少し変わったインフィニット・ストラトス 作:みるほん
五反田食堂の2階の自室にて、バンダナの少年はゲームをプレイしていた。
「う~ん……」
彼の名前は弾。一夏の中学からの友達である。
「ちきしょう! また負けた!」
ゲームのコントローラーを投げ出し、布団の上に寝転ぶ。
「くそぉ、今度こそ勝ってやろうと思ったのに」
すると、部屋の扉が開き、少女が入ってきた。彼の妹、蘭である。
「お兄、電話だよ」
「あん? 一夏からか?」
「女の人だけど、何か急用みたい」
「女ぁ!?」
弾の声がひっくり返る。
(おいおいおい、あの娘から電話とかマジかよ。まさか愛の告白じゃねえだろうな)
弾は心の中で舞い上がった。
「新たな恋の予感がするぜぇ!」
弾は慌てて部屋を出ると、階段を駆け下りて、一階にある電話の受話器を取る。
「もしもしぃ?」
弾は精一杯甘い声で応える。
「あ、もしもし、五反田君?」
「……どちら様ですか?」
テンションが一気に下がる。聞き覚えのない少女の声だった。
「あ、ごめんなさい。名乗ってなかったわね。顔良し、スタイルよし、性格も良し、しかも……」
電話越しとはいえ、彼女は上品な雰囲気を纏っていた。恐らく、どこかのお嬢様なのだろう、と弾は推測する。
そんな少女が自分に電話をかけてきた。しかも、自画自賛の自己紹介を始めた。
(怪しい……怪しすぎるぜぇ!)
弾の直感が告げている。この娘には近づかない方がいいと。
「何拍子も揃っていますね。ああ、俺ちょっと忙しいんで、また後でかけ直してもらっていいすか?」
そう言って、弾は一方的に電話を切る。だが、数秒後に再び着信音が鳴った。
恐る恐る通話ボタンを押す。
「……はい」
「ひどいじゃない、いきなり切るなんて」
弾は冷や汗を流した。目の前に立っているのではないかと思うほど、彼女の声がはっきりと聞こえたのだ。
「いえ……あの……用事があって……」
口が渇いて上手く喋れない。背中に冷や汗が流れる。彼女はいったい何者なのか。何故、五反田家の電話番号を知っているのか。
「用事? ふーん、いつ終わるの?」
「い、1年くらいしたら……」
弾は恐怖に耐え切れず、嘘をついた。
「待てないわ」
「ひっ……」
彼女の口調が強くなる。まるで心臓に冷たい手が触れたような感覚。
「け……警……察に……連絡します……」
何とかそれだけを言う。
「ちょ、ちょっと待って! どうしてそうなるのよ!」
弾は電話を切った。
「弾、久しぶりだな」
そこへ一夏がやってきた。一夏は弾の顔色が悪いことに気付いたらしく、眉をひそめる。
「どうした?」
「ああ、いたずら電話があってさ」
弾は笑みを浮かべて言う。
その時、再び着信音が鳴り響く。画面に表示されている番号は、先ほどと同じだ。
「ははっ、またかよ。固定電話で良かったぜ」
弾は苦笑いしながら、電話線を引っこ抜いた。
シャルロットがIS学園の廊下を歩いていると、前方に人影を見つけた。壁に寄りかかり、腕を組んで目を閉じている。
近づくと、それが千冬だとわかった。声を掛けようとした途端、千冬の目がカッと開く。
「ひっ……!」
驚いて後退りすると、足がもつれて尻餅をつく。すると、ラウラが慌てて駆け寄ってきた。
「シャルル!? 大丈夫か?」
「う、うん……」
シャルロットは恥ずかしそうに立ち上がる。ラウラは、ふぅ、と息を吐いて安堵した。
「どうしたんだ?」
「あ、うん。織斑先生がいたんだけど……」
「教官が? どこだ? いないではないか」
ラウラはキョロキョロと辺りを見回す。だが、やはり姿はない。
「嘘……。まさか……幽霊!?」
シャルロットの顔は青ざめていた。
日本のホラーは世界的にも評価が高く、ネットなどでは恐怖映画ベスト10にもランクインしている程である。
