彼女のセブンMy Favorite Seven 作:skav
まさかいきなり現れるなんて。
岬愛華は目の前で走る黒い車を見ながら、そう呟いた。
誕生日を迎え、約束通り私は免許を取った。その日から毎日峠に通い、腕を磨いて走り続けた。
彼を探すために、彼に会うために。先の見えないトンネルを走り続けて気がつけば、140戦以上もしていた。
一度の引き分けがあったが、まだ一度も負けていない。このまま走り続ければいつか彼の車に出会える。
それまで負けるわけには行かない。
・・・そう思っていた。私が学校に行かずにどこかへ出かけていることを、両親も薄々感づき始めたようだ。
おそらく時間は余り残されていない。
そんな焦りを感じつつ、いつものパーキングエリアに向かう。
いつものメンバーに加え二台、別の車が駐車されていた。一台はスカイライン、GT-Rだ。もう一台はスカイラインの陰に隠れて分からないけど、小さい車と言うことだけは分かった。
ランエボの横に止めてから、もう一台を確認する。濃紺のホンダCR-X。
その車体に取り付けられているエアロパーツは、あの時図書館で彼が引いていた図面と瓜二つだった。
ドクン・・・!
私の心臓がそう跳ね上がったのを確かに感じた。やっと会えた。やっと捕まえることができた。
いつまでも降りてこないので、変に思ったのか塾長が窓ガラスを叩いてきた。ドアを開ける代わりに、窓を下ろした。
「おい、どうした?」
「・・・何でも無いです。あの二台はどうしたんです?」
「お前とバトルしたいんだとさ。CR-Xのにーちゃんだ、どうする?」
「もちろんやりますよ。あちらにそう伝えて下さい。それじゃ。」
「あ、おい・・・!」
再び窓を上げて、エンジンをかけ直した。
スタートラインに車が並べられる。
「後ろからスカイラインが追っかけてくるが、見てるだけだそうだ。」
「りょーかい。」
スカイラインのドライバーは、長身の女の人だった。見た目的に大学生。
卯月君とどんな関係なんだろう?ちょっと気になる・・・。
「カウント五秒前!」
そんなことを考えていたら、いつの間にかカウントが始まっていた。
慌てず、冷静に適正回転数までエンジンを回す。
手が振り下ろされると同時に、クラッチをつなぐ。スタート成功。すかさず二速にギアを入れる。
「・・・・・・え?」
私の予想・・・いや、私の常識の中では多少の差があってもほとんどの車は同じタイミングで二速に入れるはずだった。ソレなのにいま横で走る車はそんなそぶりも見せずにどんどん加速していく。
およそ乗用車では絶対に効くことの無い音域まで吹け上がってから、やっとギアが変わる音が聞こえた。
低く見積もっても一万回転は軽く超えていた。
そしていとも簡単に前に出られてしまった。
「くっ・・・・・・。」
一筋縄ではいかない。直感がそう告げた。
「だったら・・・。」
最初から”アレ”でいかせて貰おうかな。
「あーもう、さっきからなんなのさ~」
スタートで前に出てからしばらくが経ち、誇之は少しばかり異変を感じていた。
後ろのインプレッサがぴったりと後ろに付いているのだ。まるで見えない鎖でつながれているかのように。
「ミラーが眩しいのですが・・・。」
そんな愚痴をこぼしながらも誇之は峠の道を駆け上っていた。
「あれは・・・成る程。”彼女”だったのか、幽霊の正体は。」
CR-Xの背後にぴたりと付けるインプレッサを見て、沙羅は一人のカートレーサーを思い浮かべた。
前を走る車にぴたりと張り付きミスを誘う。それは岬愛華がよく使う手段だった。
そして前を走るインプレッサも同じ走り方をしている。
全日本カート選手権で上位に位置し、近々フォーミュラガイアの参戦も噂されている現役女子高生レーサー。
「確か彼女は卯月と同じ学校に在学しているはずだが。」
飛び入学、CR-X、幽霊、探してた、空いた助手席。
全ての単語が沙羅の頭の中で繋がった。そして、何の抵抗もなく言葉が漏れた。
「・・・青春、だな。」
