこられない。」
一応誇之も一般客のはずなのだが。ここは黙っておくことにした。テーブルには一人の男性が席に着いていた。
「良く来てくれた。君が卯月誇之君だね?」
「はい、そうです。・・・それで、あなたは?」
「ああ、私はこういう者だ。」
男は一枚の名刺を誇之に手渡した。そこにはRennen代表、白井辰哉と書かれていた。ドイツ語でRennenはレースを意味する。
「レースチームの監督なんですか?」
「ああ、その通り。話は美春さんから聞いてるよ。あのCR-Xは君が仕上げたんだってね。アルミフレームに、2リッターエンジンを載せたモンスターマシンだそうじゃ無いか。」
「まあ、・・・はい。ようやく手なずけられた感じですけど。」
「すばらしい。是非その入りをサーキットで見てみたい。早速だが今からサーキットで走ってくれないか?」
予想もしない要求に、誇之は戸惑った。目の前にいる男の考えていることが全く分からなかった。
「ま、まあ・・・別に構いませんけど。」
さしあたって断る理由も見つからないので、誇之はその要求を通すことにした。
場所が変わり、安全検査を通した誇之とCR-Xはピットガレージにいた。どうやらフォーミュラガイアのテスト日だったらしく、カラフルなレースマシン達がピットの奥で静かに眠っている。
「今からおよそ三十分だけ空き時間がある。その時間だけは君の占有走行だ。」
本気で攻めるわけでも無いのに、三十分も時間が与えられたことに誇之自身驚いた。遠藤に借りたままのヘルメットと、グローブを付けて車に乗り込んだ。そして美春もその隣に座る。
「さて、いよいよ君と君の車の実力を拝見だ。」
そんな言葉が誇之にも聞こえた。理由は分からないが、どうやらこの二人は誇之を見極めようとしているらしい。
誇之は、ゆっくりとピットを出た。
ツインリンクもてぎは独特なサーキットの構造をしている。オーバルコースの中にもう一つロードコースと呼ばれるコースがあり、オーバルコースの下をトンネルで通過する形になっている。鈴鹿と言い、このもてぎと言い、ホンダは立体交差が好きらしい。
「う、卯月君。ちょっと飛ばしすぎじゃ無いかな?」
「そんなことないですよ~、この車は軽いからそんな風に感じるんだと思いますよ?」
「そ、そうなのかな・・・?あは、あはははは・・・ひ、ブレーキ―!ぶつかるー!」
「大丈夫ですよ、もしコースアウトしてもグラベルがあるじゃないですか~。まあ、トンネルの中でスピンしたらぶつかりますけど。」
当たり前のように縁石をショートカットし、ジャンプ台にする誇之。跳ねるたびに頭の血が上っていく感覚を覚える。
そして一番辛いのは殺人的なブレーキだった。軽い車体を生かして、一気に減速する技術は見事だった。しかし助手席に座る美春にとっては毎回歯を食いしばってみっともない顔をさらけ出さなくてはいけないのが無性に恥ずかしかった。
「美春さん、面白い顔してますよ?」
「いやー!見ないでー!」
「さ~て、この先の90度コーナーはもっと面白いんだろうな~」
長い下りの直線から一気に減速する、そのとき美羽は本当に目玉が両方飛んでいってしまうのではないかと思った。
「お・・・下ろして・・・もう下ろしてくれぇ・・・。」
半泣き状態で年下の誇之にすがる姿は、威厳のへったくれも無かった。
「美春君を泣かせるとは、相当凄いドライブだったんだろうね。いや~感服するよ。」
キャンプで使うような折りたたみの椅子に座った、白井と誇之はコーヒーを飲みながら話をしていた。ちなみに美春は近くのベンチでぐったりしている。
「それで・・・何で俺はサーキットを走ったんでしょうか?」
「ソレなんだけどね。君には是非、ウチのエンジニアになって欲しいんだ。」
「いや、冗談でしょう?俺はまだ十八の普通の大学生ですよ?」
「実力に年齢は関係ないよ。それに、車をいじるという経験は、たぶん僕が雇っているメカニックより遙かに上だよ。ニュル日本車のチューニングカー最速記録は君だろう?是非とも、その経験と技術が欲しいんだ。」
返答を決めあぐねた誇之は、ちらりと奥に鎮座しているフォーミュラカーをみた。正直この話は非常に魅力的ではある。しかし、誇之は何かが引っかかるような感じがした。
「少し、考えさせてくれませんか?」
「ああ、構わない。心が決まったらいつでもしてくれ。」
自分は何をしたいのか。そのためには今、何をすべきで、どんな選択をすれば良いのか。ちゃんと考える時期が近づいてきたような気がした。