シャルロットはそのランキングの上位作品を、全て見てしまったことがあるのだ。1位は、誰も見たことがない作品だった。
それが原因で彼女はホラー映画やお化け屋敷などが大の苦手となった。
ちなみに、このランキングは全て本音から聞いたものだ。
ラウラはシャルロットの肩を優しく叩く。
「落ち着け。教官は死んでいない。きっと何か用があって何処かに行っただけだ」
「でも……。いや、そうだよね! ごめんね! 変なこと言って!」
シャルロットは必死に明るく振る舞う。ラウラはシャルロットの手を取った。
「よし、じゃあ行くぞ」
「うん……」
ラウラに先導され、シャルロットは歩きだした。
「そういえば、ラウラって織斑先生のこと教官って呼んでるけど、なんで?」
シャルロットは気になっていたことを尋ねる。ラウラは、ああ、と言って振り向いた。
「IS学園に赴任する前、教官はドイツ軍で指導してくださっていたんだ。その時、軍で落ちこぼれていた私を鍛えてくれた。だから、私はあの人を尊敬している」
「落ちこぼれ? なんか意外だよ」
シャルロットが首を傾げる。ラウラが軍属であることは知っていたが、その詳細までは知らなかったからだ。
しかし、そこでふと思う。何故、ラウラはドイツ軍にいるのか。
シャルロットがそのことを聞く前に、ラウラが口を開いた。
「教官がいなかったら、今の私はなかっただろうな。誇りに思っている」
ラウラの表情は穏やかで、嬉しそうなものだった。ラウラはそれだけ言うと、再び前を向いて歩いていく。
シャルロットは、それ以上何も聞かなかった。
黙々と歩みを進める。
(あれ? ここ、さっき通ったような気が……)
シャルロットは不思議に思いながらも付いていく。
しばらくすると、ラウラは足を止めた。先程、千冬と鉢合わせた場所だ。
ラウラはシャルロットの方を真剣な顔つきで見る。
「な、何かな? ラウラ」
シャルロットが少し怯えた様子で聞いた。ラウラは無言でシャルロットに近づく。
「ひゃっ!?」
シャルロットはビクッとして後ずさる。ラウラは構わずにじり寄る。
「ちょ、ちょっと待って! どうしたの!? ラウラ!?」
「何処に行けばいいんだ?」
「へ?」
シャルロットは思わず素っ頓狂な声を上げた。ラウラは続けて話す。
「いや、だから……シャルは何処に行こうとしていたんだ? 寮に向かえばいいか?」
ラウラは適当に廊下を歩いていたのだ。
シャルロットは半目でラウラを見る。ラウラは目を逸らす。
「えっと……とりあえず、部屋に戻るよ」
「了解した」
シャルロットは、ふう、と息を吐いて安堵する。
ラウラに連れられ、自分の部屋に戻ってきた。部屋の扉を開ける。
中に入ると、ベッドの上に誰かが座っていた。一夏だ。腕を組んだまま眠っている。シャルロットが起こそうと近づく。ラウラも後ろからついてきた。
シャルロットは一夏の肩に手をかける。
「起きて、一夏」
一夏がゆっくりと瞼を開く。そして、シャルロットの顔を見ると、顔を真っ赤にして飛び退いた。そのまま壁に背中をぶつける。
「ぐぇ!?」
一夏は奇妙な悲鳴を上げて、ズルズルと床に座り込んだ。
「一夏、大丈夫?」
シャルロットが心配して一夏に近づこうとする。しかし、一夏は慌てて立ち上がった。
「ぎゃぎゃあぁぁああああ!!」
奇怪な叫び声を上げる一夏。シャルロットは驚いて立ち止まる。
一夏はシャルロットに抱きついた。
「わぷっ!」
シャルロットは変な声を出す。そのまま押し倒された。一夏はシャルロットに覆い被さるように乗っかる。
「はにゃ、はにゃしぃて!」
シャルロットは頬を紅潮させて一夏をどけようとする。
しかし、一夏は全く動こうとしない。それどころか、シャルロットを強く抱きしめてくる。
(なんで一夏こんなことしてんの!? ていうか力強すぎない!?)