そんなことを呟くと、酷く自分が老けてしまったように感じる。しかし、彼女もまだ二十歳を迎えたばかりである。
「よし、ここは見守るべきだろう。」
年上として、おねえさんとして。そう思うと、少しだけ気が楽になった。
冷たく張り詰めた均衡を保ったまま二台と一台は頂上の折り返し地点に近づいていた。
そこには赤いパイロンが一つ立ててあった。
誇之にとっては見慣れた赤い構造物。ぎりぎりまでブレーキを我慢して、一気に減速。四速から一速へスムーズにギアを落とす。サイドブレーキを引く。右前輪を軸にしてターンをしながらアクセルを踏み込む。
全てジムカーナで培った技術。意識せずとも自然と体が動いていた。
「上手い・・・!」
対するインプレッサは、後輪を振り回すようにしてラリーのようなターンを決める。動きが大ぶりな分、無駄が多い。
パイロンターンで、ぴたりと付いていたインプレッサが離れた。しかし、四輪駆動の加速をいかして、再び背後に迫る。
「ふふ、車に助けられたな。」
お手本のような芸術的ターンで沙羅は二台のリアランプを見つめた。
ここから危険な領域が始まる。私がしっかり見ていないと・・・。
「よし、行くぞ!」
彼女の得意技がぴたりと背後に付くことなら、こちらがペースを上げてしまえば良い。
そうすれば焦り始めるのは向こう側だ。
先行しながらプレッシャーを与える。どちらかがミスをするかが勝負の分かれ道。
当たり前のように縁石を飛び越え、ガードレールに擦りつけるまで道幅を使う。
そして最大の武器である軽さ。アルミモノコック故の圧倒的な軽さでハイペースを作り上げていく。
「・・・速い!。」
四センチ四ミリの拮抗が破られ、数ミリの差が開く。
また・・・離される。また・・・行ってしまう、せっかくここまで追いついたのに。また・・・彼の背中が遠のいてしまう。
数センチの差が開く。
相手のミスを誘い出す以前に、いつの間にか相手のペースに飲まれている自分がいた。
数十センチの差が開く。
あの小さい車のテールランプを追いかけることしか頭に思い浮かばなかった。
恐ろしいまでのハイペース。一度ミスをしたらただでは済まされない。
数メートル開く。
絶対にミスをしない、という保証はどこにある?タイヤが終わってしまったら?落ち葉で滑らせたら?縁石で跳ね上げられたら?
やがて数十メートルの差が開いた。
「追いつかないと・・・もっと、もっと速く!」
全てが疑心暗鬼で、それでもアクセルを緩めることができない。
そんなときコツンと、小さなショックを感じた。
反射的にアクセルから足を離した。
「っ・・・はぁ、はぁ・・・。」
必死に酸素を求める肺。どうやら呼吸を止めていたようだった。
呼吸が震える。足の震えが止まらない。熱帯夜だと言うのに、体の震えが止まらなかった。
怖い、ひたすらに怖かった。このハイペースが、何よりアクセルを緩めようとしない自分が。
後ろを小突いたスカイラインが横に並ぶ。ウインドウを下げて、OKサインを送ってきた。
大丈夫か?という安否確認と言ったところか。
私もウインドウを下げてOKサインを送り返した。
女性は頷き、前に出て手信号で付いてこいと伝えてきた。どうやら先導してくれるようだ。
ありがたい。今は誰かの後ろでゆっくりと走っていたかった。
「ぎりぎりセーフ、と言ったところか?」
後ろから付いてくるインプレッサを見ながら沙羅は呟いた。
あのまま彼のペースに飲まれたまま走り続けたら、確実に破綻していただろう。
破綻の先にあるのは、多かれ少なかれ残酷な結末だ。
「それにしても・・・。」
彼女の運転技術は並外れたものを持っている。ほとんどノーマルのインプレッサをあんなハイペースで走らせることができるのだ。
願わくばこんな死と隣り合わせのような場所ではなく、純粋にスピードを求める事ができる場所で戦いたいものだ。そう、例えばサーキットで。
「・・・楽しみにしているぞ。岬愛華。」
パーキングエリアに戻っても尚、彼女は車から降りてくることは無かった。