一夏の腕力はシャルロットの想像を遥かに超えていた。
動くたびに身体が密着し、体温が伝わってくる。シャルロットの心臓が激しく鼓動していた。
「ぐぎゃ!?」
一夏がまたも奇怪な声を出して倒れた。ラウラが一夏を蹴り飛ばしたのだ。
一夏はゴロンゴロンと転がっていく。
シャルロットはその隙にラウラの後ろに隠れた。
「いつまで寝惚けているつもりだ」
ラウラは冷たく言い放つ。
一夏は頭を掻きながら立ち上がった。
「あれ? 俺、何やってたんだ? つーか、ここどこだ?」
一夏はキョロキョロと見回す。
ラウラは呆れたようにため息をついてから、説明を始めた。
「ここは寮だが」
「君達は……誰だ?」
一夏はシャルロットとラウラを指差す。
(まさか、記憶喪失!?)
シャルロットは一夏をまじまじと見る。一夏はそんなシャルロットを見て首を傾げる。
「あの~……」
一夏が申し訳なさそうに言う。
シャルロットはハッとして答える。
「僕はシャルロット・デュノア。フランスの代表候補生だよ」
「私はラウラ・ボーデヴィッヒ。ドイツの代表候補生だ」
シャルロットとラウラは笑顔で自己紹介をした。
「俺は織斑一夏です。よろしくお願いします」
一夏は礼儀正しく頭を下げる。すると、一夏のお腹がグーッと音を立てた。一夏はお腹を押さえて顔を赤くする。
シャルロットとラウラは顔を見合わせてクスリと笑った。
「ショコラ食べる?」
シャルロットが尋ねる。
一夏はこくりと小さくうなずいた。
シャルロットはキッチンに行き、冷蔵庫から一口サイズのチョコを幾つか取り出した。それを皿の上に置き、レンジで温める。
電子音が鳴り、レンジの扉を開けると湯気が立ち上っていた。
「焦げちゃったけど……どうぞ、ボンボンショコラだよ」
シャルロットは一夏にホットチョコレートを渡す。
一夏は恐る恐る受け取ると、スプーンで口に運んだ。
「熱っ!」
一夏はのたうち回る。
シャルロットは心配そうな表情を浮かべたが、ラウラは面白がって眺めていた。
一夏は舌を出し、涙目でラウラを睨む。
ラウラは鼻で笑って、チョコレートを口に運ぶ。
「ハッ!?」
ラウラものたうち回ることになった。
「もー……。たくさんあるから、どんどん食べてね」
その後、一夏とラウラはお腹いっぱいチョコレートを食べた。
翌日。第二グラウンド。
「本日から実習を開始する」
千冬の言葉に、「はい!」と生徒達の返事が響く。
その直後、一人の女子生徒が手を上げる。
「はい! 先生!」
セシリアだった。
「なんだ、オルコット」
「どうして一夏さんとラウラさんがいないんですか?」
「織斑とボーデヴィッヒは……体調不良で欠席だ」
千冬はどこか呆れたように答えた。
一夏とラウラはお腹を壊した。医者の診察によると、丸一日は食事ができないそうだ。
「残念ですわね」
セシリアは心底残念そうに呟く。そして、専用機持ち達に視線を向けた。
シャルロット、鈴音、楯無。今日は、自身を除いて計3人しかいない。
「……1人、おかしな人がいますわ」
その言葉に楯無はピクリと反応した。
「あなた、二組ではありませんこと?」
セシリアは鈴音を指差して言った。
鈴音は首を傾げる。
「今日は一組と二組の合同授業なんだから、あたしがいて当然でしょ?」
「あ、そうでしたの。それは失礼しましたわ」
2人の会話を聞いて、楯無は胸を撫で下ろした。
鈴音は辺りを見回す。
「二組の皆は、ホームルームが長引いてたから、遅れてるみたい……ん? アンタ誰?」
「おはよう。今日は快晴ね」
鈴音に笑顔で挨拶する楯無。
その時、グランドの地面が微かに揺れ動いた。
鈴音達がいる遥か後方で土が舞い上がる。その土煙の中から、ラファール・リヴァイヴを纏った山田真耶が現れた。
真耶は鈴音達のいる場所へゆっくりと歩いてくる。
「皆さん、よろしくお願いしますね」
真耶はニッコリと微笑んだ。
その姿を見た一組の生徒達は、驚きの声を上げた。遅れてきた二組の生徒達も呆然とした。
千冬はため息をつく。
「……これでも、山田先生は元代表候補生だ」
「昔の話ですよ。さて、凰さん、オルコットさん、前に出てください。私と模擬戦をしてもらいますよ」
鈴音とセシリアは前に出る。
2人は並んで立ち、それぞれの機体を展開する。
「え~……。いきなりですかぁ」
鈴音は不服そうに眉をひそめる。
「先手必勝!」
鈴音は急加速で真耶に突撃する。
だが、あっさり避けられてしまった。
次に、セシリアがレーザー兵器『スターライトmkIII』を構える。
「手加減はいたしませんわ」
トリガーを引く。しかし、これもまた簡単に回避されてしまった。
真耶は両手で持った実弾ライフルを構えた。
セシリアは咄嵯に反応し、身を屈めながら後退し、射撃を回避する。
「なかなかやりますね。ですが……」
他の生徒は感心しながら、その様子を眺めていた。
「デュノア。山田先生が使っているISの解説をしてみせろ」
千冬に言われ、シャルロットは答える。
「あ、はい。山田先生のISはデュノア社製第二世代型量産機、ラファール・リヴァイブです。現在配備されている量産型の中では最後発ですが、それ故にスペックは第三世代型の機体にも劣りません」
シャルロットの説明は続く。
「安定した性能と高い汎用性、後付装備イコライザの豊富さが特徴です。格闘、射撃、防御といった様々な切り換えが可能です」
「よく勉強してるわね。関心、関心」
「いえ、それほどでも」
楯無の言葉に、シャルロットは少し照れ臭そうにする。
一方、鈴音とセシリアの猛攻をかわし続ける真耶は、余裕の表情で言った。
「良かったですよ、反応は。ただ、まだまだ直線的過ぎです。もっとこう、動きに広がりを持たせないと」
「くっ……」
セシリアと鈴音は悔しそうに歯噛みする。
その時、真耶が両手を広げた。そして、「ああ、こんなところにいたんですね」と言うと同時に両手にアサルトライフルを展開、発砲。弾丸は地面に隠されたビットを次々に撃ち抜いた。
「え?」
予想外の出来事に鈴音とセシリアは目を見開く。
起死回生のビットを撃ち抜かれた事で、2人の敗北が決まった。
「終わりにしますね」
鈴音とセシリアは爆炎に包まれた。
真耶の勝利を見て、生徒達は唖然とした。セシリアと鈴音は地面に倒れたまま動かない。
「これで諸君にも教員の実力は理解出来ただろう」
千冬の右手には、悶え苦しむ楯無の姿。
その足元には、『不覚』の文字が書かれた扇子が転がっていた。
「うふふ、安心して。普段は優しい先生だから」
「以後は敬意を持って接するように」
「ぐぇ!」
楯無の言葉に、千冬は釘を刺した。生徒達は戦慄を覚えた。
「次に、グループになって実習を行う。リーダーは専用機持ちがやること」
「ちょっと、待ってください! 専用機持ちは、もう僕しかいませんよ!?」
シャルロットは焦った様子で訴える。
「あたしも……やるわよ」
「わ……わたくしも参加いたしますわ」
鈴音とセシリアが、なんとか起き上がって言う。
「2人とも、大丈夫? まだ休んでおいた方が……」
シャルロットが心配そうな顔で尋ねると、2人は「心配ない」とだけ答えた。
「さあ、始めましょうか」
真耶はニッコリと微笑んだ。
いつもと同じ笑顔。しかし、生徒達は本能的に恐怖を感じた。
その頃、保健室では……。
「ここは……保健室か? 俺は確か、鈴と酢豚の約束を……あれから寝てしまったのか?」
記憶が曖昧な一夏はベッドの上で頭を捻る。
「……コ……い……」
その時、微かに声が聞こえた。
「誰か、いるのか?」
隣のパーテーションをそっと開ける。
「チョコレートおいしかったな……また食べたいな」
ベッドのシーツにくるまるまったラウラが、幸せそうな顔で寝言を呟いていた。
『次回予告』
「また同じ説明じゃねえか」
「しかも、飽きがこない」
「織斑一夏、どうした?」
「なぜわからん。説明は感覚的なものなのだ」
「そして、この力で今度こそみんなを守ってみせる」
「謎だな。まあいい、続きだ」
「おっと、見つかっちゃったか」
「次回『ルームメイトは強かった』」
「美少年っていいよね」